表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/96

少女エリーゼの酒癖

円卓に並ぶ見たことのない料理の数々に舌鼓を打ちながら倫太郎、レディ、エリーゼの三人は和気あいあいと会話を楽しんでいた。


謎肉のサイコロステーキ、謎野菜と謎魚のカルパッチョ、謎キノコのムニエル。食材の頭に必ず『謎』の余計な一文字がつく詳細不明な品々ではあるものの、立ち上る芳醇な香りに負けて倫太郎もナイフとフォークを忙しなく動かしていた。


「そう言えば聞いたよ、リンタロー。今日うちのお姫様を賊から助けてくれたんだってね。ありがとう、グーフィが身振り手振り激しく興奮しながら教えてくれたよ」


「んん、ゴクン。ぷはっ。まぁ成り行きでな。エリーゼの立場上、副団長から全部聞いてんだろ。進展はあったか?」


進展、というのはもちろん第二王女であるレレイラの暗殺を企てた者の見当はついたか否か、ということだ。


その問いにエリーゼは首を横に振る。


「まさか、今はまだ賊の親分とトルスリック騎士団の面汚したちを締め上げて情報を絞り出してる真っ最中だよ。だけどなかなか強情でね。全然口を割る気配がなくて参ってるよ」


なんでも、第二王女が暗殺の標的になったという事実自体を秘匿するために王城の地下深くに賊たちを幽閉し、休みなく尋問と拷問を繰り返しているらしいが、誰一人なにも喋らないらしい。


「賊に紛れ込んでたトルスリック騎士団の連中はエリーゼの部下じゃねぇのか?お前が行って直接吐かせに行ったほうが効果的だと思うんだが」


「ははっ。それこそまさか、だよ。トルスリック騎士団と言っても十一部隊もあるからね。今回、賊の傭兵みたいなことをしてた連中は全員私の部隊の人間じゃないよ。ここに来る前に城の廊下で彼らの部隊長とすれ違ったけど、尋常じゃないくらいブチギレてたよ。アレは下手したら尋問の最中に殺しかねないね」


物騒な話だがエリーゼはなんてことのない風に言ってのける。

まだ二十歳前の若い少女ではあるが、それでも(れっき)としたトルスリック騎士団団長の一人である。こういう血生臭い話題にもまったく動揺しない程度には場数を踏んで耐性を持っているようだ。


「ふぅん。ま、俺には関係ねぇことだから無闇に首を突っ込みたくはねぇけど…もし俺が暗殺を企てた首謀者なら、今日中にでも賊どもの口封じにかかるね。自分に辿り着くような情報を持ってる奴をいつまでも生かしとく理由はねぇからな」


「うん、それは私も考えたよ。もちろん今回の顛末を知っている者なら全員そのことが頭を(よぎ)ったんじゃないかな。だから警備を強化して警戒にあたっているよ。ネズミ一匹通れないくらいガチガチにね」


現在、賊たちは王女暗殺の実行犯として監禁、尋問されている反面、王女暗殺計画の黒幕の情報を持つ唯一の者たちとして厳重に保護されている。


常時、複数人の精鋭の兵士が賊たちに張りついているため、そう簡単には手出しできないだろう。


「そうか。つーかそんな一大事にこんなとこで俺らなんかと呑気に飯食ってて大丈夫なのか?お姫様の護衛とかしなくてもいいのかよ」


「それは大丈夫。実はついさっきまで夢幻の回廊に潜っていたんだけど、十五階層まで潜っても異常の原因がまったくわからなかったの。ダンジョン内部の魔物は通常の生態系に戻ってるしね。今、王城には私以外にも団長クラスの人たちがたくさんいるし、私は明日以降も引き続き夢幻の回廊の調査を続行しろっていう命令だから、今夜はフリーってわけ」


何杯目かの葡萄酒を飲み干しながらエリーゼは不謹慎だがどこか嬉しそうだった。

賊の尋問やお守りなどという面倒な厄介事に巻き込まれなくてすんだためか、倫太郎たちと約束通り会食ができたことが嬉しかったのか、もしくはその両方なのかはわからないが。


しかし、エリーゼの口から夢幻の回廊のワードが出てきて倫太郎は少々バツが悪そうに目を逸らす。


「あー、その夢幻の回廊の異変についてなんだが…」


「何か知ってるの!?本当に行き詰まって困ってるから、どんな些細な情報でもいいから教えて!」


身を乗り出して食いつくエリーゼに引きながら、倫太郎はチラリとレディを見ると、レディも倫太郎を見つめていて一つ頷いた。その首肯には「話すも話さないもリンタローの自由」という意味であることを倫太郎は正確に読み取る。


