国王と謁見
王都グランベルベは王城を中心としてそこから外に広がるように街が形成されている。
王城の外周を貴族街や貴族専門の商業施設が囲み、さらにその外側は平民街や平民や探求者をメインターゲットとしている庶民向けの商業区画が所狭しと乱立している。
平民区画から貴族街へ行くには関所を通らなければならず、関所を通るには貴族や王族と同行するか、貴族や王族からの招待状や大臣が発行する通行許可証が必要となる。
しかし貴族、ましてや王族が平民に招待状を出すことなどほとんどない。
皿工房ガンゾウをはじめとした国中に名を轟かせるような職人、各ギルドや憲兵団の上層部などの公的な職務に従事しているような者、庶民であっても国の発展に貢献して功績が認められ褒賞や勲章を授与される者などの特別な理由がなければ普段庶民が貴族街から先へ立ち入ることなど滅多にないのだ。
だから倫太郎たちのような例外が貴族街へ行こうとすると正式な招待状や通行許可証を所持していたとしても度々トラブルに見舞われる。
「レレイラ第二王女殿下の招待状ぉ~?貴様らようなワケのわからん怪しい奴らが?…おい貴様ら。関所の通行許可証や招待状の偽造は大罪だ。精巧に作られているようだが私は騙されんぞ!大人しくお縄につけ!」
「………」
…といった具合で疑われたりするのも無理のない話である。
倫太郎はこの世界ではまずお目にかかれないタイトなスーツ姿、レディは正装こそしているものの、倫太郎の奴隷というだけで警備兵が向ける視線は倫太郎と同じた。マールはその取り巻きというだけで怪訝な視線を向けられるハメになっている。
「ねぇリンタロー、アタシの記憶消去と強制気絶のレガリアでこの失礼な警備兵を昏倒させちまおうかい?大丈夫、死にやしないし目覚めたときには何も覚えてないからさ」
コソコソと耳打ちするように手で口元を隠しながら倫太郎に不穏な提案を持ちかけるザリアネ。
那由多の異袋ほど大容量ではないが異空間収納型レガリアのイヤリングに様々な物騒なレガリアを山のように詰め込んでいるようで警備兵一人を無力化することなどワケないということらしい。
そもそもなぜここにザリアネがいるのかと言うと、倫太郎に届いた招待状には数人程度ならば仲間を連れて出席してくれても構わないという旨が記してあった。それを知ったザリアネの「是非アタシも!」という強い希望で同行することとなったのだ。
「やめろ。後々面倒事に発展するから絶対やるなよ?フリじゃねぇぞ?つーかお前が王城に入ってみたいなんて言い出すとはな。一番そういうのに関わりたくないようなアングラなイメージだったから意外だったぜ」
「まぁなにごとも経験さね。経験に勝る財産はないからねぇ。城の中に入るなんて庶民にとって人生で一度あるかないかじゃないか。それに…アレコレ理由をつけて意中の男と少しでも同じ時間を共有したいと考えるのは女心ってもんだよ」
むわっと噴き出すような色気を帯びてザリアネは倫太郎の腕を豊満な胸の谷間に挟み込む。外だろうが人の目があろうがお構いなしの積極性だ。
マールはそんな倫太郎とザリアネのやり取りを見て「なるほど…」と、自分の胸の使い方を密かに学んでいた。
「おい!貴様らっ!さっきからコソコソイチャイチャと羨ま…いや、怪しい言動が目に余る!詳しいことは詰所の中で聞かせてもらおうか。来いっ!」
倫太郎の腕を掴んで力ずくで詰所の中へ連行しようとする警備兵。その目にはあからさまなジェラシーの炎が宿っている。
「自分はこんなとこで一人で直立不動で突っ立たたされて寂しい思いをしているというのに目の前で見せつけやがって!」と言葉にしなくとも怒りと悲しみの入り交じった形相が警備兵の気持ちを現していた。完全に八つ当たりである。
ザリアネの携帯している物騒なレガリアを本気で使ってやろうかと倫太郎が思案し始めたとき、警備兵の後ろから歩み寄ってくる影があった。
「待て。彼らは私の友人だ。そして今日、レレイラ王女殿下の招待を受けているのも事実だ。手を離せ」
「エ、エリーゼ様っ!?はっ!失礼いたしました!どうぞお通りください!」
倫太郎の腕を放して素早く道を開けてエリーゼに最敬礼をとる警備兵の頬には一筋の汗が流れる。
トルスリック騎士団団長モードのエリーゼは金色の流れるような髪を靡かせ、引き締まった顔つきだ。騎士団の証である輝くフルプレートメイルを着込み細剣を帯びている。その凛とした佇まいは相対する者の襟を正させる。
「助かった。エリーゼ」
「うむ、気にするな。…それよりも早くこちらに来い、リンタロー」
「?」
急かすように倫太郎を警備兵から見えない物陰の位置に誘導するとエリーゼは大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出し、腰だめに拳を握る。それを鋭い腰の回転とともに一気に倫太郎の腹へ叩き込んだ。いわゆる正拳突きである。
ドゴッ!
