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嘘を見抜く

「レレイラをどう思っているか、だと?別にどうとも思っていない。だが私に似てデキのいい妹だとは思ってはいるがな」


切れ長の目尻が若干キツイ性格をそのまま現しているのはトルスリック王家の第二王子であるマゼンだ。


今、倫太郎はレレイラを除いた九人いる王子と王女全員を謁見の間に呼び出し、一人一人と面談を行っていた。

もちろん「レレイラ王女の恩人とはいえ、いち庶民が王族を呼びつけるとは何事だ!」と大臣や騎士団のお偉方、宰相らから反発の声が相次いだが、そこは傷心中のウィレムに無理を言って協力を仰ぎ、国王命令という絶対的な力を使って黙らせたのだった。


倫太郎が先ほどからしているのは「レレイラのことをどう思っているか」という簡単で漠然とした質問だけだ。それに対してどう答えるか、どんな表情か、そして嘘はついていないかを注意深く観察しながら淡々と聴取をしている。


九人中六人の面談が終わったところだが、今のところ嘘をついている者はいない。いよいよレレイラ暗殺の黒幕を三人にまで絞り込めるところまできていた。


「お忙しいところ御呼び立てして申し訳ありません。私は倫太郎と申します。どうぞお掛けください」


倫太郎と対面するように一脚の椅子が配置されており、次の面談者である王女に着席するよう勧める。


「初めまして。(わたくし)はシルディアと申します。どうぞお見知り置きを。ああ、彼女は私のお付きの侍女ですのでお気になさらず」


ニコリと微笑み、優雅で美しいカテーシーの一礼の後にフワリと椅子に掛けて倫太郎と向かい合った。

やや暗めのブロンドを縦ロールにまとめ、優しげな瞳を倫太郎に向ける。十代半ばを少し過ぎたくらいの若い王女だった。

彼女の一歩下がった位置にはメイド姿の女性が直立不動で立っている。おそらくは王女や女王のための侍女兼護衛だろう。ぴくりとも動かないが体幹や佇まいが素人ではないことを倫太郎は見抜いた。


「これは御丁寧にありがとうございます、シルディア殿下。さて、早速ですが一つ質問をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか」


「はい、なんでもお聞きになってください」


さすが王族とでも言えばいいのか、二十歳(はたち)にも満たない歳であるというのに達観したように落ち着き払い、何事にも動じない強い力を倫太郎は彼女の瞳に感じていた。


「早速ですが質問させていただきます。殿下の姉君であるレレイラ様についてなのですが」


「はい。お姉様がどうかなさいましたか?」


「ええ、シルディア殿下はレレイラ様をどう思っておられますか?」


きょとんとした様子で動きを止めたシルディアのオリーブ色の瞳のその奥まで見透かすように倫太郎はジッと見つめた。

指を口元に当てながらシルディアは「ん~」と少しばかり考え込んだ。ふわっとした質問に困惑しつつも視線を虚空に数度さ迷わせながら言葉を考えているようだった。


「ええと、お姉様は私にとってとても大事な人です。幼い頃からよく面倒を見ていただきましたし、歳が少しだけ離れてはいますが趣味嗜好が似ていて話も合います。ときどきお茶をご一緒するのですが、お菓子を食べながらお姉様と他愛もない会話をすることが何よりの楽しみですの。誰にでも優しくて正義感の強いところも尊敬していますわ」


「…なるほど、よくわかりました。質問は以上です。わざわざご足労いただきありがとうございました」


「えっ?これだけですか?」


「はい。これだけです」


いくつも質問されると思っていたシルディアだが、たった一つの漠然とした質問だけで終わったことに肩透かしを食らっていたようだ。

しかし倫太郎が終わりと言うのだから終わりなのだろうと納得して一礼して侍女とともに帰っていったのだった。


──────────────────────────


「レレイラ姉さんをどう思っているか?…なんですか、その質問」


「深く考えずにお答えください。しかしトルスリック王家に必要なことですので正直にお願いいたします」


八人目の面談は第四王子のヨハンだ。まだ十四歳で地球でいえば中学二年生の年齢であるにもかかわらず、大人びた仕草や振る舞いは堂に入ったもので内心倫太郎も感心していた。


トルスリック国の王族として生まれたからには物心ついた頃からトルスリック式の帝王学を叩き込まれるが、その過程で子供っぽさを矯正される。帝王学とは突き詰めるとリーダーシップのイロハを学ぶものである。人の上に立つべき者に幼稚さや子供らしさなど不要の長物であるため、思春期を待たずして強制的に大人にさせられる。それは不憫といえば不憫なのかもしれない。


