02
「ごめんっ、結構時間かかっちゃって」
「べ、別に大丈夫ですよ?」
でも確かに結構待った。お母さん――美榎さんはもうとっくに家へと帰ってしまっている。本当は一緒に変える予定だったのだが、あまりにヘロヘロ過ぎて「帰って寝てなさい」と言うしかなかったのだ。
「えと、自己紹介、してなかったよね? 私は菊池恋菜だよ」
「私の名前は桃瀬結望――」
「えええええ!? 桃瀬杏奈先輩じゃなくて!?」
「は、はい」
「ちっ、紛らわしい髪型と名字してんなよこいつ……」
えぇ!? 私はちゃんと桃瀬結望だって自己紹介したよ? というか可愛いのに口が悪いよ……。あと、もうひとり桃瀬って名字の人がいるのだと分かったのはいいけど、無益な情報だ。
「あ、もうあんた行っていいよ、杏奈先輩以外は興味ないから」
「それなら……」
あーあ、待たされた挙げ句これって流石友達がいないだけあるな私、へへへ……。
「はぁ……」
せっかくお風呂に入れて気持ち良かったのに心が冷えてしまった。例え秋雨だとしても暑い日々が続いているのでいいのかもしれないが、それとこれとは話が別だ。ただただ虚しいだけ。
「ただいま……」
リビングに行くと顔を真っ赤にした美榎さんが床に寝っ転がっている。このままだと風邪を引いてしまうので寝室まで頑張って運んで私は自分の部屋に。
「ま、どうせ金輪際関わることもないしね~気にするだけ無駄無駄ー! あっはっは!」
――と、笑っていたからだろうか、
「げっ、あんた同じ学年だったんだ……」
2階の廊下でばったりと出会ってしまったのだ。げっ、はこちらのセリフである。
「あのさ、あんた杏奈先輩と関わりとかない――あるわけないよね」
まあないけど、せめて聞いてからにしてほしい。
「あたし、杏奈先輩とお話ししたことないんだよね」
「うぇ!?」
私からあたしに変わっていることよりも驚いた。それだけ尊敬って感じの雰囲気を出しているんだからてっきり仲がいいのかと思ったけど。彼女は「なによ?」とこちらを呆れた表情で見つめている。
「えっと、先輩って呼んでいるということは3年生の人なんだよね?」
「は? それしかないでしょ?」
「はい……」
菊池さんがここまで露骨に反応を変える相手、桃瀬杏奈先輩。
うぅ、私もなんだかんだで気になりはじめてきたぞ。でも彼女に頼んだところで「は? あんたに教えるわけないじゃん」とか言って躱されてしまうだろう。だからこの後動くと私は決めた。
「あの、帰らないの?」
「は? うん、まあ」
「奇遇だね、私も帰るつもりないんだ」
違う、多分コソコソしていてもどうせバレる。だったら、
「ねえ、それなら一緒に桃瀬先輩のところに行ってみない?」
これだ、同じ気になる者同士きっと仲良くなれるはず。
「まあいいけどね。それなら行こう」
「うん」
良かった、そもそも私ひとりじゃあわあわして時間の無駄になっちゃうだけだったから。
3階に上がると一気に雰囲気が変わる。たかだか1年早く生まれているというだけなのにどうしてここまで違うんだろう。そしていまの1年生は2階に上がったとき似たようことを感じてくれているだろうか。
「あれ、2年生ちゃんどうしたの~?」
「あ、あのあのあのっ、桃瀬杏奈先輩がいまどこにいるか知りませんか!?」
「あーそれはね――」
えぇ!? なにそれ、他の子にはコミュ障発揮しちゃう系の女の子なのか!?
「あ! 杏奈ー!」
「はい、どうしましたか?」
おぉ! これが桃瀬杏奈先輩。黒髪で長くて物腰柔らかそうで私みたいな弱者の話もにこにこと笑みを浮かべながら聞いてくれそうな人!
「えと、あなたが菊池恋菜さんで、あなたが……」
「あ、こいつの名前は別に知らなくていいですよ!」
「そ、そうでしょうか?」
「あはははは! その子可哀相!」
くくく、桃瀬先輩の感じが分かっただけで大収穫。次は絶対にふたりきりで会ってみせる! だからいまは――、
「戦略的撤退だぁ!」
「あはははっ、逃げ足がはやーい!」
うぅ、あの先輩だけが救いだな。こういうときにノーリアクションでいられることが1番辛いんだ。別にそこまで考えてはくれていないだろうが。
「待ってよ君!」
「って、速い!?」
結局、桃瀬先輩達から全然離れていないところで捕まってしまいました。ポンコツというわけじゃないけど、50メートル9秒台だしなぁ……。
「ねえ、君って杏奈と同じ桃瀬っていう名字なんでしょ?」
「は、はい……」
「それに髪型も髪色も髪の長さも同じだし、ひょっとして隠れファン?」
いやいや、あんなに綺麗じゃないよ!? しかも私のはちょっと茶色が混ざっているからね!
