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お華の髪飾り  作者: 本隠坊
4/37

④お手並み拝見

(1)

 

 この日の朝。

 奉行所から見廻りに出ようとすると、同心筆頭の高橋から今日は表に出ず、同心部屋に居るように、と仰せつかり、机の上で事務処理などをこなしていた。

 しばらくして、周りに人が居なくなった頃、高橋が来て、

「おい浩太郎。今日お華が吟味与力の佐久間様に呼ばれてるのを知っとるか?」

 浩太郎は驚き、

「いえ知りませぬ。誠にございますか? しかし何故」

「あのな、先日の本所での火事。あれは付け火だったようでな。火付けをしたと思われる所に、櫛と簪が落ちていたのだ。ところの手先が探ったところ、お華の物と判明したので、本人を奉行所に呼び出したのじゃ」

 ここまで言われれば、浩太郎も合点がいく。

「なるほど、そうでございましたか」

「まあ、古い者はお華の事を知ってるからな。佐久間様も火盗改に持って行かれる前にと言うことらしい」

 浩太郎は姿勢を正し、

「我ら兄妹のために、皆様に余計なお世話をお掛けし、誠に申し訳ございません」

 と頭を下げる。

 高橋は手を振り、

「いや、それは良いのじゃが。大丈夫なのだろうな」

「そちらの件は全く問題ございません。少々腹が立ちますが」

 高橋は何の事かと思ったが、

「それなら良いのじゃ」

 と笑顔になった。

 そして、しばらくすると、外の方で何やら声が上がった。

 浩太郎は、それに惹かれ表に出る。

 すると、奉行所の門の方から、漆黒の羽織と艶やかな着物に左褄で進んでいる女達が居た。

 お華が、如何にも深川芸者という格好で、女将とおみよを引き連れやって来たのだ。

 回りには、居合わせた若い与力同心連中などが、突然現れた芸者の一団に歓声を上げながら見物している。

 それを目にした浩太郎は、

「おいおい」

 と額に手を遣り、小走りでお華の前に行き、

「お華! なんて格好だ。お座敷に行くんじゃないんだぞ」

 小声で叱りつけた。

 しかしお華は、意に介さずといった顔で、

「あら、本日はお華太夫として呼ばれましたので、いつもの格好でございます」

 すると、後ろに居る、女将のお吉が恐縮しながら、

「申し訳ありません若様。さんざん言ったのですけど聞かなくて」

 と謝るのだが、

「では参りましょ」

 お華の声で、一行は立ち止まりもせず行ってしまった。

 唖然とした浩太郎は、ただ着いて行くしか無い。

 三人は、玄関向かって左にある、吟味方の詮議所に入った。

 小さなお白砂である。

 浩太郎は仕様も無く、外で板戸に寄りかかり、様子を聞く事にした。

お華達が土間の筵に座って待っていると、吟味与力の佐久間が入室し、三人の前に着座した。

 何故か内与力の加藤が、後からそっと入って来て、顔を見せず衝立の裏に座っている。

「お華。よう来た。もう何年ぶりかの。付き添いの者もご苦労」

 三人は一斉に平伏する。

 佐久間はお華を知っている。知っているどころか……、

「お久しぶりでございますお殿様。小さい頃はよく構って頂いて、私の様なものに、誠に有り難いことでございました」

「はは、そなたの父がよくそちを連れて来たからな。抱き上げてよく、一緒に八丁堀まで帰ったものじゃ」

「はい。昨日の事の様に覚えております」

 佐久間はお華の姿をまじまじと見て、

「左様か。話には聞いていたが、そちは本当に芸者になっていたんだの。変われば変わるもんじゃ」

 と笑った。

「さて、お華。本日呼ばれた訳は分かっておろうの?」

「はい。自身番の方から事情は伺っております」

「そちは、わしにとっては身内のようなものじゃが、本日はそうもいかん。それも分かっておるな?」

「勿論にございます。私も同心の娘。ご遠慮なく」

 お華は、笑顔で頭を下げる。

「よし。では言葉を改める。その方」

 と白扇をお華に向け、

「深川芸者屋お吉預かり、お華太夫、本名お華に相違ないな」

「はい、左様にございます」

「お華。本所相生町の呉服問屋、伊勢屋は知っておろうの」

「いえ、全く存じ上げません」

「一昨日、伊勢屋で付け火があった」

「はい。火事の事は存じ上げておりますが、付け火とは……」

 お華は首を振る。

「そうか」

 佐久間は言いながら、櫛と簪を箱から取り出し見せた。

「これは、その方の物に相違ないな」

「はい。確かにそれは私の物に相違ございません」

「これが火を付けたとおぼしき場所に落ちていた。これをどう申し開く」

「恐れながら申し上げます。実はその櫛と簪は数日前、我が家から盗まれた物にございます。それにつきましては、こちらの女将から町役人様。そして私は定町同心の兄、桜田に届けてございます」

 外で聞いている浩太郎は、

「酔っ払ってたから、聞いてないがな」

 笑って呟く。

 佐久間は横の、

「お吉。ただいまお華の申した事、相違ないか」

「はい。私と、ここのおみよとで確認しておりますし、その日のうちに、町役人様の方にお届け致しました」

 おみよも真剣な顔で、

「はい。間違いございません」

 と頭を下げる。

「そうか。ではお華」

 佐久間は、お華に向き直った。

「はい」

「一昨日の暮れ六つ過ぎ。その方は何処におった」

 いよいよ、重大な質問に移った。

「はい。八丁堀の桜田の屋敷におりました」

「なに、八丁堀か?」

「はい。そしてその時分ですと、我が兄が、私にくどくど嫌みを言っておりましたので、妹として仕方なく聞いておりました刻限ではないかと」

 これには、佐久間や、衝立裏の加藤も笑いを隠せない。

 外の浩太郎は怒りの表情で、

「あんのアホ芸者! 何てこと言いやがる。佐久間様、百叩きにして下され!」

 と小声で、拳を握りしめる。

 佐久間は気を取り直し、

「これお華。それは余計である。それでは火事のあった時、八丁堀におったと言うことか」

「はい。左様にございます」

「しかしお華。ここでは家族の証言というのは、あまり重くは見られない。それはその方も存じておろう」

「はい」

「では何用で、八丁堀におったのじゃ」

 すると、

「はい。北町奉行所のお奉行様のお申し付けにございます」

 と何のためらいも無く言うものだから、佐久間は大いに驚き、

「な、何、お奉行じゃと?」

 あまりに意外な言葉であるから、

「おい、お華。いくらお前でも、その言い訳が嘘なら、ただでは済まぬ事になるぞ」

と、佐久間は言葉が戻った。

「本当の事にございます。この度私、浩太郎付きのお手先になること、お奉行様にお許し頂いたのです」

 またもや想定外の事を言うものだから、佐久間は慌て、

「なに、手先じゃと?」

「はい。その日はお奉行様のお許しが出ましたので、手札を八丁堀で受け取ったのです」

 懐からその手札を取り出し、中腰でそそっと進み、佐久間に手渡す。

 確かに、その日の期日が明記された手札であった。

 裏の加藤は、腹の皮を縒るといった様子で、声が出せず苦しそうである。

 佐久間も、暫くそれを眺めて、とうとう笑いだした。

「あいかわらず、おかしな娘じゃな、お華は。こりゃ参った。お奉行様が証人なら、文句の付けようがないわ」

 手札をお華に返して、姿勢を正し、

「これにてその方の疑いは晴れた。皆の者引き取ってよい」

 と一応、申し渡した後、

「しかしお華。手先とは誠か?」

 当然ながら、聞く。

「はい。私は何らかでも父に恩返しが致したく、折良く深川のお座敷にいらっしゃいましたお奉行様に、直にお願い致しました。少々強引でしたので、兄にえらく叱られましたけど」

