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追われる馬車

「コカトリス、いねぇじゃん…」


陽が上りきって間もない早朝と言ってもいい時間帯ではあるが、倫太郎とレディは昨日も訪れたドドエルズ山にコカトリス討伐に赴いていた。…赴いていたのだが、右を見ても、左を見ても、前を見ても振り返ってみても倫太郎の全身全力の敵影センサーを駆使してもコカトリスの姿は皆無だった。


潜んでいそうな洞穴や、昨日の崖下、岩山の陰など、手当たり次第探したがコカトリスどころか小動物や虫の姿さえ確認できなかったのだ。


二日連続でサッジに馬を借りるのも厚かましいと思い、今日は張り切って日の出前から徒歩で王都を出発してきたのだが、目的のコカトリスが全くいないという肩透かしを喰らって倫太郎は入れてきた気合いのぶつけ所を見失って消化不良を起こしていた。


「もともと九体しかいなかったとか?」


「いや、そんなはずはねぇんだけどな…。サッジの話だと、ドドエルズ山にコカトリスが住み着いてから繁殖に繁殖を重ねて馬鹿みたいに増えまくって手のつけようがねぇってことだったから数には期待してたんだが…」


ドドエルズ山というのはそこまで大きな山ではなく、凡夫の足でも半日あれば頂上まで登って降りてこられる程度の標高しかない。

そんな小さな山で倫太郎の生命体感知能力と言っても過言ではない倫太郎の敵影センサーに反応がないということは、もしかしたら何らかの理由で数が激減し、レディの言う通り昨日エンペラーウルフに殺されて餌になりかけていた個体で最後だった…というオチもあり得る。


「……帰るか…」


昨日の超収穫から一転、まさかの手ブラで帰宅することになる虚しさから倫太郎の足取りは重い。


昨夜、倫太郎とレディはステーキを頬張りながら「この世界って実はカネ稼ぐの楽勝なんじゃね?」とか「貯金一億ベルも夢じゃない」とか大口を叩いていたが、今は意気消沈しており見る陰もない。徒歩で帰らなければいけないということも倫太郎のテンションを下げる一つの要因になっている。


「………はぁ」


「毎日絶好調なんてあり得ない。探求者稼業なんて波があって当たり前。大事なのは目の前のチャンスを見逃がさない嗅覚とチャンスを掴みとる手腕。…って昨日晩御飯食べてるときに隣に座ってた探求者のおっちゃんが言ってた。気を落とさないで。リンタロー」


「…ああ、そうだな…。わりぃな、レディ。無駄骨折らせちまって」


「謝らないで。レディはリンタローと一緒に行動できるだけで満足。仕切り直して明日から頑張ればいい」


肩を落とす倫太郎を見かねてレディだったが、その気遣いが返って心に刺さる。ヘコんでいて気の効いた返しもロクできないことも自覚しており、ますます自己嫌悪に陥る倫太郎であった


──────────────────────────


とぼとぼと歩くこと一時間ほど、辺りは未だ代わり映えのない地形の起伏が多い景色だ。このペースだと王都に着く頃にはすっかり夜になっていることだろう。


「…」


「…」


倫太郎もレディも口を開くことなく、ただ黙々と足を動かすだけだったが、遥か遠方に砂煙が舞っていることに倫太郎が気づいた。


少し様子を見ていると、砂煙の原因が徐々に見えてくる。


倫太郎たちの前方左手から先頭を走る二頭引きの馬車と、それを追い掛けるように粗野な出で立ちの男たちが複数の馬を駆り、走って来ている。


察するに賊から逃げる金持ち、という構図だろうか。だが、その追う側の数がやたらと多い。パッと見ただけでも四十頭は下らない馬と、それに乗った男たち。完全に異常事態である。


追われているほうの二頭引きの馬車は、遠目からでも分かるほど豪奢で煌びやか、だが品が良くまとまっており嫌味な印象はない。どこかで見たことがあるような家紋が馬車の後部に刻印されている。


「…リンタロー、あれ…」


「ああ。見たまんま賊に襲われてる金持ちってとこだな。あいつらで憂さ晴らし…いや、たまには人助けでもしようか」


「ん、レディも付き合う」


倫太郎たちの前方を横切るように通過しようとする逃げる馬車と追う賊たち。馬車と賊から倫太郎の距離は二百メートルと言ったところか。

倫太郎は闇爪葬を呼び出し、太刀の姿へと変えて後ろ手に構える。刀身が柄の方から徐々に漆黒に染まってゆき、それはすぐに帯電しているかのようにバチバチと弾けて魔素の充填が完了したことを告げる。


