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09

『いま大丈夫ですか?』


 そう送ってから9時間が経過した。

 その間一切返信はなく、そして夏海も家に帰ってしまったため暇で暇で仕方がない時間を送ることになった。

 もう無理と判断してお風呂に行こうとしたタイミングでメッセージが送られてきたのだが、


「ん? すゃいましゃえんでした? すみませんでした、かな?」


 送られてきた内容が意味不明――というわけではないにしても誤字が酷いので気になってしまう。ある意味私が行動するのを阻止するという点ではこれ以上ない最適な内容のものであったが。

 私は別に謝ってほしいわけではない。が、どれだけ嫌われていたんだと悲しくなったのは事実。


『すみませんでした! いまから行きますっ』


 いやいや、杏奈先輩みたいな人が夜道をひとりで歩いてたら駄目だ。目をつけられればやらしい笑みを浮かべた男の人に好き勝手されてしまう。仮に相手が女の人であったとしても、その綺麗さを前にしては我慢できず欲望をぶつけられることになるだろう。相手が私達みたいなタイプであれば、だが。


「あ、そういえば私は先輩の家知ってるじゃん」


 その旨を送って家を出た。


「うぅ、夜は怖いけど……自分が行く方がヒヤヒヤしなくて済むし……」


 それでついでに銭湯に寄ってお風呂に入ってくればいい。これぞ一石二鳥っ、無駄なことなんてなにもない!


「ひゃひっ!? な、なんだ……風で葉っぱが揺れただけか」


 でも、そこまでヒロインヒロインはしていない。ちょっと前まで友達がいなかったおかげでひとりは慣れているんだ、大丈夫。


「そこの彼女っ」

「ひぃ!? って、もう!」


 吸血鬼かなにかなの? こうして夜に出会う頻度が高すぎる。


「どこ行くの?」

「杏奈先輩の家」

「はぁ……お昼は私を可愛がってくれたのに?」

「言い方に語弊がある……」


 怖いのでついでに連れて行くことにした。さり気なく会話をして頼むことなく付いてきてもらうという作戦、上手くいくだろうか。


「んーその作戦には乗らないゾッ」

「……まあ遠くないしいいけどさ」

「あなたが必要なんですって言ってくれたら付いていってあげる」

「寧ろ無理やり連れて行くよ。杏奈先輩の家に行くのは夏海関連のことでもあるしね」

「ふむ、まあいいかな、付いていってあげる」


 ちょろい、これから恋菜や夏海に頼むときは杏奈先輩の名前を出そ。


「って、外で待ってたの?」

「はい、ひとりできちんと来れるか心配でして」


 インターホンを押す必要がなくなったのは気が楽だ。ご両親が出たら気まずいし、非常識だと罵られかねない。ただ、これでは私が頑張って来た必要もなくなってしまうが。


「もう、馬鹿にしすぎだよ」

「いえ、あなたに危険な目に遭ってほしくないんです」

「大丈夫だよ、こうして夜の娘とも遭遇できたしね」

「えぇ、なんかその言い方だと私がえっちなことをする女みたいじゃん」

「もういいからあんなことしないで」


 いま先輩が言ってくれたことを私は関わる子全てに思っている。誰だって友達が危ない目になんか遭ってほしくない。


「分かった?」

「うん、結望がそう言うなら。今度行くときはちゃんと連絡がきてからにする」

「うん。それでさ、みんなで銭湯に行かない?」

「私は大丈夫ですよ」

「私もー」


 あそこはいい場所だ。気持ちいいお風呂に入れるし、なにより友達である恋菜にも会える。


「こんばんはー」

「あんたまた来たのね」

「ふふふ、今日は先輩達もいるよ?」


 この計らい、きっと両手を上げて感謝してくれるに違いない。


「ほら、300円出しなさい」

「うぇ!?」

「ん? どうしたのよ?」

「い、いや……はい、300円」


 なんでだ? だって私は杏奈先輩を連れて来たんだよ? あ、いまはお仕事モードだから? それにしたってもう少しくらい反応してくれてもいいと思うんだけど。彼女は「それではごゆっくり」とだけ言ってふたりにも徴収することだけに専念していた。


「杏奈のブラジャーってでっかいよね」

「あなたの方が大きいじゃないですか」

「私はたまにしかしないからね」

「の、ノーブラですかっ!?」

「ううん、さらし巻いてる」


 そしてこちらは遠回しに胸の大きさの話。対する私はすとんと落ちる陸上とかが向いてそうな体型。「胸なんて邪魔なだけだよ?」なんて言ってみたいものだ。


「結望ー洗ってあげるよ」

「別にいいよ」

「いいから。んーほんとに髪長いよね」

「ただ伸ばしているだけだけどね」


 ドライヤーだって長時間かけたりしない。洗って拭いて終わり、湿っていてもそのまま寝ることだってある。一応枕にタオルを巻いておくとか対策はとっているが効いているのかは謎だ。


