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海還

ガガガガガガガァン!!!


「「ぅひゃっ!?」」


大海原に突如として七連の爆音が響き渡る。神がかった早撃ちによる闇爪葬から発射された七発の弾丸が同じ軌跡を描き、海龍へと突き刺さった。


超硬度を誇る海龍のラピスラズリ色の鱗をものともせずに倫太郎謹製の超大型銃弾は鱗を砕き肉を喰い破ってシーサーペンス号を上回る巨体に風穴を空けた。文字通り直径三十センチ程の大穴が海龍の土手っ腹に空き、穴からは向こう側の雲一つない青空が覗いて見えている。


ガァァァアァアアァァァッ!!!?!?


化け物と問答する気などないと言わんばかりの電光石火の先制攻撃だ。


「意外と柔らけぇな。一ヶ所に一発で十分だな」


一瞬で撃ち尽くした銃弾の薬莢をこれまた一瞬で廃莢、流れる手つきで次弾の装填を済ませ闇爪葬を肩に担いだ。


海龍は登場早々に手痛い迎撃に会うなどとは思っていなかったようで、驚嘆と激痛半々で怒りさえ忘れて海面をのたうち回ってもがき苦しんでいる。いや、そもそも人間程度の雑魚相手にここまでの痛みを味わわされることになるとは毛ほども思ってなどいなかったのだ、驚嘆のほうが大きいだろう。


「ほら。エリーゼ、ザリアネ。ボケッとしてんじゃねぇ。船が沈められる前にあのデカブツをブッ殺すぞ。さっさと得物を抜いて構えろ」


「「………」」


本当は「か、海龍!?この海域には生息していないはずだよ!?一体全体どうなってるのさ!」と、若干テンパりながら言うつもりだったエリーゼと、「リンタローとの初めての共同戦闘が海龍かい、相手に不足はないよっ!」と、冷や汗をかきつつも不敵な笑みを(たた)えながら言うつもりだったザリアネであったが、倫太郎がいきなり問答無用でブッ放した発砲音にビビってしまい、言いたい台詞を言えず終いで開戦を迎える羽目になった。

二人が無言になり、少し恨みがましい目で倫太郎を睨んでしまうのも無理はない。


エリーゼは腰に帯びた自前の細剣を抜刀、ザリアネはイヤリング型の異空間収用から銅色に鈍く輝く小枝のような杖を取り出し構えた。


「…エリーゼの武器は見たまんまだからわかるけど、ザリアネのそれはなんだ?」


「フフン、見てのお楽しみさね」


見た目はその辺で拾ってきたような小枝だ。しかし、ザリアネがその小枝を天に掲げると海龍の上空約百メートルに急速に暗雲が立ち込め始めた。やがて暗雲からは空気を切り裂くような鋭い放電現象を起こす。


…ゴロゴロ……バチッ、バチバチバチッ!バチンッ!!


「頃合いだね」と小さく呟いたザリアネは小枝をタクトに見立てて振り下ろす。振り下ろされた小枝の先はいまだもんどり打つ海龍の頭部に向けられていた。


「黒焦げになっちまいな!天落(てんらく)!」


ビシャンッ!ドォンッ!!!


ザリアネの声に合わせて暗雲が溜め込んだ静電気は指向性を持ち、地に降り注ぐ。青白い極細の光の筋が海龍の脳天を穿った。


ビクンッと巨大な体躯を大きく跳ねさせた海龍は一瞬の停滞の後に水面に突っ伏すように倒れ、水飛沫とともに海の底へと沈んでいくのだった。


ザリアネが行使したのは雷魔法ではなく、雷を操るレガリアによる一撃だ。名を『雷神の指先』という。使用者の魔素を僅かばかり消費し、超高圧の雷撃を任意のポイントに降り注がせる攻撃型のレガリアである。

ザリアネは得意気にペン回しの要領で『雷神の指先』をクルクルと回して手遊びしているが、買えば王都の貴族街の一等地に立派な屋敷が建てられるほどの価値がある。


「やったか!?」


「…おい、そういうこと言うなよ」


沈む海龍を確認するため、船首へと駆け寄ったルーダが余計なことを口走る。フラグというやつだ。


ルーダ以外の面子の脳裏に一抹の不安が(よぎ)る。その不安を裏切ることなく、にわかに海に小波が立ち始めた。それは次第に大きくなっていき、ついにはシーサーペンス号の船体に伝わるほど強くなってゆく。


「なんだァ!?」


「ルーダ船長のせいじゃないですけど、ルーダ船長のせいです」


「あぁ!?意味わかんねぇぞ!?エリーゼ嬢ちゃん!」


海の底が徐々に赤に染まってゆく。しかしそれは海龍の血ではない。赤銅(しゃくどう)色に光っているのだ。その赤い光は急浮上し、水面から姿を現した。


ギャォアアアアァァアァァァッ!!!


