106話 一方その頃 元勇者と一旅団
響介一行、隠し通路を見つける。
響介がライミィ達に詰め寄られ涙目のライミィから文字通り絞められてタップアウトいる頃、神聖王国オウレオールの商業都市ニューポートでは
「ご苦労様です。クオリアさん」
元勇者クオリア・シュタインバーク。
オウレオール国内でも有数の貴族シュタインバーク伯爵家の令嬢クオリアはトリウス教会から勇者の力を返上し今現在冒険者として活動している。
「ありがとうございますクリスさん」
ギルドマスタークリスに返事を返すクオリア。しかしクリスは改めてクオリアを見て思わず乾いた笑いが出てしまう。
「クオリアさん、大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
「なわけないでしょう!クオリア来なさい今すぐ!!」
後から入って来たのは神官から治癒術師に鞍替えしたリーナと双剣戦士のドーン、魔術師のヤコブ、クオリアが組んでいる冒険者パーティー『リュミエール』のメンバーだ。リーナは全身生傷だらけのクオリアの首根っこを掴むと神聖魔法のふりをして治癒魔法を施し始める。
「全く、何時も何時もこんなになって」
「まあ落ち着こうよリーナ」
「そうだよ、確かに相手はキマイラだったのは骨折れたけどよ」
「今回はあんたのせいでしょうがドーン!ホントに骨折られてんじゃないわよ!」
「あはは…」
「あはは、じゃないわよクオリア!そのドーンを庇って貴女が大怪我してんじゃないわよ!治すの大変なのよ!」
「でも大丈夫ですよ。その時リーナさんに治して貰いましたし…」
「治してもさらにこの有り様でしょうが!!」
リーナの一喝でギルド内は冒険者達の笑い声で賑やかになる。冒険者にとって怪我は日常茶飯事、当たり前の事なのだが
「ったく、本当に分かってるのクオリア?勇者の力を返上した貴女は前みたいに戦えないのよ?」
苦言を呈しながら治癒魔法を詠唱しクオリアの傷を癒すリーナ、リーナが苦言を呈するのは勿論理由がありその理由もクオリアは重々承知している為申し訳なさそうに聞いている。
トリウス神から授かった力を返上したクオリアは補正を受けていた全てのステータスが下がって否、元に戻った事で神聖魔法の行使は勿論以前のように戦うことが出来なくなった。それによりクオリアは戦い方を一からの変更を余儀なくされ武器も剣から槍に変え付加魔法や支援魔法を中心とした中衛へと立ち回りを変えたのだ。だが
「ですが、目の前で皆さんが傷付けられているのを見てるのは…」
「だからって貴女は前みたいにはもう出来ないの!そんな無茶ばっかしてたら死ぬわよ!!」
クオリアのステータスの中で最も補正を受けていたのは『防御力』。クオリアは自身の支援魔法と合わせて上げた防御力を生かしタンクとして活躍していたがそれが出来なくなり今の状態でやろうものならこの様にズタボロ状態になってしまう。
「ホントに申し訳ねぇ、これは俺にも責任はある」
そう言うのはドーンだ。守りをクオリアに任せていたお陰で今までドーンは捨て身に近い特攻を平然と行っていた。しかしクオリアの件があり今までのようにドーンも戦えず、今はリュミエールの4人は試行錯誤を繰り返している。
「誰が悪いなんてのは無いんです。みんなで少しずつ考えましょうよ」
「だな、俺もなんとかしないとな」
ドーンと話をしていたヤコブだがなにやら窓の外が騒がしい事に気が付く、その先を見ると
「今日もやってますね」
「ん?ああ、全く飽きもしないでよくやるもんだ」
その光景を見たドーンは苦笑いをしながら肩を竦め、ヤコブは呆れたように溜め息をつく。二人につられたクオリアが見てみると神官らしき男と街の住人が何やら口論していた。リーナもそれに気が付きうんざりしながら
「飽きもしないでよく出来るわね。尊敬するわ」
元勇者ロン・ハーパーの騒動の後このニューポートでは住人と教会の軋轢が深まった。
