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再び憲兵団本部へ

「こぉの紋所が目に入らぬかぁ!」


某黄門様率いる屈強なボディーガードの有名すぎる名言を言い放ったのはレディだ。


「なんでそのセリフ知ってんだよ…」


「ちょ…近い近い。レディさん、もうちょっと下がってください」


倫太郎がウィレムから貸してもらった『盟約の印』を得意気に掲げ、憲兵本部長のロイの眼前に突き出している。その距離僅か三センチ、あまりにも近すぎてロイにはよく見えていないだろう。


トルスリック城から帰ってきて一夜明け、倫太郎たちは憲兵団本部へと足を運んでいた。


王城で考えていた通り、まず“仮”釈放という微妙な立ち位置から抜け出さなければ国外へ渡るのは憚れるからだ。やれ逃亡だ指名手配だと騒がれては面倒この上ない。


ザリアネは用事があるとのことで今日は別行動だ。昨日王城から出たところでそそくさと帰っていってそれっきりである。

別れ際のザリアネの顔には「なにか企んでいます」と墨汁で大きく書いてあるように見えた倫太郎だが、さっさと帰ってひとっ風呂浴びたかったためスルーしておいた。


「こらこら、レディ。『盟約の印』は陛下がリンタローに貸し与えたもので基本的にリンタロー以外が使うことは許されないんだ。リンタローも気軽に人に貸してはならんぞ」


「へぇ、そうなのか?了解」


「むぅ、つまらない」


騎士モードのエリーゼに叱責されてレディはシラケたようにそっぽを向いた。


ウィレム直々の辞令によりエリーゼは今朝から早速倫太郎一行に同行していた。いつもの豪奢でゴテゴテした甲冑は装備しておらず、軽そうな革鎧に身を包んでいる。


これから一般人としてエルドミニアに渡り倫太郎らと行動を共にするというのに、「トルスリック王国の騎士です!」と言わんばかりの格好はできないからだ。携えている細剣も煌びやかな装飾やトルスリック騎士団の刻印がある物ではなく、実用性特化の自前の品らしい。


軽そうに見える革鎧は黄龍の革を(なめ)して仕立てたもので、並みの槍や剣では小傷すらつけられないほど強靭であるらしい。細剣に至ってもそんじょそこらの市販品ではなく、硬く強いオリハルコンとアダマンタイトというファンタジー鉱物の合金を鍛造して作った唯一無二の一振りで、よく(しな)り、よく切れ、折れず曲がらず刃こぼれしないと言われる国宝級の細剣だそうだ。


「は?…盟約の…印…?…『盟約の印』ですって!?なぜ貴方がそんなものを!?」


レディから返してもらった『盟約の印』を首から掛け、服の中にしまった倫太郎の胸ぐらをロイが抉じ開けるようにして無理矢理まさぐる。自分が客観的にどう見えているのかなどまったく気にせずに無我夢中で倫太郎の身体を漁る姿は組織の長とはとても思えない。


「おい、俺は野郎にべたべた触られて喜ぶ趣味はねぇからまず落ち着いて離れろ」


「あ、ああ、すみません。取り乱してしまいました」


倫太郎は改めて胸元から『盟約の印』を取り出しロイに示した。ロイはそれに触れようとはせず、難しい顔で眉間にシワを寄せながらも倫太郎の首からぶら下がった状態の印をまじまじと観察していた。


「…もういいか?」


「…ええ、結構です。どうやら本物のようですね」


「当然だ。それが正真正銘本物の『盟約の印』であることはこのエリーゼ・フォグリスが保証しよう」


フィンネル襲撃の功労者といえども倫太郎はつい数日前まで憲兵本部の留置場で取り調べを受ける立場にいた者だ。ロイが疑ってかかってしまうのも仕方のないことだろう。


国王の二親等までの王族のみが身に付けることが許される『皇輪(こうりん)』という指輪や、次期国王となることが確定した王子、または王女に与えられる『栄冠の徽章(きしょう)』というバッジ、今回倫太郎がウィレムから借りた『盟約の印』などのトルスリック王家の権力と権限の一部が付与される類いの品の偽造や複製は国家反逆罪なみの罪に問われる。即死刑もあり得る重罪だ。


「リンタロー、手早く用件を済ませちゃいましょうよ」


「ああ、そうだな。本部長さんよ、今日は俺の“仮”釈放って扱いについて話があってきたんだ」


話題が本筋から外れて脱線しかけたとき、マールが急かして話を戻した。

実は倫太郎の“仮”釈放の件が片付いたら各自出国の準備を済ませた後、マールは倫太郎に生活魔法を教える約束をしているのだ。


ダンジョン『夢幻の回廊』に潜る前、マールのお目当てのレガリアだった『治癒の実』取得のために臨時パーティを組むときに倫太郎が出した条件の一つに「『治癒の実』獲得の(あかつき)には自分に生活魔法を教えてほしい」というものがあった。