 お華が笑みを浮かべながら言うと、佐久間も和やかに、

「そりゃそうじゃ。浩太郎だって心配じゃろう」

 表の浩太郎は頷いている。

「その気持ち。わしにも充分わかるが、無理をしてはならんぞ。浩太郎で済まぬ事は、すぐ、わしのところへ来い。お前は娘のようなもんじゃからな」

「おじさま。ありがとうございます」

 とお華も昔の呼び方に戻っていた。

 すると、後ろから加藤が、ようやく笑いながら姿を現した。

 お華が目を見開き、

「これは、加藤のお殿様。先日は誠にありがとうございました」

 深々と頭を下げる。

 佐久間が、

「これは加藤殿。いらっしゃったのですか。あ、加藤殿は当然ご存じで」

「申し訳無い佐久間殿。お華が呼ばれたと耳にしたので来てみたのじゃ。とりあえず、お調べは受けねばならんからな。しかし可笑しかった。まさかあれが、疑いを晴らす物になろうとはの」

 加藤は楽しそうだ。

「まったく、それならそうと言って下されば。まあ、久々にお華の顔が見れたから良しとしましょう」

 佐久間も笑顔だ。

 そして外にいる浩太郎を呼んだ。

「これは、お華を陥れるものと判明した。よろしく頼むぞ」

 そして、加藤も、

「少々、忙しくなりそうだが、がんばってくれ」

「はい。様々なご配慮かたじけなく存じます」

 お調べが終わると、

「お華!」

 と外にはお華を知る、役人達が待ち構えていた。

 高橋や、古手の同心連中、一人一人に挨拶して、再会を喜ぶ。


(2)

 

 暫くして浩太郎は、皆を深川へと送っていった。

 途中、

「で、お華。芸者連中には当たってみたか」

 と聞いた。

「はい。おみよちゃんにも手伝ってもらって、それとなく」

 おみよも笑顔で「はい」と頷く、

「そうじゃ。目立ってはいかん。特に、おみよに頼むときは慎重に。お前はどうでも良いが、おみよに何かあったら大変だからな」

 お華は、口を尖らせて、

「へいへい、承知致しやした」

 と不満そうだ。

 おみよがそれを聞いて、面白そうに笑う。

 そんなとき、女将のお吉が「実はお知らせしたいことが……」と言い始めた。

「若様。今日の事がありましたので、まだ確かめてはいないんですが。近くの長屋で子供が居なくなったと、きのう自身番でチラっと耳にしまして」

「なんだと?」

 浩太郎の足が止まる。

「それはどこだかわかるかい?」

「はい。自身番で聞けばすぐに」

「そうか。よし、ちょっと急ごう。お華も付いてこい」

「わかりました。初仕事ね」

 お華は楽しそうに言ったが、浩太郎は、

「これは辛い仕事になるかも知れん。心しておけ」


 女将達を送った後、二人は自身番でその場所を確かめ、赴いた。

 母親と子供の二人暮らしだという。

 そして、その長屋の腰高障子の前に立った。

 浩太郎は、お華に声をかけるよう命じた。

 女の声の方が安心するだろうという配慮である。

 しかし、

「もし。もし。おかみさん」

 とお華がいくら声をかけても、返事が無い。

 嫌な気配を感じた浩太郎は、お華にすぐ障子を開けるように命じた。

「あっ!」

 お華は声を上げる。

 中で女がぶら下がっていたのだ。

 浩太郎は、

「お華! 足を持て!」

 叫んで、すぐさま刀から、小柄を抜き打った。

 吊っていた真田紐のような帯が、スパッと切れ、女の身体がお華に寄りかかる。

 お華はゆっくり寝かし、心音を確かめた。

「まだ大丈夫!」

 と浩太郎に叫び、昔、父親に教わった方法で、口から息を吹き入れて息を復活させようとした。

 よく覚えていたと浩太郎は、その手早さに満足しながら、息が戻った女の後ろにまわり、背中から活を入れる。 

 しばらくして、女はようやく気が付いた。

 浩太郎は、前に回ると、いきなり女の頬を叩く。

「馬鹿者。そなたが今死んでどうする」

 すると女は、頬を押さえて泣き出し、

「あの子が居なくなったら生きていても」

 陰鬱な顔で、お華の懐に崩れていった。

 三十路ぐらいの女で、亭主に先立たれ、大きな料理屋の下女を勤めながら、三歳の男の子を育てていたらしい。

 いつも一緒に仕事に連れて行き、働いていたのだが、昨日少し目を離した隙に消えてしまったと、二人に話す。

「あのな、おかみさん」

 浩太郎が、静かに話し出した。

「お前さんが悲しむ気持ちはよくわかる。二人で一生懸命生きてきたんだろう。それが突然、子供が居なくなって目の前が真っ暗になった」

おかみは涙ながらに頷く。浩太郎は続けて、

「でもな、まだ死んだと決まったわけじゃないんだ。もし生きていたらどうする。せっかく帰ってきても、ひとりになっちまうじゃないか。それは子供にとって、本当の地獄だ。万が一、お前さんの言う通りだったとしても、お前さんが逝ってしまっていたら、誰が子供を弔ってくれるんだ? その子は、生きていても死んでいても行くところが無くなっちまう。その始末を付けてやるってのが母親ってもんじゃないか? 死ぬのはそれからでも遅くはない」

 おかみは、泣きながら頷く。

 お華も母親を抱き、(へえ~父上みたいなこと言うな)と思いながら、

「そうよ、まだ早いわ」

 と言い添える。

 それから浩太郎は、子供が居なくなった時の格好や、その時の状況を聞き取り、そのあと、お華に長屋の女房達を呼んで来させて世話を任せると、帰り際、

「もう少し耐えてくれ。我々が何とか探し出す」

 一言い残し、長屋を離れた。

 そしてお華に、

「お前の件と二つ。忙しくなる」

「祝言は片づいてから?」

 お華が笑顔で聞く。

「まあ、そういうことだ。とりあえずお前は、芸者を早く割り出せ。わかったら、省蔵親分の所に知らせろ。分かるようにしておく」

「はい」

「そして、さっきのおかみの様子も、お吉に、それとなく見て貰うよう頼んでくれ。また早まったことをするかも知れないからな」

 言いながら、お華を置屋に送り届けた。


(3)


 翌日、浩太郎は見廻りを早々に終わらせ、すみやで省蔵親分と話していた。

「若。どうやら子供は、舟を使って連れて行ったんではないかと思います」

「ほう。それはどういうことだ」

「若い者が、両国近辺の船宿を片っ端から聞き回ったところ、ある船頭から、妙な舟が昼前に背負い駕籠を乗せて川を上っていくと」

「妙な舟?」

「ええ。朝上って行くのは魚。下がるのは青物と相場が決まっておりやす。ああした舟が、昼間上がって行くと言うことは朝下がると言うことですが、青物売るにしても、どうも決まってねえようなんですよ。今朝、降りてくるのをみたら、今度は昼過ぎ。貸し切り舟じゃあるめいし、てな様子なんでさ」

