121話 代紋 決意を背負う
響介、魔王と兄弟分になる。
ラヴァナのクーデター失敗から一月と半分が過ぎた。響介と五分の兄弟の契を交わした魔王アルフォンスは当初の計画通りルイナスを始めとした街や農村を空間魔法にて転移させ南から西側と北側にぐるりと囲むようにダンジョンを城壁代わりに城の元に配置し巨大な一都市とした。それを期にその都市は『カサブランカ』と命名され合併した元の街の名は地区として残ることに、そして己に慕い付いて来た魔族達にラヴァナは勿論ラヴァナに組する魔族共に対して徹底抗戦と討滅を宣言した。
今回の件で魔族は二分化したがアルフォンスはそのカリスマ性を遺憾なく発揮し多くの魔族達の賛同を獲得したことで見事な一枚岩の組織が出来上がりラヴァナを制裁せよと魔族達の機運が高まる。しかし
「まだ奴らへ手を下すのは早計だ。こちらも機を熟す必要がある」
アルフォンスがピシャリと鶴の一声の如く騒ぎ立てる魔族達を黙らせた。
今回、アルフォンス側になんの被害が出なかった訳ではない。アルフォンスに仕えていた忠臣と呼べる部下もグラットン、ランガ、ヴーレを除く12人が死亡。更に吸血鬼や女淫魔を除いた魔法に秀でている者達を盗られてしまう等人的再編は急務であり今すぐラヴァナ達と事を構えるのは賢い選択ではない
今は力を蓄える時、そう部下達に問い納得させたのは英断だった。今は戦力を高め来たるべき時の為に敵の情報を集め鍛えなければならない。そうしている中響介達はと言うと
「ありがとうライミィ。いい感じだ」
「良かったぁ」
嬉しそうにライミィにお礼を言う響介がいた。ふふんと得意気にドヤ顔を決めるライミィの声も嬉しそうで
「ほえ〜」
「なんとも立派な」
「かっけー!」
珍しいのかまじまじと見ているエリーとステラに何処か羨ましそうに声を弾ませるネロ。
「なあなあキョウスケ!そのジャケットの背中に入れたの何だよ!かっけーぞ!」
元の世界から着ている黒いフライトジャケット、胸の所にシンプルな装飾しかされていない物だったが今回ライミィに頼んで付加魔法を応用してある物をジャケットの背中部分にデカデカと入れてもらっていた。
それは金色縁の丸の中に金色で入れられた何かの花と欠けた月。
それは響介にとってとても大事な物だ。
「これは代紋って言って俺ん家の組のシンボルだ」
「代紋?」
「そうだよエリー。この世界でいうと家紋みたいなもんだな」
「ちなみに私も頭のに代紋いれたんだ〜お揃い〜」
そう言われてエリー達はライミィの頭に巻いているマタンプシを見ると確かに響介のジャケットの背中と同じ代紋が刺繍として入れられていた。
「いいなー」
それを見て羨ましそうにまじまじ見ているエリーと同じように代紋を見ていたステラが質問する。
「キョウスケ様、その代紋に書かれているのは?」
「これか?これは竜胆の花と三日月だ」
「りんどー?」
「ああ、花言葉は確か勝利だったかな?初代組長の好きな花だったらしくてそれを代紋にしたって話しらしい。まぁ俺が生まれる前の事だから本当かは知らねぇけど」
「しーらんのかい」
「エリーがツッコむのかよ!?」
「じゃあなんで三日月もあるの?キョウスケ」
「えっと、少し長い話しになるけどいいか?」
響介がライミィ達に確認すると皆頷いた。それを見て響介は記憶を辿りながら説明する。
「初代の引退前から跡目が決まってたらしいんだけどその時跡目争いが起きて組が二分化した。実家の組から離脱した連中が組作って三日月の代紋を掲げて袂を分けたらしい。だけどその離脱した連中の組が他と抗争して壊滅的な被害が出て袂を分けた二代目に恥を偲んで助けを求めたんだと」
