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06

「ちょっといいですか?」

「あ、はい」


 今日もひとりでお昼ご飯を食べていたときのこと、桃瀬先輩が教室にやって来た。もうお母さん作であるお弁当は食べ終わるところだったので食べ終えるまで待ってもらい、終わってから廊下へと私達は出た。


「あの、急に夏海さんがぐいぐいと来るようになったんですけど、もしかして桃瀬さんがなにか言いましたか?」

「いえ、そういうつもりで動くとこちらは言われただけです」

「別に迷惑というわけではないんですけどね……いつもより勢いが凄くて……困惑してしまいここに逃げて来てしまったんです」


 おぉ、夏海は有言実行の女!


「私はてっきり桃瀬さんが焚き付けたのかと思いましたけど」

「流石にそこまでの影響力はありませんよ」


 でも似たようなことをしたのは事実。


「あの、夏海……先輩のことどう思っていますか?」

「夏海さんのことをですか? 大切なお友達だと思っていますけど」

「もうちょっと踏み込んだ感じの感情とかは?」

「親友……といった感じですかね、私だけかもしれませんけど」

「ありがとうございました」


 流石にこれ以上はお節介、だからここで切り上げた。だって向こうから菊池さんが来ていたし、なによりここで答えを知ってしまったら夏海と普通に話しづらいから。


「あれ、あんた珍しいじゃない」

「うん、たまたまここで桃瀬先輩と会ってね」


 あくまで偶然感を全面に出していきたい。


「こんにちは、恋菜さん」

「こ、こんにちは。すみません、先に挨拶もせず」

「ふふ、大丈夫ですよ」


 多少菊池さんはぎこちないがふたりの雰囲気は悪くない。そのため私は静かにフェードアウトすることを選択。そろりそろりと忍び足、が、


「やっほー! 恋菜っ、結望っ」


 勢いはいいけど空気がちょっと読めないメインヒロイン、及川夏海が来てしまい断念。


「あれ、こいつのこと呼び捨てしているんですか?」

「うん、まあ結望も私のこと呼び捨てにしているからね」

「「はい?」」


 私も思わず加わりたいくらいだった。

 普通そういうこと言う? しかも桃瀬先輩の前で。


「私が許可したんだ。別に敬語を使ってもらえるほど立派な生き方もしていないしね……って、ふたりともどうしたの? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」


 分かっていないのはこの人だけか。

 まだ1週間も一緒にいないんだよ私達は。なのにお互い呼び捨てにしているうえに片方は後輩、その異常っぷりは明らかだと思うが。


「もしかしてあんた夏海先輩のこと好きなの?」


 菊池さんみたいに勘ぐりたくなる気持ちも分かるってもんだ。


「そうだ! 恋菜はライバルだから言っておくけどさ、私は杏奈のこと真剣に真面目に狙っているからよろしくね」

「えっ!? だから今日は積極的だったんですか!?」

「そうっ、いやー杏奈に聞いてもらえて良かったよ! 本人に伝わらないままじゃどうしようもないからね!」


 そりゃ驚くだろう、自分が親友認定している相手がそれを越えた関係を望もうとしているのだから。菊池さんなんて口をぱくぱく開いたり閉じたりするのが精一杯でなにも言えてなかった。


「私、そういうつもりであなたといるわけではありませんよ」

「でもさ、もっと仲良くしていれば変わる可能性もあるでしょ?」

「確かに可能性は0とは言えません。ですが残念な結果に終わる可能性の方が遥かに高いです。それでもいいと言うのですか?」

「だってしょうがないじゃん、同性とか関係なしに気に入っちゃったんだからさ」


 よく言えるな、この複雑そうな表情を浮かべている桃瀬先輩相手と私達の前で


「後で逆恨みをしないと約束できるなら私は止めません」

「しないよそんなこと。無理だと分かったら無言で去るから大丈夫」

「去るって関係を断つということですか?」


 やっと喋った菊池さん。そんな質問にも一切動じず、「いや、杏奈には悪いけど友達ではいさせてもらうかな」と彼女にしては真面目な顔で答えていた。やはり冷たさなどは感じない、いま感じるのはただただその真っ直ぐさだけ。


「あなたを気に入っている子達のことはどうするんですか?」

「別に私が望んだわけじゃないし私は私のやりたいことをするだけだよ」

「だから私に集中すると? こちらの気持ちは一切考慮せず?」

「恋愛ってそういうものじゃないかな。だってアピールすることすら無理なら恋愛なんて絶対無理でしょ。まさかふたりがどっちも一目惚れとかそういうのはないんだし」


 というかなんでこれを私達は律儀に聞いている。学校の中では比較的長いと言えるお昼休みをこんなことで使うのは大変もったいない。


「ちょっと自動販売機で飲み物買いに行こうよ菊池さん」

「へ? あ、あんたねえ……なんでこんなときに」

「こんなときだからこそだよ。真っ昼間からこんな益体もない話を聞かされてもどうしようもないしね」

「あんたもうちょっと言葉を選びなさいよ! ……まあ、行くけど」

「うん、行こ」


 私は菊池さんの腕を掴んで強制移動させる。そうしないと気になって仕方がないだろうし。


「はい、あげる」

「は? 一応働いている分あんたより余裕は――」

「だってあんなの聞きたくないでしょ? 特に菊池さんはさ」

「あたしは別に……でもありがと」

「うん」


 そもそもスタートすら切れてない菊池さんではめちゃくちゃ不利。しかも彼女の対応の仕方的にあまり寛容的ではないうえに、先に進んでいる夏海と戦わなければならないのだ、不安になるに決まっている。


