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事情聴取

倫太郎が憲兵に連れていかれて四日が経った。未だ倫太郎からも憲兵からもなんの音沙汰はなく、帰ってくる気配はない。


「…リンタロー……」


そんな呟きを溢すのは何度目のことか。


レディは倫太郎が連行されてからほとんどの時間を渡り鳥の巣の倫太郎の部屋のベッドの上でうつ伏せになって過ごしていた。


目に活力はなくボサボサの髪の毛、生きる(しかばね)のように横たわり、倫太郎が無事に帰ってくることを祈ってばかり。この四日間、無気力に「リンタロー…」とたまに呟くだけで、ほとんど食事も摂らずにいたため心なしか(やつ)れている。


倫太郎は「宿で待っててくれ」とレディに言った。それを従順に守り、こうして倫太郎が帰ってくることを倫太郎の部屋で祈りながら過ごす日々。

夜も眠れずに濃い隈が目の下にできており、涙が枯れるまで泣き続けていたため瞼は腫れぼったくなっている。


貴族でトルスリック騎士団団長という肩書きを持つエリーゼでさえ連行される倫太郎を指を咥えて見てるしかなかったのだ。自分にできることなどなにもない、自分は無力だ、そんな自虐的な思考に支配され、悪循環を繰り返していた。


今日も一日を仄かに倫太郎の匂いがするベッドの上で彼の帰りを待つつもりでレディは瞳を閉じようとしたとき、ドアが二度叩かれた。


「ただいま戻りました!リンタロー!…ってあれ?レディ?」


「…マール…?」


ノックの後、レディの返答を待つことなく間髪いれずにドアを開いたのはマールだった。


レヴェノンから一日半もの道のりを倫太郎とレディと合流するため、寝る時間以外ほとんど休まずに歩き切り、その足で宿屋渡り鳥の巣へと到着したようだ。


いの一番に倫太郎に会うために倫太郎が取っていると聞いた部屋に突入したというのに、中にいたのは生気が薄れて若干窶れているレディだけ。

状況がよくわからないマールであったが、レディの様子が異常なことにはすぐに気づいた。


「……レディ?…レディ!大丈夫ですか!?一体なにが…」


すぐに駆け寄りレディの体を引き起こす。マールの目から見ても今のレディは明らかにおかしい。


「リンタローが……リンタローが連れていかれた……ぁああぁぁぁぁっ!!!」


慟哭とともにボロボロと一気に涙がレディの瞳から流れ落ちる。

マールはこんなに弱りきったレディを見るのは始めてで内心ひどく動揺していたが努めて冷静に振る舞った。


「っ!?………そうですか。事情はよくわかりませんが、ただ事ではないようですね。それはそうとレディ。あなた、ちゃんとご飯は食べていますか?お風呂は?そもそも寝ていますか?ひどい顔ですよ?」


「…そんなのどうでもいい。レディはずっとここでリンタローを待ってる」


「………」


虚ろな瞳でマールの気遣いを切って捨てるレディ。いまだ流れる涙を拭くこともせずに、焦点の合わない目で虚空をぼんやりと見つめているだけ。完全に心ここに在らずだ。


どうにかできないものかと頭を悩ますマールだったが、なにかを閃いたように鞄をゴソゴソと探り始めた。


「今のレディを見たらきっとリンタローはガッカリするでしょうね」


「っ…」


倫太郎の名前を出した瞬間に反応するレディ。倫太郎の名前を引き合いに出して釣るのは悪いと思いながらもマールは続けた。


「ボロボロの肌に痩けた頬。髪もかなり傷んでるし…。なによりその無気力な目と隈、酷いですよ?ほら」


鞄から取り出した手鏡をレディに向け、無理矢理自分の顔を見させる。そこに写ったのは数年分老け込んだような、疲労と悲壮感が詰まった血色の悪いレディの憔悴しきった顔だった。


「…酷い顔」


「でしょう?ほらっ!まずお風呂です!その後はご飯っ!いつリンタローが帰ってきても恥ずかしくないようにしておきましょう!そのあと私がいない間になにがあったか教えてください。何も知らないままじゃ何もできませんから」