空へ躍り出たのは間違いなく海龍だ。しかしラピスラズリの青は燃えるような唐紅(からくれない)の鱗へと変貌を遂げていた。

まさに怒りの色を体全体から発し、空から倫太郎たちを睥睨している。口元から湯気を立ち上ぼらせ、口腔内が高温であることが窺える。


「おーおーおー。生モノごときが一丁前にブチギレてやがる」


「言ってる場合かっ!ブレスが来るぞ!」


ルーダが軽口を叩く倫太郎を諌めるが、そんなことなど倫太郎は先刻承知だ。先程から海龍は倫太郎を睨み付けながら目一杯空気を吸い込んで胸部を膨らませ始めていた。なにかを吐き出す予備動作であることはバレバレだ。


しかしブレスの発動まで大人しく待ってやるほど倫太郎は悠長ではない。

穴だらけにして海の藻屑にすべく闇爪葬を構える。狙いは海龍の頭部だ。脳漿(のうしょう)をぶちまけ、両目を爆散させ、ブレスを吐くためにだらしなく半開きになった口腔内を蹂躙するためにトリガーに指をかけたが、エリーゼがすでに動き出したことを視界の隅で捉えて発砲を踏み止まった。


「させないよ!」


身軽に高く跳躍したエリーゼは細剣を空中にて抜刀、落下の速度を利用しながら海龍の両目を一閃。海龍の(ひたい)に着地したエリーゼはすぐさま宙返りしながらシーサーペンス号のデッキへと降り立った。


ギャアアアアァァアァァァ!!!


激痛のあまり()け反りながらブレスを上空へ向けて吐き出した海龍はそのまま仰向けに倒れ、再び水面を激しく波打たせながらもがき苦しんでいる。


チラリとエリーゼを見ると、エリーゼも倫太郎を見ていた。その表情はまさにドヤ顔。「どう?今の一撃。私だって一団を率いてただけあってヤるときゃヤるのよ?」とでも言いたそうなウザい顔だ。


「…お前のせいでトドメ刺し損ねたじゃねぇかよ」


「ええっ!?今のはめちゃめちゃファインプレーでしょ!?ホメるとこじゃないの!?」


「んなワケあるか。戦闘中はもっと周りをよく見ろ、危うくフレンドリーファイアするとこだったじゃねぇか。それに…よけい怒らせて面倒になっただけだぞ」


「え?」


両目の潰れた海龍がユラリと太く長い首を今日一番の高さまで持ち上げた。

ただでさえ巨大な体躯から放たれるプレッシャーは見る者を竦み上がらせるほどだったが、今ではその数倍の圧を感じさせる。


雑魚だと侮った相手から喰らった手痛い反撃の数々に海の覇者たる海龍としてのプライドは塵芥(ちりあくた)と化した。もはや矜持もへったくれもない。


小腹を満たすため手近にいた船がいたから襲った。転覆させて人間を食らってやろう。食い出はないが、おやつ程度にはなるだろう。

そう甘く見たツケにしても大きすぎる代償を支払う羽目になった海龍は心を改めた。「コイツらは敵だ」と。


ガァァァアアァァアアアァァァ!!!!!!


今日一番の咆哮は威嚇ではなく己を鼓舞する気合いの一発。海龍の鱗がすべて逆立ち、ようやく戦闘体制に入ったらしい。


「来いよ、生モノ。蒲焼きにして酒のツマミにしてやる」


敏感に海龍の闘志を感じ取った倫太郎も獰猛に嗤い、眉間に照準を合わせた。


先に動いたのは海龍であった。馬鹿げた巨大からは想像もできないほど俊敏に体をうねらせ、鞭のようにしならせながらシーサーペンス号の船体に体当たりをかましてきた。

倫太郎たちとまともにやりあっても深手を負うばかりで勝ち目は薄いと考えたようで、狙いを船そのものに切り換えたのだ。


「うおぁっ!?」


当然シーサーペンス号は大きく傾く。ルーダは踏ん張りが効かずにゴロゴロと坂道を転がるようにデッキに頭をぶつけたり背中を打ち付けたりと、まともに立つこともできずにいる。

ザリアネとエリーゼはそんな醜態は晒さないが、膝立ちになりながら揺れと戦うので精一杯といった様子である。


ガァン!ガァン!ガァン!


