08
――と、思っていたのに、
「あれ、夏海いないや」
朝になって色々探してみたものの彼女がいなかった。
昨日服を着て寝ていた時点で怪しかったから驚きは少ないが、帰るならせめて声をかけてから帰ってほしい。
今日は学校も休みだし外で会うということもできない。彼女の家を知らないうえに、何気に私達は連絡先を交換していないからだ。
とりあえずこれ以上は時間の無駄なのでお母さんを起こそうとしに寝室に向かうと、なんでかは知らないが母もおらず。
やけになって攻略対象を美榎さんに切り替えたわけじゃないよね? とか考えていたらスマホがヴーヴーと鳴った。
「ん、夏海ちゃんとお出かけをしているから配しないでってことか」
まあそりゃそうだ。どこに後輩の母親を攻略する女の子がいるのって話である。これも解決、なのでゆっくりと昨日残したごはんを食べた。
「美味しい、だけどひとりは寂しいな」
それが当たり前だったのに、人って案外すぐに変わるんだな、と。
食べ終え食器を洗っている最中にインターホンが鳴り出てみると、
「結望、夏海先輩は?」
「よく家が分かったね」
「昨日こっそりとあんたと夏海先輩を追ったのよ。ちなみに、杏奈先輩も同じよ」
「へえ……って、聞いてくれれば普通に答えたよ。あ、夏海はお母さんとお出かけしてるよ?」
どこに行ったかは分からないけど仲が良さそうでなによりだ。私は私で母に謝らなければいけないことがあったんだけど、それもまた帰ってきたからさせてもらうことにする。最近は遅くに帰宅が当然のようになってしまっていたからね、恋菜さんと出会う前は17時前には帰宅していたし。
「あ、そうなの? んーじゃあ家で待たせてもらうわ」
「気をつけて帰ってね」
「は? あんたの家でよ? 決まってるでしょ?」
「あ、うん、じゃあいいよ?」
いくらなにもないと言ってもお茶くらいは出せる。
「はい」
「ありがと。……落ち着くわね、ほうじ茶って」
「えへへ、お母さんがお客さん用に買ったってハイテンションだったからさ。本人は飲めないんだけどね」
「はは、駄目じゃないそれじゃあ」
会話終了。
外で話すのとはお互いにとって違うのかもしれない。
「あのさ、昨日夏海先輩と約束してたの?」
「ううん、いつの間にか横道にいてさ」
「あたしが言うのもなんだけど、夜にひとりでいたら危ないわよね」
「そうそう、だから気をつけてねって言っておいた」
しかも気持ちがブレブレで諦め気味だし、○○でしょって言うとすぐ不貞腐れちゃうし困っている。甘えてくれて可愛いと思うときもあるけど、あれはなんか違うよねって話。あくまで私の扱いは道具レベル、都合の悪いときだけ求めるそんな存在。
「恋菜さんはどうするの? 桃瀬先輩に集中する?」
「呼び捨てでいいわよ。んーどうだろうね」
「えぇ、恋菜もそんなんじゃ駄目じゃん」
「夏海先輩もそうなの?」
「うん。なんか諦め気味っていうか、ライバルとかって言ってきたくせにね。あ、そういえばさ、よくあのとき私とあの人を間違えたよね。綺麗さも全然違うしさ」
桃瀬先輩大好き人間としてはおかしな言動だ。どうやったらあんな綺麗な人と見間違えることができる? おまけにこっちは絶望的に胸囲がないんだし。
「ああ……あのときはメガネかけてなかったしコンタクトもしていなかったらよ。裸眼だと鮮明に見えなくてね」
「なるほど」
「ま、杏奈先輩には劣るけど、あんたも十分可愛いと思うわよ?」
「あ、ありがと……」
保険か? 保険なのか? それとも私みたいなのを騙して遊びたいだけとか? ……あんまり言われないことだからついテンパってしまった。
「そうそう、はい」
「うん?」
「杏奈先輩のID……と、あたしの」
「勝手に教えるのは良くないと思うけど」
「はぁ……違うわ、杏奈先輩が渡してって言ってきたのよ。あたしのはまあおまけよ」
「そんなことないよ、だって友達になってくれた子だし」
すぐにアプリに登録、どちらにもメッセージを送らせてもらったら、「別にいまじゃなくていいじゃない」と呆れた感じで笑われてしまった。
「ふっ、だって友達いないと寂しいじゃない。あたしも……まああたしのことはいいわよね」
「いやいや、桃瀬先輩や夏海がいてくれるじゃん」
「あんたは?」
すがるような表情でこちらを見てくる彼女。寧ろそうしたいのはこちらだし、なんとかしてあげたいという偽善な気持ちが出てきてしまう。
「恋菜はもう友達だけど? せっかくなってくれたんだもん、延々に逃さないから安心してね? くくく」
とにかくいまは明るく安心させられるような言葉を彼女に投げかける。夏海のことは好きだけど、やっぱりあの子だけの味方をするなどはできそうにない。なぜなら、頼られることが嬉しいから。
「あんた次に会うときは杏奈先輩のこと名前で呼びなさい」
「え、それはどうして?」
「そんなの杏奈先輩が求めていたからに決まってるじゃない」
「まあいいんだけどさ、どうせもうタメ口だしね」
案外頑固なところがあることも知ったし、私が意固地になればなるほど食いついてくることだろう。おまけに昨日はあんな別れ際だからね。
「ただいま」
「たっだいまー!」
来た、桃瀬先輩――杏奈先輩より扱いが難しい女の子が。
「あー恋菜も来てるー」
「まあね、気づいたらこの家にいたのよ」
「そんなRPGじゃないんだからさ……なに? 野生のスライムでもいたの?」
「ワープゾーンに入ったらここに、ね」
そのままの流れで私にも、とはならず、彼女は恋菜の横に座るだけだった。まだ不貞腐れているらしい、これが本来の形だからおかしくはない、が……モヤモヤするのは確かだ。
「もう用が済んだのでこれで帰ります」
「え、そうなの? これからご飯を作ろうと思っていたんだけど……」
「娘さんが呼んでくれたらまた来ますよ。お邪魔しました」
「はーい、気をつけてね」
れ、恋菜、なぜこのタイミングで帰宅なんだ。夏海のことを待っていたんじゃないのか! 私と彼女をふたりきりにしないでおくれぇ!
