間話その10 五分の杯
響介一行、家族会議をする。
「今宵は良い月が出ている」
夜空は雲のない綺麗な星空に恵まれ月も一片も欠けていない満月が昇っている。あの戦いからもう一月が経ち、早いものだなと思いながらアングリフ城の自らの魔法で創造した空中庭園でこの城の主魔王アルフォンスは自身の好物であるアイスワインを飲みながら夜空に架かる満月を眺めていた。
「一月が長いか、可笑しなものだ。吸血鬼がたった一月過ぎるのが惜しいなどと考えるとはな」
千年以上の時を生き吸血鬼でもその類稀なる魔導師としての才能と実力のみで這い上がりたった100年で公爵の座に登り詰めその後周りの追従を赦さず圧倒し魔族の王ではなく魔導師の王として『魔王』の称号を得たアルフォンスはこの一ヶ月を振り返る。
実に刺激的だった。
「久方ぶりに気分が高揚した一時だ。やはり我はどうやら狼王とは縁があるようだ。なによりも今代の狼王は実に興味深い」
「誰が興味深いって?」
「む?」
突然返答がありアルフォンスは声に反応して振り向くと
「晩酌中邪魔をする」
現れたのは闇夜に溶け込むような異界の外套、黒いフライトジャケットを始め異界の服を身に纏う男、満月に照らされ黒髪は風で靡き闇夜でもはっきりと輝く青い瞳
「ネロ達が満月が出てる夜はここでワイン飲んでるって聞いてたが本当だったな」
そしてここに自分がいることを周知の上で現れる男など一人しかいない
「キョウスケか、その姿を見るに傷は癒えたか?」
「ああ、先生のお陰様でな。今日の検診で完治だと、先生には頭が上がらねぇよ」
アルフォンスの言葉にそう返答しながら庭園に置かれたテーブルに近付くと
「今椅子を出そう」
パチンと指を鳴らすと何処からともなく西洋風と言っていいアンティークチェアが現れ響介はアルフォンスに一礼すると席に着く
「悪いな、邪魔をして」
「構わん、我も偶には話し相手が欲しいものだ」
ふっ、と穏やかに笑うとワインを呷り一息付きグラスをテーブルに置くと空になったグラスにはいつの間にかワインが満たされていた。一部始終見ていた響介は目を丸くし
「今何やった?」
「空間魔法の応用だ。これくらい造作でもない。それよりもキョウスケよ、貴殿はどうやって来たのだ?」
「ん?これくらい世話ないぞ、下から功掌伸ばしてそのまま飛んで登った」
「ふふっ、貴殿はますます面白い」
そう静かに笑いアルフォンスはグラスを取りワインを一口飲み
「にしてキョウスケよ、我に何様だ?」
「聞きたい事と伝えたい事があってな、アルはアルテミスって神様知ってるか?」
響介の質問にアルフォンスは持っていたグラスを音を立てず静かにテーブルに置く
「アルテミスは封印された地母神ガイアの眷属である分神の一神だ」
「封印?」
「キョウスケは神災の事は知っているな?」
「ああ、500年前この大陸を変えた災いだろ?」
「神災、この世界『エガリテ』を襲った災い。それは地母神ガイアが邪神ゼパルゼウスを道連れに起こした天変地異だ」
「エガリテ?ゼパルゼウス?」
明かされた真実を聞いても響介はピンとこない。そんな響介を見てアルフォンスは仕方ない事だろう思う反面ある確信を持つ
「その様子を見るにやはりキョウスケ、貴殿はこの世界の人間ではないのだな。そしてキョウスケをこのエガリテに誘ったのは唯一封印を逃れたアルテミスか」
「ちょいと待ってくれアル。すまない俺が思っていたより情報量が多い」
予想していた以上にスケールが大きく困惑している響介を見て
「すまないな。ならば順に話そう。まずこの世の名は『エガリテ』、全ては地母神ガイアが創世した時にそう名付けた。そしてガイアは繁栄と庇護の為アルテミスを始め多くの配下の神を生み出した。その中でゼウスという神がいた」
