118話 信託 引き金はお前が引け
響介とライミィ、仲間達と合流する。
「テメェがラヴァナか」
カースドラゴンに毒蛇咬をお見舞いした響介はアルフォンスの隣に立ちラヴァナに対峙する。頭のキズは完全に開いてしまい今も血を流している状態だが滲み出る殺気を宿す青い瞳には力が一片も失われていない。
寧ろ逆だ。キズ付いた事で凄味を増す殺気と言い表す事が出来ない力強さと覇気を纏う響介の姿を見てラヴァナは呑まれそうになる。対しアルフォンスは
(なんと研ぎ澄まされた闘気だ…。彼の者は本当に人間か?ならば、なんと…!)
隣に肩を並べた狼王に言葉で例えるのが分からない程の昂揚感を感じていた。
「キョウスケ!」
「お兄ちゃん!」
「キョウスケ様!」
「キョウスケ!」
響介に遅れて付いてきたライミィと先に戦っていたエリー達が響介の元に駆け寄る。エリーは怪我を負い血を流す響介に治癒魔法を詠唱しようとしたが
「エリー、大丈夫だよ」
なんと響介はそれに待ったをかけた。
「なんで?」
納得がいかないエリーは金色の瞳を揺らして響介を見つめる。
エリーの言い分を響介はしっかり理解している。当たり前だろう。キズだらけの家族を目の前にして心配しない方がおかしい。慕っている響介が酷い怪我をしているならエリーは迷う事なく治す事を選ぶ、治せる力があるエリーなら尚更だ。そんなエリーに対して響介は優しく言い聞かせるように
「気持ちは嬉しいんだ。でも今はまだ大丈夫だよ。ありがとうエリー」
「…お兄ちゃん、ズルい」
響介の気持ちを汲んだエリーはそれ以上言及はしなかった。エリーに申し訳無さはある響介だが今はラヴァナに目をやり
「さぁてラヴァナ、落とし前の時間だ」
響介は不敵に笑いポキポキと骨を鳴らしてカースドラゴンを横手にラヴァナに歩み寄る。その時
「ボアアァァァァァァ!ギザマァァァ!」
「マジか!?」
毒蛇咬は確かに頭を捉えていた。沈黙したはずと判断していた響介はまさかドラゴンが直ぐ起き上がるとは思っておらず驚いた。カースドラゴンが醜悪な雄叫びと共に腕を振り上げて響介に攻撃する。
しかしガキン!と大きな音が立つと
「危ねえなこの野郎」
響介は瞬時に反応し玄武甲盾を展開して受け止める。響介はそのまま玄武甲盾の展開を維持すると
「うおぉらぁ!」
なんと玄武甲盾をカースドラゴンと同じくらいに巨大化させてそのまま盾で押し返しカースドラゴンを転倒させたのだ。
「な、何!?」
「ほう」
この光景にラヴァナは驚愕しアルフォンスは益々興味が湧き響介を見ていた。その視線に響介が気付くとアルフォンスと目が合った
「あーあ、出会っちまったか」
「エリー、そんな言葉ホントに何処で覚えたの?」
横でライミィがエリーを嗜める中響介の方から口を開いた。
「貴方が魔王アルフォンスか?俺はキョウスケ。鴻上響介」
「如何にも今代の狼王よ、我がアルフォンス。魔王アルフォンス・ヴァレンタインだ」
もんどり打つカースドラゴンとこの状況を脱却するべく策を巡らせるラヴァナを尻目に狼王と魔王が互いに名乗り始めた。すると響介が
「やっぱり長ぇな、アルで良い?」
「ちょっ、おいキョウスケ!?」
なんと恐れ多いことか響介は魔王に略称で読んで良いかと聞いてきたのだ。これにはネロは黙っているわけにはいかず声をあげたが
「よかろう。ならば我も貴殿を狼王ではなくキョウスケと呼ばせて貰おう」
「ああ、宜しくなアル」
「ア、アルフォンス様!?」
まさかの即答で了承だった。これにはライミィ達も思わず笑ってしまいネロは驚きを隠せない。そんなネロにアルフォンスは
「ネロよ。今はそのような些細な事で事を荒立てるでない。面前に集中せよ」
「ガガアァァァァァァ!!」
目の前には態勢を立て直したカースドラゴンと
「有り得ん、有り得る筈が無かろう…!狼王など…!くだらない御伽噺など、愚か者共の妄想の存在など!!」
