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王子生け捕り作戦始動

引きこもり生活に終止符を打ったレディは今、マールとともにレレイラ宛の二通目の嘆願書を投函するためにグランベルベの南側の区画まで足を運んでいた。


一通目を送ってからまだ三日しか経っておらず、一通目の嘆願書に対するレレイラからの返答はない。


倫太郎が心配でしょうがないレディは悠長に返事の手紙を待っている心の余裕など一切なく、催促するように先に二通目の手紙を書き上げてしまったのだった。


「やっぱり止めませんか?レディ。もしかしたらリンタローの件を協議している最中なのかもしれませんし…。面識があるからといって王族相手に催促するようにこう何通も送ってはさすがに失礼ですよ」


「イヤ。失礼でも無礼でもなんでもいい。リンタローのためならなんだってする」


催促の手紙の投函を引き留めるマールであるがレディの意思は固いようでマールの忠告など聞く素振りもない。


「…レディ、あなたは対外的にはリンタローの奴隷です。その奴隷が礼を欠いた振る舞いや立ち回りをすれば、主であるリンタローが恥をかいたり責任を問われることになることも忘れてはいけませんよ」


最終手段、『リンタローを引き合いに出してレディをコントロール作戦』だ。

しかしマールの言っていることは至極もっともで、奴隷は主人の生きた所有物であり、奴隷の(しつけ)は主人の責任で義務だ。奴隷が他所で無礼を働けば責められるのは主人である。


そう言われてはレディもおいそれと無責任な行動はできない。王都内外へ郵便物の配達も引き受けている商業ギルドまで一直線に歩みを緩めなかったレディの足がピタリと止まった。


「…レディの行動がリンタローの不利益になる?」


「なります」


「………それは絶対にイヤ。…手紙出すのも我慢する」


「賢明な判断です」


手に握られた二通目の嘆願書と、二人の前方に見える堂々と聳え立つ憲兵団本部の建物を交互に見てレディは俯いた。


あの高く堅牢な壁の中に倫太郎がいる。娑婆(しゃば)内側(なか)を隔てる壁はとてつもなく分厚いが、実際の厚さよりも距離を感じてしまうのは仕方ないことだろう。


マールに諭され諦めて踵を返し宿へと帰ろうとしたそのとき、その壁の一角が轟音とともに吹き飛んだ。


「っ!?」


「爆発音!?憲兵団本部の壁が…」


壁の残骸が四方へ飛び散る。飛散した瓦礫が賑わうグランベルベの大通りにまでも至り、数十人もの通行人を巻き込み薙ぎ倒した。


「キャアァァァアァ!!」


「げほっ、一体なにが…」


「助け…助けて…」


活気づいた昼間の間違いから一転して阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した南地区。なんの前触れもなく起きた惨事はグランベルベの住人にとって寝耳に水どころの話ではない。あちこちで負傷者が倒れ伏し、近隣の建造物も飛来した瓦礫によって見るも無惨に崩壊していた。


「リンタロー…!」


「あっ!レディ!」


憲兵団本部敷地内で起こった爆発。それはレディからしてみれば倫太郎の危機も同然だ。

考えるより先に足が動く。マールが呼び止める声が聞こえていないわけでも無視したわけでもないが、憲兵団本部に向けて走り出した足は止めることはできない。


平時ならば侵入や脱出など不可能な鉄壁の要塞である憲兵団本部も、内部で起きた爆発により今は出入り自由の大穴が空いている。

レディは全力疾走でその大穴目掛けて飛び込んでいったのだった。


──────────────────────────


なんの捻りもない直線的な攻撃、しかしそれは倫太郎をして瞠目するほど疾く、鋭く重い。放つ魔法は掠りでもすれば無事では済まないと本能でわかるほど凶悪かつ強力。

野獣のような近接戦闘で倫太郎に襲いかかったと思えば、距離が空くとマールもかくいう火力と展開速度の魔法で追撃。そんじょそこらの探究者など束になっても敵わないだろう。