自分達が教会に納めていた喜捨や寄付が教会関係者の私服を肥やていたことが発覚した事や抑え役だった勇者がいないことで不満の矛先が直接教会に向いた事もあるが一番は
「あの聖女様何やってるのかしらね?」
パスク教会の聖女アリシアに対してだ。
「アリシアさんですね、ですが何故こんな状況で『勇者の強権』を使ってまでアルスへ行ったのでしょう?」
「知らないわよ、でもあれの後先考えない行動のお陰でこの街は何時暴動が起きてもおかしくないわ、それはクオリアが一番知っている筈よ」
リーナの言葉に思わず息を飲むクオリア。クオリアの実家は辺境爵だかその政治的手腕とシュタインバーク卿の人格者としての人柄で住人達から信頼を寄せられている。ニューポートやこの辺りの農村含めを統治する辺境伯と分類される貴族でありオウレオールの貴族の中でも有力な貴族である。
しかしそれ故かその実家には連日住人達から教会や聖女に対して審議を問う訴えが増えて父親が悩んでいると母からの手紙で知った。それに自分の父親は教会とは反りが合わずにいたことでありもしない冤罪を吹っ掛けられて公爵家を剥奪された過去があり実家と教会は遺恨がある。
「それにこんな事までやらかしてんだから今さら何やっても焼け石に水よ」
ピラッとリーナは何かクオリアに差し出す。それはピーター商会が発行している記事でクオリアが目をやるとそこに書かれていたのは
「『敵前逃亡の聖女と真の英雄』、この写真の英雄と銘打たれているのは…」
「キョウスケよ」
名前を聞いてクオリアはやっぱりと言いそうになった。
キョウスケ・コウガミ。旅のピアニストと名乗った青年のことだ。このニューポートを飛び出してからの彼らの足跡もギルド伝いにクオリア達は知った時は驚いたのを覚えている。飛び出した直後に拐われた貴族令嬢を助けた事や、冒険者になってからは目覚ましい働きぶりでトントン拍子で昇格し今では冒険者ランクも彼らの方が上の事や、その後アルスへと渡り大規模なスタンピードを収めた事、果ては建国祭でテロを起こした元勇者のロン・ハーパーを討った事など様々だ。
この記事は取り分けアルス建国祭の事が書かれておりアルス政府がオウレオールに損害賠償を起こす事も示唆している事から今では神聖王国で規制がかかり入手出来ないがここは商業都市ニューポート、このような面白い情報は平然と出回り記事も隠れて売られている。人の口に戸を立てられないのだ。
「あの子達凄いわよね、でも元気そうで安心したわ」
「はい」
響介とライミィとの事を思い出す。
自分達より年下の恋人達。誰に対しても気さくで困っている人を見過ごせず手を差しのべる優しい2人だが揃って相手が誰であろうと曲がった事が嫌いで脅しや脅迫にピクリとも屈せずそれを真っ向から叩き潰す2人だった。
数日しか関われなかったがクオリアは彼、響介から気高い精神を感じた。
弱者を助け思いやる強さと優しさ、
自身の矜持に殉ずる勇気と覚悟、
悪辣な行いを真っ向から批判する誇りある意思。
あれこそが本来貴族や引いては勇者に必要なものではないかと考える。
あれを見るとこの国の勇者は勇者という名の教会の用心棒のように見えてしまう。だからクオリアは一からやり直す為に勇者の力を返上したのだ。
「また、お会いしたいです。友人として」
それまで自身の行いに恥じないように務めようと気を引き締め自分の出来る事を探すクオリア。
彼女はまだ知らない。
その後彼女は思わぬ形で響介達に再会しその選択はその後の人生に大きな転機をもたらす事を
時を同じくしてここは遠く離れた深い深い森の中、そこには
「どう?」
「…どうやら行ったようだわ」
森を行軍する女性の一団が、その中から先行して様子を見ていた変わった民族衣装のような服の女性達が何やら不穏な様子の魔族達を見つけ様子を伺っていた。その魔族達は何処か慌ただしくし去って行ったのを見て
「とりあえずこの子達に周囲を見て貰うわ」