「いえ、最近まで桃瀬という名字の人が学校にいるとは思いませんでした」
「えぇ!? 同じ学年なら杏奈はみんなに知られてるのにぃ」
「だって私は2年生、下級生ですから」
菊池さんが知っているなら私以外の人は全員知っているかもしれない。あまりに周りに興味がなさすぎただけかも。
「ふ~ん、ちょっと興味出てきたかもっ。あ、私は及川夏海! よろしくねっ」
「は、はい、桃瀬結望です、よろしくお願いします」
「おぉっ、可愛い名前! ま、杏奈ほどじゃないけど!」
この先輩は桃瀬先輩と仲良さそうだ。いや、それどころじゃなくて、もしかしたら同性とか関係なく好きなのかも。これは難しいよ、菊池さん。これまで1度も話したことがない私達とは距離感が違いすぎる。
「夏海さん、少しいいですか?」
「うん、大丈夫だよー!」
き、来た!? 逆もまた然りで、桃瀬先輩は及川先輩に変な虫が近づいてほしくないんだ。そして実際に桃瀬先輩が私を睨んでって、どうして睨むの!? ただ話すだけでも駄目ってこと!?
「桃瀬さん、ですよね?」
「はい、村瀬結望です」
「ちょっ、杏奈先輩別にいいですよこいつは!」
そうそうそうそう、無害判定しても大丈夫だって! 私はただお友達になってもらいたいだけで十分なんだから!
「えと、菊池さんが言うように私のことはいいかと」
「杏奈ー! その子にちょっと興味があるんだ! だから逃げないように捕まえててっ」
「は、はいっ、え、えい!」
「はうわっ!?」
せ、背中に感じるこの柔らかさはぁ!? ――1年早いというだけで女として大切な部位がここまで成長するのかと私は驚愕した。それ以外もなんかふわふわしている、そりゃ人気になるわけだ。
「あんたねぇ!」
「ち、違うよっ、これは先輩方が勝手に……」
「ふふふ、逃さないよ結望ちゃんっ」
「に、逃げませんからっ、せめてこの怖い先輩からは離れさせてください!」
「へ? 杏奈が怖い?」
みんなの動きが止まったいまがチャンス! 難なく桃瀬先輩の拘束からは逃れ距離を作ることができた。
「杏奈先輩が怖いってどういうことよ」
「い、いや、細かいことはいいと思いませんか?」
「結望ちゃん」
あれ、及川先輩の雰囲気がだいぶ怖い。
「杏奈のことを悪く言うつもりなら私が絶対許さないっ」
ひえぇ!? ち、違う、私はただ発育の良さに負けそうになっただけなんだ。いやまあ単純に私にだけ目つきが怖いってのはあるんだけど――どう説明したらここを乗り切れる?
「こいつが失礼を働いてすみませんでした! 今日のところはこれで失礼させていただきます!」
「ちょ、菊池さんっ?」
「いいから行くわよバカ!」
私が考える暇もなく菊池さんに腕を掴まれ強制連行。連れて行かれたのは私のクラスだった。
「はぁ……はぁ……あんたなにをやってんのよ!」
別に私が失礼なことを言ったわけじゃない、責められてもただただ困惑だ。
「もうあんたは近づかなくていいから! どうせひとりのときにゆっくりと~なんて考えていたんでしょうけど!」
「鋭いね。でも、少なくとも私からは近づかないよ」
「ふんっ、その言葉守りなさいよね」
ああして一方的にわけも分からず絡まれるのは嫌いなんだ私は。ましてや、及川先輩はともかく桃瀬先輩からは睨まれたくらいだし、あれで近づこうとなる人は菊池さんみたいな好きな人だけだろうと考えている。
「はぁ……やっぱりお話ししても素的な人……」
そりゃそうだろう、あれは完全に私だけが敵視されていたんだから。それかもしくはあれが素か、どちらにしても私からは近づかないと決めた。あんまり相性良くないみたいだしね。