表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/96

王子生け捕り作戦閉幕

一陣の突風が雨水と共に吹き抜け、瓦礫から舞い上がっていた埃を一斉に吹き飛ばし視界を鮮明にした。


対峙する倫太郎とレディ対フィンネル。少し離れた位置からは身を屈めた憲兵たちが固唾を飲んで控えている。ロイもその中に含まれており、難しい顔で戦いの行く末を見守るように真剣な眼差しを送っていた。


突如現れ、フィンネルの顔面を蹴り飛ばした赤髪の少女。フィンネルも血のような赤髪ではあるが、女の方は炎を想起させる燃えるような赤髪だ。それが風に靡いた様はまるで怒り猛る火山を彷彿とさせる。


他を隔絶する魔法の展開速度と圧倒的な火力、身体能力は野生の獣並みで手がつけられないと思われたフィンネルに不意打ちとはいえ一撃入れた戦闘能力を持つ少女。

倫太郎と親しげに話すレディと呼ばれる少女は一体どこから来たのかと視線をさ迷わせてすぐに憲兵本部を囲う堅牢であるはずの塀の一角がフィンネルの魔法により木端微塵に破壊されて大穴が空いているのを見つけてロイは一人で納得した。


なんにせよ強力な戦力なことには違いない。安心材料が一つ増えたことでロイの心に少しばかりの余裕ができ、冷静に現状を俯瞰して見ることができるようになったのだった。


まず敵戦力はフィンネルのみ。しかし凶悪な魔法を連発し、速く鋭い近接戦闘もこなす手練れだ。なによりも厄介なのがフィンネルが魔族国家ガルミドラ王子という肩書きを持つということである。


普通、憲兵団本部を襲撃されたりすればその場で犯人を殺してしまってもお咎めなどあるはずもないが、今回ばかりは勝手が違いすぎる。

どんなに大義がこちらにあろうと他国の王族を憲兵団本部長程度の判断で勝手に殺してしまったとあってはロイの首が物理的に飛ぶ程度では済まないことは容易に難くない。なにがなんでも生け捕りにしなければならない。


そして憲兵側の戦力は主力に倫太郎。レディがサポートと言ったところか。正直なところ、憲兵団本部に乗り込んできた襲撃犯を憲兵団総出でも制圧できないのは恥ずべきことであり心から情けないことだと思うが、彼我の戦力差を鑑みれば恥を忍んで倫太郎に助けを乞うたのは最善の手であったとロイは考えている。


プライドを優先して憲兵たちだけで解決しようとしていたなら、間違いなく多くの犠牲を払うことになったはずだ。最悪全滅という結果さえ有り得る。いや、その可能性のほうが遥かに高いだろう。


毒をもって毒を制す、人外(フィンネル)には人外(リンタロー)をぶつける。倫太郎とフィンネルの戦闘を間近で見て、改めて自分の判断は正しかったと思うロイであった。


──────────────────────────


「…あと少しで仕留められたっていうのに…邪魔しやがって…」


ブツブツと恨み言を呟きながらレディを睨むフィンネル。これ以上ないほどにつり上がった双眼に怒りを宿している。


普通ならばそんな殺意のこもった眼を向けられれば竦み上がってしまうものだが、それに負けず劣らずレディもよく研いだナイフのような切れ味抜群の鋭利な眼光でフィンネルを睨み返していた。


大事な人を傷つけられ、殺されかけたことでレディは(はらわた)が煮えくり返るほどの怒りを覚えていたのだ。相手が王子だろうが神だろうが知ったことかというオーラがレディから滲み出して場の空気を凍らせている。


「レディ、アイツは接近戦に持ち込めば魔法は使えねぇ。でも近接戦闘もかなりのモンだから注意しろ。二人で一気に片付けるぞ。あと、コレ持っとけ」


「…ん、わかった」


倫太郎が口元を隠して小声で簡潔に指示を出すとレディが一気に駆ける。半テンポ遅れて走り出した倫太郎がレディの真後ろに付く形でフィンネルへと一直線に最短ルートを駆け抜ける。