「ふッ!」


闇爪葬を斬り上げるように振るい、地を這う飛ぶ斬撃を放つ。音速を軽く上回る巨大な不可視の斬撃は馬車と賊の間を地面を抉り飛ばしながら通り過ぎた。


賊からしてみれば突然目の前の大地が裂けたようにも見えただろう。何より賊の乗っている馬が驚いて急停止して暴れ始めた。馬の背から振り落とされる賊も続出し、後続の馬に踏まれて大怪我をしている者もいる。もう馬車の襲撃どころではない。


「なんだ!?一体何が起きた!?」


「わからねぇ!いきなり地面に切れ目ができたぞ!」


「どう!どう!落ち着け!どう!」


暴れる馬を落ち着かせることで精一杯の賊の集団。獲物である馬車との差はかなりついてしまい、馬は暴れて手のつけようがなく、追い掛けることもできそうにない。


馬車の御者は一部始終を見ていたようで、迂回して倫太郎のもとへとやってきた。


「助かった!恩に着る!」


「あ~、気にすんな。今日の仕事がうまくいかなくてな。あいつらで鬱憤を晴らそうと思ってけしかけたんだ。俺たちに構わず行ってくれ」


倫太郎本人は余裕そのものであるが、四十人以上もの賊に二人だけで挑もうとしている倫太郎とレディは御者から見れば自殺志願者にでも見えたのだろう。「なに言ってんだコイツ」という顔を隠しきれていない。


「リンタロー殿!?」


「あん?」


豪奢な馬車の扉が勢いよく開かれ、現れたのは見知った顔の男であった。


大柄で筋肉質な巨体をフルプレートメイルに押し込み、厳つい風貌に髭を蓄えた彼はトルスリック騎士団副団長のグーフィだ。

馬車は今まで見た中でも一番大きく、まさに高貴な身分の人間が乗るに相応しいゆったりとした作りであるが、グーフィは窮屈そうに体を曲げながらなんとか降りてきて倫太郎へと駆け寄った。


「リンタロー殿!久しいですな!…と言っても、ひと月も経ってませんがな!」


「おぉ、トルスリック騎士団の副団長さんじゃねぇか。その節は世話になったな。アンタの顔見たらあのめちゃくちゃ旨いチュシー(改)の味が恋しくなってきたな。またそのうち食わせてくれよ」


「もちろんですとも!…そうだ!いつか我が家へ招待しましょう!私の妻と子らにも会っていただきたい。その時にチュシーを振る舞おう!夜営の時と違って家には調味料も各種取り揃えている故、さらに旨いチュシーを約束しよう!」


「おっ!そりゃいいな。是非とも伺わせてもらうよ」


倫太郎とグーフィで再会の喜びを分かち合い、グーフィ宅にお呼ばれする約束まで取り付ける倫太郎と、命の恩人である倫太郎にまた料理を振る舞えると喜ぶグーフィで場は和やかムードに包まれていた。


「…リンタロー」


「待て、レディ。今いいところだから…」


「いや、でも…」


レディが倫太郎の袖を引っ張りながら呼ぶが、レディなどそっちのけで話に花を咲かせる二人。チュシーの話に始まり、王都のどこどこの飯屋が旨いだとかロックドラゴンの肉が素晴らしかったとか…。加熱する料理談義。

そんな二人に馬車の中にいた人物も我慢の限界を迎えたようだった。


「グーフィ!いい加減になさい!この非常時に何を呑気にお喋りしてるのですか!」


勢いよく馬車の扉を開け放ち怒り心頭で飛び出して来たのは、この場にそぐわない豪華で美しい純白のドレスを纏った妙齢の女性であった。


グーフィの立ち話の長さに対するイライラと賊に追われているとい恐怖心でなんとも言えない顔色になっている。


「はっ!?もっ、申し訳ございません!姫様!」


「姫?…ああ、“王都”だもんな。王がいれば姫もいるわな…。つーかこの世界にも土下座の概念てあるんだな」


姫と呼ばれた女性に流れるように綺麗な土下座をキメるグーフィ。その動きは土下座し慣れている奴の淀みのない美しいフォームで、倫太郎は正直ちょっと引いていた。


「…ねぇ、リンタロー。周り、囲まれてる」


「………あ」


グーフィと無駄話をしている間に、暴れる馬を落ち着かせて態勢を整えた賊は倫太郎たちと馬車を包囲していた。


賊たちの顔はさっきから無視されていることと、襲撃を邪魔されたことに怒りで上気させて睨んでいる。目は血走り、こめかみに太い青筋を浮かべていた。


「オラァ!さっき俺らの邪魔したのはテメーかぁ!?つーかなにシカトしてんだぁ!?状況わかってんのかコラ!」


「ぶっ殺すぞガキィ!」


「あの赤髪、まだガキだけどなかなかいい女だな。(さら)ってヤッちまおうぜ」


ゲスな笑みと粗暴な言動、薄汚れた着衣、品性の欠片も感じない立ち振舞いは野蛮そのものだ。

最後の奴の言葉はしっかりとレディの耳に入っており、すでにレディは短刀を抜き放ち、殺気を滾らせて威嚇している。


「…なぁ、副団長。こういう場合は()っちまっても正当防衛ってことになるよな?」


「ええ、そうなりますな。そもそも奴らのような盗賊紛いの悪党には人権など存在しておらぬ故、殺して誉められることはあっても罪に問われることなどありえませんな。姫様!危険ですので馬車にお戻りを!…行くぞ賊ども!正義の剣の錆びにしてくれるわ!」