信じられないといった表情をし呪詛のように喚き散らし何か否定しているラヴァナ。そのラヴァナにアルフォンスは呆れ半分といった様子で告げる。
「妄想ではない痴れ者が。高々数十年程度しか生きとらん貴様が存在を存じぬだけだ」
「五月蝿い!!」
ラヴァナの否定の叫びに呼応するかのようにカースドラゴンが腕を振り上げ攻撃を繰り出す。しかし響介達はまるで蜘蛛の子を散らすように分散して躱すと
「はあぁ!」
「ショックウェッブ…!」
白虎爪を展開した響介がカースドラゴンに切りかかったと思いきや即座に離脱、そこにアルフォンスの詠唱した雷の鞭が切りかかったキズめがけて飛びダメージを与える。
「ガアァァァ!?!?」
「なぁ?!」
「グッドタイミングアル」
「ふっ、やるなキョウスケよ」
「なんか彼処に攻撃したいような気がしてな」
カースドラゴンの攻撃を前に飛び込み躱し見事な反撃を与えていた響介とアルフォンス。カースドラゴンを怯ませる事に成功すると
「喰らいなさい!」
「装填完了!たらふく食らいやがれ!」
真上に跳んでぶら下がっている調度品にぶら下がりやり過ごしたライミィと横に跳んで躱したネロからすかさず魔法矢と弾丸の援護射撃が入り
「はあぁぁぁ!!」
「リーゼ、ウラー!」
怯んだ所を逃さずステラがバスターブレードを振るいエリーがリーゼに攻撃を指示しカースドラゴンに攻撃を加える。響介達の火が付いたような猛攻の中に晒されるカースドラゴンは抵抗しラヴァナも魔法を放つが
「どぅぉらぁ!」
「シャドウエッジ…!」
響介とアルフォンスのまるで互いの攻撃や行動が理解しているかのような連携攻撃の前にカースドラゴンとラヴァナは翻弄されてしまい響介とアルフォンスは猛追の手を緩めない。この二人の見事な連携に
「なんと…」
「アルフォンス様の意図を瞬時に理解して動くなんて…」
「まさかアルフォンス様についていける者が現れるとは、驚きですじゃ…」
息を吹き返した亡霊騎士団の面々が感嘆の声を上げグラットンが驚きを隠せない。
並み居た魔王の中で一線を超えた力を持ち孤高の存在だったアルフォンス。しかし弱って力が存分に振るえないとはいえアルフォンスの挙動に呼応するかのように行動しまるで舞いの如く合わせる満身創痍の響介に皆羨望の眼差しを向けていた。
「何故だカースドラゴン!奴らは所詮くたばり損ないなんだぞ!?何故殺せんのだ!?」
対するラヴァナは狼狽える。奥の手ともいえる存在を出してもアルフォンス達を殲滅させるどころかジワジワと追い詰められている。そんなラヴァナに
「当たり前だろうが」
血を流し戦う響介はカースドラゴンの攻撃を捌きながらふとラヴァナに対して口を開く
「何…!?」
「手負いの獣が凶暴なのは当然だろう?ヒトってのは追い詰められた時に真価を発揮するもんなんだよ」
はっきりと言い切る響介にぐうのねもでないラヴァナ、だがしかしカースドラゴンに決定打を与える事が出来ず膠着状態なのは変わらずだ。戦いながら響介は思案する。
(コイツ、アンデットだろ?魔石は何処にあんだ?大体は心臓があった場所の近くにあるもんだがないってことは…)
カースドラゴンの攻撃を玄武甲盾で防ぐと響介は反動を利用してバク転のように跳びアルフォンスの近くへと着地するとアルフォンスに尋ねる
「なぁアル」
「どうした」
「今までアルが攻撃してたのはアンデットなら大抵魔石がありそうな所だろ?アイツって魔石あるのか?」
「流石だな、そこに気が付くとは。察する通りあのアンデットには魔石ではなく邪神魔具を用いている」
「邪神魔具?」
「左様、呪玉と呼ばれる邪神魔具を用いている。それが魔石の代わりとなりあの魔物を動かしているのだ」
「なら、その邪神魔具を壊せばいいんだな?」