「なるほど。物売りにしちゃ、少々不自然ってわけか」

「昼過ぎに来て野菜売るってのも可笑しいし。第一、野菜なり何なり乗せてるのを見た事ねえ。駕籠だけってんですから。それと、その船頭。その舟と一度すれ違った時に妙な音を聞いた事があるってんですよ。声とも言えるような」

「やはり」

「ただ、姿を見てるわけではございませんので、これが子供かどうかはわからねえみてぇですが」

「それは当たりかも知れねえな。親分。悪いがもう一度その船頭の所に行って、その男の人体。すれ違った場所や、これは無理かも知れんが、行き場所についても見当付くか聞いてみてくれ」

「承知しやした」

 と話し合っていると、

「こんにちは~」

 そこに和やかな顔のお華が、暖簾をくぐって入って来た。

 平吉も笑顔で、

「あ、これはこれはお華お嬢様。いらっしゃいませ」

「親分、平吉さん。こんにちは。お久しぶり」

 お華は、浩太郎の横に座る。

 すると省蔵の孫、お千代がちょこちょこ現れて、

「お姉ちゃん!」

 と笑顔で飛びついてきた。

「あら、お千代ちゃん。こんにちは。大きくなったわね」

 お華は頭を撫でてやり、自分の膝に乗せて座らせた。

「これ! お千代。失礼なことしてはいかん」

 省蔵が、慌てて(たしな)めるが、

「いいのよ親分。子供なんだから気にしないで」

「すみません」

 すると省蔵だけで無く、おていも出てきて頭を下げる。

 浩太郎は笑いながら、

「だめだめ。こいつに懐くと芸者にされちまうぞ」

「何言ってんの、兄上」

 お華が文句をいうと、みんなも笑顔になる。

「すみません。お嬢様」

 おていが笑いながら、お千代を引き取ると、

「何か分かったのか、お華」

 浩太郎が聞く。

「ええ。あの焼けた家の息子。これは養子みたいなんですけど。これと馴染みっていう芸者が分かりましてね」

「そうか」

「おみよちゃんが掴んできてくれたんですよ」

「おい。おみよに、危ない真似させてないだろうな」

浩太郎の顔が曇る。

「大丈夫よ。聞き出したというよりも、芸者連中が話していたのを聞いたってだけだから。いや、さすがに芸者仲間でも話題になってるらしくてね。あたしが奉行所に呼ばれた話までしていたって、笑ってましたよ」

「それならいいが。本当に気を付けてくれよ。あの子は、お前みていな芸当は出来ねえんだから」

 浩太郎は念を押す様に、注意を促した。

「それは充分わかってる」

 お華も、それは流石に真面目な顔で頷く。

 実はおみよは、懇意にしている刀鍛冶伊平の孫娘である。

 浩太郎の父、段蔵が、伊平に頼まれ、置屋のお吉に預けたのである。

 お華と同じように、おみよも幼い頃に両親を流行病で亡くしてしまった。

 おみよの養育に困った伊平が、段蔵の人柄を見込んで頼み込んだのだ。

 それはともかく、捕り物の話を同心兄妹。ましてや芸者のお華としているのが不思議な省蔵が、

「お嬢さん、何か手伝ってらっしゃるんですか?」

 と言うものだから、浩太郎は途端に笑い出し、

「あ、そうだった。まだ言ってなかったな。すまんすまん。実はな……」

 お手先になった、お華の事を説明した。

 お華はニコニコと笑っている。

 しかし、省蔵は、意味が今ひとつ理解できず、

「若、お手先って、どういうことでございます?」

「嫌だな。親分と一緒だよ」

 省蔵は目を見開き、

「え! すると目明かしって事で? お嬢さんが?」

 省蔵はもちろん、平吉夫婦も飛び上がるように驚いた。

「しかし、お武家のお嬢様が目明かしって」

 平吉は信じられないといった顔だ。

 浩太郎は、

「一応、お奉行様のご命令なんだ。芸者稼業の世界にも、そう言った者が必要だろうって事でな」

 少々不満げに話すが、お華は柔らかな笑顔で、

「だから、親分、平吉さん。これから、よろしくね」

 とは言われても、二人はどう返事していいかわからないと言った様子で顔を見合わせる。

「まあ、すまんがよろしく面倒見てやってくれないか。親分には多少、苦労をかけると思うが、これも父上の我が儘ってことで」

 そうは言われても、省蔵は苦笑いで、

「でも若。お嬢様と町中を聞き回るってのは……」

「ああ、安心してくれ。こいつは基本的に花街の話を集めるのが仕事だから、それを置屋で、たまに聞いてくれればいいよ」

 しかし、お華をよく知る省蔵は、

「はは。そうはなりませんでしょ。何てったってお華さまですから」

「その通りだ、親分」

 二人で笑う。お華も笑顔だ。

「まあ、そこのところは俺が面倒見る事になろうよ」

 そして、省蔵達にお華の事件の説明をしてやった。

「で、兄上。その芸者なんだけど、昨日から宴席すっぽかして、姿を消してるのよ」

「ふ~ん。お前が奉行所で疑いが晴れてからだな。お前が深川に帰ってきたもんで慌てたんだろう」

「そうね」

 すると平吉が、

「わかりやした。そっちの方の探索は、私がやりやしょう」

「すまんな平吉。店もあるのに」

「いえ、お袋と女房がいれば、とりあえず店は回りますから」

 浩太郎とお華は礼を言って、店を出た。


(4)

 

 次の日、省蔵が朝方、八丁堀にやって来た。

 些か、慌て気味に浩太郎の屋敷に入ってくる。

 省蔵が庭先に回ると、浩太郎は出仕前で、食事の最中であった。

 横には、おさよが給仕で座っている。

 省蔵は不思議そうに、

「おさよ様ではございませんか。おはようございます」

 おさよは笑顔で答え、浩太郎は食事を中断して、二人とも縁側に出てきて座った。

 些か恥ずかしそうに、

「おはよう親分。実はな、このおさよ殿と祝言が決まったんだ」

 省蔵は満面笑みになって、

「なんと! それはおめでとうございます。先代様もご心配なさってましたが、やはりおさよ様と」

 浩太郎とおさよは少し驚き、浩太郎が、

「父上は、親分にも、そんなこと言っていたのか」

 もちろん省蔵は、おさよを子供の頃から知っている。

「へえ。そうなってくれれば良いと」

「そうか。今抱えている事件の片がついたらな。今は女房修行中っていったところだよ」

「親分、今後ともよろしくね」

 おさよに笑顔で言われると、省蔵は恐縮し、何度も頭を下げる。

「親分ここへ座ってくれ。どっちの話だい?」

 省蔵は遠慮し、踏み石の方に座り、

「実はお華さまの方でして」

 おさよはお茶を入れて、省蔵に持ってきた。

 浩太郎に、

「外してましょうか?」

 と聞いたが、

「いや、お華の事ならば、おさよ殿にも知っていて貰った方が良いかもしれません」

 省蔵も頷き、

「こういうことでしたら、聞いて頂いた方がよろしいのでは」

 などと言うものだから、

「なんだい親分。何か内輪に関わる話かい?」

 浩太郎は、身を乗り出す。

「へえ。もう五、六年前にもなりましょうか。お華お嬢様の嫁入りの一件でございますが」

「ああ、あれか。嫁入り話が決まったのに、縁起が悪いって断られた話な。そのおかげで、あいつは芸者になるって言い出したんだからよ」

 おさよも、その話は知っている。

 当時おさよも、お華の心底を思いやって怒ったものである。

 