「がぁッ!!!」


獣のように吼え、地を低く這うように疾駆して急接近。フェイントや小手先の技は皆無だが、そんなものは必要ないと言い切れるほどの手数で倫太郎を押すフィンネル。


倫太郎とフィンネルの戦いが始まってからというもの、押して押して押しまくるフィンネルの暴風のような攻撃を倫太郎は紙一重で躱し続けていた。

武器を持たないフィンネルであるが一瞬のうちに倫太郎へと接近し、拳による打突と脚撃を絶え間なく繰り出し、距離を取ることなく倫太郎に張り付いてひたすら当たらない打撃を繰り返す。


「クソガキ。お前なんで至距離で魔法使わねぇんだ?」


「…うるさい!殺してやるぁぁぁあぁぁあぁ!!!」


「マジで会話にならねぇな」


たしかにフィンネルの攻撃は速く鋭い。だが倫太郎からしてみれば速く鋭い“だけ”である。

高い身体能力と怒りに任せて闇雲に手数ばかりを増やしても視線や関節の動き、身体の重心や足の位置で次にどんな攻撃をしようとしているのかが手に取るようにわかるのだ。


不思議なのは先程まで息をするようにノータイムでバカスカぶっ放していた魔法を接近戦になると一切使わないことだ。

もしもフィンネルの身体能力にものを言わせた猛攻の中に近距離での魔法を織り混ぜた戦い方をされたら倫太郎であっても思わず舌打ちをしてしまう程度には手こずることだろう。なのに身体強化(ブースト)すら使っている様子はない。


首から上が吹き飛んでもおかしくない速度と威力を秘めた蹴りを危なげなく上体を反らすことで回避しながらもフィンネルの動きを倫太郎は注意深く観察していた。


「もしかしてお前、格闘しながら魔法使えねぇのか?」


「っ、うるさい!」


フィンネルの僅かな動揺を倫太郎は見逃さない。瞳の動き、一瞬の言葉の詰まりがそれを肯定していると看破した。つまり接近戦を行いながらゼロ距離であの即死級の魔法は飛んでくることはない、そう導きだし倫太郎はニヤリとほくそ笑んだ。


「なるほどなぁ。それぞれの力はあってもそこはガキらしく不器用ってことか」


目、人中、心臓、金的、鳩尾、喉。動きは荒々しく洗練さの欠片もないが人体の急所に正確に必殺の貫手を放ち、抉ろうとしてくるフィンネル。倫太郎は冷静にそのどれもを見極めユラユラと木の葉が舞うように躱す。


フィンネルの嵐のような猛攻を掻い潜りカウンター一閃。超至近距離でお互いの鼻と鼻がくっつきそうな距離、ゼロと言っても過言ではない密着状態の中で倫太郎は器用に腕を折り畳んでフィンネルの顎を肘鉄で打ち抜いた。

ガゴンッ!そんな人体同士の接触では有り得ないような硬質な音が響いて木霊する。脳震盪を起こして膝をつくフィンネルを倫太郎は悠々と見下ろしていた。


殺そうと思えば今のカウンターのタイミングで首を飛ばすこともできたが、ロイとの約束はフィンネルを無力化して引き渡すことであるため殺してしまうわけにはいかない。

もっとも彼は魔族国家ガルミドラの王子。仮に殺してしまって戦争にでもなろうものなら、殺した張本人である倫太郎は間違いなく無関係ではいられないだろう。それは倫太郎の望むところではないのだ。


「…強い…」


それを呟いたのはロイだった。過去視魔法でソンとデコタを蹂躙した映像を見たときの感想は「たしかに強いが複数人でかかれば取り押さえられる」であったが、それは大きな間違いだと気づいたようだ。あの映像の倫太郎は実力の欠片も出していないことを理解させられてしまったのだ。


凡夫をいくら集めても到底敵わない、もしかしたら触れることすらできないかもしれない。ロイは頬を流れる冷や汗を払いながらも倫太郎をそう評価し直したのだった。


「ぐぅぅっ…人間っ!誰を見下ろしてるんだ!ボクは魔族国家ガルミドラ王子!フィンネル・ドラグノーツだぞ!」


「!?」


憲兵たちに動揺が走る。それもそのはず、魔族特有の角はなく魔族と判別できる外見的特徴が消失してしまっているため、フィンネルが魔族だということすら今初めて知ったのだ。加えてドラグノーツの名はガルミドラ現王家の姓であるということはあまりにも有名だ。動揺しないわけがない。


