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07

「――というやり取りをしたんだけどさ」


 もうお風呂から出た後、ソファに座って恋菜さんと話をしていた。


「ふぅん、で、なんでそれをあたしに言うわけ? 自分だけを応援してほしいって遠回しに言われたんでしょ?」

「だからって夏海を贔屓するようなことはしないよ」


 まだ友達風というだけで友達ではないのだ。だったら公平に扱うことができるし応援もできる。


「でもいいの? 可能性は低いけどあたしが桃瀬先輩を取っちゃったら、あんたは夏海先輩と付き合うことになるけど」

「まあそのときはそのときだよ。夏海は可愛いしね」


 こんなこと本人には絶対に言わないけど。


「ふぅん、あんたって可愛ければ誰でもいいのね」

「それは語弊があるかな。でも言葉で伝えても夏海は変わらないからさ、もしその感じが強くなっていっているのが分かったら私はあの人を本気で好きになれるように努力するつもりだよ」

「でもあんた視界を狭めるんじゃないわよ」

「え?」

「認めたくないけど杏奈先輩があんたのことを気にしているのは確かだしね、求められたら素直になりなさい」


 またそれ、夏海にも言われたけど実感が全然湧かない。今日だってあれ以降は彼女も付いてくるようなことはしなかった。こうして結局銭湯にいるのは恋菜さんに報告をしたかったのと誘われたからだ。


「いや、そもそもそれは勘違い――」

「こんばんは。また会いましたね」


 ガラガラと引き戸が開けられ入ってきたのは桃瀬先輩。この人と一緒にいるとどうしても劣っていると思ってしまうのでできるだけ避けたいのだが……。


「もう入った後ですか? それなら少しだけ待っていただけませんか? 今日も一緒に帰りたいので」

「それならもう1度入ります。恋菜ちゃん、大丈夫だよね?」

「ま、大丈夫でしょ。あたしはもうやめておくわ、何気に熱いし」


 また戻って脱衣所で全裸になる。


「あの?」

「あっ……す、すみません」


 そんなに残念だったかな、無駄なものを見せてすみません。

 一応上がった手前、きちんと髪と体を洗って湯船につかる。


「あ、確かに熱い……」

「熱いですか?」

「はい」


 っと、まじまじ見つめたのが運の尽き。次元が違いすぎる、あとなんで同性なのにドキドキするんだろう。


「ふぅ……ここってすぐに入れていいですよね」

「いつから利用しているんですか?」

「中学生のときからですね。恋菜さんとはお話ししたことなかったんですけどね」


 恋菜さんが勇気を出せていたらフェアとまではいかなくても手が届く場所に夏海がいたんだろうけども……いまのままだと差は絶望的だ。


「夏海……先輩とはいつからの仲なんですか?」

「小学生のとき、ひとりぼっちだった私に話しかけてくれたのがきっかけでした」

「え、桃瀬先輩がひとりぼっち!?」

「ふふ、いまからでは考えられないですよね。消極的でコミュニケーションが下手くそで遠慮していっつもお母さんに抱きついて泣いて……いつも呆れられていましたよ。夏海さんに笑われたことすらありました。それでも夏海さんがとにかく優しくて付き合ってくれた結果、いまもまだ続いているということになりますね」


 本当はずっとこの人のことが夏海は好きだったんだろう。

 でも、やっぱり同性同士はノーマルではないから悩んでいた。

 だけど一緒にいればいるほどその想いは強くなるわけだ。

 そんなときに女の子好きな私と出会って素直になるきっかけができた、ということになるのかな?

