109話 ブリーフィング 開かれる戦端
響介、決意を抱きピアノを弾く
「おおっ、キョウスケよ!待っていたぞ」
響介達がアジトを出て転送魔方陣へ向かうと既にランガとヴーレは勿論その部下の戦士達が勢揃いしていた。
「うわぁ、いっぱいいるねぇ」
ライミィが驚いたように声を上げるのも無理はない、そこにいたのは千を優に超える鬼人族、戦鬼族、人狼族を始め老若男女種族問わず多くの魔族がそこにいた。
ランガが響介達に気が付き声をかけると魔族達は一斉に響介達に視線を集める。響介が一歩踏み出し前へ歩み進めるとその集まった魔族達は即座に道を空ける。その様はいうなればまるでモーゼが海を割る様に、否任侠の頭を出迎える為道を空ける組員と言った方が響介の場合適切だろう。響介に続き一行が魔族達が開けた道を通ると
「あれが例の人間か」「グリズリアを蹴り殺したって奴だな」「なんて圧だ、ここからでもあの人間の気が分かる…」「後ろのあの金髪の女、ずいぶん綺麗な姉ちゃんだな」「騙されるなあの匂い、あの金髪の女はラミアだ」「ダークエルフのガキだと?」「腕の良い治癒術師のダークエルフだ。仲間が世話になった」「人間のメイド…?」「あの女、人造人間だそうだ」「ネロ、戻って来ていたのか」「だが良い顔をしている。一皮剥けたようだ」
響介達に対して様々な発言をしているようでふと視線をやる。数多くの魔族がおり日本の着物のような服に胸当てを付け脇に刀を携えた鬼人族や大きな錨のような得物を担いだ戦鬼族、白い毛並みをした人狼族の戦士、響介やライミィと年が同じくらいの鎧を着た魔族の女性とエリーぐらいの年の治癒術師のローブを羽織った魔族の少年など多彩な顔ぶれがいる。
響介達が魔族達の一番前すなわちランガ達に近いところへ来ると一行に同行していたクラリッサが
「これで全てです。ランガ殿」
「うむ!これより我が主に弓引いた悪き愚か共に天誅を与える!」
途端におおぉぉぉぉ!!と怒号が上がりルイナスの街の士気が高まり異様な空気に包まれる。それを見て響介は
(任侠のカチコミみたいだな、あの時を思い出す)
この光景を見て響介は一年前のある光景を思い出した。それは祖父孝蔵の縁のある元任侠者だった人の葬式で起こった祖父を狙った襲撃事件だった。
任侠の世界での一番の不文律は親分襲名や引退、葬式等の慶事弔事の席での襲撃だ。行ったのは鴻上組の縄張りを狙った対立極道の下部組織、鴻上組の組員が調べるとその下部組織の独断だったらしく後ろ楯の極道はノータッチだったが祖父は
『オタクの下部組織がバカな真似しやがったんだ!アンタらはどうするつもりじゃ?』
『うちとは縁を切る。もう連中にうちの代紋は挙げさせん』
と、関係者で話しをつけて後ろ楯を切り離してから関係各位に話しを広め孤立させてその下部組織を干した。それを受けた下部組織はあろうことか孫の響介を狙い面倒を見ていた半グレ集団をけしかけて学校からの帰り道を襲わせたのだ。
その時以前から1対50以上の喧嘩で無傷で勝利し『青い瞳の悪魔』と異名をとっていた響介。相手がたかが20数人とはいえ全員武器を所持しており不覚にも鉄パイプの一撃を頭にもらってしまい響介は負傷してしまった。鴻上組の組員が駆けつけた時には半グレ集団は響介によって全員半殺しにされ壊滅していたがその中央で頭から血を流しながら静かに佇む響介を見つけるとすぐさま響介は病院に緊急搬送された。病院に搬送された響介は幸い命や脳に別状なくその後警察から事情聴取されるも相手が凶器を所持していた半グレということと響介も大怪我を負わされたということもあり正当防衛とされ直ぐに解放された。
その報告を受けた祖父の組長孝蔵、頭の京町と兄貴衆は大激怒し中でも亡き息子夫婦の形見であり最愛の孫を襲われ大怪我を負わされた孝蔵は怒髪天の如く怒りを露にし
『奴らは渡世の不文律を破っただけで飽きたらず堅気の響介にも手ぇ出しやがった!京町!』
『はっ!』
『ケツは持ってやる。連中を残らず粛清し頭を儂の前に引き摺りだせ!!』
いくら組長の孫で跡取りとはいえど響介自身は当時まだ堅気の学生、それに加え響介は組の構成員の皆から慕われていたこともありその響介を負傷させたと聞かされた組員達の怒りは凄まじく兄貴衆に至っては全員が襲撃に立候補するまでだった。その晩、その下部組織と半グレ集団の残党は頭の京町始め兄貴衆による襲撃を受け一夜にして一人残らず粛清され下部組織の組長は孝蔵による壮絶な拷問の末部下揃って道路の舗装材として処理された。
