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05

「やっほー!」


 大丈夫、ここに訪れても私目当てではきっとない。だから逃げる必要はない。


「えと、このクラスに桃瀬結望って子いるよね? どーこーかーなー?」


 教室でご飯を食べていた子達が一斉に私を指差す。白々しく「そこかー!」なんて言って結局先輩は突撃してきて、


「お、卵焼きもーらいっ」


 残していた卵焼きを盗んでから横の席に座った。


「あのさ、なんでポニーテールにしているわけ?」

「だって桃瀬先輩と同じにしてたら真似してるとか言われるからですよ、こっちはただ伸ばしているだけなのに」


 これ以上取られないために体でガードする。


「それでなんの用ですか?」

「あ、そうそう、杏奈が放課後に会いたい、だって」

「及川先輩は反対じゃないんですか? 私があの人に近づく形になりますけど」


 心は全く遠いままだけどね。


「うん、だって特別な意味で好きってわけじゃないしね。あの子がそうしたいなら止める権利なんて私にはない……ま、いまのままの結望ちゃんが近づいてはほしくないけどね」

「ふっ、ならあの人にそれを言ったらどうですか?」

「あのさ、なにが気に入らないの? 杏奈が結望ちゃんになにかした? 同じ名字だから弊害があるとか? でもそれってさ、結望ちゃんが努力すればいい話だよね? 杏奈みたいになればいい話じゃん」

「無茶言わないでくださいよ。こんなちんちくりんがいくら努力したってあの人みたいにはなれませんよ」


 努力すれば友達ができるわけじゃないし、スペックが高くなるわけじゃない。もしそうならこの世には天才やエリートが溢れている。


「なるほどね、そうやって開き直って現状維持を貫いているから友達がいないんだ」

「よく分かりましたね」

「分かるよ、だって私がそうだもん」

「へ? 及川先輩が?」


 あの子が言っていたことは正しかったのか? いつも無表情ってやつ……少なくともいまは薄い笑みを浮かべているけど……。


「うん、杏奈は付き合ってくれてるけどさ、それって同情とかだって思うんだよね」

「そんなこと言わないであげてください。多分、そんなこと思っていないですからあの人は」


 あの人は「あの子のミスは私のミスみたいなものですから」と言った。表面上だけで見れば確かに同情とかそういうのがありそうだけど、多分あの人はそんなことで付き合ったりしないと思う――というか願っているんだ。合う合わないはともかくとして、私はあの人に素敵なままであってほしい。


「あなたが信じてあげないでどうするんですか。いまのあなたこそ桃瀬先輩には近づいてほしくないですっ」

「結望ちゃん……」


 同情だけで長年付き合えるわけがないんだ。特別という可能性も、ただの親友、友達という可能性もあるが、あの人にとって及川先輩が大切であることには変わらない。

 なのにその対象の人物がそういう捉え方をしていたら悲しいだろう。私だったら知った場合は確実に寂しくなる。


「とりあえず、髪型戻しなよ」

「及川先輩がそんな良くない考え方をやめたら考えます」

「ってかっ、ははは!」

「え?」


 いきなりお腹を抱えて笑いだした及川先輩。周りの子も含めてぽかんと見つめる羽目になった。というかこういう目立ち方は良くないよ!?


「杏奈のこと悪く思ってないんじゃん! あのさっ、このこと杏奈に言ってもいいっ?」

「あ……確かに……それは別にいいですよ、別に悪口を言ったわけではないですし」


 もしかして素直になれてなかっただけ? いや、同じ名字、たかだか1学年違っただけでどうしてここまで違うんだろうと劣等感を抱いていたからこその対応だったのかな?


「ふふふふふ、いい収穫もあったし戻るよ! みんなー! この子のことよろしくねー! じゃあねー!」


 あぁ、やっぱり及川先輩ぃぃぃ! ぼっちは静かに穏やかにが普通なんだ! こういう目立ち方は良くない、良くないよ!