 それなら少しでも夏海の役に立てて嬉しいと思う。

 問題なのはこの人が振り向いてくれるかどうかだけど……。


「あの、桃瀬さんのことを聞かせてくれませんか?」

「私のことですか? そうですね、高校2年生の現在まで友達がろくにいませんでした。けれど恋菜さんや夏海……先輩が友達になってくれて助かっています」

「いいですよ、夏海さんのことを呼び捨てにしても。だって本人が許可しているんですよね?」

「はい……夏海の明るさには助かっています」


 問題発言をしてくれたのも夏海ではあるが。


「ところで、どうして私には敬語をやめてくれないんですか? 胸を揉むよりは楽ですよね?」

「あの、それをする意味がないと言いますか……」

「無意味でも良くないですか? 人によって態度を変えることこそ良くないと思いますけど」


 確かに夏海の方が一緒にいて楽しいからって呼び捨てもタメ口もしちゃっているから正論だ。なにより片方にだけしてしまっている状況では狙ったわけではないにしてもあからさまである。


「……あの、出てからでもいいですか? なんか凄く熱くて」

「言い訳をしないでください!」

「いや、熱くないですかこれ……」

「……確かに熱いですね。ぶくぶくと……」

「あっつい!?」

「きゅぅ……」


 危ないので桃瀬先輩を無理やり湯船から出す。

 おぅ……いつもは白い肌が真っ赤に染まっているのは心配だが、正直に言って鼻から出ようとしている液体の方が心配だ。

 この光景は同性でも危うい。あのときの感触を思い出して手をにぎにぎしていたら恋菜さんが入ってきた。


「うん、あっついわね。最近調子が悪いのよねー」

「ほ、他のお客さんがいなかったから良かったものの、もしそうじゃなかったら苦情が出ちゃうから気をつけないと」

「そうね、悪かったわ。それと杏奈先輩が正直に言ってえろきゅて……」


 えろきゅてって……えっちくてが最適でしょうが!


「桃瀬先輩っ」

「……あれ……私なんで天井を見上げて……」

「もう無理をするからだよ桃瀬先輩」

「桃瀬さん、次からもそれを守ってくださいね!」

「はいはい……とりあえずもう出ようよ、風邪を引いちゃうからさ」


 ここの温度的にも忘れそうになるけどもう10月だ。いつまでも濡れたうえに全裸でいたら体調が悪くなる。秋とは言っても水分もちゃんと摂らないといけないし。


「はい、牛乳買ってきてあげたよ」

「すみません……ありがとうございます」

「大丈夫だよ。あ、そうだ、恋菜さんも敬語じゃなくていいかな?」

「はい、大丈夫ですよ」

「だってさ」


 いいことはした。これくらいは許してもらわないと公平じゃない。仮初めの公平感だったとしても無からスタートよりはマシだろう。彼女は「もう……余計なことをしなくていいのよ。でも……ありがと」と言って顔を逸らしていたが、お風呂に入っていないにも関わらずその耳は赤かった。


「杏奈先輩はひとりで来た……んだよね? 危ないからやめた方がいいと思うけど」

「そんなことを言ったら桃瀬さんだってそうですよ?」

「こいつはひとりが大好きだし、問題ないわよ」


 違う違う、今日は恋菜さんに付いてきたし、やっぱり家までひとりは怖いくらいだ。だからふたりがいてくれてありがたいけど、別れた後がちょっと不安ではある。


「つかあんた、あたしには牛乳買ってくれなかったじゃない」

「あ、あはは……ほら、桃瀬先輩には迷惑かけちゃったからさ」

「迷惑? また胸を揉んだとか?」

「い、いやそれは……」


 だって見方によってはまるで私にそうあってほしいみたいな感じだし言えないよ。恋菜さんと夏海が言っていたことが本当になってはいけないんだ。応援するよというスタンスでいたのに揺れてはならない。


「桃瀬さんが長時間お風呂に入るタイプだったんです。それにお付き合いしていた形になります、ですよね?」

「そ、そう、それ!」

「怪しいわね」


 彼女はこちらを睨む、が、それを疑うということは先輩を疑うことになると気づいたのだろう、横を歩く先輩の方に意識を向けた。


「ちょっとこっちっ」

「うぇ――んーんー!」


 暗がりに連れ込まれふたりと距離ができる。まあ声の主は知っているので恐怖などはないもののかなりびっくりしたぞ!


