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少年との因縁

地下にある聴取室から南側へ地上に上がってきた倫太郎とロイは周囲を見渡して愕然としていた。


何者かの襲撃によって、鉄壁の要塞であるはずの憲兵団本部の屋舎のあちこちが崩壊して無惨な様相を呈している。一体どんな化け物が暴れたらこうなるのか、建物全体が今にも崩落してしまいそうなほど破壊し尽くされた南門前から見上げる光景に息を飲んだ。


そこかしこから煙が上がり、爆発に巻き込まれたであろう憲兵たちが倒れ伏している。

頭や体から血を流してはいるものの小さく呻いており、苦しそうではあるがちゃんと息をしている者ばかりで死んでいるものはいないことを確認してロイは胸を撫で下ろした。


「救護班は重傷者を連れて敷地外へ退避!まだ動ける軽傷の者は罪人たちの警護と監視!無事な者は私に続きなさい!襲撃犯を取り押さえに行きます!」


「「「はっ!」」」


冷静に状況を分析し、的確に方々へ指示を飛ばす。指示を受けた憲兵も一切の淀みなく忠実に受けた指示を実行に移す。非常事態に対する対応もよく訓練されているようだ。


「襲撃犯の数は!?どこへ行ったんですか!?」


「それが…犯人は、少年一人です」


現場に居合わせたという憲兵の一人が歯切れ悪く説明し始めた。


前触れもなく憲兵団本部の敷地内に赤黒い魔方陣が展開され、一人の真紅の髪の少年が現れた。いきなり出現した少年に周囲の憲兵たちは一瞬呆気にとられるも直ぐ様取り囲んだらしい。


武器を突き付け、誰何するが少年は何も答えない。否、俯きながら小さくブツブツと喋っていたようだが誰もよく聞き取れなかったようた。しかしそれは怨嗟(えんさ)の念であったという。所々で「殺す」「八つ裂きにしてやる」「許さない」などの物騒な単語が微かに聞こえたとのことだった。


不審を通り越して不気味に感じ始めた憲兵たちは捕縛しようと少年に一斉に近付いたとき、この惨状が始まったらしい。


少年を取り囲んでいた憲兵たちが見えない力で弾き飛ばされるように少年を中心に吹き飛び、壁や地面に叩きつけられる。直後に詠唱無しで無数に展開される攻撃型魔方陣から巨大な炎の球が飛び出し、周囲を蹂躙し始めた。

どこを狙っているわけではなく、手当たり次第に辺りを攻撃しているようだったという。


「そして腰を抜かしている私に近付き、今度ははっきりと言ったのです。「奴はどこだ」と」


少年の黄金に妖しく光る目は血走っており、どう見てもマトモではなかった。憲兵が恐怖に震えた声で「知らない」と必死に絞り出すように答えると、少年は憲兵を蹴り飛ばし壁まで吹き飛ばしたあと、西門の方へと歩いて行ったらしい。


「お恥ずかしい話ですが、そこで気を失ってしまいまして…」


「………」



警護の男は尻すぼみに語気を弱めて目を伏せる。自分の不甲斐なさと無力感を恥じているようだ。そんな憲兵の肩にロイは手を乗せ労う。


「なるほど、わかりました。あとのことは私たちに任せてゆっくり休みなさい。リンタローくん、君の聴取はこの件が片付いてからです。今はここで大人しく待っていてください」


「え?嫌だけど」


「…今、なんと?」


「俺も行くって言ってんだよ。一週間もあんな狭っ苦しいとこに押し込められてたんだ。運動不足とストレスで滅入ってたんだよ。ここらでちょっと鈍った身体動かして発散しねぇともたねぇ。それに…自分で言うのもアレだけど、俺は役に立つぜ?」