「やっぱり杏奈のこと意識してる?」

「そういうのはないよ。面倒くさいだけ」

「面倒くさいなら私みたいにすればいいじゃん」

「もういいから流して。そしたら私が夏海の洗ってあげるから」

「はーい」


 だから嫌なんだよね同じ名字なの。こっちは純粋に面倒くさいから伸ばしているだけなのに真似しているとか勝手に言われて困っている。おまけに、そんなことをしても追いつけないとか言ってくる人がいるのが問題なんだよね。


「さあ、私のを洗ってっ」

「うん、じゃあ黙ってじっとしてて」


 髪は女の命、それが他人のでもあったとしても丁寧を心がける。いつもこっちを振り回すだけ振り回して自由にしている彼女であったとしても同じこと。


「痒いところはありませんか?」

「ないよ~というかきもちー」

「ふふ、やっぱり夏海が楽しそうだと調子が狂わなくていいよ」


 とはいえ、私がこれを引き出しても意味はない。もう湯船の中にいる彼女の役割なんだ。逆でもいい、こんな感じの雰囲気を杏奈先輩から夏海が引き出してもいいわけで。


「えぇ、私が笑っている方が好きとか言ってよ」

「まあまあ。体は流石に自分で洗ってね。それと先輩が待っているから早く行ってきなさい」


 そりゃそれは自分が望んだことだ。夏海が笑っている方が好きに決まっている。いまでもまだ彼女の方が気に入っているのだから。

 でも、ここで「好き」なんて言えない。この人を優柔不断にさせてはいけないから。


「うん、分かった」

「うん」


 私も体を洗って湯船の中へ。


「結望っ、どうしてそんな距離を取ってるの?」

「だってそこ、熱いんだもん」

「へ? 全然普通だけど?」

「いやいや、そこで長時間入っていたせいで前回真っ赤になったからね」


 杏奈先輩が、だけども。

 だが、流石空気の読めなささNO1、人がいないのをいいことにスイスイと泳ぎながら夏海が来てしまった。


「せっかく300円払って入っているんだもん、のぼせるのは嫌だしね」

「はぁ……」

「なにそのあからさまな溜め息と嫌そうな顔! んー杏奈もこっち来なよ」

「はい」


 どういうつもりで呼んだのか……自分のためならいいが。


「杏奈は今日なにしてた?」

「あっ……その、えっと……」

「んふふ、なんか怪しいですなぁ。さては貴様、えっちなことをしていたんじゃ?」

「違いますっ。携帯が見つからなくてずっと探していたんです。長時間探したのに見つからなくて途方に暮れていたら、片付けるときに危ないからって引き出しにしまっていたのを思い出しまして」


 あ、どうやら嫌われていたとかではないらしい。空気の読めなささはこういうときに便利だ。なんとなく理由を聞きづらかったし、私にはできないことをやっぱり彼女はしてくれる。


「はははっ、なんか杏奈らしいや。私は結望の家にいたけどね」

「え……そうなんですか……」


 ん? いま一瞬だけど複雑な表情になった気が。これはもしかして夏海のこと意識しているんじゃないかな。でもその相手は他の女の家に泊まっていた――私だったら複雑すぎてどうしようもなくなるところだ。上手く言えないと損するばかりだよ杏奈先輩。ちなみに「あ、勘違いしないでよ? 私が無理やりとかじゃないからね?」とかって絶妙な勘違いをしてくれていたが。変なところで繊細で、重要なところで鈍感だからな彼女。


「いえ、別にお休みなんですから遊んでいてもおかしくはないと思いますよ」

「昨日から泊まってたんだけどね」

「へえ……」


 あー駄目だわこの人、なんで杏奈先輩のことが好きだとか言っておいてそこをアピールしてしまうのか。好きな相手だからこそ隠したくないとか?


「仲が良くていいですね」

「でしょ? ま、私が優しくしてあげているからだけどね」


 違う、いや間違ってはいないけど私が彼女と仲良くしても願いとは違う方向に進むことになっている。


「勘違いしないでください、夏海先輩」

「あれ、怒った?」

「いえ。ただ、あなたと私が仲良くしても無駄だと言いたいだけです」

「ねえ、それやめてって言ったよね?」


 彼女は私の腕を強く掴んできたが、「なら自分が言ったことくらい守ってくださいよ」と返し無理やり腕を離させた。こんなに力があったんだな、そう驚くくらいのパワーがあった。

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