「まあ、そうですね…。贔屓目なしに良い姉だと思いますよ。気遣いができて空気も読める、物事の本質を読み解く力が高くコミュニケーション能力も抜群。外交では父上より結果を出すことができるし安心して見ていられますね。王族らしくない面もありますがそれが私には心地よく感じることが多いのもまた事実です。ようは気の許せる姉ということなのでしょう。…こんなところですかね」


フムフムと頷きながらヨハンの話を聞く倫太郎だが実際話の内容など二の次でほとんど聞き流しているに過ぎない。本当に聞きたいのはレレイラのことを語っているときの瞳の奥にある真偽だけだ。


倫太郎が人の嘘を見抜くときに見ているのは相手の仕草や呼吸の深さ、口角の上がり方、目の動き、声の大きさなど多岐にわたる。それでも一番の決め手は瞳の奥の淀みだ。

感覚的なもので言葉にして説明するのは至難だが人は嘘をつくとき眼の奥が汚れて見える、と以前倫太郎が言っていたのをレディは思い出していた。


「なるほど。大変参考になりました。ヨハン殿下、ご足労いただきありがとうございました」


「もう戻っていいんですか?」


「はい、もう結構ですよ」


首を捻りながら退席していくヨハンの顔には「これだけのために呼びつけられたのか」という不快さが見え隠れしていた。しかし倫太郎はまったく気にせず最後の一人に視線を向ける。


「僕で最後みたいだね。初めまして、僕はジョシュア。一応第一王子ってことになるけど気楽にしてくれよ」


「お初にお目にかかります、ジョシュア殿下。倫太郎と申します。どうぞお掛けください」


「硬いなぁ。もっと肩の力を抜いてよ。ホラホラ、リラックスリラックス」


「………」


ニコニコと人の良さそうな笑顔で王族の威厳など毛ほどもない。身形(みなり)こそ上等な服を着てはいるが、その辺の店で売っている庶民らしい服に変えて街へ連れていけば誰もこの国の第一王子だなどとは信じないだろう。

それに顔はあまりウィレムには似ていないが口調や性格は完全に父親譲りで血の繋がった親子であることに疑う余地はない。


「そうか。お言葉に甘えて素でいかせてもらう。じゃあ聞くが…」


「おっ!?いいね!それそれ!いやぁ、やっぱ王族って偉そうなイメージあるからさ、いきなり僕にそんな口の利き方できる人ってすごい貴重なんだよね!リンタロー君だっけ?キミ、才能あるよ!」


「…」


この親子はどうしてこう自分の調子を外すのが上手いのか。倫太郎は頭を抱えて深々と溜め息を溢す。


「…レレイラをどういうふうに思ってる?深く考えないで答えてくれ」


「んっ?なんだってそんなこと…」


「いいから。理由は言えねぇがレレイラにとって大事なことなんだ」


倫太郎の真剣な眼差しから場の空気を読んだジョシュアは一つ咳払いをして背筋を伸ばす。へらへらとした軽薄な雰囲気も消失し、初めて見せる真顔へと切り替わった。

さすが王族、とでも言うべきかウィレムと同じくスイッチの入ったジョシュアの瞳に宿る圧力は一般人のそれとは比にならない。倫太郎をして息を飲むほどの覇気を纏っていた。


「そうか。レレイラのため、というのなら真面目にやらざるを得ないね。僕にとってレレイラは兄弟の中でも特別さ。王族としての能力はもちろんのこと、彼女は本来王族では持ち得ない能力を持っているんだ。それがなんだかリンタローくんはわかるかい?」


急に振られた謎掛けめいた質問に首を傾げる倫太郎を見て「ちょっと難しかったかな」とジョシュアは微笑んだ。


「レレイラは弱者の心に寄り添い、同じ目線になって物事を見ることができるんだ。それくらい誰でもできるって思うだろ?できないんだよ。僕たち王族は特にね。物心ついた頃から王族として、民の上に君臨する者としての振る舞いとはなんたるかを帝王学で徹底的に叩き込まれる僕らは弱者の気持ちを理解はできても寄り添うことなど到底できないんだよ。でも彼女はそれが当たり前のようにできてしまうほど優しくて慈悲深い。僕を含めた他の兄弟にはない特殊な能力だよこれは。そんなレレイラを僕は心から尊敬しているし、王位継承権の順位なんて関係なしに次の国王はレレイラが一番相応しいとさえ思っているよ」


