04
「……もう朝か」
体を起こして右手で布団をどける。するとそこには「ん……」と素っ裸で寒そうにしている夏海先輩の姿ががが……。
「夏海先輩起きてください」
「ん……あ、おはー……」
「もう、あれだけ裸になるのはやめてくださいって言ったのに」
「ごめん……これがいつものスタイルだからさ。服を着て寝ると窮屈なんだよね」
くっ、まさか桃瀬先輩より大きいとは思わなんだ。菊池さんだってそこそこあるし私だけが胸囲が劣っていて劣等感を感じている。
「あ……杏奈を起こしてこないと」
「そういう関係なんですか?」
「あの子は朝は弱いんだ。あ、にしし、代わりに結望ちゃんが起こしに行ってみる?」
「別にいいですけど、いれてくれますかね?」
「大丈夫。下までは私が付いていってあげるから」
「それなら起こしに行きます!」
やっぱりなんだかんだ言っても気になる相手ではあるんだ。お部屋とか寝相とかそういうのをチェックしたい。
「お邪魔します」
「緊張しなくて大丈夫だよ。だってあの子の両親はこの時間もういないからね」
――で、桃瀬先輩の家。
それはそれでどうなんだろうという不安を抱えつつも勝手に2階に上がらせてもらって扉をノックさせてもらう。
「あ、駄目だよ、あの子全然起きないから」
「それなら入らせてもらいます」
中に入ると彼女の匂いを更に強くしたような空気が詰まっていた。でも臭いとかそういうのは一切ない、それどころかここで深呼吸をしたいくらいで――これは女の子好きーな一面が発揮されただけなので気持ち悪い人間というわけではない。
「じゃ1階に行ってるから」
「はい」
まずは優しく声掛けから。それでも駄目なら肩に触れて優しく揺らす。頭を撫でる。柔らかいお腹を突く。極めつけは彼女の胸に触れ――ようとしたところでガシッと腕を掴まれた。
「おはようございます。それで、なんであなたがここに?」
「夏海先輩から起こしてみろと無理やり頼まれました」
「あの子ったら……あ、桃瀬さんは部屋から出てください、制服に着替えたいので」
「別に同性なんだし私がいてもいいんじゃ?」
「襲われるのは嫌なので出ていってください」
んー信用ないな。ま、自分がしていたことを考えればなんらおかしくはない対応だが。
「杏奈はよー」
1階に行くと呑気に挨拶をする夏海先輩。
「ええ、おはようございます。ですが夏海さん、あなたはそこに正座をしてください」
「えぇ……ほら、座ったよ?」
おぉ、あの飄々とした態度を貫く夏海先輩にも逆らえない人がいたんだ。
「なんで私の家の鍵を持っているんですか?」
「え、昔コーラで酔っ払っていたときに杏奈から渡してきたんだよ? だから毎日起こしに行けてたんじゃん」
「――っ!? そ、そんなことは決してっ! も、桃瀬さんもいるんですからやめてください!」
「どうせ繕ってもバレるって。ほら、もう学校に行こうよ」
「まだ朝食を摂っていませんが!」
「私は食べたから大丈夫! ほら結望ちゃんも行くよ!」
某アニメキャラかってくらい横暴な人だ。それでもこれから学校があるのは本当だ、簡単に言えば朝食を悠長に摂っている時間は一切ない。
「はい」
「はぁ……行きましょうか、桃瀬さん」
「はい、行きましょう」
学校へ向かいつつ私は思った。
「でさっ、結望ちゃんのベッド柔らかかったんだよ!」
「はぁ……一方的に泊まるのはやめてあげてください」
「いやいやっ、結望ちゃんの方から泊まらないかって言ってくれたんだよ!?」
「それなら裸で寝るのはやめてあげてください」
「う゛……」
相性どうこうはともかく、起こしに行くなんて幼馴染もしくは友達みたいな行為をできるなんて嬉しすぎる。先輩方を友達扱い
するのは正直気が引けるけれど。
「結望ちゃんっ、昨日はありがとね!」
やばい、可愛い。寝ている間に色々なことをしておけば良かったと後悔した。
「桃瀬さん?」
「いえ、なんでもないです」
私的には桃瀬先輩より夏海先輩の方が好きだ。こっちを振り回してくるけどやっぱり明るく可愛いのがかなり大きい。桃瀬先輩は綺麗で物腰が柔らかくて素敵だけど、悪く捉えれば堅いし、どうにも私は好かれていないようだしね、それ以前の話ではある。
「あ、でも勘違いしないでよ?」
「へ?」
「別に私は結望ちゃんのことを気に入ったわけじゃないから。恋菜とどっちがいいかってなったら、間違いなく私は恋菜を選ぶ」
あ、なるほどそういうことか。こういう誰にでも気さくに対応できる人だからこそ、表面と内面の差が激しいということか。彼女は「ま、恋菜より杏奈だけど」なんて口にし、もうこちらに興味を失くしたのか前を向いて歩きだしていた。
