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悪魔戦、決着

地球に存在するビルの六階と言えば地上から約十八メートルから二十メートル。人間が飛び降りた場合、運が良くて体中の骨がバキバキに折れ、内蔵も複数箇所の損傷は免れない。まぁ普通は死ぬ。


しかし今しがた倫太郎が飛び降りたところはワンフロアの高さが六メートルは下らない王城の六階部分だ。単純に見積もっても三十六メートル以上、どう考えても悲惨な未来しか想像できない。


だが人外な身体能力を有する倫太郎からすればその程度の高さなどとるに足らないお遊びの高さだ。

それどころか王城の外壁を蹴ってさらに加速、蹴られた外壁部分にはくっきりと倫太郎の足跡が刻まれた。


恐ろしいほどの落下速度の中、くるりと反転しダリヤの頭目掛けて必殺の蹴りを放つ。


ドゴンッ!!!


ブ厚い石畳を砕き、脚を膝まで地中にめり込ませる凄まじい威力の蹴りだが肝心の仕留めた手応えは皆無。どうやらダリヤはすんでのところで横に転がり身を(よじ)ることで辛うじて回避したようだ。


フラフラと立ち上がるダリヤは完璧とは言えないまでも、さっきまで明後日の方向を向いていた手足はほぼ元通りに回復していた。よく観察してみると骨折や傷が逆再生のように治っていくのがわかった。倫太郎が喰らわせた渾身の一撃でひしゃげた頬も、切断した指も何事もなかったかのように綺麗に元通りになっている。


「折角お前のそのクソつまらねぇ顔を笑える顔に整形してやったってのにもう治しちまったのかよ。クソつまらねぇ奴だな、三流悪魔」


ズボッと地面に埋まった脚を引き抜きながら挑発するように言ってみるが、ダリヤからの返答はない。

だが、何を考えているのかはわかる。ギリギリと歯が砕けるほど食い縛り、怒りの滾る眼で倫太郎を睨み付けていた。顔面を殴られたことや格下扱いされたことがどうして許容できないほど腹に据えかねているようだ。


「人間風情が…私の綺麗な顔にキズをつけた代償は高くつきますよ?」


努めて冷静を装ってはいるが眉間の深いシワと額の青筋は消せていなかった。キレているということは倫太郎でなくともわかるだろう。


ダリヤは先ほどと同じように硬化した鋭い指を伸ばす。十指の鋭い刺突が縦横無尽の起動で倫太郎へと迫るが、倫太郎は「またそれか」と飽き飽きしていた。


立て続けに同じ技を倫太郎のようなその道の一流に何度も見せるなど愚の骨頂だ。「カウンターを喰らわせてください」と言っているようなものである。


指それぞれの速度に緩急をつけようが軌道に変化を加えようが攻撃の本質は変わらない。指が鋭く硬くなり、高速で伸びて敵を貫くという至極単純な攻撃だ。

直前まで迫ってきたところを一瞬で全部切り落とすつもりで闇爪葬を後ろ手に構え、迎撃体勢をとった。


案の定ダリヤの指は複雑な軌道を描きながら多角的に倫太郎を襲った。

だが倫太郎の反応速度と身体能力をもってすればなんということはない。一本、二本、三本と闇爪葬の間合いに入ると同時に斬り飛ばしてゆく。ものの数秒後には十本あったダリヤの指は一本も残らず地面へと転がることとなったのだった。


「芸がねぇな。こんなので俺を仕留められると思ってるとか…ナメてんのか」


言い終わるとともに最後の指を斬り捨てた。


いくら再生するとはいえ斬れば血を流すし苦痛も伴うらしくダリヤは表情を歪ませ脂汗をかきながら激痛に耐えている様子だ。


「…フフフ……ナメているのはどちらでしょかねぇ?」


「あぁ?…っ!?」


地面から伝わる僅かな振動を察知し、倫太郎はすかさず横っ飛びに転がる。次の瞬間、倫太郎がいた地面からダリヤの指が天高くまで飛び出してきた。

人体などなんの抵抗もない紙屑のように貫くであろう鋭く尖った指先は五本だ。今しがたすべての指を斬り落としたというのになぜ、と一瞬倫太郎は混乱するがダリヤの足元を見て納得した。


「足の指か!器用だなっ!」


ガガガガァン!!!


