2.肌の記憶
主人公は壊れてません。
これはマズい状況だ。こんなキマリ方をしているお仲間を、俺は見たことがある。
俺は壊れていない。俺は壊れていない。俺は壊れていない。だが状況を要約するとこうなるのだ。
「全裸で宇宙に浮かび、銀河の誕生を眺めていると、脳内に男の声が響いてきました。」
俺は壊れていない俺は壊れていない俺は壊れていない「俺は壊れていない!」
自分に言い聞かせるように叫ぶと、俺は目を見開いた。
すると、俺はアパートのベッドの上に横たわっていた。
いつもの枕、いつものタオルケット、いつもの寝室、いつもの2DK。俺は悪夢から目覚めたのだ。
パンツ一丁ではあったが、寝苦しくて脱いだのだろう。枕元の水差しから直接冷たい水をぐいっと飲み、俺は落ち着きを取り戻した。
寝起きの体重を測り、冷蔵庫から取り出したプロテインをシェイカーに入れ、牛乳で溶かして少量を胃に流し込む。
それから俺は軽くストレッチし、朝の筋トレを始める。まずはプッシュアップ30×3.シットアップ30×3.レッグライズ30×3、終わったらスクワットとベンチプレスだ。
俺の朝のルーティンだ。最初は単純に就職後緩んできた体を引き締めるため始めたが、後輩と出会ってからはメニューを増やしている。
難なくメニューをこなし、俺は残りのプロテインを飲み干す。
デスクに腰を下ろすと、酔って帰ってきた割にきちんと充電器に繋がれていたスマホを手に取り、時刻と通知を確認する。AM7:20。後輩からのメッセージはない。
そう言えば昨日地下鉄のホームで、あいつ何か言ってたよな。なんだっけ………、
「ニイちゃんいい男だな、って?」
「いや、そっちじゃない!………って、え!」
玄関とリビングをつなぐドアが開き、男が現れた。
シャワーを浴びてきたのか、逞しい上半身は剥き出しであり、腰にバスタオルを巻き、頭をゴシゴシタオルで拭きながら。俺はたまらず目を背ける。
見知らぬ男が裸で部屋の中に居る。この状況は、普通なら取り乱すべきことだが、恥ずかしながら、俺はまたやっちまったか、と内心青ざめるだけだった。こんな事態を、俺はしばしば経験していたのだ。
「やあ、おはよう。」
男は勝手に俺のベッドに腰を下ろす。
「あ、ああ………。」
気まずい。昨日俺は酔って、見ず知らずのこの男と………
「いや、違うぜ。ニイちゃんがいい男だとは言ったけどな、ニイちゃんが思ってるような事はなかった。」
俺はそれを聞き、少し胸を撫で下ろす。しかし、じゃあ何でこいつはここにいるんだ?
「そうだな、ニイちゃんがちょっと錯乱しちゃったから、安心してもらうためにここに連れてきたんだよ」
俺はそんなに酔ってたってことか?いや、それよりも聞きたいことが、
「ニイちゃん、俺に見覚えないか?」
男はそういうと、頭のタオルを外し、ベッドから身を乗り出して俺を覗き込む。
そう言われて、俺は男の顔を始めて正面から見る。短く刈り込んだ坊主頭、太く通った鼻筋、一重瞼にラウンド髭、丸く盛り上がった肩、俺の好みにドストライクだが、いや、だが眉尻のその傷は、
「…ケンジ、さん…?」10年前、俺が初めて付き合った男だ。
「思い出したか。」男はニイッ、と笑うと俺の髪をその分厚い手でクシャクシャに掻き回した。これはいつもケンジさんにされていたことだ。
途端に、かつての愛しい記憶が胸に溢れ出す。
「ケンジさん!」俺は男の名を呼び、男の頭を抱えて抱きついた。男の手が、優しく俺の背中を抱きしめてくれる。熱い体温が直に伝わってくる。
「また会えるなんて思わなかった…!全然変わってない………!何がどうなってるの!?何でここにいるの!?」
俺は懐かしい温もりを感じながらケンジさんに尋ねる。間違いない。この肌は、知っている。
10年前の春、俺がガキだった頃に出会い、その冬に別れた人。何故別れたのか………?何故か思い出せない。
「そうだ。ケンジだぜ、じゃあ、俺は覚えてるか?」
次の瞬間耳元で発せられた声は、
つづく
性描写は大丈夫だろうか。