ただ一人、強靭な体幹にモノを言わせて右へ左へと傾く船の上で精密射撃を繰り返す。一切フラつきもせず、デッキに足がくっついているのかと思うほど安定している。


射出された弾丸は狙い違わず海龍の尾ヒレに着弾、三発目にして胴体から尾ヒレを切り離した。


「…チッ」


機動力を奪いつつ痛みに耐えかねて次に水面から顔を出したとき頭を吹き飛ばすつもりの倫太郎であったが、目論み通りにはいかないようだった。

海龍は激痛に耐えながらも長い体をくねらせ、胴体の両側に備えた大きなヒレを駆使して器用に水中を移動し続けながら船体を叩いて揺らす。


致し方無し、プランAでダメならばプランBだ。


「オッサン!この船の船底の耐久性は!?こんだけガンガンやられても大丈夫なのか!?」


「誰がオッサンだコラァ!俺ぁまだピチピチの四十代後半だバカ野郎コノ野郎!船底はデューロ鉱石の極厚鍛造パネル製だ!この程度じゃ傷一つつかねぇよ!だが転覆させられちまったら終いだぞ!」


「四十代後半はオッサンじゃねぇのか?」という疑問を胸にしまいつつ、倫太郎は那由多の異袋からテニスボール程の大きさの黒い球を四つ取り出した。


「それを聞いて安心した。今からもっと揺れるからお前らちゃんと伏せてろよ?」


「「「?」」」


一体なんのことを言っているのかと疑問符を浮かべる三人を一瞥し、倫太郎は四つの球を海龍がいる付近目掛けて投げつけた。着水して数秒後………。


ッドォォォォォォォォン!!!!!


遥か上空まで舞い上がる水柱とともに爆発による轟音が鳴り響く。下から突き上げられる衝撃が船を襲い、大きく傾くがなんとか転覆は免れたようだ。しかし南側を向いていたはずの船は今の爆発で西側を向いてしまっていた。


「キャアッ!!!」


「っ!リンタロー、今のはなんだい!?」


「俺の船がぁーーーー!!!沈むぅーーー!!!」


水柱が重力に引かれて落下し、船のデッキに海水の雨として降り注ぐ。倫太郎は三人をまるっと無視しながらオマケに同じ物をもう二つ、トドメだと言わんばかりに海へと投下した。ぎゃあぎゃあ騒いでいた三人はそれを見た瞬間舌を噛まないように口を閉じ、身を低くして衝撃に備えた。


ッドォォォォン!!!ッドォォォォン!!!


先程より控えめではあるが、腹に響く爆音が二度轟いた。

倫太郎が海へ放り投げたのはいわゆる手榴弾だ。王都の宿屋、渡り鳥の巣で空いた時間に構想を練り、先日やっと完成した一品である。

しかし海龍のような化け物が跳梁跋扈する異世界で倫太郎が標準的な手榴弾など作るはずもなく、威力も規模も桁違いなのは語るまでもないだろう。


小さな鉄礫(てつつぶて)を大量に混ぜた爆煉石を錬金魔法で超高圧で圧縮して起爆装置を取り付け、その外側を分厚く『ファバン鉱石』という一定以上の熱を加えると爆発的に燃え広がるという特性をもった鉱物で包んだ兵器だ。地上で使えば一発でテニスコート二枚分以上の大きさのクレーターを作る破壊力を誇る。


「手応えありだ」


辺り一面にドス黒い体液がジワジワと広がり、今まで絶え間なく響いていた衝撃もピタリと止み、海龍が動くことでかき乱していた海も何事もなかったかのように穏やかに静まり返った。