「ドラグノーツ…王子……っリンタロー君!絶対殺してはいけません!どうにか拘束してください!」


ちらりと振り返りロイを見ると焦っているような、テンパっているような、青ざめているような…不思議な顔色をしている。

魔族の王子というビッグネームが襲撃犯、もし殺してしまったら襲撃犯制圧という大義名分がこちらにあるにしても喧嘩っ早いガルミドラのことだ。間違いなく戦争になるだろう。ロイとしては立場上、国益を損なう判断は間違ってもするわけにはいかないのだ。


「わぁってるよ。そういう約束だしな」


再びフィンネルを見やるといつの間にか立ち上がり、静かに倫太郎を睨んでいた。相変わらず鋭い眼光ではあるものの、どことなく落ち着きを取り戻しているようで先程のバーサーカーのような獣じみた雰囲気は消え失せているように倫太郎には見えた。


「魔族にとって角は誇りだ。その角をお前に斬られ片腕を失い、眼も潰されて逃げ帰ったボクを父上は許さなかった。父上はボクの腕と眼は治癒魔法の使い手に治させたけど、ボクの残った角を斬り落として言ったんだ。「角を取り返してこい。それまで帰るな」と。……だからボクはお前を殺さなきゃいけないんだよっ!!!来い!ダインスレイフ!」


フィンネルは話ながらも己の頭上に今までより一際大きく複雑な魔方陣を展開する。その圧力は大気を震わせるほど禍々しく強大で、どんな無茶苦茶な魔法が飛び出すのかと警戒する倫太郎だが、魔方陣からはゆっくりと一振りの剣が現れた。


紫電を迸らせ、空気を焼き切るような熱気を帯びた大剣だ。

ゆうに二メートルを越える刃渡り、幅広で肉厚、見るからに超重量のその大剣はとてもフィンネルが扱えるようには見えない。しかしそんな予想を裏切り、フィンネルは柄を掴んだと同時に軽々と数度振り回してピタリと正眼で構えてみせた。


「人間ごときにこの魔剣を使うことになるとは思わなかったよ。誇っていいよ。ボクの最高戦力で死ねることをね」


ダインスレイフを手にしたフィンネルは纏うオーラもさらに凶悪なものになり、少年の体躯ではあるものの対峙する者には巨人のように大きく錯覚させるプレッシャーを放っていた。


しかし倫太郎はどこかシラケたような寒い目でフィンネルを見ている。今にも欠伸(あくび)でもしそうなほど退屈そうである。


「…長ったらしいお喋りの次はチャンバラごっこでもしようってのか?ガキのお遊戯に付き合うほど俺は暇じゃねぇんだけどなぁ」


「くぁあ~」と本当に欠伸をしてかったるそうに頭をガシガシ掻く倫太郎だが、その態度にフィンネルが再びキレる。


「人間風情が…八つ裂きにしてやるっ!」


後ろ手にダインスレイフを構え、地を這うような前傾姿勢で一直線に突っ込んでくるフィンネル。十メートル以上あった二人の距離を一瞬で潰して肉薄した。


「ぅらァっ!」


半円を書くように後ろ手に構えたダインスレイフで倫太郎を真っ二つにするつもりで振るわれる剣筋。倫太郎はそれを半身になり難なく回避、ダインスレイフは地面に突き刺さり深々と地中に潜り、その勢いを止めた。

カウンター気味に倫太郎は剛脚をもってフィンネルのガラ空きの頭部を蹴り上げようとしたとき、フィンネルが嗤う。


「があっ!?」


突き刺さったダインスレイフの刀身から放出される紫電が生き物のように地を伝い倫太郎の身体に巻き付き、完全に動きを封じていたのだ。

しかも副次効果で強力な電撃を絶え間なく送るおまけ付きである。


「ハハハッ、かかったね。どう?動けないでしょ?でもダインスレイフの『雷縛』を食らって意識を保ってる奴は初めてだよ。やっぱりお前は危険だなぁ。…ここで確実に殺しておかないとね」