ここまで大丈夫か?と響介はライミィ達に尋ね大丈夫と頷くのを見ると話しを続ける。
「間に入った二代目が仲裁に入って痛み分けって形でその抗争は終わったんだけどソイツ等はもう組の存続が絶望的だった。その離脱した組の組長は二代目とライバル関係だったらしくて跡目にその二代目が選ばれたのが悔しくて袂を分けてまで組を割ったらしい。それで今回の失態で自分は器じゃないと知って責任取る為に自分から土下座とエンコ詰め、そして若い奴らだけでも許して欲しいって言って腹切ろうとして二代目に詫び入れたんだ。その嘘偽り無い想いを汲んだ二代目が腹切る寸前で止めて吸収合併する形でソイツ等を受け入れて今の代紋になったらしい」
少し長くなった響介の話しをライミィ達は静かに聞いていた。響介は最後に
「じっちゃんは言ってたよ。時には赦す事も大事だってな、例え許せない事をした相手でも下のもんの未来の為に命を差し出せる程の覚悟がある奴なら信用してもいいってな」
『情けは人の為ならず』
これも祖父からの教えだ。この言葉を初めて聞いた時人に親切するのはその人の為にならないという意味と勘違いした響介。しかし本来の意味は人に親切するとその行いが巡り巡って自分に返ると知った。端的に言えば善因善果だ。
そう思っていると先程の言葉を聞いて一番反応を示していたのはエリーだった。何か思い悩んでいるように神妙な表情をしているエリーに響介は
「エリー、今すぐ決める必要はない、まだ時間はあるんだ。しっかり考えればいいんだよ」
そう穏やかにエリーに話しかける響介、その響介を見てつられて笑いながら
「取り敢えず、エンコ詰めさせる」
このセリフに響介達はつい笑ってしまった。それほどまでにエリーの中では罪が重いものなのは理解したつもりではいたがけじめはけじめとして一つしときたいのだろう、そう考えて笑う響介達にネロが質問を
「なぁ、エンコ詰めってなに?」
聞き慣れない言葉だったので具体的に何を意味するのか分かっていないようだった。するとステラが
「端的に言うと指を切り落とす事です」
「は?指を切り落とす?!なんで!?」
「指を切り落とすのはキョウスケ様のいう渡世では反省や謝罪の意味があるそうで、尚指を切り落とされた場合剣といった武器を満足に使う事が出来なくなるほど握力の低下が弊害として起こります」
「それ駄目だろ!?なんでそんなのを反省でやんだよ!?」
「反省だからだよ」
「は?」
「それは確かに命取りだ。でもな、それは相手に自分の大切な物を相手に差し出して詫びるというけじめの意志を示す行為なんだ」
響介の言葉を聞いてエリーに続き神妙な表情になるネロ、しかし響介はでもと付け加えた
「今じゃ滅多にやらなくなったよ」
「そうなのか?」
「ああ、さっきステラもいったが指を切り落とすと生活に支障が出るし何よりも世間様の目も厳しくて働くのにもなにをするにも苦労するんだ。実際組抜けの時にやらせてたんだけどじっちゃんは時代の移り変わりだって言って若い組員の組抜けも『綺麗な体で世間様に送り出すのも親の役目だ』って言って特に若い奴が妻や子供を養う為に足洗う事は組長であるじっちゃん公認って事でペナルティ無しで組抜けを認めてたんだよ」
「へぇなるほどな、でもエリーは?」
「クソオヤジ、詫び入れさせて、エンコ詰め」
「ぶれねぇな!!」
「しかも五七五だと!?」
エリーの発言にネロだけでなく響介も突っ込みあははと笑う一行、しかしここでネロが響介に問い掛けた。
「そういや、なんでキョウスケはいきなりそれジャケットに入れたんだ?」
「ああ、それな」
