再び謁見の間へ
ダリヤとの戦闘、もとい蹂躙を終えた倫太郎は謁見の間にてレディ、マール、ザリアネと共に改めて国王ウィレム・ゼラ・トルスリックの御前で跪いていた。
一度目の謁見では宰相や近衛兵たちが整列していたが、今はトルスリック騎士団の隊長格たちが玉座に座すウィレムの前に並び、倫太郎からウィレムを遮るように整列し、まるで倫太郎からウィレムを守るような陣形をとっていた。
「………ねぇ、君たち。リンタローくんは二回もレレイラちゃんの命を救ってくれた恩人だよ?そのリンタローくんに対してこれはあんまりだと僕は思うんだよなぁ。リンタローくんにはただお礼をしたくてここに来てもらっただけなのに、これじゃあまるでリンタローくんを捕縛するために呼びつけたみたいじゃないか」
剣こそまだ鞘に収めてはいるものの、ウィレムを守るように陣取ったトルスリック騎士団の隊長と副隊長たちは全員いつでも抜剣できるように剣の柄に軽く触れている。
「恐れながら王よ、レレイラ殿下の恩人であったもしても彼の戦闘能力の高さは脅威には違いありません。トルスリック騎士団の一隊を預かる身である私どもとしては当然の対応であると愚慮いたします。どうかご容赦いただきたい」
その堅っ苦しい言葉遣いにウィレムは少々渋い顔だ。
豊かな髭をたくわえた老戦士風の男が倫太郎から視線を外すことなくウィレムに進言する。優しげな好好爺のような顔付きであるが眼の奥に灯す光は野生の狼を連想させるほどに鋭い。
倫太郎を敵視しているわけではないが『得体の知れない男』という警戒心が見てとれる。
それもそうだろう。珍妙な出で立ちに見たこともない武器を操り、強敵であるはずの悪魔をいとも容易く屠る力を持つ者など出自がはっきりしていたとしても危なすぎて国王の近くになど寄らせることはできないというのがトルスリック騎士団の一員ならば当然の判断だ。
「オルダーくん…君の言い分もわからなくもないけど、彼が僕の命を狙う刺客ならとっくに僕はこの世にいないよ。彼に僕を殺せるチャンスが何度あったと思ってるんだい?」
「それでもです。彼個人の戦闘能力もそうですが…彼の持つレガリアの特異性は見過ごせません」
ウィレムにそう進言しつつも倫太郎を鋭く睨むオルダーと呼ばれたトルスリック騎士団の隊長。どうやら彼も倫太郎とダリヤの戦闘を見ていたようだ。
一般的なレガリアとしての性能を大きく逸脱し、持ち主の意のままに形を変えるという特異性の高い闇爪葬。爆音とともに超高速の不可視の何かを撃ち出し、悪魔の強靭な肉体にいとも容易く風穴を空ける謎の武器。それを保有するのはトルスリック騎士団の団長らをも上回る身体能力を持つ謎の男である。彼らが神経を尖らせて倫太郎を警戒するのも無理はない。
オルダーの言葉に賛同するように他の隊長格たちも無言で頷いた。
「固いなぁ。ごめんねぇ~、リンタローくん。こんなつもりじゃなかったんだ」
「………」
なんと返答すればよいのやら。騎士団の隊長格たちが大勢いる中、先と同じようにウィレムにタメ口を利いて無用な反感を買うのも面倒だがオルダーと呼ばれた男のように堅苦しい喋り口で返せばウィレムはきっとさらにウンザリした顔になるだろう。正解がわからずに倫太郎は跪いたまま悩んでいた。
「貴様っ!陛下のお言葉が聞こえんのか!」
「やめろジュカ!陛下の御前だぞ」
数秒逡巡していると翡翠色の綺麗な髪をボブカットで揃えたジュカと同僚から呼ばれた女が怒気を露に倫太郎へと詰め寄る。
倫太郎としては別にウィレムを無視しているわけではないのだが、返答に困って少し黙りこんだ倫太郎をウィレムの言葉を蔑ろにしていると断じたようだ。
一番丸くこの場を収めるにはどんな言葉が適切か、現在進行形で倫太郎へ剣の柄を握りながら近付いてくる女の怒りを鎮めるにはどう返すのがベストか、争いを避けるためには…。
そこまで考えて倫太郎は「なんで俺がコイツらの下手に出る必要があるんだ?」という疑問に至る。
「なんとか言わぬか!この………っ!?」
「この無礼者!」と言いかけたジュカの言葉が詰まり、二の句を継げなくなる。それどころか自分の足が地面に張り付いてしまい、まったく動かなくなったような錯覚に陥っていた。