「…ハッ、こんないいオモチャ誰に買ってもらったんだ?大好きなママか?」


「…お前の口喧嘩に付き合うつもりはないよ」


なんの抵抗もないようにダインスレイフを大地から引き抜き上段に構え、倫太郎を両断せんと振りかぶる。倫太郎お得意の挑発に付き合うつもりはないようだ。一筋の冷や汗が倫太郎の頬を伝う。

倫太郎は必死にダインスレイフの刀身から伸びた絡み付く紫電を振りほどこうと力一杯もがくが、強力な電撃が身体の筋肉の動きを阻害してうまく力が入らない。


(くそっ、マジで動けねぇ!)


「さぁ、チェックメイトだよ」


その時、赤い稲光のように高速で一瞬にして近づいてくる物体を倫太郎は視界の端で捉えた。

フィンネルが真上に振りかぶったダインスレイフを振り下ろした瞬間、それが高く飛び上がり、あわや斬首というところでフィンネル目掛けて強烈な飛び蹴りを放った。


「死ねぇ!…ぐぁっ!!!」


その蹴りは倫太郎に気をとられていたフィンネルの顔面にクリーンヒット。自動車に跳ねられたように真横に吹っ飛び五、六回地面をバウンドしながら転がってゆき、大量の砂埃を巻き上げながら静止したのだった。


フィンネルとダインスレイフが倫太郎から離れたことにより雷縛が解け、自由を取り戻した倫太郎が顔を上げると、そこには見知った人物がいた。


「…ははっ、カッコ悪いとこ見せちまったな。助かった。ありがとう、レディ」


見上げた先には美しい赤髪を靡かせて短刀を逆手に持ち、吹き飛ばしたフィンネルを怒気を多分に含んだ冷たい瞳で睨み付けるレディが立っていた。


「リンタロー…うぁ…リンタローーー!」


振り返って倫太郎を改めて視認したレディの眼には今の今まで宿っていたフィンネルに対しての怒りの色はストンと抜け落ちて、何年も再会を待ちわびた想い人に出会えたときのような熱量の高い瞳に変わった。そして溢れる感情の赴くまま倫太郎の胸へと飛び込んでいく。


「なるべく早く帰るとか言っときながら一週間も留守にして悪かったな」


抱きついて離れようとしないレディの頭を優しく撫でる。サラサラとコンディションの良さそうな頭髪と艶々で張りのいい肌だ。


自分が急にいなくなったことによるショックで食事を摂らなくなったり泣き続けて引き込もっていたりしていたんじゃないかと内心心配していた倫太郎だが、一週間ぶり会ったレディは思った以上に元気そうで一安心した。…まぁ倫太郎の予想は概ね当たっていたのだが。


「いいの。リンタローがこうしてちゃんと生きてるってわかったから」


「そう簡単に死なねぇよ」


「でもさっき死にかけてた」


「…返す言葉もねぇ」


砂埃が徐々に晴れていく。そこには当然のように立ち上がり、顔の半分が鮮血で(まみ)れ、怒り心頭のフィンネルが倫太郎とレディの二人を射殺すように睨んでいる。

額に何本もの青筋を浮かばせて血走り瞳孔の開ききった眼、口の端しからも血を(したた)らせたその形相はまるでホラーである。


「あ~、レディ。積もる話しもあるだろうけど、まずはアイツをどうにか無力化してからだ。憲兵団本部(ここ)の責任者との約束で殺せねぇってのが面倒なとこだけどな」


「ん、わかった。リンタローとレディになら不可能はない」


ミッションは襲撃犯の捕縛。殺しを生業としてきた倫太郎には生け捕りというのは殺してしまうより断然難易度が高く感じるが、ここまできたらやるしかないと腹を括る。

再会を果たしたレディとの久々の共闘が始まろうとしていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!

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