普通なら吐瀉物を撒き散らしながらのたうち回るレベルの威力だが倫太郎は頭の上に?マークを浮かべたままケロっとしている。
それどころか倫太郎の腹を殴ったエリーゼの拳の方にダメージが入ったようで蹲って涙目になりながら拳をフーフーしていた。
「えーっと…エリーゼさん?どうした?」
「どうしたじゃないでしょ!?いきなり憲兵に連れていかれたと思ったらいつの間にか出所してるし!出所したならしたって教えなさいよ!めちゃめちゃ心配してたんだからね!?」
エリーゼは倫太郎を睨むが、潤んだ瞳と幼い顔立ちのせいでどうにも迫力に欠ける。
「いや、エリーゼには迷惑かけたし、いの一番に釈放の報告に行こうと思ったけどよ。よくよく考えたら俺はこの関所通れねぇじゃん。それに俺のことはグーフィのおっさんや姫様経由で情報入ってこなかったのか?」
「グーフィは昨日まで別件で遠征で私とはすれ違いだったし、レレイラ殿下は自室に籠りっきり。さっき帰ってきたグーフィから貴方が釈放されたことと今日王城に来ることを聞いたばかりよ。まったく…私はこれでもそれなりの役職なんだからそういう情報はもっと早くよこせっていうのよね!」
どうやらエリーゼはグーフィから倫太郎が登城することを聞いてすっ飛んできたらしい。よくみれば額にたまの汗を浮かべている。余程急いで駆けてきたのだろう。
「んじゃ改めて…エリーゼ、迷惑かけたな。ただいま」
実はエリーゼも水面下で倫太郎が捕縛された理由の調査や、減刑や釈放の可能性を高めるために方々へ駆けずり回っていた。憲兵団に太いパイプを持つ貴族に頭を下げたり、司法の搭の役人に直訴しに行ったりと公務の合間を縫って東奔西走していたのだ。
だがそんなことは言うだけ恩着せがましくなるだけだとエリーゼは心得ているためおくびにも出さない。
「うん!おかえり!」
少女エリーゼの屈託ない笑顔が咲く。和やかな雰囲気の倫太郎とエリーゼの後ろではレディ、マール、ザリアネが二人のやり取りをヒソヒソと耳打ちしながら見ていた。
「聞きましたかザリアネ、『ただいま』『おかえり』ですって!まるで旦那様の帰りを家で待つ新妻ですね」
マールのその声は普通に聞こえる音量で、耳打ちの意味を成していない。エリーゼの肩がビクッと跳ねた。
「そうだねぇ。それにあの反応…まんざらでもなさそうじゃないか」
ニヤニヤと含みのある笑みと生ぬるいザリアネの視線にエリーゼは茹でダコのように赤くなる。今にも湯気が出そうなほど上気していた。
「騎士モードと素のときのギャップは女のレディから見てもえげつない破壊力。並の男ならコロッといく。リンタローの一番の座をかっさらうダークホースになりうる可能性は十分。それに酔っ払ったとき彼女、リンタローに…」
「あぁああぁーーー!!!ヤメてぇ!もう堪忍してぇー!」
エリーゼは耐えきれなくなったようで涙目になりながら三人の会話を強制的に終わらせようと必死だ。
そんな光景を他人事のように倫太郎は「なにしてんだか…」と呆れつつも暖かい目で姦しい彼女らのコントじみたやり取りを眺めていたのだった。
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エリーゼ先導のもと倫太郎たちは未だ慣れない貴族街を最短距離で抜け、王城正門前へと到着した。
民家や店舗がごちゃごちゃと入り組むように建ち並ぶ平民街とは違って貴族街は正確に区画整理してあり、分かりやすい道のりで王城の方向さえわかっていれば迷うことはない。
「…正門でっか」
「遠目からなら何度か見たことはありますが…近くでみるととんでもない大きさですね」
王城の正面を守護するように高く聳える分厚く真っ白い巨大な正門をレディとマールは天を仰ぐようにして見上げる。
その巨大さ加減は、かつて初めて王都に来た当初の倫太郎がグランベルベの都すべてを覆う超高層の外壁を見たときに近い。あのときは阿呆のように見上げ続けたせいで翌日首が痛かったのは今ではいい思い出だ。