倫太郎が見たらガッカリする。その一言がよほど効いたようでレディはのそのそとベッドから這い出て風呂場へとふらつく足取りで向かって行ったのだった。


「…ふぅ。…ホントになにがどうなっているんですか…」


レディは倫太郎が連れていかれたと言っていた。マールは本当ならばレディと同じように取り乱し、レディに掴みかかってでも早くその詳細を聞き出したいところであったが、理性を総動員して冷静を保った自分を誉めてあげたい気持ちでいっぱいだ。


倫太郎の部屋で一人残されたマールの呟きは浴室から聞こえるシャワーの音にかき消されるように消えていったのだった。


風呂から上がって食堂でマールと共に食事を摂ったレディは見違えるほど肌艶がよくなり、ベストコンディション…とまではいかないものの、先ほどより万倍マシな健康状態には戻ったようだ。


今、二人は再び倫太郎の部屋へと戻って倫太郎が憲兵に連行された経緯をレディがマールに説明していた。


「……そう、ですか。そんなことが…」


マールがいない間の出来事やフォグリス家での一件をレディから聞き終えたマールは眉間にシワを寄せ、難しい顔で黙り込んだ。


「かなりの権力を持っているエリーゼでもどうすることもできないって言ってた。…レディは頭悪いからどうすればいいかわからなくて…」


悲壮感を滲ませ、俯いて尻すぼみに声のトーンが小さくなるレディ。

なにも考えないで倫太郎の部屋に閉じこもっていたわけではなく、倫太郎を助けるために散々頭を悩ませていたのだ。だが、そのテの知識など皆無であるレディがいくら考えても答えなど出るはずもない。


思考の坩堝(るつぼ)に嵌まれば嵌まるほど己の無知さに打ちのめされる。でも倫太郎は助けたい。そしてまた考えるが答えは出ない。その繰り返しであった。

やがて自己嫌悪に陥り、鬱屈とした精神状態になってしまっていたのだ。


「…難しいですね。まぁリンタローが憲兵相手にどうにかされるとも考えにくいですが…。レレイラ第二王女と縁ができたと言っていましたし、ダメもとで王家へ嘆願書を送ってみましょうか。直接王城へ行って直談判したいところですが私たちの身分では貴族街の関所すら通してもらえないでしょう」


その手段があることはレディも思い至っていたが、王家はレレイラの暗殺を企てた黒幕を探すことに多忙を極めていて余裕はないはずだ。民間人と憲兵のいざこざに介入してくれる確率は限りなく低いだろう。


「…うん、やるだけやってみる」


だが確率はゼロではない。憲兵団がいくら強い権力を持っていると言ってもそれは王権の傘の下での話であり、王家の鶴の一声で即時釈放もあり得る。


もしかしたら万分の一ほどの可能性かもしれないが、うまくいけば近日中には倫太郎と会えるかもしれない。そんな藁にも縋る思いでレディは筆を取り、マールから渡された羊皮紙に不安と焦燥を願いに変えて文字を綴っていくのだった。


──────────────────────────


「だぁ~かぁ~らぁ~、わっかんねぇって。そんなやつら。ソン?デコタ?知らねぇよ。誰だよそれ」


王都グランベルベの南門前に堂々と(そび)える砦のような外観の建物は王都グランベルベ憲兵本部だ。


そこには戦闘訓練施設、デスクワークを行うオフィス、捕縛した悪人を捕らえておく収監施設、憲兵が寝泊まりできる宿泊施設などが全て入っており、王都グランベルベでも王城に次いで二番目に広い敷地面積を誇る。さながら要塞のような武骨な造りは見る者の襟を正させる威圧感を放っていた。


その地下一階の聴取室から倫太郎のうんざりした声は聞こえてくる。


「ネタはあがってるんだ。さっさと吐いて楽になったらどうだ?こっちには証拠もある。言い逃れはできんぞ」


机を前にして粗末な椅子に座る倫太郎の対面には初老の憲兵が座り、倫太郎を鋭い目付きで睨んでいる。警察で受ける取り調べにも似た風景である。


もちろん倫太郎には重り付きの手枷と足を椅子に固定されて厳重に拘束されており、常人ならば身動き一つできないほどガチガチの雁字搦(がんじがら)め状態だが、倫太郎がその拘束器具をうっかり壊してしまわないように気を使っていることを初老の憲兵は知らない。


