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初めての魔法

「火よ、ここに灯りたまえ」


エルフがそう唱えると枯れ葉に小さな火が付いた。その火は徐々に大きくなり木に移って暖かい熱を放ち始める。


「おお…すっげぇ…。魔法だ…マジですげぇ…」


パチパチと燃える焚き火を見つめながら倫太郎は呟く。漠然と異世界イコール剣と魔法というイメージはあったものの(ナマ)で見るとやはり異世界なんだ、という実感が強まる。


「大袈裟ですね。ただの生活魔法ですよ?」


『ただの生活魔法』という単語にすら感嘆する倫太郎だったが、この世界ではそういう価値観が普通なのだろうと自分を納得させ仕切り直した。


「ゴホン、いや、初めて魔法ってのを見たんでね、年甲斐もなく感動しちまったよ」


「生活魔法を初めて見たって…あなたは今までどんなところで生活してたんですか?」


信じられないものを見るような目で見られ倫太郎は慌てて弁解する。いちいち異世界がーとか、この世界の人間ではないとか説明するのが正直ダルくなって当たり障りない理由で凌ぐことにしたのだった。


「あ、あぁ、魔法の存在は知っていたが相当深い森の中に一人で住んでたんでね。色々と知らないことだらけだし世の中の常識にも疎くてね、気にしないでくれ」


少しばかり訝しんだ様子のエルフだったが、まぁそういう人もいるのかと納得したようだ。


「申し遅れましたが、私はマールと申します。危ないところを助けて頂いて感謝します。見ての通り…ダークエルフです。……その…恥ずかしい話ですが私…泳げなくて…はくちっ!」


倫太郎はそんな立派な浮きがわりになるモノが二つも付いてるのになぜ沈むのかと問いたい気持ちもあったが、地球基準だと完全にセクハラに該当するので「ああ…。そうなんだ…」とさらりと流した。


「俺は倫太郎と言う。驚かせて悪かったな。つか寒いだろ、風邪引いても悪いから今着てるもんが乾くまで俺の上着を着ててくれ。向こう向いてるから」


「はくちっ…いえ、(みだ)りに殿方の前で肌を晒す訳には…はくちっ!……ありがたくお借りします」


ああ、そうしてくれ。とマールに背を向け倫太郎もビチャビチャに濡れて水の滴るシャツとスラックスを脱いで絞る。


正直朝からトラブルに見回れうんざり気味ではあるが初エルフに出会えたので早起きは三文の徳だとポジティブに考えることにした。


「はい、着ました。こちらを向いていただいても大丈夫です」


背中から声を掛けられ振り替えると、わかってはいたが彼女が身に纏っているのは薄い下着と倫太郎の上着のみ。健康そうな褐色の長くしなやかな足も、ボタンを留めているとはいえ胸元も見えていて表情も心なしか恥ずかしそうだった。


倫太郎はさっと目を反らして何事もないように焚き火の前に座る。それにならいマールも焚き火を挟んで倫太郎の向かいにそっと腰を下ろした。


「「………」」


急に気まずい空気が漂う。見ず知らずの男女が森の中で半裸同士で膝を突き合わせれば無理もないが、その空気に先に耐えられなくなったのはマールであった。


「あっ、あの、リンタローさんはたったお一人でなぜこんな早くからここに?他にお仲間はいらっしゃらないのですか?」


「俺は朝の散歩と鍛練がてらここまで歩いてきたんだ。ここから十分ほど歩いたとこで夜営地があってもう二人いるよ。ほんとはもっといたんだけど魔物が出て大多数は撤退したんだ。マールさんは?」