「トルスリック騎士団第七部隊隊長エリーゼ・フォグリスだ!本日レレイラ殿下と謁見予定の探求者リンタロー、並びにその仲間たちを案内してきた!開門せよ!」
エリーゼの一声でどこからともなく機械が作動する音が鳴り響き、巨大な両開きの扉が徐々に開いていく。
開け放たれた門の先には庭園が延々と城まで続き、美しい花や木が規則的に植えられていた。
道すがら眺めていた貴族の邸宅の広々とした庭も隅々まで手入れが行き届いており息を飲む美しさだったが、王族が住まう城ともなるとさすがに次元が違ってくる。
東京ドームが何十個も入りそうな広大な敷地に花畑、湖、人工林が存在し、川まで流れている。すべて見て回ろうとすれば一日ではとても時間が足りないだろう。
門の内側へ入るまで女性陣は和気あいあいとお喋りしながら楽しそうだったが、今は誰も彼もポカンと口をだらしなく開けて言葉が出てこない状態だ。
「おおっ、さすが大都市の王城。すげぇ庭園だな。つーかここからだと城までかなり歩かなきゃねぇな」
「ん~ん、すぐそこに馬車を用意してるから歩かなくても大丈夫。この距離を歩くのなんてしんどいから私も正門から入ったときはいつも馬車だよ」
絶句するレディ、マール、ザリアネをよそに倫太郎とエリーゼは平常運転だ。
エリーゼは勤務先の見慣れた光景なのでもうなんとも思わない。倫太郎は地球にいた頃は仕事の度に各国を飛び回り、大金持ちのターゲットの大豪邸や庭園を見たことのあるため感嘆の声を上げはしても絶句するほどのことではない、と言ったところか。
「さ、いつまでも口を開けっぱなしにしないで乗った乗った」
いつの間にか一行のもとへ二頭引きの馬車が用意され、エリーゼと倫太郎はさっさと乗り込んだ。
三人が慌てて乗り込むと馬車は静かに城へと向かって走り始めたのだった。
城へ到着した一行はエリーゼに案内されるままに王城の一際大きな扉をくぐる。そこには奥へ伸びる上等なレッドカーペットが敷かれており、その両端にずらりとメイドと執事らしき従者が並んでいた。
「ようこそ、トルスリック城へ。私はトルスリック王家専属執事長を務めておりますラトバと申します。以後お見知りおきを。リンタロー様とお連れの方々でございますね?」
燕尾服のような格好の初老の男が一歩前に出て恭しく一礼をする。物腰の柔らかさ、纏う雰囲気や所作、歩き方に至るまですべてが完璧な執事だと、生まれてこのかた執事という職業の人間と会ったことのない倫太郎でさえ即座に理解できるほどの執事らしさである。
「ああ、俺が倫太郎だ。本日はお招きいただき感謝する」
そう言って倫太郎は頭を下げた。礼を尽くす相手には礼で返す。それはどこの世界でも共通のマナーでありルールだ。どことなくぶっきらぼうな言葉使いではあるが、返礼しながら倫太郎は精一杯の誠意をもって返した。
初めて畏まった倫太郎を見たレディたちはギョッとした様子で倫太郎を「誰だコイツ」的な目で見るが、そんなのは無視だ。
「レレイラ殿下と国王陛下がお待ちです。ご案内します。どうぞこちらへ」
ラトバの後ろに続き、長く広いエントランスをひたすら真っ直ぐ歩くと木製の豪奢な両開きの扉が現れた。どうやら扉の向こうは謁見の間であり、レレイラと国王に拝謁するフロアのようだ。
「この先に国王陛下とレレイラ王女殿下がいらっしゃいます。くれぐれも無礼のないようお気をつけください」
扉を開け放つと体育館のように広い空間があり、兵士や宰相らしき役人たちが並んでおり、よく見ればグーフィが王に一番近い位置で整列していた。
道すがらエリーゼに聞いた話では、今この場にいるのはレレイラ暗殺の件について把握している者たちのみだと言う。
そして数段高い位置に煌びやかなドレスのレレイラが立って優しく微笑んでいる。その隣には豪奢ではあるものの嫌味のない堅実な作りの玉座に座した白髪の男が優しげな瞳を湛えながら入室してくる倫太郎たちを見ていた。その人こそこの国の現国王であるウィレム・ゼラ・トルスリックだ。