倫太郎の取り調べを担当しているのは熟年の憲兵で、倫太郎がこの聴取室に連れてこられた当初から幾度となく先の言葉を投げ掛けてくるが、身に覚えがないものはないのだ。


「…はぁ、あのな?俺はその証拠とやらを見せてくれってずっと言ってるよな?なんで見せてくれないわけ?」


「何度も言うが、見せたくても見せられない」


「なんでだよ…話が進まねぇじゃねぇか…」


この四日間、「証拠はある」「じゃあ見せろ」「それは見せられない」「なんでだよ」。延々とその繰り返しである。


取り調べが始まってからというもの、何度も繰り返したやり取りに忍耐には自信があった倫太郎ではあるが、いい加減精神的に疲労困憊といったところだった。


倫太郎が大人しく憲兵に連行されたのは、国営の治安維持部隊である憲兵と揉めて国を敵に回すのは得策ではないと判断したからだ。

だが、ここまで精神的に疲弊するのならば、いっそ力ずくで出ていってやろうかと考え始めたとき、急に聴取室のドアが開かれ一人の男が入室してきた。


「見せられない証拠というのはわざわざ宮廷魔術師を呼んで殺人現場で過去視魔法を行使してもらい、過去に遡って君の殺人の瞬間を映像化してもらったからです。そしてその投影された映像を我々が確認したから証拠はあると言い張れるのですよ。しかしここでその映像を再生する術はない、故に見せられない。と言うことですね」


ノックもなしで聴取室に急に入ってきたのは憲兵の制服に身を包んではいるが、その上から純白の外套を羽織った三十歳前半ほどの男であった。


「僕はここの本部長を勤めているロイ・エルガンです。よろしく、リンタロー君」


そう言いながら人の良さそうな笑顔で手を伸ばし握手を求めるロイ。

倫太郎は胡散臭そうな眼差しを隠しもせずにロイから差し出された手を枷の付いた手でとって一応握手に応じた。


「本部長、過去視魔法の件は宮廷魔術師に口止めされていたはずですが…よいのですか?」


「構いません、責任は私が負います。オルマー君、あとは私が代わろう。下がってくれたまえ」


「はっ!」


倫太郎の取り調べの担当憲兵はオルマーというらしい。彼は口答えの一つもせずにロイに最敬礼をして退室していった。


このロイという本部長は憲兵から信頼が厚いようだ。倫太郎はロイが取り調べを代わると申し出たときのオルマーが僅かに安心した表情を浮かべたのを見逃さなかった。

「本部長に任せておけば間違いない」という気持ちの現れなのだろうとアタリをつける。


「部下に頼りにされてるみたいだな」


「ええ、そうですね。一回り以上も年下の私を上司として立ててくれて信頼してもらってありがたい限りです。その信頼や期待を裏切るわけにはいかないんでね。引き続き取り調べを続行します」


穏やかな口調で喋りながら机の上に積まれた書類に目を通しつつもチラリと倫太郎の瞳を覗くロイの眼には「必ず吐かせてやる」という強い意志が宿っている。


「君は約三週間前、南の門からグランベルベに入国し、探求者ギルドにロックドラゴンを卸した。そしてその後、宿屋街のある西区の裏路地にて三等探求者のソンとデコタの両名を殺害し逃亡。間違いないですか?」


「…ロックドラゴン?三等探求者……あっ」


ロックドラゴンのワードが倫太郎の記憶を刺激して、その日の出来事が蘇る。二人の自称三等探求者を始末したことも鮮明に。


あの日、倒したロックドラゴンを探求者ギルドに納め、倫太郎はこの世界で初めてのカネを手にした。日本円にしておよそ七千万円ほどの大金だ。

愚かにもよりによって倫太郎からそのカネを奪おうとした憐れな三等探求者の二人組がいたのだ。


倫太郎はその二人の名前など知らないし、今となっては顔も全く思い出せない。

日々、仕事で殺しをしている倫太郎にとって殺し終えた相手のことなどいちいち覚えていないし、思い返すことなど習慣としてないため、すっかりさっぱり綺麗に忘れていたのである。


「その反応。認めた、と受け取ってもいいんですよね?まぁ、認めなくてもあなたが殺した事実は揺るがない。こちらが知りたいのは動機です。それさえわかればこの一件は処理できますからね」


倫太郎は顔には出さないが心の中で盛大に舌打ちをする。

あの時、ソンとデコタを殺したとき人の目が一切ないのは確認済みだ。だから目撃者など出るはずもないし、自分に辿り着く痕跡も残してはいない。

しかし唯一失念していたのが、ここは魔法というトンデモ技術が存在する異世界であるということ。まさか殺したという事実だけを手掛かりに自分に辿り着くとは思いもしなかった倫太郎だった。