ま、私にとっても同じことだ。桃瀬先輩と及川先輩、どっちが好きかと問われた場合にのみ答えるだけで、それ以外ではやはり振り回す人は苦手なのだから。
「すみませんでした」
「なんで桃瀬先輩が謝るんですか?」
「あの子のミスは私のミスみたいなものですから」
「そうだとしても私に謝るのは意味が分かりません。もう2度と、少なくとも私相手にはしないでください」
「はい……」
桃瀬先輩は及川先輩を追って歩いていった。
「なにやってんの私」
おいおい、なに自惚れてんだよ私。なにもう友達みたいな認識をしていた? 常にひとりだった己のスタンスを貫けよ。
「こんなんじゃ菊池さんに怒られちゃうよ」
私は距離を作ってから歩きだしたのだった。
唐突だが休み時間の過ごし方というのは意外とたくさんある。
トイレに行ったり、本を読んだり、壁に張られた掲示物を見たり、今日の夕飯はなにかなとか考えたり、シャーペンの芯を無駄に出してみたりと、ぼっちだからといっても別に寝て過ごすだけが常ではないということだ。
「ねえ」
「あ、菊池さん」
そして現在はシャーペンをカチカチカチカチずっと押して芯を出していたわけだったが、彼女が来訪したことにより押すのをやめた。戻そうとしたらぱきっと折れてしまって涙目に……。
「昨日、杏奈先輩とどうだったのよ?」
「どうって、なにもないよ?」
「どんな会話をしたの?」
「私のそれは自業自得だったって話だよ」
「ああ……同性でもああいうのはやめた方がいいわよ。もしあんたが女の子をそういう意味で好きでもね」
別にあんなのその場を凌ぐための行為でしかない。興味ないとか言うくせに事ある毎に捕まえようとしてくる及川先輩から逃れるのが優先事項だったのだ。
「興味ないよ、菊池さんには悪いけど」
「ま、それならそれでライバルが減って助かるわよ」
「怒らないの?」
「怒ったところでメリットがないじゃない。なに? あたしがいつでもムカムカしていると思った? そこまで元気良くいられないわよ、いくらあたしとはいってもね」
彼女にしては意外な態度だった。って、一昨日からしか関わっていないんだけど。
「あんた友達いないの?」
「うん、そうかもね」
段々と意思が弱くなり、友達ができる、作るから、作れる、いなくてもいい、これが私の日常風景、というか気を遣うの面倒くさいしに変わっていった。
「しょうがない、あたしが友達になってあげるわ」
「え、なんで? 菊池さんって私に興味ないでしょ?」
ある意味私にだけは素を出してくれているとも言えるが。というかなにもしてないのに私って嫌われすぎだな。
「あんたはうちの銭湯を使ってくれるお客さんだしね、仲良くしておけば頻度が上がるかもしれないじゃない」
「大型給湯器が直れば多分なくなると思うけど」
「別にいいわよそんなの。ま、認めるかどうかはあんたの好きにしなさい。あたしは勝手にあんたを友達だと思っておくから」
「うん」
彼女は「それじゃあね」と言って教室を出ていった。
なんだろう、私が勝手に壁を作っているだけなのかな? どうせ裏切る、その内側では悪態をついているだろ、笑顔だけで笑っていないんだろとか無自覚に考えてしまっているのかな。
「桃瀬さん」
「ん?」
話しかけてきたクラスメイトの……いや、クラスメイトかすら分からない女の子。
「えと、昨日桃瀬先輩と一緒にいたよね? どうすれば近づけるかな?」
「あ、及川夏海先輩って人と関わればいけるよ」
「す、凄いね、及川先輩って無表情で怖い人なのに」
「えっ?」
あの先輩が? いつもにこにこしてて可愛いと思ったくらいなのに……あ、そうか、あの場にはあの人もいたもんね、好きな人の前では明るくなるのが普通のことだ。
「私で良ければ連れて行ってあげることくらいはできるよ?」
「え、い、いやっ、その後が困るからいいや……ごめんね、話しかけちゃって」
「え……あ、うん、別に大丈夫だけど」
別に同級生なんだし変な気を遣わなくていいのに。
「ひとりが好きなんだよね? いつも話しかけんなオーラが凄いし」
えぇ!? そういうことだったんだ……だから他の人が全然近づいて来てくれないんだな。こういうことに気づけるようにって友達作るのが推奨されているのかも。
「教えてくれてありがと」
「う、うん……ごめん、偉そうに」
「大丈夫だよ、私も本当は先輩達と仲良くないからさ」
彼女はペコペコと頭を下げてから席へと戻っていった。
そうか、ならもう少しくらい態度を柔らかくしないと。
「えへっ」
「「「…………」」」
さっと視線を逸らされてしまったけど、これからだと割り切ってシャーペンカチカチ作業に戻ったのだった。