 お華は十五歳になったおり、縁談が持ち上がった。

 相手は、御徒の御家人の息子だった。

 お華は本心、あまり気乗りしないようだったが、彼女の境遇は、嫌などと言える立場では無い。

 父、段蔵にしても、それほど婚儀を急いだわけでは無いが、断る特別な理由もないし、条件も悪くない。

 幸せになれる婚儀であればと、承諾したに過ぎない。

 またこの時代。この様な年齢での嫁入りは、ごく普通であったというのも手伝ったのだろう。

 話はトントンと進み、納采直前となった頃。

 突然、相手先から断りが入った。

 どうも、お華の出生と養女になった経緯を調べたようで、

(押し込みの生き残りなんて縁起の悪い。家風に合わない)

 というのが理由だった。

 理の聞こえない話ではあるが、お華にとっては、相当な衝撃だったようである。

 いや、婚礼については、むしろ有り難かったが、この理由がである。

 このまま家に居たら、兄にまで迷惑が掛かるのではないか、

とお華なりに思い詰め、出した答えが芸者になると言う事だった。


「しかしよ、親分。あれから、あの家は取りつぶされちまったろ」

「へい、そうなんですが……」

 それを聞いた、おさよは驚き、

「お取り潰しですか?」

 浩太郎に聞く。

「ああ、何をしたんだか知らねえが、取り潰しで江戸所払い。お構い者ですよ。それを聞いた俺と父上は、酒飲んで祝ったもんだ」

 省蔵は頷き、

「あれは、父親が吉原で刃傷沙汰を起こしたのが原因と言われておりやす」

 浩太郎は苦笑いで、

「全く、どっちの縁起が悪いのかってなもんだが。で、それがどうしたんだい」

「ところが、付け火で焼けた家の養子ってのが、どうもその息子の様でして……」

 浩太郎とおさよは、目を大きくして仰天した。

「なんだと! 誠か親分!」

「どうもそうらしいので。町人として入り込んだらしゅうございます。縁組みを取り持った者に、平吉が確認しに行っておりやす」

「って事は、最初からお華は的だったってわけだ」

浩太郎は頭を抱える。

「こりゃ参ったな。親分、おさよ殿。この話は当分内緒だ。お華は後の話は全く知らないはずだ。あいつのことだから何するか分からん」

「へい」

 と省蔵は頷いたが、おさよは笑って、

「でも、いずれ分かる事ですよ。そもそも、お華ちゃんを狙って盗みをしかけたんでしょう? あの子が、喧嘩を売られて黙ってるはずありません」

 浩太郎は天を仰ぎ、

「その通りだ。だから困る。前の事だけなら、今更、何とも思わないだろうが、芸者が絡むとなっちゃ火が付いちまう」

 おさよも頷き、

「そうですよ。あの子が、この家の為に見つけた居場所なのですから」

 浩太郎も省蔵も目を閉じて、頷く。


 縁談を断られたお華は、養父母に申し訳無い気持ちで一杯であった。

 自分の存在が、大切な家族に多大な迷惑を掛けているのでは? と思い悩む日々が続いた。

 ある日、母のお共で深川に行った時に、偶然、芸者の姿を目にする。

 母のお里に聞くと、お客の前で、踊りや三味線を弾いて暮らしている仕事と聞き、「これだ!」と思ったようだ。

 その時、目にした芸者が、今の置屋のお吉なのだから、縁は異な物である。

 とはいえ、武家の娘が芸者になるなど、本来は不可能である。

 しかし、養女であるのを逆手に取り、お華は決心した。

 離縁という形を取ってと、段蔵に願い出たのだ。

 その決意を聞いた段蔵夫婦は、さぞ驚いただろう。

 しかし、お華の、

「このままでは、兄上の今後に差し障りがございます」

 と言う言葉に押し切られてしまった。

 縁起の悪い家などと噂を立てられては、武家として困ることは確かであり、お華が家を出ることで、全てがうまく行くのはその通りではある。

 ただ段蔵は、離縁ということまではしなかった。

 変わった娘と言うことで、当時の奉行所に何とか許可を取り付けたのだ。

 お華の気持ちが分かるだけに、どうしても嫌だったのだろう。

 浩太郎はその時、あえて何も言わなかった。

 彼にも、これは我が家に対する、お華の誠意であることが分かっていたからだ。

 だが、それからの両親の苦労は大変である。

 定町同心である段蔵は、立場上、深川芸者についての理解が深かったため、お華の暮らしをどう立てさせるか、それが問題だった。

 お華は分かっていなかった様だが、いきなり芸者になると言っても、結局は身体を売って、然るべき男に後見して貰うか、借金をしなければならない。

 さすがに、段蔵はそれは避けたかった。

 それでは、吉原に身を売るのと変わらなくなってしまう。

 となると一から始めなければならない。

 やはり、仕度やら何やら、金がかかる。まずはそこからだった。

 いつもは忍者の信念から、決して自分から申し出ない奉行所の捕り物に、積極的に参加して報奨金を取りまくり、我が家の敷地の半分近くを医者に貸した。

 もっとも、外回りの同心なら、商店を回り、袖の下で金を集めるのも可能なのだが、そうしたことが嫌いな段蔵は、様々な苦労をして資金稼ぎに励んだ。

 一方、お里は、踊りや三味線の稽古の師匠選びから稽古の付き合い、芸者としての着物の準備などを全て面倒を見た。

 ようやく置屋を作り、女将を決め、お華太夫として立派な芸者に仕立て上げたのだ。

 段蔵は、お華に、

「芸の道に生きたいというお前の願いは叶えた。しかし、お前はどこまでも桜田段蔵の娘である。道に外れれば、わしか浩太郎が成敗するだろう。それを胸に生きていけ」

 と言い残すと、力尽きるように両親は逝ってしまった。

 浩太郎にしたら、この頃の苦労が両親の死期を早めたのだろうと思うが、可愛い娘の為に、懸命に居場所を作ってやった両親を誇りにも思っている。

 自分のすべき事は、陰ながら見守り、幸せになってもらう事と承知してはいる。

 が、今のところは、どうも、お華に振り回されてしまっているようだ。

 そんな事をチラっと思い出していた浩太郎は、親分に尋ねる。

「で、その養子って奴はどうしているんだ」

「どうも、ハッキリしません。お華様が仰っておられた芸者も足取りがつかめません。近所の噂では、残った財産、一切持ち出していて、親戚連中もお手上げでどうする気なんだかと」