すると響介は地図を取り出した。それはアルフォンスが魔法で作ったこのアングリフ城を中心としたもので南からぐるっと城を囲むカサブランカの街が記されており
「ここいらの土地アルから貰ったんだ」
響介が指差したのはカサブランカとは反対側の、城の東側一体の荒野と森等しかない土地だ。響介は城とは離れた所にぐるぐると印を付ける
「アルフォンス様から?なんでだよ?」
「いや、この間の鴻上家家族会議覚えてるか?」
「ああ、確かエリーの母さんを匿うって言ってたやつか?」
「それそれ、ネロ帰った後話し合ってさ、なら土地貰って居場所作ろうってなった訳よ」
「ふぁっ!?」
予想外の答えに思わず素っ頓狂な声を上げるネロ。そこに
「ちょこ〜っと考えれば簡単だったね〜」
「うん」
「無いなら自分達で作ればいい、これをエリー様から聞いた時は私もハッとしました」
「それは俺もだ」
「私もー」
無いなら作る。正に昭和のオカン的な発想であるがなによりもその発想に至ったのが子供のエリーなのには流石と言わざるを得ない鴻上夫妻と従者
「なんで納得してんだよ!?ライミィ簡単じゃねぇぞ!しかも発案エリーか!?」
「落ち着けネロ、冷静に考えてみろ。今の俺達にはアルの後ろ盾があるんだ。ランガさんやヴーレさんが手一杯な今大陸東側のエルフ共や獣人族に睨みを効かす為と考えればなんも問題は無い。それにこの事アルにも言ったが二つ返事だっだぞ」
「ちなみにその土地はなんとキョウスケにそのままくれるんだって!」
「うそだろ!?アルフォンス様キョウスケ達に甘すぎねえか!?」
一同に突っ込みを入れるネロだが更に追い打ちが
「何言ってんだ?ネロも来るんだよ」
「は!?」
「当たり前だろ?その土地はアルがこの大陸のどっかから転送したらしくてなんか屋敷っぽいのがあるくらいでフィールドワークなんてなんもしてねぇんだから。1から探索しなきゃなんだよ」
「それに俺と何の関係が!?」
「ネロ、鈍い」
「要は魔王アルフォンスに報告が必要になりましてその間を取り持つ人員としてキョウスケ様がネロを推薦した所魔王アルフォンスが承諾して…ネロ?」
「あれ?ネロ聞いてないの?」
「今聞いたぞ!?マジで聞いてねぇぞ!?」
「大丈夫だネロ。アルには話を着けてある。アルも即決だったし『ネロを頼む』って言ったから心配すんな。取り敢えず明日からもう屋敷っぽいとこ行くからな」
「アルフォンス様ああぁぁぁ!!?」
まさかの事態に半ば突っ込みを放棄し頭を抱えて叫ぶネロだった。まさかまさか父親代わりでもあるアルフォンスからそんな大事な事を直接聞かされなかったショックも大きい。そんなネロに
「ほら、ネロ」
響介が何かをネロに差し出した。それは
「バッチ?これ代紋か?」
響介のジャケットに入れられた代紋と同じ竜胆と三日月が入った金色のバッチだ。横を見るとエリーやステラが嬉しそうに同じ代紋のバッチを受け取り見て、エリーは上機嫌にバッチを付ける。ネロは響介から受け取ると
「俺が代紋を背負う理由、それはこのエガリテで鴻上組を旗揚げする」
「えっ、それって」
「日本にあった俺の実家の任侠一家、極道組織だよ。腹は決まった」
そう語る響介の顔は覚悟が決まっている人間のそれだったのをネロは瞬時に理解した。そして
「俺は任侠者だ。俺みたいなのが助けるのはどうしようもない現実ってのに追い詰められてるヒトだ。追い詰められて行き場所が無いってんなら俺が、いや俺達が作る」
響介のこの言葉にライミィ達も続くように頷く。この異世界エガリテで響介は自身の信ずる任侠を胸に鴻上組を旗揚げを決意するのだった。