「まとめて消し炭にしてやるよっ!」


フィンネルも接近されるまで黙って突っ立っているはずもなく、瞬時に魔方陣を展開。そこから人の頭サイズの火球がマシンガンもかくいう連射速度で撃ち出され、倫太郎とレディへと容赦なく殺到した。

火球の弾道と速度は様々な変化がつけられており、遅い球、速い球、曲がる球、落ちる球など。簡単には避けさせない工夫が凝らされている。


「レディ!」


「ん!」


その一声でレディは持ち前の身軽さを活かし、火球の弾道外の上空へと飛び上がる。落下予測地点は丁度フィンネルの立っている場所だ。


馬鹿め。とフィンネルは隠しもせずほくそ笑む。放った火球の群れはレディの後ろにいた倫太郎に直撃コース、飛び上がり空に浮いたレディの迎撃など如何様にもなる。


そう判断したフィンネルの行動は早かった。倫太郎は一旦無視し、短刀を抜いて滞空しているレディに照準を定めて新たに魔方陣を展開した。

火球とは違う紋様の魔方陣、翠色(すいしょく)に輝くそれから生み出されるの風系統の刃の束。触れれば堅いも柔いもなく全てを寸断する不可視の烈風である。


リーチの短い短刀という得物ではどう足掻いてもフィンネルに短刀の刃が届く前に撃ち落とされるのは必至。倫太郎がいなければ。


「穿ち、貫き、切り裂け!ワイルドウィンド!」


ここにきて一小節分の詠唱を行い、魔力を展開後の魔方陣に注ぎ込む。無詠唱でも戦略級の威力の魔法を連発するフィンネルが詠唱する意味は魔法の威力をさらに上げる意外ない。


魔方陣の翠色がさらに力強く輝きを増し、直後に(おびただ)しいまでの無数の風の刃が吹き荒れた。それは狙い違わずレディへと殺到する。が、急にレディが空中から一気に落ちた(・・・)。風の刃はすべてレディの頭上を空を切り裂きながら素通りして遥か上空へと飛んでいってしまった。


「なっ!?」


仕留めたという確信から一転。なにが起こったのかわからずに動揺と少しの混乱がフィンネルの頭を支配する。

ハッとして倫太郎を見ると、その不可思議な事象を引き起こしたのは倫太郎であることを一瞬で理解した。


タネは至極単純。走り出す前に(あらかじ)め那由多の異袋からテグスのような長い極細のワイヤーをこっそり取り出し、レディに片側を持たせておいたのだ。

もう片側は倫太郎が持ち、飛び上がったレディに向けて放たれた魔法のタイミングを見てそれを思い切り引っ張るだけ。


しかし、フィンネルがそれに気付いたときにはもう遅い。


対峙している相手の動揺や心の乱れを見逃すほど倫太郎は甘くはない。即座に闇纏(あんてん)にて己の気配を消失させる。縮地のような移動術にて一息でフィンネルへと急接近した倫太郎は腰だめに構えた拳を地を踏み抜く強烈な踏み込みと同時に加速させ、フィンネルの腹を打ち抜いた!


「ぜあッ!」


ドゴンッ!!!


「っ!!!?!?…ガァッ!?」


鳩尾に一撃。厚さ五ミリの鉄板にも悠々と拳の跡を残す倫太郎の正拳突き。常人ならば腹に大穴が空いても不思議ではない殺人的な威力だがフィンネルの頑丈さは夢幻の回廊で一戦交えたときから知っているため今回は手加減無しだ。


フィンネルは身体をくの字に折り曲げ、水平に吹き飛んで憲兵団本部の壁にめり込んで止まった。

約二十メートルもの距離を飛んで硬質な壁に激突。バスやトラックに轢かれたときと同等以上のダメージであることは間違いだろう。


残心はない。今の一撃には確かな手応えを感じている倫太郎であるが、フィンネルのタフさを考慮すれば決着にはまだダメージが少ないと判断して更なる追撃を加えるため地を抉るような激烈な踏み切りで加速。僅か三歩で未だ壁にめり込んだままのフィンネルとの距離をゼロにして連打を叩き込む!