「ふぅ……案外結望も抜け目ないね」

「もう、夜にひとりでいたら危ないよ?」

「大丈夫、送ってあげるから。続きは家で話そっ」

「はぁ……その前にあのふたりに言ってからじゃないと」

「私に任せてっ」


 いや、そんなことを任せたら不安――、


「やあそこのふたり」

「え、夏海さん?」

「この子は預かった、今日のところは連れ帰るから明日取りに来なさい」

「「「え……」」」

「帰るよっ」

「ひゃぁ!?」


 まさかのまさか、女の子からお姫様抱っこ。

 あ、でもなんかちょっと優越感、右腕が幸せな感触に包まれて至福。


「はぁ……はぁ……着いたっ」

「あのさ、もうこれから危ないことはやめてよ。友達……でしょ? それにもし桃瀬先輩と無理なら私のか、彼女になる人なんだから……」

「んーだけど結望は杏奈と仲良くしてたしなぁ、こうなると恋菜に言っておいた方がいいかも」

「貫いてよ!」

「あはは、とりあえず鍵を開けてくださーい」


 笑い事ではないが。

 鍵を開けて中に入る。


「あれ、美榎さん寝ちゃってるね」

「ほんとだ……もう、寝室に寝かせてくるね」

「うん、ここで待ってるね!」


 頑張ってお母さんの寝室に移送。


「ん……あ、結望ちゃんおかえり」

「うん、ただいま」

「ね……あんまり遅くにならないでね、心配になっちゃうから」

「ごめん。今日も銭湯に行ってきたんだ」


 連絡くらいすれば良かったと後悔した。だからあのときの友達も愛想を尽かしたんだなと数年送れで実感する。


「もう家の治ってるよ?」

「ちょっと恋菜さんと話したいことがあってね。もうこのまま寝る?」

「うん……おやすみ」

「おやすみ」


 風邪を引かれてしまわないようちゃんと布団をかけて退出。


「美榎さん寝るって?」

「うん、だから布団をかけてきたよ」


 作ってくれてあった麻婆豆腐を温めつつ彼女に聞く。


「で、いつから見てたの?」

「杏奈が銭湯に入る前からかな。あそこで張ってたんだ」


 なんでそんなバカなことを。入ってきてくれれば普通に対応したし、彼女がのぼせるようなことにもならなかったし、なにより桃瀬先輩との時間を譲ってあげたのに。


「正直に言ってね、君が1番のライバルだよ。ま、1番の恋人候補とも言えるんだけどさ」

「らしくないね夏海、1番の恋人候補は桃瀬先輩でしょうが!」

「んー……まあね」

「おいおいおい! そんなんじゃ恋菜さんを始めとして他の子に勝てないって!」


 私をライバル視しているのなら尚更頑張らなくちゃいけないのになにを悠長なことを! そもそもよくこんな得体の知れない人間に失敗したら彼女になってなんて言えたものだ。


「別に負けても結望がいるし」

「駄目なんだってそんなんじゃ! それに私達が馴れ合いをしたところでなんの意味はないよ!」

「……意味はないとか言わないでよ……」

「あ……ごめん……だけどさ、桃瀬先輩が好きなら頑張らないと!」

「……そんなに私の彼女になるのは嫌なの?」


 あぁ、こういうタイプだったのか彼女は。メンヘラ彼女って感じだな。


「そうじゃなくて……夏海にとって1番はあの人と付き合うことなんだから」

「……もういい、寝る」

「え?」

「寝るっ、おやすみ!」


 なんだかなぁ、誰の贔屓もしないとか言ってみんなにいいところを見せようとしたツケなのかなぁ? というか今日だってバンバン私にアピールしに来ていたのになんでだろう。


「反応がいまいちで不安になっちゃったのかな?」


 だったらなんとかしてあげたいな。夏海が笑顔じゃないの嫌だから。


「こういうのが理由だって分かってるけど、やっぱり気づかなかったフリはできないししたくないよ」


 麻婆豆腐を食べて寝よう。

 それで明日、ちゃんと夏海と話すんだ。

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