国王ウィレム
ウィレムの急なムチャ振りにより混乱し、素を丸出しにしたまま右往左往するエリーゼを他所に倫太郎は冷静だった。
「要は俺の監視役ってことだろ?いくら礼代わりっつってもこんな大層なもんを俺みたいなワケの分からん奴に監視無しで貸すのはどう考えたってリスクしかねぇからな。国の不利益になるようなマネしねぇか見張ってろってことだろ」
渡された『盟約の印』をまじまじと観察しながら倫太郎は絶賛困惑中のエリーゼに言う。
するとエリーゼはハッと我に返り背筋を正してウィレムに向かって跪いた。
「はっ!第七部隊隊長エリーゼ・フォグリス!慎んで辞令を承ります!」
今の今までテンパって右往左往していたのにこの変わり身の早さである。
凛とした佇まいと洗練された動きは堂に入ったものだが、数秒前までオロオロと慌てふためいていた過去が帳消しになりはしない。倫太郎たちは若干呆れたような憐憫の眼差しをエリーゼに向けているが、他の隊長らはエリーゼにはポンコツな一面があるということを知っているようで大したリアクションはない。
「うん、じゃあよろしく頼むよ。エリーゼくん。リンタローくんの言う通り『盟約の印』は悪用すれば戦争だって引き起こせる代物だからね。彼を信用してないわけじゃないけど念のためにね?」
ウィレムに至ってもエリーゼの気質は把握済みのようで何事もなかったかのように流していた
しかし、辞令を引き受けてくれたエリーゼに菩薩のような笑みを向けるウィレムに倫太郎は違和感を覚えた。
…裏がある。直感がそう告げていた。眼を細めてじっとウィレムを観察しつつ倫太郎はウィレムの真意を推測する。今までのやり取りを反芻するように思い出しながらウィレムの表情を見ているとなんとなく、ぼんやりとウィレムの腹の底が窺えた。
「………ってのは建前で、ホントはエリーゼという綺麗所を常に張り付かせることで俺がエリーゼに手を出すのを狙ってんだろ?」
ギクリ。ウィレムの菩薩のような朗らかで優しい笑みに僅かにヒビが入る。
そのリアクションだけでウィレムの狙いがはっきりと浮き彫りになるには十分だった。
「なぁっ!?ソレどういうこと!?リンタロー!」
騎士団長としてのメッキが秒で剥げ落ち、真っ赤な顔で倫太郎に詰め寄るエリーゼを一旦無視して倫太郎はウィレムにジト目を向けた。
ウィレムはこめかみから大量の汗を流し、目を忙しなく泳がせている。これはもう黒で間違いないようだ。
「な、なんでそうなるんだい?僕はただ…」
「万が一でも俺がエリーゼに手を出して妊娠でもさせようものなら俺を王国に引き込み易くなるもんなぁ?「あぁ~、やっちゃったね。でもやってしまったことはしかたがない。しかし困ったなぁ。エリーゼくんは身重でとても騎士団の任務にはあたれないし…。誰か代わりは…そうだ!リンタローくんが適任じゃないだろうか!キミ強いし!まさか断らないよねぇ?フォグリス家の令嬢でありトルスリック騎士団の隊長でもあるエリーゼくんを孕ませておいて責任の一つもとらないなんて男気を欠くようなマネはしないよねぇ?ねぇ?」…とかなんとか言ってよ」
ギクギクギクギクっ。
この場にいる全員の視線がウィレムに向いた。そしてその場の全員がウィレムの顔に大きな字で「図星です」と書いてあるのを幻視したのだった。
国王であるウィレムとしては倫太郎ほどの能力の持ち主をみすみす他国に流出させることは国の損失とも捉えられる。そこで『盟約の印』を無期限とはいえ貸し与えることでトルスリック王国と紐付けしておきたいという魂胆だったのだ。