顎先を掠めて脳を揺らすフック、内蔵をシェイクするボディブロー、呼吸器を麻痺させる胸部への掌底、心と機動力をへし折る大腿部へのローキック。フィンネルの身体はさらに壁へと押し込まれ(はりつけ)状態だ。


一呼吸の間に数十発もの打撃をフィンネルへ打ち込み、すかさずその場を離脱。バックステップで間合いをとる。


フィンネルの服は倫太郎の苛烈な攻撃に耐えきれず、すでにボロキレと化していた。どんな打たれ強い者でもこれだけの猛攻を受けて無事なわけがない。事実フィンネルは先程からピクリとも動かないのがその根拠を裏付けている。


「…終わったんですか?」


「………」


自然とロイの口からそんな問いが溢れる。それはロイの心情からくる「そうであってほしい」という希望だ。


しかし倫太郎の表情は固く口を閉ざしたままフィンネルから目を離さず、一部の油断もなく構えたまま戦闘体勢を解こうとはしない。それがまだこの戦いは終わっていないということを指していた。


にわかに空気が揺れる。ピリピリと肌を刺すような微弱なプレッシャーが辺り一面に広がる。それは唐突に心臓を鷲掴みすほどの濃密な殺意へと変貌した。


俯いたままのフィンネルはゆっくり、ごくゆっくりと壁から抜け出して地に足を着けると同時に禍々しい殺意が混ざった大量の魔力のオーラが溢れ出した。


ダムが決壊したように全方位に向かってドス黒いオーラを撒き散らし、フィンネルを中心に暴風を伴って吹き荒れる。瓦礫は吹き飛び、草花は舞い上がる。倫太郎とレディもその場で飛ばされないように踏ん張るので精一杯であった。


「…化け物…」


そう呟いたのは憲兵の誰かだ。


本来、魔素や魔力というものは無臭で無色だ。それが得意属性やその時の感情などでうっすら色付いたりして見えることがあるが、ここまではっきりと視覚化するには尋常ではない密度と量の魔力を要する。


フィンネルが内包する莫大な魔素。それが今すべて魔力へと変換され外界に顕現しているようだ。

その尋常ではない魔力がすべて魔法という指向性を持ったものになってしまったら…憲兵団本部はおろか王都の半分は消し飛ぶ威力になるだろう。


おもむろに高く掲げたフィンネルの掌に魔力がどんどん集束していく。すべてを飲み込むような闇の色をした球体が形成されていく。


「……はは、はははは!…完全にキレたよ。全部消し飛ばしてやる」


こめかみに青筋を何本も浮かべたフィンネルが嗤う。

背筋が泡立ち、頭の中で激しく警鐘が鳴る。本能が逃げろと訴えかけてくるのを倫太郎は感じていた。


「もう生け捕りなんてできる状況じゃねぇ!このまま指咥えて見てりゃここら一帯が更地になっちまう!本部長さんよ、殺るぞ!?いいな!?」


倫太郎は一瞬で闇爪葬をガンソード形態で呼び出すと同時に照準をピタリとフィンネルの額に合わせ、ダメだと言われても殺す気で瞳に静かな殺意を宿して構えた。


「この異常な魔力量は…致し方ありません!リンタロー君、やってください!」


ロイもフィンネルから放たれる異常な魔力を直に感じて逡巡する。倫太郎の言う通りフィンネルに魔法を撃たせてしまったら大惨事は免れない。おそらく何千、何万人も死ぬことになるだろう。王都の民の命を守ることを優先せずになにが憲兵か。後々戦争になる可能性があろうが今、目の前にある脅威を排除しなければ結局大勢死ぬのだ。そこまで考えが至るまでにそう時間はかからなかった。