問われたことを答えるときもなるべく顔だけ直視するようにして他は見ないよう努める。


女性は相手の目線で体のどこを見られているかわかるというので必死に眼球に力を入れて下に動かないよう固定した。

倫太郎は人並みにスケベだが女性にスケベだと思われるのはプライドが許さないタチだ。


「私はこの森を抜けた先にあるダンジョンに用事がありまして」


『ファンタジーっぽい用語ランキング』があったとしたら相当上位に食い込んでくるであろう用語『ダンジョン』。

その手の読み物やアニメなどのサブカルチャーには詳しくない倫太郎でもおおよその見当はつく代物である。


ダンジョンとは、この星が内包する魔素が物質化した(コア)が地中深くで生成され、その(コア)が長い年月を経て意思を持ち『魔核』へと変異する。

『魔核』はその後地中の成分を取り込み変換し階層を作りながら地上へ向かってダンジョンを成形していく。


それは人の欲に敏感に反応し変質する。「こんな宝があったらいいな」「財宝が欲しい」そんな欲を取り込み、混ざり合い、宝としてダンジョンに設置される。


それは『レガリア』と呼ばれ、現在の技術では再現不可能な効力を持っている物や、一国を滅ぼすほどの強力な兵器のような武具、怪我や体の欠損はもちろんあらゆる病をも癒す霊薬、多種多様な『レガリア』が存在すると言われる。その希少な『レガリア』を求め人はダンジョンを探求し続ける。


ただダンジョンの階層が深くなるに比例して地上に生息しているモンスターよりも凶暴、凶悪なモンスターが現れ侵入者を襲う。

そこで死んだ者の骸や魔力をダンジョンは糧として吸収し活動を維持している。


…と、マールは倫太郎に説明した。そんなダンジョンがこの森の先にあるという。倫太郎は非常に興味があるようで真剣に頷きながら頭で情報を整理していた。


「なるほど、参考になった。ありがとう。んじゃマールさんはなにか目当てのレガリアがあってダンジョンに潜ろうってことか?」


「はい、比較的浅い階層で発見されている治癒の実と呼ばれる物が私の目的です。母が目を悪くしてしまいまして…。それを煎じて飲むと軽い病や怪我であればたちまち治ってしまうらしいんです。魔法には少々腕に覚えがあるので浅い階層であれば一人でもなんとかなると踏んで潜ろうと思い、ここまで来ました」


「そうか、マールさんは親孝行なんだな。それはそうと、もう服乾いたんじゃないか?」


干してあった服を確認するとすっかり乾いていた。またお互いまた背を向け合い、もそもそと着替える。


「上着ありがとうございました。ご迷惑をおかけした上に着物も貸していただいて助かりました」


「あぁ、気にしないでくれ。俺が脅かしちまったから湖で溺れる羽目になったんだ。お互い様だよ」


その言葉を聞いてマールは何かを考え始めた。指先を口元に当て、肘を抱えてぶつぶつ思考しているようだ。


「溺れ…いや、でも…。あの…さっき魔法を初めて見たって言ってましたよね?魔法なしでどうやって私を助けてくれたんでしょうか?」


「いや、そりゃ呼吸もなく心臓も止まってたからな。心肺蘇生術で…って心肺蘇生法って知ってるか?」


シンパイソセーホー?と横に首を傾げるマールに心肺蘇生法を倫太郎の知る限りの知識を教える。説明が進むにつれマールの顔が赤くなっていく。最後のほうには口をぱくぱく、体は小刻みに震え瞳にはうっすら涙が溜まっていた。


「…で、被救護者の水を吐き出させて…ってどうした?」


「…信じられません!乙女の唇や…むっ、むっ、胸を無許可で、も、揉みしだくなんて!」


本当に説明を聞いていたのかと思いながらも緊急事態でこれ以外方法がなかったと弁解するが、まるで聞いていないようで自分の胸を倫太郎から隠すように抱きながらいまだに真っ赤にした顔でつかつかと倫太郎に近づいてきてマールは平手を振り上げた。


そこで倫太郎は悟る。「あっこれは避けちゃアカンやつや」と。そして歯をくいしばった。


早朝の美しい湖にビンタの乾いた音が響き、木々から鳥たちが飛び立っていったのであった。

ストックの話が切れそう…

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