「恐らく、出方を気にしてるんだろう。お華を下手人に仕立て上げるのに失敗したからな」

「はい。ただ、いつも胡乱な浪人連中と遊び回ってたと言いますから、そんな連中と芸者が一緒では、その内尻尾を出すとは思います」

「だろうな」

 と浩太郎が言ったと同時に、平吉が庭に飛び込んできた。

「旦那様! あ、親父」

「どうした」

 平吉は浩太郎とおさよに頭を下げながら、省蔵の横で跪き、

「本所相生町一つ目橋に、女の死体が上がったようにございます。若い者が聞いたところ、どうも芸者らしいと言うもので」

 それを聞いた浩太郎が、

「やっちまったか。たぶんその芸者だろう。で、平吉。やっぱり見込み通りだったのか?」

「へい。間違いありません。少々手こずりましたが、金を掴まされて縁を取り持ったようです」

「やはりな。よし、俺も本所へすぐ行く。平吉、悪いが置屋に行って、お華を案内してくれ」

「へい。承知しやした」

 平吉が走り去ると、浩太郎は、おさよに後は頼むと言い残し、省蔵と現場に向かった。


(5)

 

  二人が現場に着くと、川岸で筵を掛けられた死体を囲むように、町を仕切る、省蔵と懇意の喜助という親分が状況を話す。

「朝方、ここらの町人が浮かんでるのを見つけやした。胸に一刺し、水ん中に放り込まれたようにございやす」

 話を聞いていると、平吉に伴われたお華が到着した。

「兄上!」

「おう。お前に面体、確かめて貰わなけりゃならん」

 お華は頷く。

 周りの連中は、兄上と言いながら現れた、芸者姿のお華に驚いたが、それは顔に出さず見守っている。

 浩太郎が筵を外すと、お華は死体の横に屈み、

「やっぱり、おひろちゃん……」

 と冷たくなった顔を撫でる。

「間違いないか」

「ええ。これは、やはり殺し?」

「ああ、刺されてる。用済みってことだろう」

「馬鹿なんだからこの子は。こんなところで命を落としちゃって」

「どういう芸者だったんだ?」

「人気のある芸者でしたよ。ただ、二枚証文だったから」

芸者の中には、芸を売る本職の他、客によっては枕席にも侍る者もいた。

 抱え主に、本職と売色を承諾した証文を二枚差し出す事で二枚証文と呼ばれ、売春芸者を意味することになる。

 お華は、父親の固い意向と、本人も希望の通り、芸のみの芸者なので、女将のお吉に本職一枚の証文しか出していない。


「つまり、芸だけの白芸者のお前に、人気があるってのが許せなかったってことか?」

 お華は涙を浮かべながら、

「つまらないことを」

「そうだな。嫉みってのはそういうもんだ」

 お華は涙を袖で拭って、手を合わせた。

「お華。傷口を改めろ。胸に刺し傷があるようだ。お手先になったんだから、今後忘れずにな」

 無言で頷いたお華は、おひろの着物の懐をゆっくりと開く。

 すると刺し傷が見える。確かに胸中央を貫いていた。

 お華は、溜め息を一つ漏らし、着物を直す。

 そして、袖口を見ると、何やら入っているようだった。手を入れ取り出した。

 耳かきと飾り玉の付いた、最も一般的な玉簪である。

 お華が普段、座敷などで使う簪だった。

 それを浩太郎に見せ、

「このために使われたってことよね。兄上」

「そうだ。それだけのためさ」

 お華は空を仰ぎ、

「ゆるせない」

 と呟く。

 その時である。

 浩太郎やお華が話し込んでいる所を、一人の浪人らしき侍が、橋の上で見物人の陰から覗き込んでいた。

 その浪人は、やって来たお華を見て顔色を変え、そそくさとその場を離れた。

 ところが、その不審な行動を、見物人を観察していた省蔵に見つかってしまう。

 省蔵は、浩太郎に現場を見ている者に注意するよう言われていたのだ。

 浩太郎に合図をして、その男を追っていく。

 それを見送った浩太郎は、お華に向かい、

「ここ二、三日は置屋に居てはならん」

 と言い置いた。

「え? 何故です?」

「そいつらはお前の事。そして居場所も知っている」

「おかあさんたちか」

「そうだ。お前一人なら、ともかく」

と笑い。

「相手の人数もわからなきゃ、さすがに二人は守り切れねえだろ」

「そうねぇ。確かに、難しいわね」

 お華は、少し渋い顔で頷く。

「暫く、座敷を休み、八丁堀に居ろ」

 多少不満げなお華だが、被害を増やせないことは承知している。

「おかあさんたちはどうするの?」

「平屋の部屋だよ。お前も知ってるだろ? まあ、本来は違う目的の部屋だが、役に立って良かった」

「ああ、そうね」

 享保の改革以来、基本的に芸者屋には、女将と芸者の二人のみ住むよう、との触れが出ている。

 従って名目はともかく、それ以上の人数は、新たに他の住まいが必要になる。

浩太郎の父、段蔵は、お咎めの隙を作らぬよう、すでに段取りしていた。

 違う目的とはそういうことだ。

 一方、怪しい浪人を追っていった省蔵は、さすが先代以来のお手先。 

 見事に、浪人の行き先を突き止めていた。

 そこは、本所の端にある、荒れた武家屋敷だった。

 住人が居る様子は無い。

 省蔵は、音を立てぬ様、細心の注意で近づき、中を窺う。

 破れた壁板の隙間から覗くと、四人ばかりの姿が確認できた。

 どうやら酒を呑みながら、あれこれ言っている。

省蔵としては、居場所は割れたので、これ以上の長居は危険と判断し、その場を離れた。

 中では話が続く。

「おい重蔵、その女は何なんだ」

「不浄同心の妹だ。俺が一度袖にしてやった」

 この重蔵と呼ばれている男が、例の御徒の元武士である。

 すっかり町人のなりをしているが、大刀を側に置き、酒を食らっている。

 いくつもの隙間の光が入る板場で、四人の男が座っている。

「何、同心の妹だと? 芸者だったぞ」

「ああ、俺にもよく分からんが、恐らく、俺との婚儀が破談になって、家から追い出されたんだろ。しかし、まだ同心と繋がっていたとはな。おひろが的にした芸者が、寄りによって、あいつだったなんて、結構驚いた。それならと、せっかく身代わりになって貰おうと思ってたのによ。だとすると、あれに生きていられたら面倒だ。殺したおひろの線からこっちに火がつく。やっと主人夫婦を殺し、財産を独り占め出来たんだ。三尺高いところなんぞ、昇ってたまるか」

 憤然とした顔で、酒を呷る。

「御家人の妹が芸者とは、けしからん」

 その内の一人が言うと、重蔵は、

「いずれにせよ、あの兄妹は殺って貰わねばならん。そうしたら、俺の線は消える。上手くいったら、約束の百両増しで、くれてやるぞ」

 それを聞いた浪人達の、低い歓声が上がる。

「ふふ、頼むぜ」

 重蔵は不敵な笑みで、猪口の縁を嘗め回す。

 

