01
読むのは自己責任で。
会話のみ。
「でさー彼氏がさー」
「あ、それ私も!」
「あー分かるわー」
近くで行われているリア充会議。
「そうそう、ちょっと足りないところがあるよね」
「「「って、あんたは彼氏いないじゃん」」」
――脳内で話しかけて、脳内で拒否られるという流れになった。
もう高校2年生、しかも9月終わりというところなのに、しかも女子高校生なのに彼氏のひとりもいたことない人生なんてどうかしている。
でも、限界というのがある。私にはなにかが足りないからできないだろうと早々に見切りをつけて今度は女の子を探してみたりもしたのだがノーマルな子達ばかりしかいない。ついでに言えば私もそんなに乗り気じゃない。そもそも消去法で「女の子に絞ろう!」なんて都合が良すぎたんだ。だから実に謙虚に生活している。
休むことなく真面目に登校して、周りが賑わう中喋らずに授業を受けて、休み時間も静かに過ごしての繰り返し、帰ったらご飯を食べてお風呂に入って寝る毎日、考えると虚しくなるので考えるのはいつの間にかやめた毎日だ。
「やっほー一緒に帰ろ」
「うん!」
なんて会話を聞きつつ学校をあとにしてひとり帰路に就く。
「元気にしてた?」
帰ったらすぐに花壇のお花にお水をあげた。
今年はまだ暑い、これだけが癒やしなんだからもっと頑張ってもらわないといけないから。
空を見上げると夕方だというのにまだまだ青い空が広がっている。もう10月になるのになあ、秋になるって感じが全然しないや。
「ただいまー」
「おかえり」
この人は母、父、姉、妹、弟でもない。いや、違うか、一応もう母親ではあるんだっけか。
「美榎さんにしては帰りが早いですね」
「……うん、今日は早くに終わったから」
「お疲れ様です。そうだ、今日のご飯ってなんですか?」
「もやし炒め、かな」
「いいですよねもやしって、安くて量も確保できて。あ、部屋に行ってるんで、できたら悪いですけど呼びに来てください」
「うん、それじゃあまた後でね」
部屋に着いたらベッドに寝転ぶ。
「んーぎこちないな」
美榎さんにはもっとグイグイきてほしいものだけど期待するのは酷か。人は誰もが急に変われるわけじゃない。父の前では変えられたとしてもその子ども相手にも、とはならないだろう。
だって血が繋がっていないからな。好きになったのはあくまで父であって、他の人との間にできた子は正直に言って邪魔者――とはいえ家を出てあげられるようなお金があるわけじゃない。おまけに裕福な家というわけでもないしね。
別に父が再婚したことを責めるわけじゃない。それどころか普段ひとりで頑張ってくれていた分、幸せを追い求めてほしいと思うが、でもなあ……。
「再婚してすぐに単身赴任で家を空けるって不憫だ……」
休む暇もなく、やっとできた新しい妻――美榎さんとゆっくりすることもできずこれって。それと残された美榎さんが少し可哀想だ。自分で言うのもなんだけどこんなのと暮らさなくちゃいけないんだからさ。
「美榎さんが嫌いってことはないけどさ、初めて会ったってわけじゃないし」
でもせめて家くらい気を遣わずに済む空間であってほしいものだ。
「結望ちゃん、ご飯できたよ」
「はい、いま行きます」
いや違う、勝手に私が気を遣っているだけだ。まだ身内だという認識ができてない。変な遠慮して壁を作っているのは自分。
「いただきます」
「うん、いっぱいあるからね」
「って、こんな食べられないよ?」
よっしゃあ! たまにはやるな私の心っ。
敬語なんかで話しているからぎこちなくなるんだ。ここは実の娘らしくいかないと。
「そしたら明日のお弁当にするから。あ! 私のにいれるから結望ちゃんのにはいれないから安心してくれれば、と……」
「いや、私のに入れてくれていいよ。お、お母さんが作ってくれるご飯好きだもん」
「結望ちゃん……」
ええい、義理だから、父がいないから、ほとんと話したことがないから――だからなんだってんだ? だったらこれから仲良くなっていけばいい話だ! 少なくとも2年生の9月終わり頃になっても友達がろくにいないことよりかは問題じゃない!