「だがラヴァナの妨害が薄いことを鑑みるとおそらくラヴァナは呪玉をドラゴンの体内で動すのに魔力を用いているのだろうな」
「成程」
何となく合点がいった響介。どうやらラヴァナはこちらへの直接的な妨害程々に邪神魔具を破壊されないようにドラゴンの体内を動かして小細工をしてるようだ。
(道理でしぶとい訳だ。だがどうするか)
響介は改めてカースドラゴンを見る。中々デカい図体で暴れ回り次々とドラゴンゾンビを産み出すカースドラゴンを潰すには体内に動き回る邪神魔具を破壊するしかない、だがラヴァナが呪玉を移動させているなら恐らく空間魔法で動かしているのだろうと推測した響介はあることを思い付き直ぐに行動に出る。
「ライトニング!」
響介は目晦まし代わりに雷属性魔法をカースドラゴンに放つと
「エレクトリックスパーク」
察したアルフォンスが雷属性魔法を放ち響介の行動を援護した。その時
バチッ
「ん?」
響介は何か異質な『音』を聴いた。しかし今はアルフォンスが稼いでくれた時間を無駄にするわけにはいかず響介はエリーの側に跳び
「エリーいいか?」
「何?お兄ちゃん」
「出来たらでいい。あのカースドラゴンから空間魔法の魔力を感知出来るか?」
この響介の言葉に何か察したエリーはカースドラゴンを一瞥すると強さを秘めた笑顔に響介に向け
「やってみる」
瞳を閉じて魔力を練り集中する。エリーの周りに魔力が漂い始めその魔力の質に気が付いたラヴァナは
「やらせん!ドラゴンゾンビ共!あのダークエルフのガキを殺せ!!」
本能的に響介の狙いに気が付いたラヴァナは配下のドラゴンゾンビ達に命令しエリーを狙う。が
「させません!」
迫りくるドラゴンゾンビ達はエリーに迫る前に全てステラが斬り捨てていた。バスターブレードを豪快に振り回しドラゴンゾンビ達をエリーに寄せ付けない。さらには
「キョウスケさん!」
「クラリッサさん!」
「加勢します!アンリエッタ!アルヴァン!フランシス!エリーさんにドラゴンゾンビ達を近付けるな!」
「「「はっ!」」」
後方でドラゴンゾンビ達を食い止めていたクラリッサが数人のデュラハンを引き連れてステラに加わりエリーに近付くドラゴンゾンビを相手にし戦い始める。
「見つけた。今喉にある」
エリーが静かに呟いた。そして響介の行動は速かった。エリーの呟きを聞いたと同時にカースドラゴンに急速接近、肉薄しカースドラゴンの喉元に両手の白虎爪を突き立て掻っ捌くと
「見つけた…!」
禍々しい色を放つ水晶玉のような物を見つけることが出来た。響介は呪玉を壊そうと白虎爪を振り上げた。
「やらせん!イービルスフィア!」
しかしラヴァナの闇属性魔法に阻まれてしまった。咄嗟に防ぐ響介だが次に目にしたときは
「ちっ!」
そこにあった呪玉はどこにもなく挙げ句の果てには捌いたキズも修復されてしまい
「ギザマァァァァァァ!!」
カースドラゴンも自分の脅威に成り得る響介に攻撃を仕掛けようと腕を振り上げた。
「キョウスケ!サンダーボルト!」
「サンダーボルト」
だが響介を助けるべくライミィとアルフォンスが雷属性魔法を放ってカースドラゴンの足を止め響介を離脱させる。その時だ
バチッバチッ
「また…?」
また響介は『音』を聴いた。先程から周りの仲間が反応しないことから恐らく自分にしか聴こえなかったと響介は判断した。恐らくピアニストとして演奏するようになった事で鍛えられた耳が拾うことが出来たであろう音だ。響介は下がりながら
(なんだ?何の音だ?まるで電気が反発するような…)
カースドラゴンの攻撃を躱しながら響介は思案を続ける。
(電気の反発…、磁場か?でもなんで…?)
「くっ、ブラックセイバー」
思案した響介が目にしたのはアルフォンスが咄嗟に放った闇属性魔法。その魔法はカースドラゴンに効果がなく霧散したが
(そうか…!そういうことか!)