倫太郎以外の三人は安堵の表情を浮かべてデッキに座り込んだ。


「すぅ…はぁ~~~。一時はどうなるかと思ったけど、さすがリンタローだねぇ。海龍を難なく退けるなんて…アタシの惚れた男はやっぱりバッチバチの伊達男さね」


豊満な胸元から扇子を取り出してパタパタと扇ぎながらそう言うザリアネ。よく見れば安堵からか小刻みに身体が震えていた。彼女の本業はレガリア専門店の店主であり戦闘は専門外、海龍ほどの大物とやり合ったことなどこれが始めてなのだろう。

それでも恐怖を押し込めて海龍に立ち向かったのは倫太郎に情けない姿を見せたくない一心だったからだ。


「いやぁ~、びっくりした。まさかこんなとこで海龍とかち合うなんて思いもしなかったね。さすがに死を覚悟したけどなんとかなってよかったよ」


死を覚悟したといいながらも余裕ありげに振る舞うエリーゼはさすが場数を踏んできた騎士団長と言ったところか。しかし細剣を鞘に納めようとする手元は僅かに震え、なかなかうまく鞘に納めることができないのは指摘するだけ野暮というものだ。


ルーダは天を仰ぐように大の字で仰向けにデッキに寝そべり、荒い呼吸を繰り返していた。

本人的には謎の爆発物を船の近くで何個も使ったことを怒鳴り付けたいようで恨みがましい目で倫太郎を睨むが、それよりもあわや転覆という状況によほど肝が冷えていたらしく、呼吸を整えるので精一杯という様子である。


戦闘終了の雰囲気が漂う中、倫太郎はまだ険しい表情のまま船首から海面を睨み付けていた。

「もしかしたらまだ生きているかもしれない」などという曖昧な警戒のしかたではなく、絶対にまだ生きているという確信のもとに海龍の影を探しているのだ。


敵は海の中だが、浅いところを移動しているならば水面の僅かな変化や持ち前の超感度の敵影センサーで問題なく補足できる。しかしあまりにも深くまで潜られてしまうと倫太郎といえど発見は困難になってしまう。


そのとき極限まで神経を研ぎ澄ました倫太郎の耳は、僅かに海流が乱れる音を拾った。


「っ!?来るぞっ!」


注意喚起の直後、海面から大量の水しぶきと共に海龍が宙へと飛び出した。

間髪入れずに倫太郎は闇爪葬の銃口を向けるが、海龍の様子がおかしいことに気づきトリガーから指を離した。


「…なんだ?アイツ、液体化してねぇか?」


唐紅色はそのままに海龍の全身は倫太郎の言う通り液体と化していた。まるで赤い水が海龍の形をとったようなフォルムで、海龍の体を通して向こう側の景色が透けて見えている。しかし、倫太郎が投げ込んだ手榴弾で受けたであろう身体の抉れた傷も見てとれる。

そしてなぜか先程まであれだけ怒り狂い猛っていた海龍は不気味なまでに穏やかな様子だ。


「…マズイ……野郎、『海還』するつもりだ…」


「カイカン?」


死期を悟った海龍は自ら母なる海へ(かえ)るという。

寿命で死ぬときは溶けるように穏やかに海と同化して死骸などは残さずにこの世を去る。だが、闘争の果てに死の淵に追いつめられた海龍は稀に絶望を置き土産にして逝くのだ。


「操舵室、海龍の海還だ!大至急船を反転させてすぐに逃げろ!」


『なっ!?海還!?了解!』


震える手で胸元から取り出した通信型のレガリアで操舵室へ指示を飛ばすルーダの顔は強張り、事態が尋常ではないことを物語っている。

口を開けば必ず飛び出す罵声の類いも一切ない。それだけ緊迫した状態ということか。


ルーダが通信型のレガリアを取り出すと同時に海龍も動き出していた。

海面を滑るようにゆっくりとシーサーペンス号から離れていく。離れながら海龍の身体は海と同化するかのように溶けていった。


「っ!…させるかよ!」


ガガガァン!!!