「そういえばさ、お父さんと連絡取ってる?」
「う、うんっ、毎日夜に必ず」
「ひゅ~、仲いいね~」
「も、もう……でもね?」
「ん?」
箸を置いて顔を俯かせる美榎さん。
「……本当は行ってほしくなかったの。わ、ワガママなのは分かっているけど、ほら、まだ結婚したばっかりだったでしょ? 結望ちゃんにも気を遣わせちゃうし、なによりあの人と会えなくて結望ちゃんも寂しいだろうからさ」
「うん、それは分かるよ。お父さんのことは大好きだしね。だけど残念ながら家を空けがちな人だからあんまり困惑とかもないんだよね。それに美榎さん、お母さんとだってこれから仲良くなっていけばいいんだから私は大丈夫だよ!」
「…………」
えっ!? そこで沈黙ぅ……。
ま、まあ、喧嘩したわけじゃないし私はこのできたてのご飯を食べていればいいだろう――っと、楽観視していたのだが。
「ちょっ、どうして泣くの?」
「……本当は心細くて……だってだってっ、結望ちゃんもなんか変な遠慮してきてたから嫌われているのかなって思ってさ!」
「あ、ごめんごめんっ、別にそういうのじゃなかったんだけど、まだ家族だって確信が持ててなくて」
そうだよね、慣れない家で、慣れない子の相手をするのは大変だよね。おまけに相手の子どもはどこか余所余所しくて基本的にいつも敬語、私でも「自分は嫌われているんじゃ?」という思考になりそうだ。
「う゛……だよね……そうだよね……部外者だよね……」
「あー! 違うからっ、もう大丈夫だから! これから好きになるからあ!」
「ってことは嫌いだってことだよね……ここに来てすみません」
め、面倒くさ!? でも、なんか可愛い、だってこれって私に好かれたいってことでしょ? そんなの嬉しいに決まってる。
「いいからほらっ、もやし食べて! そうでなくてもこれしょっぱいのに涙でもっとしょっぱくなっちゃうよ?」
「え? しょっぱい……うぇ、味が濃い……」
自分も勉強しつつ適度な塩梅を探していくつもりだ。……今日の夜は喉が渇くだろうし枕元に水を置いておこうと決めた。
「そんなに問題って感じではないけどね。作ってくれただけでありがたいよ!」
「結望ちゃん!」
自分だけに作って、ひとりで寂しく食べる時間はもう終わったんだ。それだけで十分、それどころかこっちが感謝したいくらいではある。
「ごちそうさまでした!」
「ぐすっ、お粗末さまでした……」
「お風呂入ってくるね」
「うん……ずずっ、あ!」
えっ、もしかしたら美榎さんも私を認めてなくて、「私が認めるまでお風呂には入らせないわよ、ふふふ」というやつだろうか? ……ないか。
「そういえばお湯が出ないの。明日修理には来てもらうつもりだけど……今日は近くの銭湯で……」
「そっか、それなら行こ?」
「うん」
「というわけでやって来ました久しぶりの銭湯!」
「ちょっ、結望ちゃん声が大きいよっ」
知らない人と全裸で過ごすそんな場所。なんかその非日常感が凄い場所だ。とりあえず髪と体を洗って湯船につかる。
「はぁ……熱いけど丁度いいなぁ」
「えぇ……そうかなぁ? ちょっと熱くない?」
「ううん、これがなんとも落ち着くよぉ……」
もうこのままつかったままでいた――ん? ブクブクブクと泡だっている? それどころかどんどんと水温が上がっているような気がする。
「あっちいいい!? なんだこの温度設定は! ああっ、お母さんがやられてるぅ!」
「きゅぅ……」
危ないので美榎さんを引っ張り出しちょっと待っていると従業員の人がやって来た。で、利用しているお客さんひとりひとりに謝罪をして回っていた。
「――すみませんでした!」
「いえ、別にすぐ出られましたから」
「すみません……って、あの、桃瀬さん……だよね?」
「あ、はい、桃瀬結望ですけど」
うん? 思わず名前まで言っちゃったけど大丈夫だろうか。彼女はあわあわと実に落ち着かなさそうにしている。流石にこのままスルーは気持ち悪いのでこちらは動けない。
「はぁ……えと、結望ちゃんのお友達?」
「お母さん、私にお友達はいませんっ」
「えぇ!? 結望ちゃんお友達いなかったのぉ!?」
あぁ……他のお客さんにくすくす笑われちゃってるよぉ! ちょっと天然なのかもしれなかった。
「あのさっ、もうちょっとで終わるから待っててくれないっ?」
「え? う、うん、別にいいけど」
あ、思わずタメ口になってしまったよ。
「よしっ……あ、失礼します! じゃないや……それ、もう少し時間が経てば入れるようになりますから!」
「は、はい」
「今度こそ失礼します!」
「あ、行っちゃった……」
まあどうせ牛乳なりコーヒー牛乳なり飲むつもりだったから別にいいけどさ。
「お母さん……あれ?」
「あ、結望ちゃーん」
「早いね……私も入ろ」
お金を払っているんだ、こんな形で帰るのは勿体ない!
もっと、熱くてももっと、1時間を越えてももっとだ。
「きゅぅ……」
「お、お母さんは付き合わなくていいのに……」
でも約束もあるし美榎さんもこうだから1時間ちょっとであがったのだった。