「………」


一息に言い切り倫太郎を見つめるジョシュア。人の嘘を看破する倫太郎だが、嘘をついているかどうか目を凝らす必要すらないほどジョシュアの瞳はどこまでも真っ直ぐで一片の汚れもない。


さきほどヨハンが「王族らしくない面もある」と評したのはレレイラの弱者に寄り添う姿勢のことなのだろう。


「随分とレレイラを買ってるんだな。自分が次の国王になって国を牽引したいとか、国を自分の自由にしたいとか、そんな野望はねぇのか?」


「フフフッ、僕は残念なほど父親似でね。そんな上昇志向でハングリーな野望は荷が重いだけさ。もし許されるなら長閑(のどか)な湖畔に小さな家を建てて日がな読書に耽るようなスローライフをしていたいものだよ」


どこか遠い目で夢を語るジョシュアの言葉に嘘はない。己の生まれと立場上そんなことは許されないと分かりきった上で口に出したようで言葉の端々からは諦めの色が滲んでいた。


「…そうか。聞きたいことはこれだけだ。忙しいところ呼び出してすまなかったな。もう戻ってくれても構わない」


「そうかい?僕はキミを気に入った。なんならもっとお話ししてても…」


「帰れ」


「ん~、辛辣ぅ。じゃあ今日は戻ろう。他に何かあったらいつでも声をかけてくれよ」


雑に扱われることなど生まれて初めてであろうジョシュアだが、それが余程心地よかったようで手を振りながら上機嫌で自室へと戻っていった。


「ふぅ。…終わったぞ」


倫太郎が謁見の間に隣接する部屋へと入ると、さきほどのメンツが全員揃ってテーブルに座っていた。

レディ、マール、ザリアネは雑談しながらお茶を啜り、エリーゼとグーフィは気が気でないようで貧乏揺すりしながら難しい顔をしている。


「リンタロー殿っ!どうであった!?レレイラ様へ暗殺者を差し向けた者はわかったのですか!?」


グーフィが詰め寄って倫太郎の両肩をガッチリと掴んで揺さぶって鼻息荒く血走った目をした顔を倫太郎にこれでもかと近づける。

倫太郎は「近い近い。離れろよオッサン」とドン引きするが、グーフィはまるで聞いていない。


「グーフィ、座りなさい。それではリンタローも話しにくくてしょうがないだろう」


エリーゼが諌めるとグーフィもハッとしたように倫太郎を離して着席した。さすが直属の上司だけあってエリーゼの命令には敏感なようだ。


「結論から言うと…嘘をついている奴はいなかった」


「っ!?それではレレイラ様のご兄弟の誰かが黒幕という線は消えたのですか!?…いや、しかしそうなると…レレイラ様のカップに毒を盛ったメイドのあの反応は一体…?」


「…が、黒幕は見つけた」


「…説明してくれ、リンタロー」


再び掴み掛かる勢いで倫太郎に詰め寄ろうとしたグーフィをエリーゼが冷静に手で制した。


「ん~…説明してもいいんだけど、これは俺の直感的なモンだからなぁ。理解は難しいかもな。まぁ勿体ぶってもしょうがねぇし、これ以上長引かせるつもりもねぇから今からみんなで犯人のとこに乗り込もうぜ。んでさっさとケリつけちまおう」


「いや、リンタロー。簡単に言うがな…もし間違ってたらごめんなさいじゃ済まないのはわかるな?相手は王族だ、無礼を理由に素っ首跳ばされても文句は言えないのだぞ?もう少し慎重に事を運んだほうが…」


「エリーゼ、大丈夫だ。絶対間違いねぇ」


倫太郎が信用できない訳ではないが相手は権力の権化たる王族、倫太郎のような庶民の首の一つや二つ跳ばすことなどワケないのだ。エリーゼが慎重になるのも頷ける。が、確信を掴んだように自信に満ちた倫太郎の眼を見ていると一任したくなってしまう。エリーゼは倫太郎にそんな不思議な力があるように感じていたのだった。


「…わかった。リンタローに任せる」


「よし、決まりだな。早速行こうぜ」


謁見の間を倫太郎を先頭に全員が出ていく。目指すは王子と王女たちの書斎兼自室がある王城の六階だ。


倫太郎の推測が正しければレレイラの命を狙う黒幕の正体が明らかになる。気楽に散歩のように歩く倫太郎とは真逆に、グーフィとエリーゼは額に汗を浮かべながら緊張した面持ちで重く感じる足を引きずるように倫太郎について歩いていったのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!

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