これ以上倫太郎へ近付くと命が失くなると本能が察知したが故の自己防衛機能が働いたのだ。ジュカの呼吸は浅く短くなり、嫌な汗が身体中から一気に噴き出した。
それは数メートル先で跪いている倫太郎の雰囲気がなんの前触れもなく激変したからだ。今、ジュカの心を支配しているのは純然たる恐怖。今まで倫太郎に抱いていた怒りなど最初から存在しなかったかのように消え失せた。
気を抜けば意識を持っていかれそうになる強烈なプレッシャーの中、トルスリック騎士団の隊長の一端を担う矜持と持ち前の胆力のみでどうにか耐えている。いや、耐えることしかできないでいた。
ジュカの異変にウィレムの側で控えている隊長たちも気付き、不穏な空気が漂い始める。
「?…ジュカ?どうした?」
端からはジュカは急に立ち止まり動かなくなったようにしか見えないはずだ。倫太郎の極悪で濃密な殺意がジュカ一人にピンポイントであてられているなどとは思いもしないだろう。
異変に気付いた他の隊長が声をかけるが、小刻みにカタカタと震えるばかりでジュカから返事はない。
この場にいるほとんど者の頭上に「?」が浮かぶ中、エリーゼだけは何が起こっているのかを正確に理解していた。
「………リンタロー、彼女を許してやってくれないか。悪気はないんだ。ただ強い愛国と心国王陛下を敬愛しているが故の行動なのだ。気に食わぬなら私が彼女の代わりに謝ろう。お前と敵対するつもりはない」
「………」
以前、フォグリス家に倫太郎を捕縛しにきた憲兵たちに向けて倫太郎が放った殺気を具現化したかのような圧力を体感したことがあるエリーゼだからこそ気付けたのだ。
チラリとエリーゼを見ると申し訳ないような、バツが悪いような複雑な表情だ。トルスリック騎士団の隊長としての立場と倫太郎の友人としての立場、どちら側に重きを置けばいいのかエリーゼ自身にも決めかねている様子である。
「…ふぅ。いや、こちらこそ悪かったな。剣の柄を掴んだまま近寄ってくるもんだから軽い威嚇のつもりだったんだが…やり過ぎたみたいだ」
ジュカに向けていた刺すようなプレッシャーを倫太郎が消すと同時にその場へとへたり込むジュカ。何キロも走った後のような汗を流し、荒い呼吸を繰り返す。
「い、一体なにが起きたというのだ?」
「…わからん。いきなりジュカの動きが止まったと思ったら膝から崩れ落ちた…。奴が何かしたのか?」
「いや、そんな素振りは見受けられなかったぞ」
ざわざわと騒がしくなる隊長たちをよそにウィレムだけはおおよその見当がついているようで、倫太郎に向けて手を合わせて「申し訳ない」というジェスチャーを送っていた。
「おい、ウィレム」
不意に倫太郎の口から出た王の名。この場にいる隊長たちは一瞬倫太郎が何を言っているのか理解できなかったが、敬うべき国王陛下を呼び捨てにされたとわかったときにはエリーゼとグーフィ、まだ呼吸を整えるので精一杯のジュカ以外の隊長たちは全員剣を抜き放っていた。
「聞き捨てならんぞ貴様っ!」
「陛下を呼び捨てるとは…不敬の極み。ここで断罪されても異論ないな?」
それぞれが敵意を剥き出しに剣を構えるが当の倫太郎は微塵も表情を変えることなくいつも通りだ。倫太郎の後ろで事の成り行きを見守っていたレディたちも隊長らの抜刀に合わせて武器を取ろうとするが、倫太郎がそれを手で制した。
「君たち、剣を収めなさい」
ウィレムの場違いなほど穏やかな声が響くが、頭に血が上っている隊長たちは納得できるはずもない。
「しかし!今、此奴は陛下を…!」
「僕は今、『剣を収めろ』と言ったよ。二度も同じことを言わせないでくれないかい?」
「し、失礼しました。陛下のご意志のままに…」
静かな怒気を孕んだウィレムの言葉で場に緊張が張り詰める。普段どれだけおどけていようが、さすが一国を背負う王だけあって真剣になったウィレムの眼や言葉には異論や口答えは許さないという強い力が宿っていた。
その威圧に隊長たちは顔を青ざめさせ、一様に納刀しウィレムに向かって跪く。
「いいよ、リンタローくん。話の途中だったね。続きをどうぞ」
「………」
そう言いながら倫太郎の方を向いたウィレムは朗らかな笑みを浮かべて非常に穏やかな口調だ。あまりの感情の切り換えの早さに若干頬が引きつる倫太郎だったが、平静を装い用件を切り出した。
