酒臭い荷物をお届けに上がりました
「あはははははっ!もう一軒っ!もう一軒行こー!ははははは!」
「オイ!足バタバタすんな!人の背中で暴れんじゃねぇ!」
飲み屋が軒を連ねる通りを倫太郎とレディは貴族の居住区へ向かって歩いていた。
日付が変わるまでもう一時間程だというのに行き交う酔っ払いたちは減る様子もない。誰も彼も千鳥足になりながらも店から店へ渡り歩き、王都の夜を満喫している。
エリーゼはと言うと、一軒目の『騎士の円卓』で喚くだけ喚いて、泣くだけ泣いたあと、会計を済ませて外に出た途端に座り込んで「歩けない。リンタロー、おんぶ」とせがみ出した。
「ふざけんな歩け」と一蹴する倫太郎だっだが、立てない歩けないと、子供のように駄々をこね始めたエリーゼを見かねて気を効かせたレディがエリーゼを背負うと申し出た。女性に酔っ払いを背負わせてその隣を自分が手ぶらで歩く絵面を想像した倫太郎は「…うん…ないな」という結論に至り、渋々エリーゼを背負ってフォグリス家へと歩き始めたのだった。
もちろん目的は背中でなにが可笑しいのかわからないが、爆笑しながら「もう一軒っ!もう一軒っ!」と喧しく騒ぐ酔っ払いを返却するためである。
「おい!マジでいい加減にしろエリーゼ。おんぶじゃなくてもお前を運ぶ手段はあるんだぞ?」
「…抱っこ?」
「足首持って引きずる」
「…大人しくしまーす」
飲み屋が密集するエリアは宿屋が建ち並ぶ区画のすぐ隣にある。飲んでベロベロに酔っ払った宿泊客が自力で帰って来られるよう飲み屋のエリアと宿屋街は一本道で繋がっているのだ。
倫太郎たちはそこから王都の中心へ向かう道に入り、貴族街へと向かっている。
平民居住区を突っ切るように歩いていくと、貴族街に入る前に関所が設置されている。その詰所には帯剣した警備兵が直立不動で立っており、謎の圧力を放っていた。
「そこの者、止まれ。この先は貴族以上の高貴な身分の方以外、平時の立ち入りは禁じられている。通りたければ許可証、または招待状を提示せよ」
表情一つ変えずに警備兵が立ちはだかり、倫太郎たちの足を止めた。倫太郎も「まぁそうなるわな」と戸惑った様子はない。
「招待状も許可証もねぇけど、俺の背中の酔っ払いが貴族様でね。今送り届けるとこなんだ。オイ。エリーゼ、関所だ。なんか言ってくれ」
「………」
「エリーゼ?…おーい」
黙りこくるエリーゼを背中で揺すってみるが、やはり返事はない。
「リンタロー。彼女、さっきから寝てる」
「あぁ!?やけに静かだと思ったら…こんにゃろう」
レディに言われてみれば、たしかに倫太郎の背中からはくーくーと微かに寝息が聞こえていた。心地良さそうに夢の中へ旅立ったエリーゼに倫太郎の額に青筋が浮かぶ。
そんなエリーゼの太ももをギリギリィ…と、倫太郎の殺人的超握力でつねり上げた。
「っ!?いだだだだだだっ!?痛い痛い!起きたっ!起きたからやめてぇぇぇ!」
倫太郎の背中をバンバン叩いて起きたアピールをするエリーゼを解放して一旦背中から降ろす。酒が残っているようでフラフラと足元が覚束無いが、なんとか一人で立てるようだ。
「ゴホンッ…私はフォグリス家のエリーゼ・フォグリスだ。深夜の警備ご苦労。この者たちは私の友人でな、家に招待したのだ。通してやってくれ」
酔ってはいるものの、警備兵の対応のためにエリーゼが団長スイッチを無理矢理オンにする。
夜の暗がりで視界の悪い中、警備兵は目を細めてエリーゼの顔を注意深く見るとハッとしたように最敬礼の姿勢をとって素早く道を空けた。
「し、失礼しました!フォグリス様っ!お連れの方もどうぞお通りください!」
「うむ、さぁ行こうか」
「お、おう」
ぐでんぐでんの酔っ払いだったはずのエリーゼはシラフに戻ったかのようにシャキシャキと歩き出す。エリーゼの復活の早さに面食らいながらも倫太郎とレディもそれに続いて歩き始めた。
貴族街はさすがに金持ちの区画だけあり、綺麗に整備された道に沿って並ぶ家の一軒一軒が大きく立派なものばかりだ。