望みは低そうだが親交のあるエリーゼを同行者として寝食をともにさせたなら、もしかしたら倫太郎とエリーゼが男女の関係になり子を成すかもしれない、そしてフォグリス家に婿入りしたならばもう願ったり叶ったりだ。あとは適当な理由をつけて騎士団に入隊してもらい兵力の大幅な強化を…そして自分の話し相手に…と考えていたようだがほぼすべてを倫太郎に見透かされて言い当てられた。ウィレムの引きつる頬は制御不能状態だ。
「いやぁ~……はは…ははははは……ダメ?」
苦し紛れに誤魔化そうと笑ってみるがウィレム以外は誰一人として笑ってはいなかった。それどころかエリーゼのウィレムを見る目など、どう見ても仕える君主に向ける眼差しではない。時折台所に現れる黒いアイツを見つけたときの目だった。
「ダメに決まってんだろ。俺はどこの国にも使われるつもりはねぇ。…だけどまぁ、悪ぃ話じゃねぇな」
「っでっしょお!?お買い得だと思うんだよなぁ!僕ぁ!超便利な『盟約の印』にこんな美人で強いエリーゼくんが付いてくるんだよ!?しかも最終的には就職先も確約する出血大サービス!今しかないバーゲンプライスだよこれは!今ならさらに三割引しちゃう!」
倫太郎の言葉にウィレムの表情が一転、ニッコニコの満面の笑みに変わった。言いぐさはどこぞのテレビ通販そのものだ。
「違ぇ。俺が言ってんのは『盟約の印』を貸してくれるならしょうがねぇからエリーゼの同行も我慢するって意味だ」
「私お荷物扱い!?トルスリック騎士団の団長なのに!?」
「エリーゼは酔うとアレを撒き散らすお荷物と化す」
「ぐぅっ!?」
今まで黙っていたレディの鋭利な言葉がエリーゼを抉った。膝から崩れ落ちて「それは言わん約束やないのぉ…」と呟きながら胸を押さえて動かなくなってしまった。どうやら倫太郎にアレをブッかけたトラウマが顔を覗かせたようだ。
「ふふっ。リンタローくんの仲間たちともエリーゼくんは面識があるようだね。それならなおさら問題なさそうだね。それはそうと、リンタローくんはこの先のプランなんかはあるのかい?どこの国に行きたいとか、何をしたいとかさ」
この質問も倫太郎の動向を把握しておきたいがためのものだろう。それもぶっちゃけウザいので一瞬適当に返答しようかとも考えたが、ウィレムには倫太郎に対する害意などはまったくない。倫太郎を利用してやろう、いつか陥れてやろう、そんな悪意がまったく感じられないのだ。
それならばと倫太郎は正直に答えることにした。もしかしたら国家間のコミュニティでしか流通していないような有用な情報が得られる可能性もあるからだ。
「ああ、ちょっくら南の大陸にあるっていうエルドミニアって国に行こうかと思ってる。…まぁ、観光みたいなもんだけどな」
そう倫太郎が答えたとき、マールの肩がピクリと僅かに跳ねた。
一般的な認知では召還魔法が世界一盛んな大国として知られるエルドミニア。しかしマールにとっては父の仇、いや、母の最愛の人の仇である宗教団体『白廉教』が本拠地を構える国である。
「エルドミニアへ行くのかい?じゃあ一つ頼まれてほしいんだけど…」
「…内容による」
間髪入れず断りたい衝動に駆られる倫太郎だが、有益な情報が手に入りそうな案件ならば、と一応話を聞いてみて判断するようだ。
「ありがとう。それでね…あまり大きな声じゃ言えないんだけどさ、エルドミニアがここ最近、異界からの勇者召還に成功したらしいんだ」
「っ!?」
倫太郎の動悸が一気に加速した。
『勇者召還』。ファンタジーモノであればありふれたワードだ。大抵そこから物語は始まる。しかし倫太郎にとっては帰還のための大きな手掛かりである。
「…それで?俺にどうしろと?」
緊張で声が上擦りそうになるが努めて冷静に返す。あくまでも興味なさそうに、それでいて面倒そうに。