「やっぱり凄いよ桃瀬さん!」

「そうそう! だって及川先輩の笑顔を引き出したんだもん! それに冷たく睨まれても普通に対応できていたしさ!」


 ちょっと待って、及川先輩は別に私を睨んでなんかない。単純に雰囲気から睨んでいるとか冷たいとか思われるのは可哀想だ。


「及川先輩は全然怖くなんかないよ。ちょっと偉そうになっちゃうけどさ、気にせず近づいてみたらどうかな? あの人もなんか友達を求めているみたいだし」

「んー確かに話したこともないのに怖いとか思うのは悪いよね」

「悪いってことはないよ。でも、話してみたら気さくで面白い人だからさ」

 

 その分振り回されることも考えておかないと駄目だけど。決していいことばかりではないということを教えてくれるそんな人だと思っている。


「あの桃瀬さん……後でいいかな?」

「うん、連れていくくらいなら大丈夫だよ」

「ありがと!」


 ああ、だからああいう人が苦手なんだ。私ではできないことを簡単にやってのける。周りのおかげで変化する毎日なんて嫌だ。


「なんか私、及川先輩のこと気になってきたかも」

「んー私は桃瀬先輩かな。あ、桃瀬さんもいいけどね!」


 ああいう引っ張り方もあるんだなって。委員長タイプである桃瀬先輩な感じじゃなくてもできることが。

――って、ちょっと評価を改めていたんだけどなぁ……。


「味の濃さは大丈夫?」

「はい! すっごく美味しいですよ! あれ、どうしたのそんなな変な顔してさ、結望ちゃん!」


 この人に家を教えたのが運の尽きだったか。連日家に入り浸られていて困っている。


「及川先輩」

「夏海って呼んでよー、あの子達に聞いたよ? 私のことも良く言ってくれたんでしょ?」

「夏海!」

「そ、そこまでは期待してなかったなぁ……それでなに?」

「毎日家に来るのはやめていただきたい」

「なにその口調! あははははっ!」


 そう、評価を改めたとて毎日毎日来られたら調子が狂う。踏み込まれるのなら少しずつ。ここで判断を見誤ると調子に乗る前にあの口撃で撃沈、それどころかこの距離感ですらいられなくなる。


「そういえば結望はさ」

「え? あ、はい」

「敬語はいいよ。それに夏海って呼び捨てで大丈夫。それで結望はさ、女の子が好きだって言ってたよね?」

「うん、それはあのとき変えてから変わってないよ」

「それって男の子に告白したけど玉砕した、ってことなの?」

「ううん。ただできなかったからかな」


 別にキョドるような臆病キャラでもない。男の子が怖いというわけでもない。ただあるのは分からない、分かり合えないという感情。


「そっか、まあそれは私も同じなんだけど……っと、話が逸れたね。えっとさ、もし私が杏奈のことを真剣に考えてみようかなって言ったらどうする?」

「え? そんなの応援するくらいしか……だって私は桃瀬先輩よりも夏海の方が現時点では好きだし」

「ふぅん、なのに応援しちゃうんだ?」


 そりゃそうだろう。これは私個人の感情であって夏海にとっては違うんだから。私達は友達ですらないことは明白、いまだって彼女の明るさあってのやり取り、距離感だ。


「え、結望ちゃんって女の子が好きだったのっ?」


 あ……すっかり美榎さんの存在を忘れてしまっていた。良くも悪くも注目を集める人だからな彼女。その証拠に今日の放課後は10人も彼女の元に人を連れて行く羽目になった。

 でももし、彼女が桃瀬先輩に集中するというのなら断らなければならない。それで役に立てなくて文句を言われることになっても別に構わない。


「あれ、美榎さん知らなかったんですか?」

「う、うん……私はてっきり女子高校生だし男の子を求めているのかなって。ほら、女子大生よりかは女子高生の方が響きがいいしね、そういう間に恋愛しておかないと私みたいになっちゃうから」