頭の中で夢幻の回廊の中での出来事をエリーゼに話すメリットとデメリットを天秤にかけ、倫太郎はエリーゼには話しておこうと決断したのだった。


二階層から始まったダンジョンの異変。その階層にいるはずのない強力な魔物、三階層で遭遇した不死の王ノーライフキング、四階層の治癒の実を獲得するために半殺しにした魔族の王子であるフィンネル・ドラグノーツ、目標の六階層で全ての元凶たる暴風のシルモイと出会い死闘を演じたこと。


夢幻の回廊の中で起こったことを全て包み隠さず要点をまとめて倫太郎はエリーゼに説明した。

エリーゼはほろ酔い状態で頬はほんのり朱色だったが、話が進むにつれて徐々に青白く変わっていく。さらにグラスを持つ手がブルブルと震え始めて上等な葡萄酒がピチャピチャと溢れて真っ白なテーブルクロスにブドウ色のシミをいくつも作っていった。


「…ってことがあってな。んで、これがその時フィンネルとかいうガキからブッた斬ったツノだ。爆煉石を採りに行っただけなのに何度も死にそうになってマジで参ったぜ。あ、この事も(おおやけ)にしないでくれ。絶対面倒事に発展するからな…ってオイ。エリーゼ、聞いてるか?」


テーブルの上に那由多の異袋からゴトリと硬質で重厚な音とともに取り出したのはフィンネル・ドラグノーツから切り落とした稲妻のような真っ黒なツノだ。

もしかしたら売れるかも?と守銭奴の気を出してひろってきたものだが、今の今まで存在ごとすっかり忘れていたものだ。


「………欲しい情報全部出てきた上に、ノーライフキングを倒したどころか、暴虐のシルモイまで…?快挙どころの話じゃない、希代の英雄として歴史に名を残す偉業並みの武功だよ…。異常に強いとは思ってたけど、まさかここまでとはね。でも……」


言い淀みながらエリーゼは倫太郎から渡されたフィンネルのツノを様々な角度からまじまじと見て表情を固くした。


「フィンネル・ドラグノーツの件は非常にマズイね…。下手したら…ううん、ほぼ確実に戦争になる。リンタロー一人の問題じゃなくなる可能性が極めて高い」


そう言ってツノを倫太郎に返しながらエリーゼは頭を抱えた。


気持ちよく酔っていたはずのエリーゼだったが、あっという間に酒が抜けてしまったようで今は難しい顔でウンウン唸り始めてしまった。


「あー、やっぱマズかったか。でもまぁ仕掛けてきたのは向こうからだし、やらなきゃ殺られてたのはこっちだった」


「うん、そうだろうね。だけどそんな理屈が通じる相手じゃないんだよ。魔族国家ガルミドラ…どういうわけかここ最近はおとなしいけど、大昔から難癖つけて戦争(ケンカ)するのが好きな連中だからね。王子をボコボコにされて黙ってるとは思えないし…」


血の気が多くて有名な魔族の国。国民のほぼ全てが魔族で構成され、魔族至上を歌う国だ。ガルミドラの国王は子煩悩で有名らしく、フィンネルはそこの第一王子である。

腕を斬り飛ばし、片目を潰し、魔族たる象徴であるツノをも斬ってしまった。

我が子をそこまで重症にされれば子煩悩な親でなくとも怒るだろう。


「…んん~。…俺がやらかしたことだから責任はとるよ。もしガルミドラから宣戦布告されたときは俺を呼んでくれ。十万の敵の殲滅でも、単独で乗り込んでガルミドラ王国の上層部の暗殺でもなんでもやってやる」


一国の王子と知らなかったとはいえ、やってしまったのは事実。戦争参加を真剣に提案する倫太郎だった。


倫太郎を知らない者が聞けば「何をバカな」と一蹴してしまうような尊大な台詞も、間近でキングウルフを退ける一部始終を見て、ダンジョン内での出来事を知ってしまったエリーゼからすれば「もしかしたら本当に…」と思わずにはいられない凄みを倫太郎から感じていた。


「ま、まぁ『もしも』の話はやめよう。こんな重い話題は折角の美味しい料理とお酒の味がわからなくなっちゃう!そう!やめよう!」


グラスの中の葡萄酒を一気に煽り、勢いをつけるように飲み干すエリーゼ。半ば「どうにでもなれ!」的な投げやりな発言にも聞こえなくもないが、エリーゼが一人で抱え込むには完全にキャパオーバーだ。気持ちはわからないでもない。


「夢幻の回廊の件は私がうまく管理事務局を言いくるめて早めに調査を切り上げるように仕向けるよ。あっ!そう言えば夢幻の回廊で一緒にいたあのダークエルフのコは?あのおっぱいドーン!ってでっかいコ。名前は…マール?だっけ?今日は一緒にいないみたいだけど」