「なに、簡単なことさ。エルドミニアはトルスリック王国の古くからの同盟国であり、貿易相手国でもある。だから『盟約の印』で入国できるんだ。そして勇者召還に関してはエルドミニアの市井でもすでにかなり噂になっているらしい。だから観光の合間に酒場やギルドなんかで聞いた話を僕に教えてほしいんだよ。深入りしろとまでは言わないからさ。通信手段はエリーゼくんに持たせるから心配ないよ」
「噂?そんな信憑性に欠ける情報でいいのか?」
「うん。詳しくは言えないけど事実かどうかはこちらで精査する術があるから大丈夫。ホントなら確実に自衛できる騎士団長の誰かに行って情報収集してもらおうとも考えてたんだけど…ほら、彼らってみんな個性的すぎて諜報活動には向かないと思うんだよね」
そう言われていまだにウィレムに頭を垂れながら平伏し続ける隊長たちをチラリと観察する。
サンタクロース顔負けのモッサモサ髭の大男、突発性ブチギレ症候群を患った情緒不安定なヒステリック女、筋肉ムキムキの強面スキンヘッド等々。目立つとか目立たないの問題ではない。決定的に隠密行動に向かなそうな面々である。
それならばいっそ珍しい黒髪の倫太郎のほうがまだマシ、ということなのだろう。
「…あぁ、なるほどな。いいぜ、引き受けてやる」
「そうこなくっちゃ!いやぁ~、持つべきものは友だね!」
「いや、友ではねぇだろ」
「んん~、ツレないねぇ。そこがまたいいんだけどね」
「やめろ。鳥肌立つわ」
安定の倫太郎節で急にすり寄ってきたウィレムを袖にするが相変わらずニコニコと笑みを絶やさない。倫太郎は内心「雑に扱われると気持ちよくなっちゃうヤベェ奴なんじゃ…?」という失礼な嫌疑をウィレムにかけていた。
なにはともあれ国境を行き来する術を取得し、トルスリック王国の国王とも妙な縁ができた。それどころか地球への帰還の手掛かりが思わぬところで舞い込んでくるという僥倖にも恵まれた。
王都グランベルベ滞在の目的である火薬の入手や当面の活動資金も有り余るほど手入れ、やり残したことはほぼないに等しい。
あとは仮釈放という微妙な立場である倫太郎がトルスリック王国を出国しても指名手配がかからないよう、憲兵団と話をつけることができれば晴れて自由の身だ。
倫太郎はそこまで考えて一つ気掛かりなことを思い出した。
「そう言えばあのストーカー気質のネバネバ粘着野郎、ガルミドラって国の王子様はどうした?憲兵団から処遇を丸投げされたんだろ?」
もちろんフィンネル・ドラグノーツのことだ。フィンネルの捕縛を憲兵団のロイから任されたのは他でもない倫太郎であるため、トルスリック城にフィンネルの身柄が移送されたことも耳に入っていた。
「ああ、彼ね。どうしたもこうしたもないよ。憲兵団本部襲撃犯とはいえ、さすがに他国の王族をキツい尋問や拷問にかけるわけにもいかないからさっさと王家のお抱え宮廷魔術師の転移魔法で本国へお帰り願ったよ。聴取にもまったく応じる気配もなかったし」
「あん?お咎めなしで帰したのか?」
死人こそ出なかったものの憲兵団本部の城壁や外壁を破壊し尽くし、あれだけ大立回りしておいてなんの落とし前もつけさせずに釈放したトルスリック王家の甘さに倫太郎は難色を示す。
「ガルミドラ国王には僕から抗議文を送ったけど…読みもせずに捨てられてる可能性が高いね。もちろんあの騒動の賠償金は請求するけど、それもちゃんと払われるのか怪しいとこさ」
頭が痛そうにするウィレム。きっとガルミドラという国は悩みのタネとして常に話題に出る国なのだろう。半ば諦念に近い投げやりな表情である。
下手に刺激すればすぐに「戦争だ!」と、がなりたてる短気な国らしく扱いに困っているらしい。