 浩太郎とお華は、すみやに移動していた。

 暫く待っていると、親分が戻ってきたので、早速報告を聞いた。

 むろん、お華の元婚約者という事は触れずに。

 すると浩太郎が、

「ふ~ん。なるほどね。さて親分、どう出てくると思う?」

「そりゃ若。恐れ入りますが」

 省蔵は、お華の顔を、一瞬チラっと見て、

「十中八九、お嬢様を狙ってくるでしょう」

「そうよな。まあ、それが順当か」

 お華は、横でそれを聞き、何故だか気持ちが高まっていくように感じていた。

 滅多に無い、緊張感がそうさせるのかも知れない。

 しかし、浩太郎はそれを見透かし、横目で、

「お華。嬉しそうだな」

 と言うと、お華はそっぽを向き、

「おや? 何のことでございましょうか?」

 と惚ける。

「お華。喜んでる場合じゃないぞ。さっきも言ったように、今からすぐ置屋に行って、女将にすぐ部屋を移る様に言ってくれ。佐助を置屋の方に置いて、お前は八丁堀に行くんだ。何かあったら、ここに知らせろ。いいな。行け」

「はい」

 お華は返事をして、席を立ったが、

「あ!」

 と天井を見上げて、大きな声を上げた。

「なんだ。どうした」

 お華はパッと、浩太郎に顔を向けた。

「姉上はどうするの?」

 それを聞いた途端に、浩太郎の眉が上がった。

「う……。そ、そりゃ吉沢の家に戻っていて貰うに決まってるだろ」

 と言ったものの、視線を逸らし、明らかに動揺している。

「何て言って?」

「そ、そうだな」

 側で聞いている省蔵と佐助は、笑いを必死に堪えている。

「やはり、襲われるかも知れないので、避難していてくれと言いなさい」

 そう言いながら、浩太郎は頭を抱える。

 おさよの気性を知っているお華は、笑って手を振り、

「あはっ、無理ですよ。こういうことになると、人が変わっちまうんだから姉上は。まあ、あたしは助かるけどね」

 そう和やかに言って、お華は佐助と店を出た。

浩太郎と省蔵は顔を見合わせ、

「いやぁ、すっかり忘れてた。でもまあ、まさか八丁堀にまでは来ないだろ」

「そうでございますね。そんな度胸があるかどうか」

「それより、あの二人に立ち向かえるかどうかだよ」

 それを聞いて、省蔵は大笑いした。

 幼い頃から二人が、先代に小太刀、手裏剣を習っていて、その腕前も知っている省蔵だから、すぐ理解できる。

「お華一人でも、大丈夫な様にはしてあるが、あの人が加わったら大立ち回りになっちまう。何しろ子供の頃は、俺も五本に一本はとられたからな、おさよ殿には」

「ええ、先代様が、そりゃ手を叩いて喜んでおられましたから」

 省蔵は、神社脇で座って見ていた昔を、懐かしむかの様子で笑顔になる。

「ホントだよ、この太平のご時世に、父上はあの二人をどうしたかったんだか……。それを思うと、その浪人達に度胸が無いことを祈るね」

 浩太郎も笑う。

 するとそこへ平吉が店に戻ってきた。

 例の子供拐かしの件で、隅田川の船宿に再度の探索を頼んでいたのだ。

「これは若様。丁度良かった」

「どうだった」

「へえ。若い者の話を纏めますと、やはり例の百姓風の男を見たと言うものが、かなりおりやした」

「やはりな」

「聞き方を変えたのが良かったようで」

「で、だいたいの居場所はつかめたかい?」

 しかし、平吉は首を振り、

「残念ながら詳しくは。ただ、川上。千住あたりではないかと。それ以上で見かけた者が居りません」

「よし。あの辺り仕切ってるのは誰だ?」

 省蔵が、

「あっしの存じ寄りの者にございます。まあ、上等とは言えませんが、それほど、ご心配になるような者でもございません」

「それは好都合。では平吉済まないが、都合つけて千住の親分の所に行ってくれないか」

「へい。承知しやした」

 平吉は頭を下げる。

 浩太郎は、

「全く。こっちを早く片づけなきゃならないんだ」

 とぼやき、腕を組む。


(6)

 

 さて、お華だが、深川に着くと取り急ぎお吉に、事の次第を説明し、秘密裏に、おみよと一緒に移動して貰った。

 事前に用意は出来ているので、暮らしには全く問題ない。

 そして、佐助に置屋の留守を、いや、居留守を頼むと、八丁堀に向かった。

 八丁堀。桜田の屋敷では、おさよが庭を眺めながら茶を飲んでいた。

 そこにお華が到着し、庭から入っていくと、

「あら、お華ちゃん。どうしたの?」

 おさよは微笑みながら、声を掛ける。

「姉上。のんびりしてるわね」

 すると、おさよは眉を寄せて、

「とんでもない。さっきまで母上が、あれやこれやと花嫁修業とか張り切っちゃって、疲れたわよ」

 とガックリしている。

「はは、どうりで綺麗な部屋だわ」

 お華は周りを見回しながら、

「ところでね」

 おさよの隣に座り、

「あたしね、ここに匿われる事になったの」

「匿われる?」

「うん。あたしを狙ってる奴がいるらしくて、置屋から逃げて来たのよ」

「へえ~久々に面白そうな話じゃない」

 疲労困憊の筈だった、おさよの目が光る。

 その様子を見たお華は、やはりという顔で、

「でもね、まさか八丁堀にまでは行けないだろうって兄上が。ただ、姉上は、万一の事があったらいけないからって隣に逃げ……」

 お華の言葉も終わらないうちに、おさよは立ち上がり、押し入れから小太刀を取り出して来た。

「もう、そんなもの持ってきてるの?」

 お華は目を丸くして、呆れた様に言う。

「当たり前よ。それに逃げるなんて訳にはいかないでしょ。私は主の留守宅を守る役目があるんだから」

 言いながら刀を抜き、天にかざす。

 お華は、あらあらと思いながら、

「でもまだ、その役目は早いですよ姉上。今抱えてる事件が片づいたら祝言だと兄上も仰ってたし」

 すると、おさよの目尻と眉がピッと上がる。

「それを聞いたら余計に引けないでしょ!」

 思った通りになったと、お華は頭を抱える。

「それで、どんな奴がくるの」

 おさよの言葉に、お華は諦めた。

「来るなら侍三、四人ってとこじゃないかと」

「ふ~ん。義父様の教えがやっと役に立つわ。お華ちゃん。二人が襲われた時はどうするって教え、覚えてる?」

「はい。私が簪打って、姉上が低く斬りかかるって」

「そうそう。それで行きましょ」

 おさよは、やる気満々だが、

「まあ、でもここに来る度胸があるかな?」

 お華は腕組みして、浩太郎達と同様、些か楽観視していた。


 ところが、事態はおさよの希望通りになった。

 曲者は確実に八丁堀の屋敷へ近寄って来ている。

 しばらくすると、置屋の留守番をしていた筈の佐助が駆け込んできた。

 佐助は、浩太郎の父、段蔵が名付け親だという。

 如何にも先代の趣味が現れている名前だが、名は体を表すと言うのか、足の速い男である。

 それはともかく、

「お華お嬢様!」

 と庭に片膝つくと、

 おさよが、振り向き、

「佐助さん。どうしたの?」

 と声を掛けた。

「あれ! おさよお嬢様?」

 佐助は話が違うので驚いたが、座っているお華が、

「いいのよ。予想どおりだから」

 手を振り、笑いながら言った。

 佐助も、やはりと察して、笑う。

 そして、

「まさか、こっちへ?」

 お華の言葉に頷き、

「へい。居留守を使ってますと置屋に四人ほど現れやした。奴らの跡を付けますと、どうもこちらに向かっているようでして。一刻も早くお知らせをと、一足先に駆けて参りやした」