「夏海ちゃんは食べるよね?」
「うん、美榎さんが作ってくれるなら食べるよ」
「うん、それじゃあ作るね!」
「お、お母さん、私はさっきごはん食べちゃったから部屋に帰るね」
いまは食事とかそういう気分じゃない。一刻も早くこの場所から去ることの方が優先だ。
「え、そうなの? あ、昨日のなら私が食べてあげたのに。どうせなら出来たてで美味しいご飯を食べてほしかったな……」
「それはまた夕食のときでいいよ。いつもありがとねっ」
しゅんとした顔を見るのはきゅっと胸が苦しくなるがいまは! すぐにリビングから出て階段を上がろうとした――のにできなかった。
「ちょ……そういうのは杏奈先輩にしてあげなよ」
「なんで逃げるの?」
いや、見方によっては逃げたの夏海の方なんだけど。
「ほら、ご飯を食べない人間がリビングにいたら食べづらいでしょ?」
「嘘つき。私といるのが気まずいからでしょ?」
「うん、だって間違ったこと言ってないのに夏海はすぐ不貞腐れるんだもん」
「不貞腐れてないもん……それは結望が酷いこと言うからじゃん」
え? 私がいつ酷いことを……ああ、無意味とかって言ったこと? だけど昨日私はちゃんと謝ったけどな。
「とにかく離して」
「ん……」
寂しがり屋で甘えたがりな女の子だと考えれば可愛い、かな?
「よしよし」
「……なんで撫でるの」
「大丈夫だって。夏海は十分魅力的だよ」
そうやってあの人にも甘えていけばいい。恋菜の方を選ぶって言っていたし後輩に甘えるというのも1つの手だ。いまみたいに私に甘えてくれたって拒んだりはしない。だけどその気持ちだけはあの人に向けたままでいてもらいたいが。
「どうせ恋菜にも言うくせに」
「大切な友達だからね。でもそれは夏海も同じ……だからなにかしてあげたいし、言ってあげたい。私の言葉であなたを、そしてあの子を元気づけられるならいくらでもね」
「……杏奈が甘えてきたら?」
「それなら同じように対応するよ」
来る者拒まず去る者追う、だ。1度友達になれたのなら頑張って関係修復を目指す。ただ、杏奈先輩が私を友達だと思ってくれているかは分からない。IDを教えてくれたということは嫌われているわけではないんだろうけども。
「優柔不断、フラグ建造マシン」
「フラグって……」
「夏海ちゃーん? ご飯できたよ……って、あ、邪魔してごめんっ」
「「え?」」
「だ、だってふたりはそういう仲なんだよね? さっきだって抱きしめてたし……」
お母さんそれは違う。彼女は私を練習台として使っているに過ぎない。そこにきっと本気の感情はないんだ。
「ふふ、なんで美榎さんがそれを知ってるの? もしかしてずっと見ていたとか? 美榎さんもされたいとか?」
「ひゃ、く、くすぐったい……」
「ふふふ、やっぱりご飯じゃなくて美榎さんを食べさせてもらおうかな」
「……だ、だめだよ、私は結婚しているんだから……」
「ちょ、マジな反応しないでよ~そういうところも可愛いけどさ~」
「ごめん……とりあえずご飯食べて」
「うん。あ、結望も食べようよ」
さり気なく私の手を握る彼女。どうせなら杏奈先輩にしてあげればいいのに。親友認定していた子が自分に甘えてくれればきっと嬉しいだろう。
「それなら食べようかな。夏海のもらう」
「えっ? あげないよ!」
「いやいや、夏海のせい部屋に帰ろうとしていたんだから責任を取る必要があるでしょ」
「……まあいいや、それならわけて食べよ?」
「うん」
ご飯を食べたらメッセージでやり取りをしよう。私から働きかけるんだ杏奈先輩に。