「でも結望のお父さんと結婚しましたよね?」

「うん、子どもがいるって聞いたときは驚いたけどね。だってそこら辺の男子高校生より若く見えたし」


 そうそう、よくバツイチの存在を未婚の女性が受け入れたものだと思う。しかも社内恋愛とかハードルが高いだろうに。「根負けしてしまってな」ってお父さんよく言ってたっけ。


「子持ちの男性に猛アピールができるならお母さんこそ高校生時代に頑張っておけば良かったのに」

「うぐっ!? だ、だってコミュ障だったから……でもあの人は優しくしてくれて……」

「うわ……子どもの前で惚気とかないわー」


 私も子どもができたなら同じことを言うのかな? だけど女の子しか見てないし男の子をもう求めてはいない、そうなると……ま、子どものことなんていまはどうでもいいか。


「え、いいじゃん、私はこういう話が聞けて嬉しいよっ?」

「夏海が独特なのっ。ま、頑張ってよね、桃瀬先輩に本気だって伝わるように」

「……なんだかなー」

「ん? なにか心配なの?」

「杏奈の気持ちは分からないし、それに問題は結望、君だよ」


 なんで私なんか。あっ、もしかして夏海の中で私の存在はもう大きい! ……なんてわけないだろうから桃瀬先輩絡みのこと?


「なんか杏奈って結望のこと気にしてるっぽいんだよね。今日は急遽予定変更になって会う約束はなくなったけどさ」


 やり忘れていた課題があったということで今日のはなしになった。どんな用件かは聞いていなかったのでなんともモヤモヤ感が酷い。


「ね、杏奈が結望のことを好きだと言ったらどうする?」

「100パーセントないと思うけどね。ま、一応答えるならそのとき次第だと思う」


 魅力的なんだ、周りの子が好むように私だって気にいるときがあるかもしれない。この人の隣にいたい、選んでもらいたい、そういう苦しくも甘酸っぱい感情を抱えながら生きる毎日というのも悪くはない人生の歩み方だろう。

 人生は1度しかないんだ。色々なことをいまのうちに経験しておいたら、最後のときに満足して死ねる気がする。


「あのさっ、そのときはちゃんと受け入れてあげてね。私が好きだからとかどうでもいいから」

「ほんとに? 顔が複雑そうだよ?」

「そりゃそうでしょ、これから頑張ろうってときにその子が他の子を見ていたら話にならないもん。関わった時間の多さとか当てにならないし」


 全然考えず振り回すくらいの勢いがあると思えば繊細なところもある。そういうギャップは素晴らしいが、ただ後ろ向きな考えをしているのだとしたら戦いに負けるぞ夏海。


「まったく……どこかの誰かはライバルをたくさん連れてくるしね……」

「いや、あの子達の中には夏海のことを気にし始めている子もいたよ。ある意味それがきっかけになって桃瀬先輩が夏海を意識してくれるかも、あくまで可能性だけどさ」


 酔っていたとはいえ鍵を手渡し、そして気づいたいまも取り返そうとはしないくらいには信用しているわけだ。鍵を渡すのなんてよほど信じていなかったらできないこと、それを気づいているのかな夏海は。


「んーフェアじゃないな」

「は? そんなこと気にしてたら負けるよ。いいんだよ、常識の範囲で攻めるなら全然ね。最後にあの人の隣に立っている人が正義だよ」


 って、恋愛未経験なのになにを言っているんだか。お前が頑張ってから言え、って話だ。


「ん、まあ杏奈次第だからね。じゃあ約束して、もし杏奈が結望に近づきたがっていたら絶対に避けないこと、いい?」

「分かった。なら夏海も守ってよ?」

「うんっ、頑張ってみる!」


 ヒロインしているなあ、私にはできないことをやってくれればいい。……約束があるからそのような場合になったら一応ルールに則った動きをするつもりだけどね。 

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