間話その1 ネロの再教育
響介、魔王城に入院する。
「だあぁ!もういい加減にしろ!!」
突如、ネロの叫びが部屋に木霊する。
「何を言ってるんですかネロ?さあ続けますよ」
それに返すかの様な凛とした声が部屋に響くと周りもそれに反応する。その人物達は頭からつま先まで騎士甲冑に身を包む物々しい空気を出し、特にネロに声をかけた騎士甲冑はその騎士甲冑の中でも鎧の縁に一際目立つ装飾が施されていた人物。
「続けるって本気かハリエット!?」
ハリエットと呼ばれた騎士甲冑は兜を縦に振る。
「当たり前です。さぁネロ、聖書の28ページを開きなさい」
「何が聖書だ!これお前らが好きな恋愛小説だろうが!?」
半ばキレながら突っ込みを入れるネロの手にあったその本の背表紙に書かれていたのは『恋する乙女は愛しの人の為に片手で魔人を屠る』なる題名の本、そんなネロにハリエットが静かに兜を震わせた
「クラリッサから聞きました。ネロ、貴方は真摯に訴えるエリーさんの思いに気が付きもせずにそれを悪怯れもしなかった。ネロ、私達は貴方をそんな風に育てた覚えはありませんよ!キョウスケさん達とのお約束通り貴方は私達亡霊騎士団が総力を上げて再教育します!!」
「確かにそこは認めっけどよぉ、でもなんでこの恋愛小説が出てくんだよ!」
「まだ分からないのですか!貴方に足りないのは他人の立場に立ち考える事の思慮!それ故今一度相手の立場、特に異性の立場となり考える必要があるのですよ!」
「だからって何でこのどっぷり甘々な恋愛小説なんだよ!立場になって考えろって言われてもこの出てくる女の考え方ぶっ飛んで参考にならねぇだろうが!?そもそもこれ野郎が読むの向いてねぇんだよ!キョウスケだって読みゃしねぇぞ!」
ネロのこの発言にハリエットは勿論周りの亡霊騎士団のデュラハン達はみんな顔を見合わせる。
「な、何だよ?」
この様子に困惑したネロだったがここでデュラハンの一人、ジュリエッタが恐る恐るといったように手を挙げ
「キョウスケさん、読んでますよ?」
「はぁ?!」
ネロがハリエットと押し問答を繰り広げている頃
「…」
「あー面白かったー、次々」
「ふむふむ」
「ふふっ成程」
豪華な調度品で彩られ自分達に用意された広い部屋で響介達は皆静かに本を読んでいた。読んでいる本は
「面白いねー、クラリッサさん達に貸して貰った『恋する乙女は愛しの人の為に片手で魔人を屠る』」
「うん」
「悪い、4巻は何処だ?」
「それがキョウスケ様、4巻が抜けてるみたいでして…」
「お兄ちゃん、先にこっち読むと、面白いよ」
「ありがとうエリー。じゃそっち貸してくれ」
「はい、お兄ちゃん」
「…嘘だろ?」
やって来たネロが見たのはハリエット達の女性物恋愛小説を回し読みする響介達の姿だった。
恋愛小説を熟読する響介の姿を見てネロは目を疑ったが
「ほら、読んでるでしょう?」
ネロに付いてきたハリエットと警護していたクラリッサとフランシス、それと20人近いデュラハンがこぞって頷いていた。しかしネロは
「納得出来るか!」
信じられないと叫ぶかのように突っ込みを入れると響介達がネロ達がそこにいたことに気が付き
「ネロ、煩い」
「ホントだよ、ネロ煩いよ。キョウスケが休んでるんだから静かにして」
「申し訳ありませんみなさん。私達の愚弟が配慮が足らずご迷惑を…」
「まてテメェら!色々突っ込ませろ!」
「なんだ騒々しい、ん?」
部屋の入口で騒ぐネロ達を見て響介はネロの手に持っている本に気が付いた。
「なあネロ」
「ちょっと待てキョウスケ!そもそもなんでお前が「ネロが持ってるのって4巻か?」へ?4巻?」
「あっホントだ!『恋する乙女は愛しの人の為に片手で魔人を屠る』の4巻だ!ネロが持ってたのね!」
「ハリエット殿、こちら私達が読み終えた1から3巻です。申し訳ありませんがネロが持っている4巻と取り替えて頂けませんか?」
「勿論いいですよ!さぁネロ貸しなさい!」
「俺を置いて話を進めてんじゃねぇ!」
「いいから貸せ」
「あっはい」
強く鋭くなった響介の剣幕に不意に呑まれネロは素直に持っていた『恋する乙女は愛しの人の為に片手で魔人を屠る』の4巻を響介に渡す。響介は受け取ると
「誰から読む?」
「じゃ私からでいい?キョウスケはいいの?」
「ああ、俺は先にエリーから貸りた『恋する乙女は愛しの人の為に外道の足を刈る』を読んでるから」
「エリーも、『恋する乙女の叫びは竜の鼓膜を破る』読んでるー」
「私も『恋する乙女は愛しの人の為に外道エルフに針千本刺す』を読んでいる途中ですからどうぞ」
「どっぷりはまってんなお前ら!しかも何だその物々しいタイトル!!」
ネロの突っ込みをどこ吹く風の如く響介はライミィに4巻を貸すと自身も持っていた小説を黙々と読み始める。ネロはそれを目の当たりにし
「おいキョウスケ」
「ん?どうしたネロ?」
「何でそんな黙々と読めんだよ!?女物の恋愛小説だぞ!?」
しかしネロの発言に疑問が浮かびながら響介は首を傾げる。
「だからどうしたんだ?面白いぞ」
「面白いぃ?!」
「ああ、このヒロインの少女スカーレットの表情が変わるのが分かる書き方や男には無い女性特有のきめ細やかな心中の表現は俺としてはとても勉強になる」
この響介の言葉に亡霊騎士団のデュラハン達からふと「おお…」と感嘆の声が漏れ拍手が送られた。その拍手の中ハリエットがネロに問いかける。
「ほら見なさいネロ、貴方に足りないのはこのキョウスケさんの姿勢です!自身の足りない物を積極的に学ぼうとする姿勢、貴方のように興味あることを学ぶのは勿論よろしいです。しかしせめてその半分位は他のものを学ぼうとする姿勢を向けなさい!」
「だあぁ!あれと一緒にすんな!大体「ねぇねぇ」ん?」
「ネロと、ハリエットお姉ちゃん、煩い」
エリーからの正論でヒートアップしかけていたハリエットははっと我に返るように気が付くと背筋をピシッと伸ばしキョウスケ達に頭を下げた。
「し、失礼しました!キョウスケさんがお休みの中騒がしてしまい申し訳ありません!」
「い、いやいや大丈夫ですよ。ねっキョウスケ?」
「ええ、気にしないで下さいハリエットさん。それより皆さんは確かネロの再教育だと…」
「あっ、もういいですこのスットコドッコイは置いといてそんな事より」
「おおぃ!?待てぇぇい!!!」
この後もワイワイと騒ぐ一同、なんでもないようなある日の昼下りの一時だった。