「ああ、アイツは病気の母ちゃんに薬を届けるために里帰り中だ。休養も兼ねて十日前後で戻ってくるらしいからあと一週間もすれば帰ってくるんじゃねぇか?」


エリーゼが言うには、ダークエルフの里までは夢幻の回廊街から徒歩ならば片道2日はかかる。

山を三つ越えた先の森の中、普段は人目につかないよう認識を阻害する結界で囲まれた区画、隠すように秘匿された場所にダークエルフの里は存在する。


ダークエルフが他種族との交流がないわけではないが、里には招かれた者しか入ってはいけないという決まりが存在し、排他的で独自の社会が内部で築かれている。

以前、マールが倫太郎の錬金魔法を見た際に「ダークエルフの里にも錬金魔法を使う人が多くて、その工芸品が里の主な収入源なんです」と言っていたことから輸出入での他国との付き合いは並みにあるようだ。


「ふぅーん…レディにマール、両手に花で楽しそうだねぇ。リンタロー?どっちが本命?それとももう両方“てごめ”にしてるとか?」


含みのある言い方でニヤニヤと笑う。エリーゼは新しいオモチャを見つけた悪ガキのような顔だ。


「…別にお前が思ってるような関係じゃねぇぞ。レディとマールはダンジョン探索のための臨時パーティで…」


「あーハイハイ。そういうのいいから。んで?どっち?」


葡萄酒を空けるペースをさらに上げたようで、再度酔っぱらい始めたエリーゼ。

トルスリック騎士団団長などという武骨な肩書きを持っていても、中身はまだうら若い少女。人の恋愛事情やアレの情事が気になるお年頃のようだ。


「だから、マジでなんもねぇぞ」


「え?…まさか……リンタロー。あなた、アレが役立たずなんじゃ…」


「あぁん!?!?!!?」


盗賊の集団に襲われ、金品を略奪され、住人は皆殺しにされ、焼き払われた凄惨な傷跡を残す寒村を見るような目でエリーゼは倫太郎を見た。

「まだ若いのに…不能だなんて…」と、憐れみと同情を乗せたエリーゼの視線が倫太郎に突き刺さる。倫太郎の心に一万のダメージ!


「ぐっ…んな訳あるか!年相応に元気だ。ちなみにホモでもロリコンでもねぇぞ俺は」


「えぇ~?こんな可愛いコを奴隷にしておいて何もないっていうのは無理があるんじゃな~い?夜な夜な「ぐっへっへっへ。俺の迸る熱い激情をぶっかけてやるぜ!」ってサカりにサカりまくるのが男ってもんじゃないの?」


一体彼女は男という生き物にどんな偏見を持っているのか問い質したい気持ちでいっぱいの倫太郎だが、今は目の前の酔っ払い相手にこの話題を逸らすことが先決だとアルコールでぼんやりした頭をフル回転させる。


「お、俺のことは置いといて、そう言うお前こそどうなんだ?いいとこのお嬢様なんだろ?トルスリック騎士団団長なんて大層な肩書きも持ってんだし、言い寄ってくる男なんて山ほどいるんじゃねぇか?」


その問いにエリーゼの方眉がピクリと跳ねた。


「聞いてよぉ~!それがさぁ~、こんなにイイ女がフリーでいるのに全然声掛からないんだよぉ!どうなってんのよ世の中の男どもはぁ!揃いも揃って全員草食系かよぉ!イン◯なの!?私の周りの男どもは全員イ◯ポなの!?貴族の令嬢で十八歳で婚約者もいないなんて売れ残りに等しいんだよ!?陰で騎士団の連中も「結婚したら尻に敷かれそう」とか「団長は絶対ドSだ」とか言ってんの知ってるんだからね!私は意外と尽くすタイプよバカァ!うえぇぇぇん!」


バンバンとテーブルを叩きながら顔を突っ伏して本格的に泣き上戸モードに突入したエリーゼ。「私の何が不満なのよぉぉぉ!」と大声で泣き叫ぶ。

ここが個室で本当によかったと思わずにはいられない。


「…リンタローも◯ンポで草食系?レディは気にしない」


「うるせぇ、違ぇ」


一気に飲み干し、空になったグラスをドンッ!とグラスをテーブルに叩き付けるように置いて滝のような涙を流すエリーゼ。倫太郎をイジって上機嫌だったと思ったら今度は泣き上戸、酒癖の悪さに倫太郎とレディはドン引き状態だ。


「この葡萄酒ってそんなにアルコール度数キツいヤツなのか?」


「レディもさっきから同じの飲んでるけど、ほとんどジュース」


「酒弱ぇ上に酒乱かよ。手に負えねぇな」


テーブルクロスが涙と鼻水でベチョベチョになるまで顔から液体をながし続けるエリーゼを騎士団の団員たちが見たらどう思うか考えずにはいられない倫太郎だった。

書き始めたら字数が半端になってしまいましたので、この後すぐにもう一本投稿します。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