「………」


この男はなにを言っているんだ。一言も発してはいないロイだが、顔にはそう書いてあった。


今、ここがどんな危険地帯なのかを理解していないのかと、好き勝手言うなと怒鳴り付けてやろうと大きく息を吸い込んだところで思いとどまる。


ロイは思い出していた。過去視魔法で見た倫太郎の尋常ならざる戦闘を。


現状まともに戦力になる憲兵はざっと見渡しても二十人…いや、十五人程度。それこそ相手が尋常ならざる者だった場合、この数では(いささ)か心許なくも思える。

この際、ウデの立つ者ならば部外者だろうが収容者だろうが人手が欲しいというのが正直なところである。


数秒逡巡したのち、ロイは決心した。


「そうですね。許可します。今は人手が欲しい。それが例え収容者でもね。ただ…逃亡しようとした場合は容赦しませんのでお忘れなく」


「本部長!それはさすがに…」


憲兵たちから異を唱える声が上がるが、ロイはそれを片手で制する。


「責任は!…私が負います」


「…はい」


倫太郎を同行させるということに不服の声をあげる憲兵も少なくないが、ロイは責任という言葉を強く強調して周囲を黙らせた。

折角フォグリス家の邸宅まで乗り込んで連行してきた殺人犯をみすみす逃がしかねないロイの判断に不満そうな顔で倫太郎を睨む者もいるが倫太郎はどこ吹く風といった涼しい表情である。


ロイも部下たちには申し訳ないと思いながらも、そのような態度は一切表に出さず毅然とした態度を崩さない。人を率いるリーダーとは時に我を貫くことも必要と知っているからだ。


さぁ捕らえに行こうという体勢が整ったとき、西門の方角から耳を(つんざ)く爆発音と建物が崩落する音が連続して響いた。


「早く行かないと憲兵団本部が更地になりかねませんね。準備はいいですか!?」


「「「応!」」」


先頭はロイと倫太郎。憲兵たちは三列の隊列を組み西門へと駆けていったのだった。


──────────────────────────


西門前の憲兵団本部の崩壊も凄まじく、建物としてはもう役割を果たさないほど破壊し尽くされていた。

辺りは瓦礫と化した建物の残骸が散乱しており、少年に蹴散らされた憲兵らが倒れ伏している。


「…どこだ…アイツは…どこだぁ!!!」


少年は息をするように魔方陣を複数同時展開し、高密度に圧縮した風の球を四方へと乱発して目につくものすべてを破壊する。


鼻息を荒くして瞳孔は開き切り、極度の興奮状態であることは誰の目から見ても明らかだ。


「万物を焼き斬る刃!灼熱の断罪をもって彼の者を屠れ!フレイムエッジ!!!」


死角から焔を帯びた魔法の刃が飛来し少年を襲う。音速に迫る速度で空気を焼きながら飛ぶ炎の斬擊はあと僅かで少年を縦に真っ二つにするかと思われたが、少年はそれを視認もせずに無造作に手で掴み取り、握り潰すようにして掻き消して見せた。


「っ!?」


フレイムエッジを放ったのはロイだ。魔法がそこまで得意ではない彼だが、自身が使える魔法の中でも一番高火力かつ最速のフレイムエッジに二小節分の詠唱を乗せることによって魔力をできる限り詰め込んだ会心の一撃をまるで羽虫でも殺すかのように消滅させたのだ。


このフレイムエッジで倒せはしなくとも手傷を負わせられると確信して放った一撃を簡単に無効化させられたロイたちの動揺は推して知るべし。


「…なんだぁ?また雑魚がぞろぞろと。そんなに死にたいなら一緒にあの世に送ってあげるよ!」


少年の人差し指の先に紫電を纏いながら集約する禍々しい魔力のエネルギー。それを指鉄砲のようにしてロイに狙いを定め、一気に巨大化させ撃ち放った。

甲高くバリバリと放電しながらロイたちに迫ってくる少年の雷魔法は掠りでもすれば確実に黒焦げになる威力を内包していると誰もが本能で理解していた。


「っ防御壁展開!」


「間に合いませんっ!退避!」


少年が反撃行動に移る前から魔法障壁の準備を進めていたが、お返しとばかりに詠唱もせずに即座に強力な魔法を撃ち返された憲兵たちの防御魔法の展開速度は全く間に合っておらず、隊列を崩して緊急回避行動をとる。

しかし迫り来る雷の魔法に対して憲兵たちの回避速度は緩慢でまったく間に合っていない。

あわや直撃かと誰もが覚悟したとき、ロイの後ろからガンソードに変化させた闇爪葬を腰だめに構えた倫太郎が飛び出した!


ガンッ!!!