特大のマズルファイアとともに特大の三発の弾丸が不可視の速度で海龍へと迫る。狙いは二つの眼球と頭部だ。狙い通りに弾は走り着弾するが、液体と化した海龍に効果はない。

弾丸は目標地点に着弾後、反対側へ通り抜け、海の遥か彼方へと消えた。すでに物理攻撃が効く段階ではないらしい。


その結果に苦々しく舌打ちする倫太郎の視界の端に、すでに準備万端でスタンバイしたザリアネの姿を捉えた。悔しいが物理が通らない敵は人任せにする他ない。


「ザリアネっ!頼む!」


「あいよ!」


レガリア『雷神の指先』をオーケストラの指揮者の如く振るえば上空に急速に暗雲が立ち込めてゆく。開戦直後の一撃よりもさらに大きく分厚い雷雲が形成され、より激しい放電現象は溜め込んだ雷の量を知らしめる。


「天落・神鳴り!!!」


一つの巨大な暗雲から一気に放出された雷の数は十三本。それが空中で結合して一本の極太な雷の槍へと形を変え、海龍目掛けて真っ直ぐに降り注いだ。そして命中、(あまね)くすべてを蒸発せしめる威力を内包する雷の槍によって辺り一帯に眼も眩む閃光が()ぜた。


同時に雷撃の超高温によって一瞬で海水が蒸発したことで、閃光が収まったあとも周囲には水蒸気の霧が発生し視界が閉ざされてしまった。


「っしゃあ!今度こそやっただろう!?」


「ルーダさん!ホントそういうのやめてくださいよ!」


視野が利かない中、倫太郎は極限まで耳を澄まして眼を瞑った。海上にはなんの気配もない。海龍と遭遇する前のような静かな海の音しか聞こえない。


闇爪葬を霧散させ「なんとか倒せたみたいだな」と、そう言おうとして口を開いたとき、足の裏から伝わってくる異変に気づき、未だ霧が立ち込める周囲を警戒するように見渡した。霧は多少晴れてきたものの、まだ海と空の境界線さえ曖昧にしかわからない。


「オッサン!この船には風のレガリア積んでんだろ!?周りの霧を吹き飛ばしてくれ!」


「テメ、この野郎!だから俺ぁまだオッサンじゃあ…」


「いいから早く!!!」


倫太郎の鬼気迫る迫力に負け、渋々ルーダは操舵室へと指示を飛ばす。すぐにシーサーペンス号の複数あるマストから外へ広がるように風が起こり、立ち込めていた霧は跡形もなく霧散した。


「なんだってんだよ…ったく」


ふて腐れるルーダを放置し、倫太郎は視界の晴れた周囲を見回す。すると海龍が消えていった方角に違和感を覚え眼を凝らした。


「…んん?」


水平線の海の一部が盛り上がって見えるのだ。それはどんどん大きくなりながらこちらに近づいてくるのが何となくだが確認できた。


「………おい、ありゃあ…まさか…」


冷や汗が背筋を伝い、最悪のバッドエンドが全員の脳裏を(よぎ)る。今はまだおそらく十メートルほどの高さの波だが、船へ近づくにつれてその大きさと速さは尋常ではない速度で成長しているのだ。

それが船まで到達したとき、一体どんな大きさの波がどれ程の速度で襲いかかってくるのか…。間違っても楽観していられないことは確かだ。


「た、退避ィ!!!操舵室!すぐに船を出せ!でけェ津波が来るぞォ!!!お前らもすぐ船内に入れ!」


ルーダは慌てて駆け出したが、倫太郎たちは一歩たりとも動こうとしなかった。


「オイっ!死にてぇのか!?早く来いっ!」


「…いや、もう間に合わねぇ」


「ああっ!?…っ!!?」


後ろを振り返り、しっかりと津波の位置を確認したルーダはその場でへたり込んだ。何故ならば、ついさっきまで数キロ先にいたはずの津波は船の前方二百メートルにまで迫ってきていたのだ。

言い表すならばまさに壁そのもの。高さも、その幅も目測では計ることもできないほどの大きさまで成長している。


船の向きを変え、重力操作のレガリアと風のレガリアに魔力をチャージして船を動かすまでにどう考えても数分はかかる。

眼前まで到達した津波はもう数秒後にシーサーペンス号を飲み込み、バラバラにしてしまうのは火を見るより明らかだった。


死という概念が波という形をとって襲ってくるように感じていることだろう。ルーダの足腰にはもう力は入らず、呆然とその時が来るのを待つことしかできないようだ。


諦めと絶望を顔に滲ませて力なく崩れ落ちるルーダとは違い、倫太郎の瞳には諦めの色は皆無。今持っている手札で勝負するべく頭をフル回転させて打開策を探すのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!

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