憲兵団本部長からの許しは得た。倫太郎はすかさず引き金に指を掛ける。

以前フィンネルと戦ったときに使用したM19の.357マグナム弾では火力不足で仕留められなかったが、今回の得物は闇爪葬と倫太郎謹製の爆煉石増し増しのオリジナル超大型弾だ。頭に当たれば間違いなく熟れたトマトのように爆散させることができるだろう。


「無に還れ!ダークネスルイン!!!」


フィンネルの魔力が一層高まり、おぞましいまでのドス黒い魔力光が螺旋を描き上空へ立ち昇る。


フィンネルの魔法の発動より速く弾丸を撃ち込まなければ王都の半分を巻き込んで蒸発する未来が容易に想像できてしまう重圧の中、狙いを定め発砲しようとしたその時、フィンネルの後方から高速で飛来してくる物体があることに倫太郎が気付いた。


目を凝らしてよく見ると、その飛行体は飛翔魔法で飛ぶマールであった。


「パラライズボルトッ!!!」


「ぁがっ!」


マールの十八番であるノータイムでの魔法が火を吹く。雷が避雷針に落ちるように一筋の雷撃がフィンネルに直撃した。殺傷能力は低いようだが、雷撃はそのままフィンネルの身体に帯電しているようで、電気の弾けるような音と光が身体にまとわりついているのが確認できる。

パラライズボルトの麻痺効果によって今まさに発動しようとしていたフィンネルのダークネスルインは黒い粒子となって霧散していった。

一先ず王都壊滅の危機は回避できたようだ。


「リンタロー!」


マールが上空から倫太郎の元へと降りてくる。倫太郎が受け止めてくれると信じて疑わないようで、落下速度の調整などせずに自由落下に任せているようだ。


その期待に応えてマールを軽やかに受け止め、衝撃を受け流しつつ倫太郎の腕の中に収まる形で着地したのだった。


「しばらくぶりだな、マール。今のはファインプレーだったぞ」


「はい!十日ぶりですね、リンタロー」


再会の喜びを分かち合いたいのは山々ではあるが今は戦闘の最中であるため、最低限の挨拶を交わして三人はフィンネルに向き直った。

バチバチと音を立てて硬直していたはずのフィンネルはいつの間にか四つん這いになり顔面蒼白で息切れを起こしている。

相変わらず鋭い眼で倫太郎を睨んではいるものの起き上がってくる気配はない。


「…なんだ?」


「あれは…おそらく魔素の枯渇による障害でしょう。体内の魔素をすべて魔力へと変換してしまったようです。不発に終わりましたが魔素は一度魔力へ変換するともう体内へは戻らないんです」


マールが言うには魔素切れの症状は人によりけりだが、ひどい倦怠感や吐き気、頭痛や目眩が二日は続くらしい。まるで飲み過ぎたあとの二日酔いである。


呆気ない幕切れに肩透かしをくらったように立ち尽くしていると、ロイが倫太郎たちへと駆け寄ってきた。


「リンタロー君、コレで彼を拘束してください。魔封じの腕輪です」


ロイが手渡してきたのは複雑な模様と呪文のようなものがびっしりと彫り込んである手錠だった。

魔封じの腕輪は体内魔素を魔力へ変換することを妨害して一切の魔法を封じるレガリアだ。これをフィンネルの両手にかければミッションコンプリートということらしい。


結果だけを見れば一番活躍したのはマールで、スッキリしない終わり方になってしまった消化不良気味の倫太郎だったが「まぁこんなこともある」と自分に言い聞かせる。


いつしか雨は止み、厚い雨雲の隙間から陽の光が差し込んで辺りが光と影のコントラストで彩られていた。

このパッとしない決着にせめてもの華を添えているかのような、気を効かせて慰めるような演出に倫太郎は肩の力が抜けていくのを感じていたのだった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