それを昨日、王城からの帰り道にふと思い出したマールが倫太郎に言ったところ「そう言えばそんな約束もしてたな。じゃあ早速明日から教えてくれ」という話の流れになったのである。


「その件についてですが、こちらから連絡しようと思っていたのでリンタローくんから来てくれたので手間が省けましたよ」


「と言うと?」


もったいぶる様子もなくロイはつらつらとことの経緯を説明し始めた。


「三等探求者ソンとデコタ両名の殺害についてはリンタローくんの正当性が認められて晴れて無罪放免、ということになりました。まぁ普段の彼らの素行の悪さから鑑みれば君の主張のほうがよほど信用できますし、私たち憲兵団はガルミドラ王子の一件でリンタローくんに恩がありますしね」


「なるほど。話が早くて助かる」


本当は早速王家の権力『盟約の印』をチラつかせて無理矢理にでも本釈放をもぎ取ってやる気満々だったため、倫太郎は若干の肩透かし感が否めないでいた。


「じゃあ用事も済んだし帰ろうか」というところでロイが倫太郎に近づいて周りに聞こえないように耳打ちをしてきた。


「…リンタローくん、聞きそびれましたが貴方の対人戦闘術は一体どこで学んだものですか?というか憲兵本部(ここ)に体術特別指導講師として来る気はありませんか?お給金ははずみますよ」


ロイが倫太郎に取り調べをしていたとき倫太郎の対人戦闘術について追及しようと思ってたのだが、フィンネルが起こした騒動のせいで有耶無耶になっていた。

正式に釈放となった倫太郎を再度捕まえてどうこうするつもりはない。それどころか現在憲兵団員の体術と格闘訓練の指導を行っているのはロイなのだが、できれば倫太郎の戦闘術を一般憲兵にフィードバックして全体の練度の底上げしたいというのがロイの本音だった。


「いや、俺の格闘術は門外不出、一子相伝の秘技だからダメだ(適当)」


「…ふむ、残念ですがそう言うことならば仕方ないですね」


これからマールに生活魔法を習ったりエルドミニアへ行ったりと忙しくなるというのに憲兵たちに体術を教える時間などあるはずもない。


そもそも倫太郎が体得しているのは武術や格闘術ではなく、混じり気なしの純粋な殺人術だ。速く静かに確実に殺すことに重きを置いた暗殺特化の技を教えられても憲兵たちも困るだろう。

大体ロイは明言こそしないが倫太郎が殺しのプロだということに薄々感付いているはずなのだが…。憲兵団を殺し屋集団にでもするつもりなのかと内心突っ込む倫太郎だった。


面倒で真面目に断るのも億劫な倫太郎が吐いたデタラメをロイはなんの疑問も待たずに信じたようで素直に諦めたようだ。


「ではリンタローくん、機会があればいずれまた」


「憲兵本部長に会う機会なんてないに越したことはねぇんだけどなぁ」


「ふふふっ、たしかにそうですね」


倫太郎を聴取していたときは穏やかな表情でありながらも熟練の刑事のように鋭い眼光を常に光らせて「絶対自供させてやる」という強い意思を滾らせていたロイだが、対等な立場で話すと憲兵本部長という固い肩書きからは想像もできないほど優しく和やかな男だ。


さて帰ろうか。というとき、出口を塞ぐようにして一人の憲兵が仁王立ちし、倫太郎たちに立ちはだかるように待ち構えていた。


「ふん。人殺し風情が女を侍らせて悠々と憲兵本部を闊歩するか。世も末だな」


嫌味ったらしく鼻を鳴らして侮蔑するように倫太郎と隣を歩くレディを見下したのは、いつかフォグリス家へと倫太郎を捕縛するために憲兵数十名を率いてきた憲兵団上等士官長のイベルゴだ。因縁をつける気満々なのが端々から見てとれる。