倫太郎の予想通り、ダリヤは足の指を硬化させ地中へと潜り込ませていたのだ。倫太郎に気取られないよう地中深くへと忍ばせた足指だったが紙一重で躱されてしまい、ダリヤは苦虫を噛み潰したように苦々しく舌打ちする。


お返しとばかりに間髪入れずに眉間、心臓、両足の膝を撃ち抜かんと倫太郎は闇爪葬によるクイックドロウで精密射撃をお見舞いした。


四発の極大の弾丸が正確無比に狙い違わずダリヤへと迫る。が、まるで予測していたかのように真後ろへ倒れこんで眉間と心臓への弾は回避、しかし両足への銃弾は間に合わず被弾。バンッという破裂音とともに膝が胴体から泣き別れしたのだった。


「ぐぅっ…!……貴方のその武器…古代(エンシェント)レガリアですか」


「物知りじゃねぇか。すごいすごい。よし、じゃあ死ね」


ガガガァン!!


艶やかなダリヤの腹部に発砲を気取らせもしない神速の早撃ちで横一列に三つの大きな穴を開ける。倫太郎特製のガンブレード専用バレットの威力は凄まじく、ダリヤの上半身と下半身は辛うじて皮で繋がっているだけとなった。

そしてすかさずリロード。いつの間にかダリヤは再生し終えた手の指で密かに倫太郎を貫くつもりだったようだが、そんなことはお見通しとばかりに両腕の付け根に一発ずつ撃ち込み、両腕を吹き飛ばした。


「ぎゃあぁぁぁっ!?」


痛みで再生する余裕すらないのか、再生の能力は打ち止めなのかはわからないが手足と胴体を切り離されても身体を治す気配はない。

臓物と鮮血を撒き散らしながらのたうち回るダリヤを倫太郎は冷めた目で見下す。


倫太郎はゆっくりとわざと足音を大きめに立てながらダリヤへと近づいていった。


「これでもまだ死なねぇのか。マジでしぶてぇな」


「…フフフ…ゲホッ!……わざわざ近づいてくれてありがとうございます。死になさい!!!」


息の根のある敵に無意味に近づいたのは、なにも倫太郎が油断していたからではない。


エリーゼとグーフィの話では悪魔とは突発的に発生するモノだという。それならば今後またどこかで遭遇し、敵対する可能性は十分にある。それならば後学のために悪魔が使う奥の手というものを身をもって体験したかったのだ。


むしろ倫太郎は今、油断どころか全神経に気を張り巡らせ、どんな奇襲がこようとも対処できるように集中していた。よく見ればうっすらと倫太郎の身体からは湯気が立ち上っており高温であることがわかる。


ダリヤへと近付くまでに心臓と丹田を意識した特殊な呼吸法で全身を活性化、『千靭(せんじん)』という運動能力の底上げができる技を使用している。魔法・身体強化(ブースト)に似た状態だ。


何を仕掛けてくるのか警戒していると、ダリヤの束ねられた髪が髪留めを引きちぎり瞬く間に伸びた。

一本一本がチタンでできた針金のように硬くなり、先端は槍の穂先のように鋭く尖る。それらがまるで意思を持っているかのように倫太郎へと襲いかかってきたのだ。

指のように十本や二十本ではない。十万本以上の髪の毛が倫太郎を取り囲み、逃げ場すらない状況だ。


強硬度を誇る幾万もの毛髪が倫太郎の全身に風穴を空けようと全方位から襲い来る!


しかしそれでも倫太郎は冷静、いや、落胆していた。


斬ッ!!!