「あ、ああ。さっき俺に礼をしたいと言っていたな。それなら俺に一つ権利をくれないか?」
「権利?一体どんな?」
一口に権利と言っても多種多様な権利が存在する。徴税する権利、統治する権利、商売の権利など。言い換えるならば資格とも言えよう。
「アンタの権限が及ぶ範囲で構わないから様々な場所や、関所を自由に出入りできるような…まぁ簡単に言えば万能フリーパスってとこか?そんな都合のいい権利が欲しい」
倫太郎が欲したのは行動制限解除の権利だった。
倫太郎は最終的には元いた世界、地球の日本へ帰還したいと思っている。
この先、帰還のための手掛かりを手探りで模索していくしかないのだが、それならばできる限り自由に行ける場所や、自由に起こせる行動が多いに越したことはない。
持ち前の武力にモノを言わせて押し通ることは容易いだろうが、そんなことを続けていけば方々で揉め事になり動きにくくなるのは必至である。それはそれでただただ面倒だ。そこで「褒賞代わりに権利をもらおう」となったのだ。
倫太郎の無茶振りともとれる要望に対してウィレムは俯き加減で顎を撫でながら「うーん…」と考え込んだが数秒後にはパッと閃いたように顔を上げると同時に玉座の背後に回り込んでガサゴソとなにかを探し始めた。
「コレじゃない…アレは違う…あった!」
満面の笑みで倫太郎に掲げて見せたのはシルバーネックレスのような装飾品だった。トップにはトルスリック王家の家紋があしらわれている。
「なんだそりゃ?」
「フッフッフッ……コレは『盟約の印』と言ってね。平民街と貴族街を隔てる関所どころか、この国の同盟国ならどこだって出入り自由なスーパーミラクルアイテムさ。キミに返却期限無しで貸してあげよう」
世界屈指の貿易国としても名高いトルスリック王国との同盟国の数は世界の五割強。トルスリック王国と同盟を結びたがっている国はまだまだ掃いて捨てるほど存在する。
半数以上の国は件の『盟約の印』を提示するだけで出入国できてしまう。トルスリック王国国内であれば王城の出入りはもちろん、国営の組織にならば国王に次ぐ権力を振るうことができる。王立図書館の禁書庫で禁書を枕にして昼寝だってできてしまう優れものだ。
先ほど一喝されて縮こまっていた隊長たちが『盟約の印』を倫太郎に譲渡すると言い出したウィレムを一斉にバッと見上げる。誰も彼も「国王陛下のご乱心!?」とでも言いたそうな顔だ。
「へっ、陛下っ!それはいくらなんでも……。『盟約の印』とは本来ならば陛下の跡を継ぐべき王子、または王女に見聞を広めるべく同盟国へ留学させるときに与える王家の権力そのものだと認識しております!それをこのような得体の知れぬ者に貸し出すというのはあまりにも…」
恐る恐るウィレムにそう進言したのはスキンヘッドの厳つい大男だ。
「僕の娘を二度も助けてくれた恩人を君はまだ不審者扱いするつもりかい?ビガンくん」
「い、いえ、けっしてそういうわけでは…」
ゴニョゴニョと歯切れが悪いのは先ほどウィレムに怒られたのが尾を引いているからだろう。ビガンと呼ばれた大男の背中がやけに小さく見えるのは錯覚ではないはずだ。
「それに僕だって別に考え無しでこんな提案をしてるわけじゃないよ。エリーゼくん、キミ、リンタローくんと親交があるって言ってたね?」
「え?あっ、はっ!」
エリーゼはまさかいきなり話を振られるとは思っていなかったようでうっかり素を出してしまうが、なんとか取り繕うことに成功したようだ。
しかし、ウィレムの次の一言がエリーゼを再び少女エリーゼへと引きずり落とすこととなる。
「辞令、エリーゼ・フォグリス。キミ、しばらくリンタローくんと行動を共にしてね。具体的には僕がいいって言うまで」
「ファッ!?えっ!?な、な、なんでっ!?」
トルスリック騎士団の公務とは一切関係のない辞令。エリーゼにはウィレムの思惑がまったく読めないでいるようだ。
ウィレムの考えをうっすら見透かして辟易とした顔の倫太郎と満面の笑みで謎の命令を下したウィレムを交互に見て、エリーゼの困惑は加速していくのだった。
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