一発分の銃声に対して銃口から飛び出した鉛弾は三発。そのすべてが正確に少年が放った魔法に吸い込まれるように直撃し、バチンッと特大のゴムがはち切れるような音とともに霧散させることに成功する。


『久しぶりの出番フゥゥゥゥゥゥーーーーー!!!!!ィヤァーーーハァーーー!!!』


(うるせぇ、黙ってろ)


『辛辣ゥゥゥゥーーー!でも俺ァめげないぜェェェ!!!ハァッハァーーー!!!』


(うるせぇっつってんだろ)


一番最後に闇爪葬を使ったのはレレイラを賊から助けたときなので一週間も前だ。そのあとは用事もないのにぺちゃくちゃと喧しいので那由多の異袋に突っ込んでそれっきりであった。

久方ぶりの出番にいつもよりテンションも声の音量も高めである。


『敵はどいつだァ?んん~?…おいリンタロー、アレってよォ』


(ああ。夢幻の回廊で治癒の実を独占しようとしてたガキだな。確か名前は…忘れた。でもガルミドラとかいう魔族の国の王子だって話だったよな)


魔族国家ガルミドラの王子、フィンネル・ドラグノーツ。血のような真紅の髪と爛々と輝く金色の目、纏う禍々しい雰囲気も夢幻の回廊で対峙したときのままだが、以前とは大きく違う部分がいくつかある。それは…


「オイ、ガキ。お前…もう片方の角はどうした?俺は確か一本しか斬ってねぇはずだよな。つーか折角ブッタ斬ったはずの腕はくっついてるし、目も治ってるし…どんな手品だ?」


フィンネルの頭部に生えていた黒い稲妻のような歪な二本の角。そのうちの一本はたしかに倫太郎が戦闘の末に斬り落とした。しかし、もう片方の角も根本から綺麗さっぱり失くなっているのだ。

そのかわり倫太郎が斬り落とした左腕と、かつての相棒であるS&WのM19で撃ち抜いた左目は何事もなかったかのように存在している。


「見つけた…。見つけたぞお前ぇぇぇぇえぇえぇぇっ!!!殺してやる…今度こそ絶対に殺すぅぅぅ!」


気でも触れたように血走った眼を見開き、(よだれ)を撒き散らしながら吠えるフィンネル。倫太郎の言葉などまるで聞こえていないようだ。


「質問に答えろよクソガキ」


「全部お前のせいだぁぁぁぁ!!!」


「答えになってねぇ」


フィンネルは叫びながらも両手を突き出して複数の魔法陣を展開し、マシンガンよろしく火の玉を乱発する。

弾道はランダムだが直線的。避けようと思えば避けられる。しかし倫太郎の背後には憲兵たちがいるため、避けてしまえば憲兵たちに直撃するのは明らかだ。

倫太郎は小さく舌打ちをしながらも素早く闇爪葬を太刀の形状に変化させ、迫り来る火の玉を一発も逃すことなく斬り落とす。


「リッ、リンタローくん!色々言いたいことはありますが、それはあとでいいです。彼に勝てますか?どうやら私たちでは役不足のようです」


ロイを含めた憲兵たちは人間専門でこんな化け物のような手合いは専門外だ。もちろん倫太郎も本来は対人特化だが、この中ではフィンネルとまともに勝負になりそうなのは倫太郎くらいのもの。

事実憲兵たちのほとんどはフィンネルのデタラメな魔法の展開速度と火力に尻込みしており、戦いにすらならなそうである。


「ああ。一度退けてる相手だ。ほどよくボコボコにしてあんたらにプレゼントしてやるよ。そのかわり…」


「わかっています。私の権限で大幅な減刑、もしくは釈放を約束します」


「太っ腹だな。じゃ、気合い入れてやらねぇとな」


平和的に憲兵団の拘束から逃れられる千載一遇のチャンス到来で倫太郎のモチベーションは爆上がりだ。


再び闇爪葬をガンブレードに戻し構える。銃口をフィンネルの眉間に合わせてニヤリと嗤った。対してフィンネルは獣のように低く唸り、今にも飛びかかって来そうな前傾姿勢で倫太郎を射殺すように鋭く睨み付ける。


王都の中で、夢幻の回廊での因縁の戦いの続きが始まろうとしていた。


更新を待っている読者の皆様、投稿遅くなり申し訳ないです。更新ペースを上げられるよう頑張りますので応援よろしくお願いします。

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