そう言うと何処からか蛇の魔物が数匹出て来た、蛇は深い森にすぐ溶け込み遠くからだとわからないほど森の景色に擬態し散っていった。
「これで大丈夫ね。一度戻りましょう」
「そうね」
女性達は蛇を放つと一団のいるところへと戻る。ギャアギャアと鳥の魔物が鳴き声を上げ遥か真上を飛んでいるのがわかるがどうやら自分達に気が付いていないようだ。足音なら気が付いたであろうが足が無い彼女達の無音に等しい這う音を捕捉するのは難しいだろう。暫し移動すると
「お疲れ様。メリア、ツバキ」
出迎えた緋色の髪の魔導師風の民族衣装を纏い下半身が大蛇の美しい女性マリー。彼女はラミアと呼ばれる種族で皆見目麗しい女性に下半身が大蛇の姿をしている種族。安住の地を探し旅をする彼女達は今魔族領と龍族領の際目付近のダンジョン化したの森を移動している所だった。
「どうだったかしら?」
「妙だわ、ここいらにいた魔族達がみんな南の方角へ行ったわ」
「様子も変ね、何か急いでいるような感じだったわ」
「取り敢えずオリビア様に報告ね」
3人は頷き合うと一団が待機している場所まで戻る。開けた場所に出ると賑やかに野営の準備をするラミアの仲間達がいた。マリー達は一団の長であるオリビアの元へ
「オリビア様、偵察に出ていたメリアとツバキが戻りました」
「みんなご苦労様」
マリーに声を掛けられたマリーとはまた違った民族衣装風のローブを纏った銀髪のラミア、オリビアが穏やかな表情でマリー達からの報告を聞く、オリビアは少しだけ考えるとマリーに
「マリー、悪いのだけれどリリスを呼んで来てちょうだい」
「畏まりました」
オリビアの命を受けて直ぐに動くマリー、そんな彼女を見送りオリビアはふと後ろを振り向く
「アリスさーん、そっちはそれくらいでいいわよー」
「はーい!」
ラミア達に混じって野営の準備を手伝うハイエルフの女性アリス。行き倒れていた所をオリビア達が保護し介抱していた女性でずっと鬱ぎがちだったがリリスからオリビアの娘ライミィと響介がダークエルフの女の子と一緒にいると聞いて詳細を聞くために鬼気迫る表情で詰め寄ったのを良く覚えている。リリスからの説明と渡された写真を見て泣き崩れたアリスを見て何事かと思いオリビアや皆も見てみた。
綺麗な服やローブ、新品で品が良く見える錬金魔法に使うアルケミストキットを身に付けや治癒術師の杖を持って写るエリーというダークエルフの女の子。他の写真で見る限りライミィ達と仲良く美味しそうに食べ物を食べていたりいるものもあり大切にされているのが写真からでも伝わってくる。
それらを見てアリスも訳をポツリポツリと話してくれた。大陸東側にあるエルフが治めている国の王家の血筋の一人娘、実質の王女だったのだが実権は親と婿養子にあたる元夫とその親に半ば取られていたそうだ。そんな中エリーが産まれた事で実権を完全に取られその日から元夫を始めとした壮絶なハラスメントが始まった。周りの暴力や暴言に耐えながらエリーを守っていたある日エリーを処分して王家に相応しいエルフの子を自分に産ませる計画を知り唖然とした。
もう自分を子供を産む装置としか認識していない親、エリーを殺そうとする元夫達、何より選民意識が高い事により他者を見下し軽視している王家。そんな同族達に幻滅し見切りを付けたアリスはエリーを抱えて失踪。それからはずっとエルフ達が寄り付かない魔族領内の森へ逃げエリーを育て暮らしていたそうだ。
が、未だ自分を探していた元夫達の手の者、エルフの国の兵達に見つかりエリーと逃げていたが追い詰められた時にエリーが無意識にアリスが身に付けていたサンクォーツに込められていた魔力を使って空間魔法のテレポートを行使、そこから生き別れになってしまいエリーを探そうと宛もなくさ迷い行き倒れていたと言う。アリスが語り終わるとオリビアはアリスを優しく抱き締め
「そう、大変だったのね…」
オリビアを始めラミア達はアリスにひどく同情した。あまりにも不憫過ぎると。抱き締められたアリスからは啜り泣く声が聞こえた。暫ししてアリスが落ち着いたのを見たリリスは