王座の約十メートル手前で倫太郎たちは片膝を付き、頭を低くして王の言葉を待った。
王城への招待状が届いたときから仲間内きっての常識人であるマールから国王を前にしたときの作法を幾度となく練習させられた倫太郎に穴はない。
無闇矢鱈に我を貫いていつも通りの倫太郎節を炸裂させてしまった日には作らなくてもいい敵を作りかねない、というマールの必死の説得が功を奏した結果だ。
「面を上げよ」
ひどく優しげ、しかしよく通り人の心にスルリと入り込んで来るような声音の第一声だった。
その言葉通りに一同は顔を上げる。このとき初めて倫太郎は国王をしっかりと見た。
瞳には活力が溢れるほど漲っており意思の強さが垣間見える。顔には年相応のシワが刻まれてはいるが衣服の下に隠された体つきは為政者というよりは戦士と言った方がしっくりくるほど鍛え抜かれた筋肉量であることを倫太郎は一目で見抜いた。
「その方がリンタローか?レレイラの危ないところを助けてもらったと聞いている。礼を言うぞ」
「はっ。この国を愛しこの地に住まう者としてレレイラ王女殿下の命を守るのは当然の事であると存じております故、責務を果たしたまででございます。礼には及びません」
「「「「ぶふぉっ!」」」」
「!?」
例え王の御前であろうが、打ち合わせ通りだろうがなんだろうが面白いものは面白い。
真顔でそんなことを宣う倫太郎に女性陣の腹筋崩壊寸前だ。
倫太郎が一番納得できないのは「一国の王に会うかもしれないのですから、最低限のマナーや作法は修得しておきましょう!」「会話のテンプレ的な返答は必ず役に立ちます!」と、力説してダルそうにする倫太郎に無理矢理教えてきたマールまで顔を真っ赤にしてブルブルと震えながら笑いを堪えていることだ。
「…皆の者、外してくれ。この者たちと私たち親子で話したい」
王のその発言に兵士と宰相たちがざわつく。いくら倫太郎たちに王家に対する敵意がないにしても普通は謁見者と王族のみで対話など行わない。間違いが起こってからでは遅いのだから。
「王よ。いくらレレイラ殿下の恩人方とはいえ、さすがにそれは…」
恐る恐る宰相が一歩前に出て進言すると、王はフム…と薄く生え揃った髭を触りながら思案し、グーフィとエリーゼをチラリと眺めて何かいいことを思い付いたように目を輝かせた。
「ならばそこの第七部隊隊長のエリーゼ、並びに副隊長のグーフィを同席させよう。それでどうだ?」
どうだ?と言われればエリーゼもグーフィも騎士団では実力派で名高く、武力的には申し分ない。謁見者たちが良からぬ事を企て、王に牙を剥こうともそれならば安心だと宰相も兵士たちも納得したようで退席していったのだった。
王の異図が読めずに不安な気持ちになっていくレディたち、なぜ笑われたのか腑に落ちない倫太郎、そしてエリーゼとグーフィ、レレイラは王の“悪いクセ”を見抜いていて眉間を押さえながら深い溜め息をついた。
「………ぶはぁ~~~。いやぁ~、毎度のことながら玉座に座ると息が詰まってしかたないね。いつも思うんだけど王様なんて僕のガラじゃないと思うんだよ。ああ、君たちもテキトーに楽にして」
玉座の背もたれに体を預けて大きく肺の空気を抜いた国王ウィレム・ゼラ・トルスリック。憮然とした王としての覇気など最初から存在しなかったかのように霧散した。
目から力は抜けきり、シャキッとした背筋はくたりと曲がって猫背になってしまった。
「え?…は?」
国王の雰囲気と口調がガラリと変わったことにレディ、マール、ザリアネの三人は理解が追い付かずポカンとしている。鳩が豆鉄砲を食らった顔というのはまさにこういう顔なのだろう。
用意していた緊張感も一緒に消えてしまい、残ったのはダラけた国王と困惑する倫太郎たち、そして頭が痛そうにするレレイラとエリーゼとグーフィだけであった。
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