腰に帯びたバスターソードを鞘からスラリと引き抜き正眼に構えるグーフィ。視界の端で姫が馬車の中へ入ったことを確認すると、手近にいる賊へと地を蹴り飛ばし勢いよく駆けて…行けなかった。


「ちょい待ち」


「ぐえっ、な、なにをするかリンタロー殿!?」


弾丸のように飛び出そうとしたグーフィの鎧の襟首を捕まえて力任せに引き留めたのは倫太郎だ。コキコキと手首足首を軽く回して準備運動しながらグーフィの前に出た。


「アンタが馬車を離れたら誰が姫様を守るんだ?俺らが殺るよ。アンタは馬車に近寄ってきた奴だけ相手にしてくれたらいい。レディ、イケるよな?」


「ん、余裕」


太刀形態の闇爪葬を肩に担いで散歩するかのようにゆっくりと賊の方へと歩いていく倫太郎。レディも短刀片手に倫太郎に続く。


「バッカじゃねぇのかテメーら!この人数を二人だけでどうにかできると思ってんのかぁ!?調子コイてっとマジで死なすぞコラ!」


「女の前だからって強がるんじゃねぇよ!足震えてんぞ!」


「女の方は殺すなよ!あとで楽しむんだからな!」


「オメーそればっかだな!まぁ俺もヤるけど」


「ぶわっはっはっはっはっ!」


口汚く囃し立てる賊の戯言など柳に風と受け流し、涼しい顔で歩き続ける倫太郎とレディを賊たちはここぞとばかりに馬鹿にして笑い出す。


しかし賊たちのその余裕も次の一瞬で消し飛ぶことになる。


ザンッ!


対峙した相手の意識から外れる闇纏と、持ち前の人外の脚力で瞬く間に賊たちとの距離を詰めて闇爪葬を横凪ぎに振るえば、その剣閃の軌道上にいた賊たちの首は胴体と永遠の別れを告げる。


「………え?」


急に舞った血飛沫とゴトリと落ちる複数の頭に訳が分からず硬直する賊たち。倫太郎はすでに返り血の浴びない場所で先程と同じ様に肩に闇爪葬を担いで佇んでいた。


状況がうまく飲み込めずに静まり返っていた賊たちだったが脳ミソの活動がやっと復旧したようで、仲間を殺されたことを理解して騒ぎ出す。


「て、テメー!なにしやがった!?」


「ふざけやがって!ぶっ殺してやる!」


「ああ!兄弟っ!兄弟!!!…絶対殺してやるぞクソガキがぁー!」


…などと言っているようだが、大勢でぎゃあぎゃあ喚くものだから倫太郎の耳に届くのは騒音のような音でしかなく、ほとんどなにを言っているか理解できない。


「あーあーあーあー、うるせぇうるせぇ。臭ぇ口でゴチャゴチャ喚き散らしてんじゃねぇよ、生ゴミども。生ゴミ語なんてわからねぇし、こっちはお前らとお喋りなんてする気なんてサラサラねぇんだよ。四の五の言わずにかかってこい。全員まとめてドドエルズ山の肥料にしてやる」


闇爪葬の切っ先を賊たちに向けてそう宣言する倫太郎。

賊は全員もれなく茹で蛸のように顔を真っ赤にして激昂している。今にも襲い掛かってきそうな形相である。


場の殺気が自分に集中しているのを確認して、倫太郎は心の中でニヤリと笑う。ヘイトは十分稼いだ。倫太郎を放置して馬車を襲うことはまずないだろう。


一触即発の空気、渦巻く敵意と殺意、魔物戦とは違う対人戦独特の雰囲気が倫太郎はなぜか心地よく感じていた。


人助け、もとい遠出して戦果ゼロだった鬱憤を晴らすべく八つ当たりするために仕掛けた先頭だが、久しぶりの対人戦はやはりどこか胸が踊る。


殺人が好きなわけではないが、本来倫太郎は対人戦闘のエキスパートであり魔物討伐など必要に迫られてやっているだけで、やはり人間と対峙しているときが自分らしいと思えたのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!

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