「無理、かな?」

「さっき夏海も言っていたけど頑張ってみたら分からないかな。だけど桃瀬先輩の反応は微妙だったし、そもそも期待しない方がいいかもね。夏海が狙っているということ大きいけど、同性は受け入れられないということもあるだろうし」


 マイノリティだからね。その人達同士で好きにやる分には文句を言われないけど、外にまで求めだすとどうしたっていい反応をもらえないときだってある。いや、寧ろ悪く言われることの方が多いだろう。


「だからさっき桃瀬先輩が言っていたことだけど、後悔しないなら、逆恨みしたりしないと誓えるのなら、それでもなお桃瀬先輩に振り向いてほしいと気持ちが強いなら向き合ってみたらどうかな?」

「そうね……よく考えてみるわ」

「うん」

「これ、ありがとね。それじゃあまた……あ、銭湯もよろしく」

「うん、また今度お母さんと行かせてもらうよ」


 さて、私も飲み物を買って帰る――。


「益体もないのは確かだけどさ、あれはちょっと酷いんじゃない?」

「しょうがないでしょ。だって私達がいてもしょうがないし、なにより菊池さんが可哀相だったもん」


 やりたいと言うのなら好きにすればいい。私はそれを邪魔しないし、可能な限り出くわしたら移動することだって吝かではない。


「可哀相って偉そうだね」

「本当のことじゃん。で、なんで桃瀬先輩を放って私のところに?」

「……そうそう、言っておくけど結望にも当てはまることだからね。例え結望が相手でも絶対に杏奈は譲らない」

「あははっ、そもそも気に入られてすらない人間をライバル認定? どれだけ不安になっているのさ。らしくないね」

「……しょうがないじゃん……思ったより反応が冷たかったし」


 駄目だ、普通の恋愛ならともかく同性でって願っているんだからもっと強気にならないと! 絶対に無理だと思い知らされたわけじゃない。

 もちろん親友認定している彼女相手だから強気に出られなかった、というのもそれなりにあると思う。が、仮にそうだとしてもその気が完全にないのなら一刀両断しているはずだ。「私はそういう目で見られません、だから諦めてください」ってなっているはず!


「夏海、いつものにこにこを忘れちゃ駄目だよ。さっきそれができてなかったよ? 無理して繕ってもバレるだけだよ、あの人にはガツンと素の状態でぶつからないと!」


 彼女の手を握って私も思ったことを真っ直ぐに。

 せっかく友達みたいになってくれた人だ、彼女にも、菊池さんにも幸せになってほしい。だけどどっちも、もしくはどっちかは選ばれない。でもそのリスクを分かっていても踏み込もうとしている彼女にはと判断してのことだ。


「昨日も思ったけどさ、結望って杏奈のことよく分かってるよね」

「知らないよ桃瀬先輩のことなんて、どこかの誰かさんに比べたらね」

「……どうせ恋菜にも言うんでしょ?」

「うん、だって優しくしてくれたし」


 第三者だからこそ言えること。そして私は誰かを贔屓したりはしない。


「どうすれば私だけを応援してくれるようになる?」

「うーん、それなら誰よりも頑張るしかないね。自分のやり方を貫けずウジウジしている人は誰にも応援されないよ」

「……ならもし無理だったらさ」

「は? もう終わったときのこと考えてるの?」


 駄目でしょそんなの。戦う前から負けている状態になってしまう。気持ちで負けてたら勝てるかもしれない戦いをみすみす落とすだけだ。


「いいから聞いてよ。もし無理だったら……結望が私をもらってよ」

「はぁ? 自分がいかに自分勝手なことを言っているか分かってるの? 私を保険扱い? 私は物じゃないよ」

「いいからっ。自分だけは好き勝手言ってさ、ずるいと思うんだけど」

「いや、そのまま返すから……」


 どちらにしても口約束――とはいえ、こちらを見る彼女はえらく真剣な感じで困ってしまった。で、最低なことを言っていると分かっているのに駄目だと即答できなかったのはなんでだろう。


「あのさ、もし桃瀬先輩が私を選んだらどうするわけ?」

「そんな可能性認めたくないし……」

「いいから」

「そしたら諦めるしかないよ。人のを奪うほど落ちぶれてないもん」

「とにかく、頑張ると決めたのなら強気でいきなさい。いつもみたいにいけばいいんだよ夏海は」


 ま、4日くらいしか付き合いないんだけど。

 私は彼女の手を握ることをやめ壁に寄り掛かる。


「まったく、どうしてこんなに弱気なんだか」

「それは結望が『うん』って言ってくれないからだよ」

「それが目的みたいになっちゃってるじゃん」


 可愛い子に求められるのは嬉しいがこういう形は複雑どころか最悪だ。どうせ求められるのなら惹かれてほしい。魅力がないとかそういうのは置いておくとしてもね。


「別に結望のことは嫌いじゃないしね」

「はい嘘つき、もういいから教室に戻りなさい」

「……また手、握ってよ、そうしたら力もらえる感じがするんだ」

「別にそれくらいはいいけど。じゃあまた後でって言うか今度ね」


 やれやれ、たった一言で状況を変えてしまえる一面があると思えば、1番真剣にならなければならない局面で臆して撤退、他の女に繊細な部分を見せたうえに手つなぎを求めるなんてどうかしている。


「あーもう勝手だなぁ」


 ま。またひとりぼっちにならずに済んで別にいいけど。

 内心でぶつぶつと小言を呟きながら教室に戻ったのだった。

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