「じゃあ宿に戻ったら早速生活魔法の特訓ですね!リンタローならきっとすぐ覚えられますよ」


「そうかぁ?錬金魔法だって満足に使いこなせるまで徹夜で一週間もかかったんだぜ?俺ぁ多分魔法の才能ねぇよ」


「…私の里にも錬金魔法を使う職人は沢山いるからわかりますけど、たった一週間で使いこなす人なんて見たことないですよ。この弓の細工なんて美術品レベルに綺麗ですし」


「ん、レディがリンタローに作ってもらった短刀はどう見ても熟練の錬金魔法使いの仕事。レディの宝物」


「なにっ!?リンタロー!私には!?私にはなにかないの!?これから一緒に行動する仲間だよ!?マールとレディばっかりズルい!私にもなにか作って!」


「お前はそんな立派な細剣持ってんじゃねぇかよ」


「そういう問題じゃないの!乙女心がまるでわかってないね、リンタローは」


会話に花を咲かせる倫太郎たちにはどうやら彼のことは見えていないようだ。スルリとイベルゴの横を通り過ぎてなにごともなかったように出口へ向かって歩みを進める。


完全に無視され、これ以上ないほど綺麗にスルーされたイベルゴは顔を真っ赤に上気させプルプルと怒りに震えた。鬼の形相である。


「ぅうぉいっ!待て貴様らァ!!!」


「あん?」


憲兵本部中に響き渡るほどの大声だ。日頃の憲兵の訓練でも出さないような大音量の怒声でやっと倫太郎が振り向いた。

イベルゴの怒鳴り声で執務室に戻っていったロイもドアから顔を覗かせるが近寄ってこようとはしない。揉め事には極力関わりたくないようで遠巻きから事の成り行きを傍観する腹積もりらしい。


「なんだ?なにか用か?」


「なにか用か?ではないわ!殺人犯風情が上等士官長である私を無視するとはどういう了見だ!貴様、どんな手を使ったか知らないが釈放になったらしいな。だが覚えておけ!貴様のような姑息な悪党には最後は必ず正義の鉄槌が下るものだ、その時がくるのを震えて待つがいい!」


一息で言い切り、激昂していたこともあってゼェゼェと肩で息をしながらもイベルゴはどこか満足そうだ。だが倫太郎たちの頭上には?マークが浮かんでいた。「こいつ…誰?」と。


「……?……誰だ?エリーゼ、わかるか?」


「…ん~、いや、ちょっと記憶にないねぇ」


嘘である。イベルゴの顔を見た瞬間にピンときていたエリーゼだが、ここは知らないフリをしたほうか面白そうだと思ったようだ。


口に手を添え小声でやり取りするが、小声とは逆に聞こえてしまうものだ。

イベルゴは平静を装っているが頬はヒクヒク、歯はギリギリ、なによりこめかみにくっきり浮き出た青筋は隠しようもない。


「ざ、罪人は記憶力も人並み以下だな。慈悲深い私が特別に思い出させてやろう!私は憲兵団本部所属、上等士官長イベルゴ・モーラス!」


いい加減思い出しただろ!?とでも言いたげイベルゴは親指で自身を指差し決めポーズをとるが、それでも倫太郎の頭上に?マークが増える結果となっただけだった。


「……???…人違いじゃ…」


「間違えてないッ!貴様探求者のリンタローだろう!?フォグリス家で会っただろうがっ!よく思い出せ!貴様が朝食を摂り終わったとき私が憲兵たちを率いて捕らえに行っただろうがっ!」


必死である。嫌味タラタラで登場したはいいが完全に忘れられている、そんな恥ずかしいことなどイベルゴの必要以上に高いプライドが許さないのだ。


「……憲兵……フォグリス家…朝食………イベルゴ……ん?モーラス……もーらす…漏ーらす…ああっ!お前エリーゼの家で失神して失禁した奴か!」


近年稀にみる最低な思い出され方である。まさかその角度から傷口を抉ってくるとは思いもしなかったイベルゴは膝を付きそうになるが紙一重のところで耐えた。しかしダメージは甚大で膝がガクガクだ。


「漏らしてない…」


「え?いや、だって…」


「漏らしてないッ!!!」


「あ、うん。そうだな、漏らしてないよな」


力一杯叫び、己の黒歴史をなかったことにしたいイベルゴ。目の端にはうっすらと涙が滲んでいた。若干引き気味の倫太郎はそれ以上イベルゴを追及するのは不憫に感じてしまい、さっさと帰りたい気持ちをグッと押し込めながらも優しく同調しておいた。


「くっ、今日はこのくらいにしておいてやる!だが忘れるな!いつか必ず目にモノ見せてやるからな!」


袖で涙を荒く拭って走り去っていった。捨て台詞が完全に噛ませ犬のそれだが敢えてそれは言うまい。それは死体にムチを打つようなものだから。


「…用件はなんだったんだ」


結局なにが言いたかったのかよくわからないまま去ってしまったため、なぜ突然絡んできたのか要領を得ない。


「「「ぶふぉっ」」」


倫太郎がイベルゴのことを思い出したあたりからレディ、マール、エリーゼの三人はずっと顔を伏せて小刻みに震えていたが、どうやら吹き出すのを堪えていたらしい。それが今決壊したようだ。

よく見れば執務室のドアノブに(もた)れながらロイも腹を抱えて爆笑している。


「酷すぎですよ、リンタロー…くふっ、プクククク」


「…ぶふっ、ふふふっ、思い出し方…」


「………漏ーラス」


「「「ブフォッ!」」」


楽しそうでなによりである。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!

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