倫太郎の四方八方を完全包囲していたのダリヤの髪がバサバサと地面へと力なく落ちて行く。

落ちた髪は硬くも鋭くもなく、普通の毛髪へと成り下がっており命を貫くような物騒な気配は微塵もない。


「追い込まれたときの奥の手っつーんだから期待したけど…拍子抜けもいいとこだな。指の次は髪の毛を伸ばすだけか。ビックリ人間レベルの大道芸じゃねぇか」


「………」


絶句。茫然自失になりながらダリヤはポカンと倫太郎を見上げることしかできなかった。


倫太郎は迫る髪を身体の可動域をフルに使い、コマのように回りながら闇爪葬を振るって一刀のもと斬り落としてみせたがダリヤには剣閃の煌めきすら視認できていない。一体なにをしたのかさえ理解できずに固まるダリヤだが、死神を前にしてそれは最低の悪手だ。


初めて体験する身体の芯から冷えるような感覚がさっきまで倫太郎に対して感じていた怒りの感情を塗り潰していく。手も足も出ない絶望感から派生する新しい感情。無意識に身体が震え、視界が滲む涙でボヤける。命乞いをしたいが喉がカラカラに乾いて声が出ない。一秒でも早くここから立ち去りたいという欲求だけが頭を支配する。


そうか、これが恐怖か。ダリヤがそう自覚した次の瞬間には闇爪葬から放たれた極大の銃弾はダリヤの眉間に突き刺さり、頭部を爆散させた。

不死身のように何度も負傷箇所を再生したダリヤであったが、さすがに脳を破壊されると生命維持は不可能なようだ。


不幸中の幸いは、倫太郎による死の恐怖を感じる時間が極々僅かであったことだろう。


ダリヤの身体はすぐに淡い粒子となって空に溶けて消えていった。残っているのは激しい戦闘でボロ切れとなった衣服のみだ。


「…悪魔なんて大袈裟な名前の種族のワリに大したことねぇな」


粒子に変わっていくダリヤを一瞥し、ふん。とつまらなそうに鼻をならして踵を返すと、ちょうどレディたちが息を切らしながら駆け寄ってきた。倫太郎がレレイラの執務室の窓から飛び出してすぐに階段を駆け降りてきたようだ。


「リンタロー!悪魔はっ!?」


それぞれが武器を抜き放ち臨戦態勢で現れた。マールに至っては範囲型範囲指定型の殲滅魔法の詠唱を終わらせ、いつでもブッ放せるよう待機状態だ。


「ちょうど今終わったとこだ。別に大騒ぎするほど大した相手じゃなかったぞ」


ダリヤが悪魔としての本来の姿に変わったとき、グーフィーは冷や汗をかいて戦慄(わなな)くようなリアクションだったため余程の強敵なのかと期待していた倫太郎だったが、蓋を開けてみれば特に苦戦もなく勝ってしまい消化不良気味である。


「なぁ、もう帰ろうぜ?ふて寝してぇ気分だ」


「いえ、そういうわけにもいかなそうですよ」


「あん?」


周囲を見渡しながらそう言うマールの視線を追うと、倫太郎たちがいる中庭を王城の窓から身を乗り出すようにして食い入るように見ている人が大勢いた。

その中にはエリーゼやグーフィと同じ甲冑を着こんだトルスリック騎士団の隊長格もちらほら見える。


「うおおおおおっ!悪魔を倒したぞ!」


「すごいッ!目にも止まらぬ体捌きだ!トルスリック騎士団の隊長たち並みに強いんじゃないか!?」


「エリーゼ隊長とグーフィ副隊長もいるぞ!彼は騎士団員なのか!?一体何者なんだ!?」


突如始まった戦闘音に衆目が集まるのは必然。石畳を蹴破る音や発砲の破裂音が鳴り響けばなおさらだ。


「うぇ………面倒臭くなりそうな予感が…」


面倒な展開になることを察知した倫太郎の顔が濁る。天下のトルスリック王城の人目につきやすい中庭で大立回りを演じればいやでも倫太郎の予想通りの面倒が舞い込んでくるのは必至。

今までほぼ仲間内の前でしか戦闘を行わなかった倫太郎の実力が白日のもとに晒されたということだ。


「これは…しばらく帰られそうにもないですね」


「ん…今日は王城にお泊まりコースかも」


マールとレディはこの後の流れを予想してどこかすでに諦念の境地に辿り着いているようだ。


はぁ~~~…という消え入りそうな倫太郎の深く長いため息は中庭にいまだ響き続ける喧騒に飲まれて誰にも聞こえることなく溶けて消えていった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!

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