響介の中である仮説が浮上した。そして確かめるべく響介はアルフォンスに呼び掛ける
「アル!俺に合わせて雷属性魔法を頼む!」
「…よかろう。何か策があるようだな。サンダーボルト」
「ライトニング!」
「キョウスケ?」
響介を信じてアルフォンスは雷属性魔法を詠唱し響介も続く、二人の雷が驟雨のように降り注ぐ中
バチッバチッ
「!」
響介はあの音を聴いた。
(そうか、俺とアルの雷属性魔法が『反発』してんだ…!)
電気には磁力が存在し異なる極性の電気には引力が発生し、同じ極性には斥力が発生する。
本来の性質ではそうだが魔法が絡む場合はそれには当て嵌まらず自身と他者が同じ属性の属性魔法を行使した場合、異なる魔力により引力が発生することにより結び付きより強い魔法となる。
しかし響介やライミィが放った雷属性魔法とアルフォンスが放った雷属性魔法は反発した。これはどういう事か?それは響介達が習得している魔法に起因する。
響介の習得属性魔法、地、雷、光
ライミィの習得属性魔法、火、風、雷、光
アルフォンスの習得属性魔法、水、雷、闇
つまり、光属性を帯びた響介とライミィの雷属性魔法が闇属性を帯びたアルフォンスの雷属性魔法が互いに反応した事による『属性魔法の反応作用』が発生し、結果光属性の雷と闇属性の雷が反発し合った事で斥力が発生、そこに電気の科学反応が合わさり擬似的な磁場が発生したということだ。そして2種類の雷魔法から磁場が生まれたということを気が付いた響介に天啓が舞い降りた。
「ライトニング!」
「エレクトリックスパーク」
バチッバチッ
(ライミィ、気が付いてくれ…!)
「!」
先程からまるで検証するかのように連続して魔法を放つ響介に疑問を抱いて魔力感知スキルを使っていたライミィ。響介の行動に違和感を感じていたライミィは歪に変化した魔力を感知し直感的にアイテムバックから矢を取り出すとカースドラゴンが魔力場の延長線上になるように射線を確保するとすかさず矢を放った。
「ガアァァァァァ!?」
「な、何?!何だ今のは!?」
場に、カースドラゴンに衝撃が疾走る。
ライミィの放った矢が魔力場に差し掛かった瞬間だった。まるでノビるかのように急激に加速した矢は肉眼で捉える事が出来ずカースドラゴンの右肩を吹き飛ばした。これには放ったライミィは勿論皆呆気に取られた。
響介を除いて
「ビンゴだ」
唯一原理が分かった響介は満足そうな笑みが溢れた。
電気により発生した磁場を利用して物体を加速させ射出する。元の世界で存在した兵器、電磁投射砲の原理だ。細かな所や専門的なことは何一つ分からないが嬉しい誤算だった。
「ライミィ合わせてくれ!ライトニング!」
「サンダーボルト」
「お姉ちゃん!右足」
「今!」
間髪入れず響介とアルフォンスは雷属性魔法を放つとエリーの指示の元すかさずライミィは矢を射りカースドラゴンの身体の一部を吹き飛ばす。カースドラゴンに致命的なダメージを与えているがまだラヴァナの空間魔法の方が速く紙一重で呪玉を躱される。
それを見た響介はアルフォンスに視線を合わせる。その刹那といえる瞬間に響介の意思を読み取ったアルフォンスは
(ネロよ)
「!ア」
(喋るでない。今念波を用いてお前に一方的に語りかけている)
ラヴァナに悟られないようアルフォンスはネロに響介と自分の考えを伝える。
(今のを見ていたな?あのラミアの娘の腕は悪くはない。だがまだ遅くラヴァナの空間魔法が間に合ってしまう)
念波でネロに語りながらカースドラゴンに攻撃の手を緩めないアルフォンスは続ける。
(そこでキョウスケからの策だ。ダークエルフの娘が呪玉の魔力を感じる直前に我らがまたあの魔力場を作る。ネロよ、お前が撃て)
ネロはアルフォンスの言葉を聞いて一瞬不安そうな表情をしてしまう。それを察したアルフォンスは
(キョウスケが言っていた。『家族』は信じるものだとな、我も同意だ。そして我は考える『親』は『子』に願いを託すものとな)
「アルフォンス様…」
(案ずるな息子よ、我とキョウスケが必ず道を作り出す。だから、引き金はお前が引け)
その言葉を聞いて、ネロは覚悟を決めた。