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エルフとの邂逅

湖は朝の太陽をキラキラと反射し、湖の奥に茂る森にかかる薄い霧と相まって幻想的な景色だった。


思わず見いってしまうところだったが目的である鍛練の為、頭を無にして精神統一を行い深く呼吸をする。

鳥の囀り、木の葉の擦れる音、水面が揺れる音すべてが消え失せ己の心音のみが一定間隔で聞こえる。

その状態を維持したまま深く腰を落とし半身になり構えた。


必要なのは脱力だ。戦闘において無駄な力みは無意味に体力を消費し動きを阻害して動作のパフォーマンスを下げる。

極限の脱力から筋肉を膨張、爆発させる瞬間の差と速さが素早く動き、瞬間的に効率よく力を使うコツである。


倫太郎は脱力しきった状態から地が抉れるほど踏み込み、筋肉を可動させ突きを放つ。恐らくそれは対峙したものがいたとしたら何の反応もできずに意識を持っていかれるであろう程の鋭い一撃だった。

そのまま体の慣性に従い上段回し蹴り、からの背面回し蹴り、肘鉄、裏拳。

コマのように回りながら打撃を繰り出す様は踊っているようにも見える。

最後に地を踏み割るほどの踏み込みで高く跳躍し天を蹴り、縦に一回転し着地。


ふう、と一息つき先ほどから感じる視線へと目をやる。隠れているつもりらしいが気配が駄々漏れでバレバレである。忍び足をして近づいて来たらしいが砂利や小枝を踏みまくっているし服の擦れる音も消しきれていない。


「あまり見つめられると恥ずかしいじゃねぇか。お嬢さん。覗きが趣味か?それとも俺がいい男過ぎて目が離せなくなったのか?」


気配から伝わる情報で隠れているのは成人女性だとアタリをつけ、近くの茂みに向かって問いかけると動揺しているようでガサガサと葉が揺れる。距離を取ろうと後退しているようだ。


「いや、もうバレてるって」


茂みの裏側へ先回りして背後から話しかけるとその人物はぎょっとして振り返り倫太郎を見上げた。

腰まで届きそうな真っ白の髪を後ろで結わえ瞳も青みがかった白。ただ肌だけが健康そうな小麦色であった。民族衣装のような独特の柄の浴衣に似た着物を着て草履のような履き物の妙齢の女性であった。もう一つ特徴的なのは白い髪の毛の間から見える長く尖った耳である。

ドラゴンの後に見るとインパクトは薄まるがこの女性もファンタジーの代表と言えるエルフという種族のようだ。

倫太郎は初エルフとの邂逅に少しばかりテンションが上がる。


「ぎ…」


「ぎ?」


最近どこかで似たやり取りをしたと思ったが、もう遅かった。


「ぎぃゃあ─────────!!!」


鼓膜が破れたかと思うほどの絶叫に咄嗟に耳を塞ぐが間に合わず耳の奥がキンキン鳴っている。どうやら脅かしてしまったようでエルフの女性は倫太郎に背を向け茂みを飛び越え全力で走り出した。


「おいっ!そっちは…」


ばしゃーん!


「…湖があるぞって言おうと思ったんだけどなぁ…」


倫太郎の制止も空しく湖へと落ちていったのだった。湖を覗きこみ安否を確認するが水面にポコポコと気泡は浮かんでくるが、肝心のエルフが一向に姿を現さない。


「おいおい、まさか溺れてるとか…」


そう心配し始めたときすぅっと水面にエルフの土左衛門が浮き上がって水面に漂い始める。


「マジかよ…」


急いで上着と靴を脱ぎ捨て湖に飛び込み泳ぐ。エルフを引っ張りながら水辺へたどり着くとすぐに引き上げた。


「おい!あんた!大丈夫か!?おい!」


ぺちぺちと頬を叩きながら呼び掛けるが返事どころか呼吸もしてない。慌てて脈を取るがそれもない。念のため心音を聞こうと胸に耳を当てるが立派な二つのメロンが邪魔でよくわからない。となれば、やることは一つである。


「くっそ、起きてからセクハラだとか騒ぐなよ!?」


顎を持ち上げ気道を確保し、息を吹き込むとそれに合わせてエルフの胸が膨らむ。素早く心臓マッサージに移行する。


「イチ、ニッ、サンッ、シッ、ゴッ…」


一分間に百回のペースで胸骨が五センチ沈み込む程度に三十回程圧迫する。人とエルフが似た体の構造であればこれでいいはずだ。


人の命を奪うのが生業の自分が蘇生術を行うことになるとはどんな皮肉かと内心思いながら絶え間なく続ける。二つのメロンがそれに合わせてバルンバルン踊るがなるべく見ないように無心に心臓マッサージに集中した。


適切な救命措置の甲斐あって一分もしないうちにエルフはゴボッと水を吐き出し息を吹き返した。


「ごぼっ!げほっ!はぁはぁはぁ…」


心臓が止まってから蘇生まで凡そ三十秒、これならば後遺症は残らない可能性が高い。


殺しの修行の過程で身に付けた付け焼刃程度の蘇生術が、うろ覚えではあったが初めて役にたったことに師に感謝した。


「おい、大丈夫か?」


未だに横たわるエルフに声を掛けると虚ろな目で倫太郎を見て瞬時に目を見開き口をパクパクさせ大きく息を吸い込んだ。


「あ~、叫ぶな叫ぶな。落ち着け。俺はあんたに何もしねぇ。そんなに俺が怖いならそのまま立ち去ってくれてもいい。驚かせて悪かったな」


そう言うとエルフは倫太郎をじっと見つめ静かに口を開いた。


「いえ、私こそ取り乱して急に叫んで申し訳ありませんでした。…はくちっ!」


陽気な気候とはいえ時間は早朝でまだ寒く、水の温度も低い。これでは寒いだろうと倫太郎は枯れ木を拾い集める。火をつけようとマッチを取り出すが今ほど泳いだばかり、スラックスのポケットに入れていたマッチも当然ずぶ濡れでもう火はつかなかった。


「あちゃあ、俺としたことが…」


文明の利器は死んだのでやむなく木の窪みに枯れ葉を砕いて入れ、なるべく真っ直ぐな細めの木を錐揉みさせて着火を試みるが以外と難しく、燻るものの火が着く気配はない。

昔の人はよく毎度こんな面倒なことをしてたなとリスペクトしていると横から声がかかった。


「あのぅ、火着けましょうか?魔法で」


「えっ」


初めて倫太郎が見ることになる魔法は、暖をとるため木に火をつけるために使われる魔法のようだった。

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