「エリーって子ね、お母さんを探しているそうよぉ。それにはキョウスケ達も協力してるみたいなの。だから大丈夫と思うわぁ」
リリスが言う情報ではエリーは生き別れた母親を探しているとの事でキョウスケ達と冒険者となり今母親に関する情報を集めているそうだ。それに響介達も良く情報屋ギルドのセフィロトを使っているそうで向こうの事もあらかた追えるそうだ。そこでオリビアが
「アリスちゃん、私達と一緒に行かない?」
と、いうことがありオリビア達と行動を共にすることを決めたアリス。最初アリスは皆さんを巻き込みたくないと言っていたがラミア達の中から
「もうアリスさんの娘さんがキョウスケと関わった時点で無理よ」
との声が上がり皆が頷き満場一致だった。リリスから響介達はエリーの事情を知っていてそれを理解した上で協力しているとのことを話しアリスに響介という人間はどういう人間かと皆から説明すると
「…良い意味で常識や通念といったのが通用しない子なんですね」
一同爆笑。言い得て妙だった。響介の事を全て話した訳ではないが弱者を守り助ける為に道理を始めこの世界の人間が重要視している物を平気で蹴り飛ばす響介はエルフから見ても異質だったようだ。そして決まり手になったのは占い師ビオラの占い
「試しに私達の今後とアリスさんの今後を占ってみたの、そうしたら面白い事になったわ」
「面白い事、ですか」
「ええ、出たのはみんな『力の正位置』なのよ」
この言葉にラミア達は笑い盛り上がった。それは今のラミア達には吉報だったからだ。
「力の正位置、ですか?それが…」
「力の正位置。私達からするとそれはキョウスケ君を意味するのよ」
「キョウスケ君を?」
「ええ、キョウスケ君が来たばかりの頃に彼の今後を占ってみたの、そうしたらすっとこれが出てね、その後何回か彼を占ってみても全部力の正位置が出るの」
「力の正位置、確か意味は…」
「信念」
「努力」
「自己犠牲」
「不屈の精神」
「「勇気ー」」
次々とラミア達から声が上がるとオリビアも口を開く
「不可能を成し遂げる力。どれもキョウスケ君にぴったりよね」
うふふと笑うオリビアはビオラに尋ねる。
「ということはビオラ、私達はいずれキョウスケ君達と再会するって事を意味してるのよね?」
「その通りです」
これが決め手となった。響介達と再会するということはエリーとも出会うということになる事を意味する事からアリスもオリビア達に同行することを決めたのだ。そしてオリビア達がこさえたラミアの民族衣装に身を包みラミア達に混じり過ごしている。ラミアの民族衣装の幅の広い鉢巻はエルフの長い耳を隠すのには最適で銀色の髪もラミアには何人かおりその者にマジックアイテム『ラミアのアミュレット』を持たせて人間に化けさせてカモフラージュさせる徹底的ぶりである。
「オリビア達、お待たせしましたわぁ」
ラミアの皆に打ち解けたアリスを見ていたオリビアに話しかけた濃い桃色ロングの髪に民族衣装の着物を色気たっぷりに着崩しているラミアのリリスだ。
「ありがとうリリス。待っていたわ」
「私めに何か?」
「ここいらの魔族の動きが妙なの。何か分かる?」
この問いかけにリリスはうーんと考えると
「これは『噂』なのですが、どうやら魔族達はある魔族がクーデターを起こしたようで」
「クーデター?」
「はい。魔王を名乗ったラヴァナという魔族が魔族領の統一を謀ったようで」
「それは物騒ね」
「ですが、その中で勢いのあった部下が軒並みやられてラヴァナは各地に侵攻させた戦力を自分の元に集めたようですわ。恐らくメリア達が見たのはそれかと」
「その理由は分かる?」
オリビアの質問にリリスはつい笑ってしまう。リリスの様子に首を傾げたオリビアだったがリリスから出た言葉で納得した。
「どうやら、それをやったのがキョウスケ達のようで」
オリビアも笑ってしまう。
ああ、やっぱりあの子は期待を裏切らないと