「ふーん。まぁ俺がとやかく言うことじゃねぇのかもしれねぇけど、そういう奴は一発ぶん殴ってヘコませねぇといつまでも増長し続けるぞ。いっそのこと国交断絶なり経済制裁なり態度で示した方がいいんじゃねぇか?」
「ガルミドラの先々代の王からの付き合いなんだけど、当時の王は気性の穏やかな人で常識もあって話の分かる賢王だったんだ。でも代替わりする毎にクセの強い王になっていってね。今まで波風立たないよう済ましてきたけど…リンタローくんの言う通りそろそろ潮時かもね」
魔族国家ガルミドラは一時はトルスリック王国の特産品や出土したレガリアの輸出において優良な貿易相手国だったが、最近ではそれもガクンと取引が減り、現在では皆無に等しい。
国交を維持し続けても害のほうが余計でデメリットばかりが目立つのであれば付き合いを考えるのは規模が違えど個人も国も同じことだ。
「陛下、恐れながら某に発言の許可を」
「うん、いいよ。ハーマンくん」
今まで黙って跪き続けていた隊長の一人が発言の許可を求める。ハーマンと呼ばれた日本刀によく似た刀剣を携えた細身で浅黒い肌の男が立ち上がり、一瞬だけ倫太郎を睨み付けた。
「ありがとうございます。エリーゼ殿下の恩人と言えども『盟約の印』を貸し与え、陛下に対しての不敬な物言いを許し、あつまさえ国交に口を挟むことまでも許容するのは些か大盤振る舞いが過ぎるのではないでしょうか。陛下がこの者にそこまで肩入れする理由が某にはわかりません」
ハーマンの言うことは至極もっともだ。『盟約の印』を王族以外に与えることも王族にタメ口をきくことも前代未聞、国王に対して国交への干渉ととられる発言など普通なら即禁固刑でもおかしくない。
「…僕はこれでもそこそこ長い時間国王としていろんな国の様々な種族の人と会ってきた。価値観も風習もすべてが僕らとは違う人たちと意見を交わして相手を理解しよう、僕の考えを理解してもらおう、より良い関係を構築しよう、この人は信用できるのか?悪意はあるのかないのか…そんなことばかり考えてるんだ。だから直感的にわかるんだよ。彼は…リンタローくんは僕らにとってもこの国にとっても有益な存在になり得るとね。だからこの縁をここで途切れさせたらいけないと僕の直感が言ってるんだ」
普段はおちゃらけてやる気などなかなか見せないウィレムであるが、一国を背負っているという自覚は相応にあるらしくいつになく真剣に語る。その瞳は優しさと厳しさと人の上に立つ為政者としての責任が混在していて不思議な色合いだ。
ハーマンもいつになく真面目に語るウィレムに垣間見える王たる資質に触れ、返す言葉を忘れたように聞き入っていた。
「まっ、つまり優良物件にオイシイ餌を与えて早めにツバつけちゃおうってことだね!」
「台無しだわ」
ウィレムを少し、ほんの少しだけ見直しかけていた倫太郎だったが最後の発言でプラマイゼロだ。
隙あらば馴れ馴れしく肩を組もうとして来たりその辺の一般人のような言動で家臣たちを困らせたりと、とても一国の王とは思えない振る舞いを見せる反面、倫太郎をして息を飲むような為政者としての眼をしてみたりと掴み所がない。
しかし不思議とウィレムのことは嫌いになれそうもないと自覚していた倫太郎だった。
投稿遅くなりました(-_-;)
『攻撃魔法は使えないけどお前の眉間に鉛玉ブチ込むくらいは余裕』更新を楽しみにしてくれている数少ない読者の方には大変申し訳なく思っている次第でございます。
仕事と家庭で執筆の時間が寝る前しかとれないが故の遅々とした更新になっています。
しかしっ!死ぬことがない限りエタることなく完結まで行きたいと思いますので今後とも応援のほどよろしくお願いします!