「分かりました。それではまたご苦労だけど、あなたはすぐ兄上にお知らせを。まだ、すみやにいらっしゃると思うから」

「承知しやした。でも、行っちまって本当に大丈夫ですかい?」

 心配そうに佐助が言うと、おさよが、

「大事ない。すぐにお知らせを!」

 まるで戦国武将の嫁といった勢いで、襷を掛けながら言い放つ。

「へ、へい」

 圧倒された佐助は苦笑いで、裏から飛び出して行った。

 一方、何も知らずに不幸な浪人達と重蔵は、一つ先の角に居た。 

 手拭いで顔を隠して準備している。

「あの先の医者屋の裏らしい。今時分は、生憎女だけだろうが、それでも同心には充分脅しにはなる。楽な仕事だが、場所が場所だ。残念だが、手籠めにゃできねえよ。サッサと終わらせて逃げる」

「分かった」

 と他の三人がニヤニヤ頷く。

 四人は、さっそく玄関先から、静かに裏へ回り込んだ。

 すると、

「何者だ!」

 縁側で庭に向かって座っていたお華が、その気配に気付き、声高らかに叫ぶ。

 その声は、隣の医者、優斎の耳にも響いた。

 丁度、患者のいなかった優斎は、隣の庭が見える小さな障子をそっと開け、様子を窺った。

「おやおや、私の出番が来るとは驚きだ」

 と独り言を言って、笑顔を浮かべ、傍らの木刀を掴む。

 さて庭では、姿を現した重蔵が声をあげる。

「ほう、お華。久しぶりだな! 芸者に落ちぶれていたとはな」

 おさよが、

「知ってるの?」

 と聞いたが、お華は、

「さあ?」

 首を傾げ、笑う。

「ここで殺られるとは、やはり縁起の悪い女だったのう。婚儀などせんで、よかったぜ。あの芸者と同じ様に、その辺の川に浮かべてやるわ!」

 ここまで言われると、さすがにお華も気が付いて、高笑いだ。

「あらあら、あんたこそ、町人姿で人殺しとは、見るも無惨に落ちぶれたもんだね。まあ、今更縁起の悪いあたしに手を出したのが、あんたの運の尽き。そして、おひろの敵、覚悟しな!」

 いかにも侠な深川芸者らしく、啖呵を切った。

「何! 小癪な事を! やっちまえ!」

 他の三人は、縁側で待ち構えていたおさよとお華に驚いていたが、構わず抜刀して、斬りかかろうとした。

「お華行くよ!」

「はい! 姉上」

 返事をした途端、立ち上がったお華の手から、いくつもの光が、飛翔し、次々に浪人達に襲いかかる。

 まるで光の雨だ。

「うぉ~」

 思いもよらぬ簪の雨に打たれ、浪人達は悲鳴をあげる。

 そしてそれと同時に、おさよは小太刀を抜き放ち、刀を華麗に躱しながら懐に素早く飛び込み、低い姿勢で、円を描きながら浪人達の足の腱を次々、切り裂いていく。

 小窓から見ていた医者の優斎は、助けに行くのも忘れ、目を丸くし息を呑んだ。

「こ、これは、驚いた……」

 お華とおさよは、まるで舞うように次々と簪を投げ打ち、斬りまくる。

 浪人達は、ほぼ一瞬のうちに手首、眼球、足の腱などをやられ戦闘不能になってしまった。

 恐ろしい手練である。

 後ろに控えていた重蔵は、目の前の光景がとても信じられぬといった表情だが、けなげにも刀を抜く。

 するとお華は、懐から芸者おひろの遺品となった簪を取り出した。

 そして、

「よくも芸者を馬鹿にしてくれたわね。あの子の恨み思い知りなさい。これでお仕舞いよ!」

 と簪を投げ打った。

 これは、ただの玉簪だが、お華が投げれば、それなりの威力がある。

 ましてや、お華の怒りも籠もっている。

 それを重蔵は避けきれず、正確に右目脇に突き刺さる。

「うお~!」

 そして背後に回った、おさよに膝を切られ、首筋を刀の柄で、思い切り打ち据えられ、バッタリと倒れた。

 重蔵は、刺された目と足を押さえ七転八倒である。

 すると、そこに医者、優斎が棍棒片手に、顔を出した。

「これはお嬢様方……」

 と挨拶しようとしたが、お華は興奮状態だったのか、

「まだ居たか!」

 再び簪に手を掛けた。

 その瞬間、おさよが気付き、

「だめよお華ちゃん!」

 と叫んだが、簪は既に手を離れていた。

 そして簪は、鮮やかに光を反射しながら、正確に優斎の顔面に向かって行った。

 ところが優斎は、それをサッと、いとも容易く右手で振り払うように掴み取ってしまった。

 おさよは青くなって、慌てて刀を鞘に収めて駆け寄り、

「先生。誠に申し訳ありません」

 目の前で片膝着いて頭を下げ、詫びを入れる。

 おさよが振り向き、目を見開き固まっていたお華に、

「お華ちゃん! お詫びを!」

 と叱りつけると、ようやく我に返り、

「も、申し訳ございません!」

 と言いながら、庭に飛び出し、おさよと並んで、平伏して謝った。

 優斎は、笑いながら周りを見回し、

「お手をお上げ下さい、大丈夫ですよ。いや~お二人とも派手にやりましたな」

 とむしろ、喜んで居るようにも見える。

「誠にお恥ずかしいところを」

 おさよが、恥じ入るように言うと、

「いえいえ、武家のご家庭なら当然の事ですよ。しかし話には聞いてましたが、驚きました。見事な手裏剣、そして太刀捌きです」

 転がっている浪人連中に目をむけて、感心したように言った。

「おさよ様。これらはやはり?」

「ええ、留守宅を襲った不届き者にございます」

 と言われても、優斎はやはり医者なので、遣られ具合を見る。

「いやはや、おそらく死にはしませんが、ここで、この簪抜くと、出血でどうなるかわかりません。このままにしておきましょう」

 斬られた傷のみ、止血をして、優斎とお華は浪人達を納屋に放り込んだ。

 おさよは実家に行って、母に奉行所に使いを出すよう頼んだ。


(7)

 