広い庭園に大きな屋敷、外構のフェンスや門の一つをとっても高級そうな素材やデザインである。雑多に建ち並ぶ平民居住区とは別の世界のようだ。
曲がり角を曲がって詰所の警備兵から見えなくなった瞬間に、エリーゼの団長モードが強制的にオフになったようで、急に猫背になりクタッと座り込んだ。眠そうな目で倫太郎を見上げて一言。
「おんぶ」
「…ほら、乗れよ」
エリーゼくらいの年頃の女性ならば、恋愛や遊びに一生懸命になるものだろう。
そのすべてを我慢して十代後半という人生で一番活力に満ちた時期の時間と労力を家や国に捧げてきたエリーゼを今くらい少しだけ甘やかしてもバチは当たらないはずだ。
「えへへっ、リンタロー好きー!」
「「!?」」
倫太郎の背中に飛び乗りながらとんでもないことを口走るエリーゼ。そして時間が止まったようにフリーズする倫太郎とレディ。
「…やっぱり。リンタローは天然のタラシ。レディの勘はよく当たる」
「いや、違う。コレはアレだ。コイツ今めちゃくちゃ酔っ払ってるから…。きっと本心じゃねぇ。…そう!寝言みたいなもんだ」
なぜ自分が言い訳をしなければならないのか腑に落ちない倫太郎だが、テンパりながら訳のわからない釈明をしている間にエリーゼの追撃が迫る!
「だ~い好き!」
チュッ
「「!?!!???!?」」
不意打ちで倫太郎の頬に柔らかな唇を押し付けたエリーゼと、それを見て固まるレディ、この場を打開する言葉を必死に探す倫太郎。
辺りは夜らしく静かで過ごしやすい気温だが、三人の周りだけは修羅場のような凍てついた空気が充満していた。…が、ふぅ。と、レディは諦めの混じった短い溜め息を吐いて歩き始めた。
「…行こう。リンタローに不特定多数の女が寄ってくることは想定内。イチイチ気にしてたらキリがない。今はその酔っ払いさんを送り届けるのが先」
「お、おう?そうだな…」
どこか達観したような口ぶりのレディの後ろを倫太郎も歩き始めたのだった。
その後、隙あらば寝ようとするエリーゼを揺すって起こしつつ、道案内をさせながら慣れない貴族街を数十分歩き回り、やっとのことでエリーゼの邸宅の正門前へと辿り着いたのは、とうに日付が変わったあとのことであった。だが肝心のエリーゼは先程から夢の中である。
「ここか…わかっちゃいたけど…」
「うん。大豪邸」
目の前に聳える高く頑強そうなフェンスが広大な庭を囲み、一番奥には四階建ての豪邸が鎮座している。学校の校舎よりも大きな家に圧倒されていると、倫太郎たちに駆け寄ってくる影が二つあった。
「貴様ら、何者だ。近隣の住人ではないな。ここがフォグリス家の正門前と知っているのか?不審者は捕らえてよいと仰せつかっている。用がないなら即刻立ち去れ」
彼らは軽鎧を纏い、槍を手にしていた。差し詰め門番といったところか。
エリーゼの家に見とれていた倫太郎とレディを訝しげに睨んでいる。
「ちょうどよかった。アンタら、この家の門番だろ?フォグリス家にお届け物だ。ほら」
「ん?…なっ!?」
横を向いてエリーゼの顔を門番たちに見せる。
倫太郎は門番二人にエリーゼを預けてさっさと退散しようと思ったのだが、ここから状況が拗れ始めた。
「きッ!貴様っ!エリーゼ様になにをした!?」
「は?ちょ、ま…」
完全に身に覚えのない誤解をされていることに気付くまでの僅か数秒で事態はどんどん予想外の方向へ逸れていく。
「であえっ!であえであえ!曲者だ!エリーゼ様を人質に取られている!囲め!絶対に逃がすな!」
「いや、違…だから待てって…」
「エリーゼ様が賊の人質に!?殺せ!いや、むしろ殺す!血祭りじゃあ!」
「エリーゼ様っ!?貴様らぁぁぁ!生きて帰れると思うなよ!行くぞ!フォーメーションアルファ!」
「「「「「応!」」」」」
「奴の後ろにはエリーゼ様が捕らえられている!足を狙え!機動力を殺して生け捕りにしろ!あとでたっぷり地獄をみせてやる!」