「ゼウス?」
元の世界でも外国の神話などで良く聞く神様の名前だとその辺りの事が疎い響介でも分かった。アルフォンスは続ける。
「このゼウスという神は大変身勝手な神だったと伝えられている。エガリテを我が物にするためガイアに対し謀叛を働いたがガイアに返り討ちに遭い封じられた。しかし封じられる直前ゼウスはある禁忌を犯した」
「禁忌?」
「ガイアが封じていたゼパルという魔神がいた。この魔神は生物の欲望を刺激する力に長けた魔神でその力を争いの為に使った事でガイアに封じられていた。だがゼウスは封じられる寸前でその魔神の封印を解きゼパルを取り込み融合、そしてゼウスだった神は邪神ゼパルゼウスと名乗り取り込んだゼパルの欲望を刺激する力を使い魔法道具を用いて人間達をけしかけガイアと神達に戦いを挑んだ」
その話しを聞いて響介は邪神魔具の由来を知る。どうやらそのゼパルゼウスが人間を操って使う為に作った魔法道具のようだ。しかし疑問が
「だが、どうして人間だったんだ?」
「亜人族、獣人族、魔族、龍族に比べ人間は欲望に対する耐性が格段に弱く数が多い、自身は神だと言ってスキルを与え邪神魔具を渡してやれば簡単に崇められた。それがオウレオールの始まりだ」
「邪神を祀る国が神聖を名乗るなんて世も末だな」
「当時の人族国家は魔族以上に同族同士の戦が激しかった。だから神に選ばれた奴らは選民意識が出たのだろう。そう人間達を誑かし揺動したゼパルゼウスは人間達を他種族へ戦争を仕掛けるように仕向けた。それにより大地は血に染まる事になった。それこそゼパルゼウスの目的だった」
「目的だと?」
「ゼパルゼウスの目的、それは魔族を始め多種族の命を殺めた人間の魂を刈り取り自身の力にしガイアを超えこの世を我が物にすること、その真意を知ったガイアは諸ともと覚悟したようだ」
その話しを聞き神も人間も大差ないと感じた。
所詮、その神も弱いものから搾取する外道だと、そもそもやってる事は半ば洗脳だ。
「人間達を揺動し戦いが激化したことを受けガイアは持てる魔力を使い神災を起こした。自身の力も失うがこれ以上謂れのない命をゼパルゼウスの思惑で奪われるのを我慢出来なかったのだろう。神災によりエガリテに生きる種族達は戦う事を維持出来なくなり武器を下ろし長年続いた戦が終わった。そしてガイアは神災を切掛に力を失ったゼパルゼウスを再び封じる事に成功した。しかしここで出てくるのは今オウレオールで信仰されている五神だ」
「あの五神が横槍を入れてガイアを封印したって事か?」
「左様、あの五神はゼパルゼウスがゼウスだった時に誑かして従えた最下級の神だ。ガイアと配下の分神であるセレーナ、アルテミス、エリス、ピトリー、ルポセネの五体の神は力を失ったガイアを守り戦ったが共に封じられたと伝わっていた。だが…」
「アルテミスだけは逃れていた、と…」
響介の問いにアルフォンスは頷く
「何をどうやったかは我も知らん。だがあのオウレオールの五神共の目を欺き逃げ延び機会を伺っていたのは事実、恐らくは探していたのだろう、ラミアに与してくれる者を」
「ん?どういう意味だ?アル」
新たな疑問が生まれた。何故そこでライミィ達ラミアが出てくるのか?勿論アルフォンスは答えてくれた
「ラミアという民族はこのエガリテを生きる種族の中で地母神に近い存在でありアルテミスが目にかけていたと聞く。それ故あの五神共はラミアが邪魔なのだろう」
その言葉を聞いて響介は腹が立ったが邪魔な理由は分かる。