「何? 八丁堀が襲われた?」

 一報を聞いた、部屋の同心達は驚いた。

「桜田の屋敷だと?」

 と聞き、最も驚いたのは、もちろん源内である。

 源内は慌てて、若い同心などを数人引き連れ、急行した。

 バタバタと屋敷に着くと、おさよとお華、それと優斎の三人が座って茶を飲んでいた。

 あまりにも穏やかな雰囲気の三人に驚いた源内は、

「おい! 襲われたんじゃないのか」

 と慌て気味に言うと、おさよが笑顔で、

「これはお父上。わざわざありがとうございます。でも片づきました」

 元気のないお華はともかく、優斎も笑っている。

 源内は納屋に向かい、哀れな浪人達の様子を見て、ガックリ肩を落としながら、座敷に戻り、

「先生にまで、ご迷惑をお掛けしましたか」

「いえいえ、私は怪我人の様子を見に来ただけです。しかし、さすが源内様の娘御。見事なお腕前で、私もえらく感服致しました」

 そう言われて、本心嬉しい源内だが、

「いえいえ、この様な所をお見せして誠に申し訳無く」

と言っているところに、浩太郎が佐助を引き連れ、駆けつけてきた。

 直ぐさま、源内に、

「おじさま。これはわざわざ。誠に申し訳ありません」

 と頭を下げると、源内は、

「いや~浩太郎殿。こちらこそ申し訳無い。嫁入り前の娘あるまじき事を致して、誠にお恥ずかしい。まさか破談なんて事は……」

 今にも泣きそうな表情で言う源内に、浩太郎は笑って、

「おやめ下さい、おじさま。むしろ武家の妻らしき事と褒めなければなりません。その様なご心配はなさらぬようお願い申し上げます」

 この言葉に、源内は胸を撫で下ろし、

「かたじけない。おさよ! お前は母にうんと叱って貰わねばならない」

 と言い残し、他の同心や小者たちで、浪人達をそれぞれ手配した大八車に乗せ、奉行所に向かって行った。

 佐助はその様子を見送って、

「こりゃ、確かにあっしは要らないわ」

 目を丸くして笑っている。

 優斎は、微笑で浩太郎に近づいた。

 二人は同年で、仲が良い。

「浩太郎さん。喜んで良いのか悲しむべきなのか、私の出る幕はありませんでしたよ」

 と、小声で二、三話し、笑いながら戻って行った。

 その後ろ姿に、お華が深々と頭を下げる。

 浩太郎は居間でお華の正面に座り、おさよが入れたお茶に手を伸ばす。

 おさよは、

「私は母上に叱られに行って参ります。そして、お華ちゃんは兄上様に叱られないと」

浩太郎はおさよの言葉に、

「どうしたかな?」

「お華ちゃんは、お父上様の教えに背いてしまいました。優斎先生に簪を打ってしまったのです」

 浩太郎は頷いた。

 お華は、いち早く平伏している。

 事情を話して、おさよは実家に戻って行った。

 座った浩太郎は、お華に向かって、

「この馬鹿者」

 意外に静かな声で叱りつけた。

 当然、怒鳴りまくられるだろうと思っていたお華は、そっと顔を上げる。

「お前。それが子供だったらどうするのだ。お前の首一つでは収まりが付かないことぐらい、分かっているだろう」

「はい。まだまだ未熟でございました」

 さすがにお華は、素直に頭を下げる。

「いいか。お前が言い訳の出来ないしくじりをしたら、お前と俺。おそらく、おさよ殿も、この世の者では亡くなる。そしてお前に手札を許したお奉行様とて、ただでは済まぬ事になるかも知れん。お前は亡き父上に、どう詫びるのだ?」

「はい。仰る通りです。冷静さを欠いていました」

 浩太郎はその様子を見て笑いだし、

「いつもそうやって、塩らしくしてくれていると助かるんだがな。まあ、相手が相手だけに、お前の気持ちは俺にも良くわかる。しかしだ、それはお前一人だけの事。御用に携わる以上、我々は怒りに左右されてはならん。今後気を付けるように」

「はい。承知致しました」

 平伏しながら、しょげているお華に、浩太郎は、

「まあ、先生も、いきなり棍棒持って現れたから勘違いされたのだろう。どうかお許しをと仰って下さったから、これぐらいにしといてやる。お前はそれより、あの先生が、簡単にお前の簪を掴み取った事に驚いているのだろう」

 お華はバッと顔を上げ、

「そうなんですよ兄上! 私も打つ時に気付き、少し緩くはなったと思うのですが。それでもあんな事出来るのは父上か兄上ぐらいだと思っていたので……」

 途端に疑問をぶつけた。

「はは。それは先生も言ってたよ。そのおかげで躱せたと」

「でも兄上。あの方はお医者ですよ」

「お前は知らないだろうが、あの人は元、武士じゃ」

「え? そうなんですか?」

 お華は初めて聞く話に、眉を上げ驚いた。

「お前が芸者になった後に来たからな、あの人は。仙台のご家中で、しかも、一刀流の免許皆伝だ」

 お華はさらに驚いた。普段の様子を見ると、とてもそうは思えなかったからだ。

 しょっちゅう、小さい子供をあやしている姿しか見ていないお華には、想像出来ない話である。

 だから、姉上が、慌てて平伏して詫びるわけだと納得した。

「父上も言っておられたであろう、上には上が居ると。あんな浪人連中とはわけが違う。まともに修行をした武士なら、お前の簪なんぞ児戯に等しいのじゃ」

 しかしお華は、そう言われても何だか嬉しくなった。

「そうなんですか。だからあんなに」

「まあ事前に、ここで何かあったらと頼んでおいたからな。そもそもそれ程心配してなかったのだ」

「何だか、姉上も私も馬鹿みたい」

 浩太郎は大笑いで、

「その通りじゃ。お前はあの先生に、どう冷静に動けば良いのか教えて貰ってこい!」

 と言い残し座を立った。


(8)

 

 その頃、源内は、数台の大八車を背にして、奉行所に向け進んでいる。

 おさよには厳しく叱ったものの、武家の女として、決して恥ずかしい事ではない。

 むしろ気分は良かった。

 もうすぐ奉行所という所に来たとき、斜め前の方から、丁度、城から戻ってきた奉行一行と行き会った。

 馬上の遠山は、大八車の上に、まるで針山の様に、何かに刺さった浪人者を載せた一行がやって来たのを見て驚いた。

 馬を止め、内与力の加藤を呼び、事情を聞きに行かせる。

 加藤は、小走りに源内達に近寄っていった。

 源内も気付き、一行を止めさせ、

「これは内与力様」

 深々と頭を下げる。

「おお、吉沢ではないか。高積のお主がどうしたことじゃ」

 驚く加藤。源内の役職では、全く似合わない光景だったからだ。

 源内は、事情を細かく説明した。

「何じゃと。八丁堀が襲われた? それも桜田の屋敷だと?」

 それよりも何よりも、

「で、これらはお主の娘とお華の手によるものと言うのか?」

 廻りを見回し、呆れ気味に言った加藤は、頭に手をやって大笑いした。

 加藤は、源内達一行を先に行かせ、口を手で覆い、笑いながら遠山の所に戻って行った。

 事情を聞いた遠山も仰天する。

「ほ~! お華と娘がの」

「はい。急所は外しておりますが、見事に簪が刺さっており、その上、足の腱が全て斬られておるようにございます。並の腕ではございません。が、しかし……」

「しかし、なんじゃ」

「さすが、お奉行のお目は確かでございました」

 遠山は、その目を見開き、

「馬鹿を申すな。そんな芸があるなんぞ知らなんだわ」

 と機嫌が良い。

 加藤は以前、浩太郎の働きを知っていたから、そういうことかとは思ったが、こうして妹の働きまで見せつけられると、おかしみが沸き立ってしまう。

 遠山も和やかに、

「良い話を聞いた。今度、屋敷で腕前を披露してもらおう」

 と言いながら馬を進め始めた。



~つづく~

 何をモデルに? と問われたら,「キャッツEYE」と言うしかありません(笑)

 実は奉行所のレイアウトは南町をモデルにしております。

 北町の資料が見つかりませんでした。

 申し訳ありません。

 さて、とうとう本格的に動き出しました。

 よろしくお願い申し上げます。

 ありがとう存じました。

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