正門の詰所からワラワラと八人もの門番が素早く出てきて倫太郎とレディを取り囲んだ。
彼らの一糸乱れぬ洗練された動きと素早い足運びでなにがなんだかわからないうちに完全に包囲され槍を突き付けられていた。
「リンタロー…レディ帰りたい」
「…ああ、俺もだ。…オイ!エリーゼ起きろ!この状況なんとかしろ!オイってば!」
このままでは門番たちと一戦交えることになるのは必至。倫太郎は背中を揺らしたり太ももを叩いてエリーゼに必死に呼び掛けた。だが「ぐへへへへ、そんなとこ触っちゃダメらってばぁ」などと訳のわからないことをほざくばかりで、背中の荷物は一向に起きる気配がない。
そんなことをしている間についに倫太郎の背後にいる門番の穂先が倫太郎の足目掛けて突き出された。
「キェエェェェッ!!!」
酒が入っていようが人一人背負っていようが、倫太郎の鋭敏なセンサーと人外の機動力は健在で、そんな凡夫の攻撃など軽く跳ぶことで難なく回避する。
その一撃を皮切りに次々と繰り出される槍の穂先が倫太郎の脚部に殺到する。
正直、門番たちを蹴り飛ばして無力化すれば一瞬で終わるのだが、エリーゼの家の関係者を張り倒すことは気が進まなかった倫太郎は繰り出される攻撃の悉くを避け、跳ね、逸らしながら回避に専念していた。
「ん、う、んん…」
しばらく必死に飛んだり跳ねたりしながら槍を躱していると、背中の荷物が呻く。どうやら覚醒が近いようだ。
「オイ!エリーゼ!いい加減起きろ!この状況どうにかしろコラ!」
「ん………っ!?や、止めろ!槍を収めろ!整列っ!」
エリーゼの一声でピタリ、と槍の猛攻が止む。門番たちはまたしても一糸乱れぬ足運びで一列に並び、ピシッと直立して動きを止めた。
「ふぅ、一体何事だというのだ…」
「九割がたお前のせいだよ」
起き抜けに家臣たちが自分を背負う倫太郎を槍で一斉攻撃している光景に直面したらエリーゼでなくてもそう言ってしまう気持ちもわからないでもないが、原因は彼女にあるのは言うまでもないだろう。
「エリーゼ様…これは一体どういう?…」
状況が飲み込めない門番たち。エリーゼはまだアルコールが回る頭で必死に言葉をまとめて、たどたどしいながらも説明し始めた。
「彼らは、アレだ…私の…ほら、アレ…ん~、アレだよ」
「もしかして…ご友人?」
「そう、友人たちだ。今日は彼らとアレしに街まで行って…」
「「「???」」」
「エリーゼ、もういい。俺が喋る」
要領を得ないエリーゼの説明に門番たちの頭上には大量の?マークが現れる。
一向に話が進まない現状に、さっさと帰りたい倫太郎がエリーゼの代わりに事のあらましを門番たちに説明し、やっとのことで誤解が解けたのだった。
「なるほど。リンタロー殿、レディ殿、事情も聞かずにいきなり襲いかかってしまい申し訳ありませんでした。エリーゼ様のご友人に対して私たちはなんという無礼を…」
門番長らしき年配の男が深々と頭を下げて謝罪するが、倫太郎はいつものように「ああ、気にしないでくれ」と、手をヒラヒラと扇ぐ。
「ところで…お前はいつまで俺の背中に乗ってるつもりだ?」
そう。エリーゼは起きてからというもの倫太郎の背中から降りるわけでもなく、ずっとしがみついてるのだ。
「………いや、それがだな。今動くと、マズいんだ」
急に神妙な顔つきになり脂汗をかき出したエリーゼ。顔色もどことなく青白く、微妙にプルプルと震えている。
「あん?…お前、まさか…耐えろ!耐えるんだ!」
エリーゼの状態を察した倫太郎も青ざめ、どうしようか狼狽えるが、もう遅い。
「ゲプッ…もう、限……界…ヴぉろろろろろろろろろろ」
「!!!!?!??!?!」
貴族街の静かな星空の下、フォグリス家の正門前でキラキラと輝く流動体が飛散する水っぽい音と、倫太郎の声にならない叫びが木霊したのだった。
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