ライミィは『神遣いの一族』という神聖魔法邪神魔法を無効化するアビリティを持っている。どう考えても奴らのカウンターとなる能力であるのは明々白々、だがそれは『地母神の加護』を持っている響介も同じだ
「我の推測だが恐らくラミアは地母神ガイアの封印に関わる存在だと思っている。故にラミアを助ける為にアルテミスはキョウスケをラミア達の元へと送り届けたと我は見ている」
「…成る程な、大体分かった。ありがとうアル、お陰で覚悟が決まったよ」
「む?キョウスケよどういう意味だ?」
「簡単さ魔王アルフォンス。ネロから聞いていた申し入れを受けたい」
「そうか、理由はなんだ?」
「決まってんだろ、男は女と家族と仲間の為に戦うだけだ。その邪神や五神共からしてみれば俺達が邪魔なんだろ?だったら俺達が手を組むのは道理だ。それに俺は売られた喧嘩は買う主義だ。アルは違うのか?」
「無論、我も同じだ。このまま侮られては我が美学が許さん」
アルフォンスは上機嫌にそう言いワインを煽ると響介に向き直る
「キョウスケよ、これは我の我が侭なのだが聞いてくれるか?」
「なんだ?」
「貴殿と盟約を結びたい」
「盟約?」
そのまま聞き返すとアルフォンスを教えてくれた。
アルフォンスの言う盟約とは吸血鬼流の盟約、特に特別な縛りや制約はないが互いに信用に値する多種族の者と酒を飲み交わすのだとか、用心深く敵が多い吸血鬼にとってはそうして契を交わすのは特別な事だそうだ。
それを聞いた響介は
「ああ、五分の杯か」
「ゴブノサカヅキ?」
「俺のいた世界で、俺が飛び込もうとした渡世での契の一つだ。杯を要は互いに酒を飲み交わした二人は兄弟分として契を結ぶ。特に五分の杯を交わした二人は上も下もないお互い五分の兄弟分として契を結ぶ、アル?」
響介の説明を聞いていた筈のアルフォンスの様子が変わったのに気付いた響介はアルフォンスに問いかけるが
「くくく、あっはっはっはっ!!」
見たこともないくらいの大笑いをした。何時も冷静で表情一つ変えないアルフォンスは正に破顔一笑の言葉が似合う位笑う
「気に入った!気に入ったぞキョウスケよ!ならば我と五分の杯とやらを交わそうぞ!」
「ああ、良いぜ」
そう言って二人は乗り気になりアルフォンスはパチンと指を鳴らしグラスを新たに出すと中にワインを満たし響介に渡すとアルフォンスはグラスを掲げる。
厳密な契のやり方は一つの盃を互いに飲み交わすのだが盃なんてものはこの世界にはなくアルフォンスがグラスを二人分出したこともあり響介もアルフォンスがグラスを掲げるの見てグラスを掲げる。
二人は同じタイミングでワインを煽りこれまた同じタイミングで飲み干すとテーブルに叩きつけるように置いて五分の兄弟の契を結んだ。
後日、アルフォンスはルイナスを始めとした魔族の街をアングリフ城の元へ転移させ周りのダンジョンを城壁のように囲うと魔族達に響介と兄弟の契を結んだ事を告げたのだった。
この出来事はエガリテの長い歴史の中で『魔王』と『狼王』が手を組んだ歴史上初めての出来事であり集まった魔族達は大いに湧き上がった
歴史は大きく変わり動き出す、任侠者を中心に
呼んで頂き誠にありがとうございます!作者のみえだと申します!
間話魔王城滞在編は以上となります。リアル都合が立て込み中々更新が出来なくて誠に申し訳ありませんでした。
ここにお詫び申し上げます。
今後も不定期気味な更新になってしまいますがひっそりと更新してますので読んで頂けたら幸いです。
また宜しかったらブックマークや評価を頂けたら今後の励みになりますのでどうぞ宜しくお願い申し上げます。
最後になりますが改めて読んで頂き誠にありがとうございました!第6章もお楽しみに!!