今の状況が正にそれに似ていると思う響介。形は違えど不文律を侵害されたネロを始めとした魔王アルフォンスを慕う者達からすれば弓引くクーデターは最大の不文律と言っても過言ではない。ルイナスの街が盛り上がる中でヴーレが口を開く
「これより我らが主アルフォンス様を助け出す。これより作戦を伝える。この後直ちに俺を始めとした人狼族を中心とした奇襲部隊1000を奴らの城に一番近いピュセル平野の拠点に転送し強襲をかけ制圧し陣を敷きその後ランガを始めとした鬼人族や戦鬼族を中心としキョウスケ含めた4000を超える主力部隊を転送し城を目指して戦線を拡げながらキョウスケに正面から突破し侵入してもらう。そしてそのタイミングでネロ達5人と東の拠点から合流した鬼人族達100人の救出部隊が例の道から城に突入する」
「外で戦う我らもだが城へ侵入する鬼人族達には出来る限り騒ぎを起こしてもらう。まぁ溜まった鬱憤を晴らすつもりで戦うがいい」
ランガの言葉におおぉ!と反応する鬼人族達は頼りになりそうだ。そんな同族達をランガは宥めている横でヴーレは続ける。
「クラリッサはハリエット達亡霊騎士団を解放し城内にいる魔族達の注意を引きネロ達の突入を支援、地下牢の奥深くに幽閉されているアルフォンス様を救出してもらう」
作戦を実にシンプルだ。最初に城の外で大規模な陽動を仕掛け、時間差で中でも陽動しその隙に魔王アルフォンスを救出し平野を突破した魔族達と合流しラヴァナに落とし前を着けるということだ。しかし
「だがこれは時間との勝負だ。襲撃を受けたのなら勿論向こうの抵抗がある。そして転送魔法の使い手共が各所に散っている部下共をピュセル平野に送り込むことは分かりきっている」
こちらが転送魔法を使えるということは勿論相手も使える事を想定しなければならない。確かに各所に遠征していたラヴァナの軍勢は転送魔法を使わなかった。それは使う必要がなかっただけであり戦闘を想定し余計な魔力を使うのを懸念した結果だ。だから本陣が襲われたと知れば転送魔法を使って駆けつけるだろう。
そうなればいくら質が良いと言っても兵量で10倍以上劣るこちらがジリ貧になるのは明白、兵は神速を尊ぶという言葉の偉大さを思い知る。
「だが、今が好機!十闘将が壊滅し浮き足立ち一枚岩ではなくなった今主アルフォンス様をお助けするまたとない好機なのだ!!」
ここでも盛り上がるがランガの言うことは最も、セフィロトによればラヴァナ達は十闘将とその部下を失い再編の真っ最中でラヴァナの直々のプリモという部下が指揮を執り急編しているようだが統率が完全でないようで仕掛けるなら今がいいのは確か。
何よりもこちらの士気は高い
「これより我らは出陣する!門を開け!!」
ヴーレが咆哮のように声を上げると魔導師達が魔方陣に魔力を込める。すると淡く光を讃えはじめた中にヴーレとスリガラが転送されたようで姿を消すと次々と人狼族達が魔方陣へ飛び込んでいき転送されて行った。
それを見届けているとネロが響介の側に来ると響介の背中をバシッと叩き
「始まったな」
「ああ」
「頼んだぜキョウスケ」
「何言ってんだよ」
「へ?」
「一番根性見せねぇといけねぇのはお前だネロ」
「キョウスケ…」
「気合い入れ直せ、お前なら大丈夫だよ」
「おお!」
ネロと話していると後ろからライミィがキョウスケに抱き付き
「キョウスケ!気を付けてね!」
「ああ、任せとけ」
「お兄ちゃん」
「キョウスケ様」
「二人も気を付けてな、エリーも無茶は駄目だぞ?」
「大丈夫、お兄ちゃんより、まし」
「ははっ!言うようになったなエリー!なら大丈夫だ!ステラ」
「はいっ!」
「ライミィとエリーを頼む」
「お任せください!キョウスケ様!」
ライミィ達と笑いながら話しをしていると戦鬼族の戦士が一行の元へと来た。
「キョウスケ殿!出陣のお時間です!」
「ありがとうございます。じゃみんな」
響介は一歩踏み出してライミィ達に振り向き
「向こうで会おう」
そう言い響介は戦鬼族達と魔方陣の中へと進み転送されていった。
「気を付けてね…」
それを見届けるライミィ。その姿は戦場に赴く恋人を見送る少女のようだがライミィは違う。ライミィは自分の頬を叩き気合いを入れ直すと
「じゃあ私達も動くよ!エリーお願い!」
「うん!」
エリーは空間魔法のテレポートを詠唱するとライミィ達と突入部隊も忽然と消えていった。