「…過去視魔法?とやらでそのあたりの(くだり)も見聞きしたんじゃないのか?アイツらは強盗だ。俺を殺してカネを奪うつもりで襲い掛かってきた。だから殺した、ヤられる前にな」


ふむ。と、椅子の背もたれに身を預けて観察するように倫太郎の眼をじっと見つめるロイ。対する倫太郎はやましいことなどないため憮然とした態度を崩さない。

探求者ギルドのミミナの話を信用するならば、強盗や殺人から身を守るための殺人は罪には問われないという。今回はそのどちらも当てはまる。罪に問われる(いわ)れはない。


十秒ほどの沈黙、ロイがこの事件に関する資料をめくる音だけが狭い聴取室に静かに響いていた。


「…あの映像では、君にノされて戦意喪失した二人を君が躊躇なく殺す場面がありましたが、それはどういうことですか?明らかな過剰防衛に見えましたが?」


ロイは明言しないが、どうやら過去視魔法では一部始終の映像化はできても音声までは再生されないようだ。倫太郎と三等探求者二人の会話はほとんど理解していないような口ぶりである。


「奴らは筋金入りの悪党だ。眼を見りゃわかる。あそこで俺が見逃せば間違いなく他所で悪さを働くし、忘れた頃に俺のとこにも御礼参りに来ただろう。それはうぜぇしな」


「だから殺した、と?」


「ああ」


ロイは全く悪びれもしない倫太郎を鋭く睨む。


ソンとデコタと言えば、王都の憲兵ならば誰もが知る札付きである。しかし探求者としてそこそこの実力と実績を持っているのも事実。ハッタリだけで三等探求者まで昇格などできないのだ。


そして倫太郎が間違ったことを言っているとも思えず、ロイは低く唸る。

倫太郎の言うように最近のソンとデコタの悪行は目に余るものがある。盗み、恐喝、傷害、婦女暴行などなど。余罪はまだまだあるだろうが、殺し以外は大体の犯罪に手を染めていた。


「わかりました…。君の言うことが全くの嘘とも思えない。が、全て真実と鵜呑みにするわけにもいかない。…動機も聞き出せたことですし、今日の聴取はここまでにします。オルマー君、彼を牢へ」


「はっ!立てっ!」


廊下で待機していたオルマーが素早く入室して足枷だけを外し、倫太郎の脇を持って立たせる。

こうして無理矢理立たされるやり取りも一体何度目か数えるのも面倒なほど繰り返されている。


「あぁ、そうそう。リンタロー君。君のあの凄まじい戦闘能力、対人に特化したものですね?見る人が見れば一目瞭然。殺しのプロの技だ。その点についても追及させてもらうつもりなので覚悟しておいてください」


聴取室から出て行こうとした倫太郎の背中にそんな言葉を投げ掛けるロイ。確実に倫太郎がカタギではないことを看破した物言いで、確信を持っての発言だった。


「………さあ?なんのことかわからないな」


地球では数え切れないほどの命を手にかけてきたが、この世界での罪にカウントされるとは思えない。だが一応すっとぼけておこうとシラをきる倫太郎だが、内心では舌打ちの連続であった。


独房に戻り、藁の敷かれた簡素なベッドに寝転んで瞳を閉じると、フォグリス家で別れたレディの切なそうな顔が頭に浮かんでくる。

今頃きっと心配しているだろう。「変な気は起こすな」と釘を刺してきたから倫太郎を救出するために憲兵本部に乗り込んでくるような無謀な真似はしないだろう。しかし「なるべく早く帰る」とも言ってしまったが、捕まってからもう四日目が終わろうとしている。

もうそろそろ王都へ到着するであろうマールのことも気がかりだ。レディと違って直情的に動くような性格ではないはずだが、不安にさせてしまうことだろう。


いざとなれば脱獄することなどワケないが、それは悪手であることは重々承知している。


あとは憲兵本部長のロイを倫太郎自身がまるめこんで釈放させる以外道はないが、なかなか切れ者そうで厄介そうである。


八方塞がり気味の己の状況に「どうするかなぁ」と、頭をガシガシかいて悩む倫太郎であった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!



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