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思わぬ会敵

短めです。

倫太郎とレディは今、王都グランベルベからニ十キロほど南を馬を駆り、南下していた。


王都近郊の見晴らしのいい草原地帯とは違い、ここは隆起した起伏の多い地形だ。


人の足で歩くにはなかなか骨が折れるし、なにより遠いということでサッジの気遣いで馬を一頭貸し出してくれるということだったので、その好意をありがたく受けて倫太郎とレディは二人で一頭の馬に跨がりドドエルズ山へ向かっている。


「リンタロー…お尻痛い…」


馬には乗ったことがない、もしくは乗ったことがあるのかもしれないが覚えていないレディは必然的に馬を操る倫太郎の後ろに乗り、倫太郎の腰に手を回してしがみついている状態だ。


最初は「リンタローと同意で密着…ムフフッ…」と、嬉しそうだったレディだが、道程を進むにつれて馬の以外にハードな乗り心地と地形の悪さに辟易しているようで表情も険しくなっている。


「もうちょいだ、我慢しろ。もうすぐ平らなとこに出るから、そしたらいくらかマシになんだろ」


倫太郎は日本では乗馬が趣味だった…という訳ではなく、仕事の都合上、馬に乗れないと遂行できないシチュエーションがあったために必要に迫られて覚えたのだが、覚えておいて本当によかったと思う倫太郎であった。


探求者ギルドで高ランクの探求者向けの強力ではあるが買取価格の高い魔物が出没する狩場をサッジの判断で教えてもらったのだが、そこは人の足で行こうとすると半日がかりの距離で、とても日帰りなど無理だ。


しかし日帰りできるような距離の狩場では倫太郎が望むほどの買取価格に達する魔物はおらず、背に腹は代えられないということで馬で足を運ぶことにした、というわけだ。


しばらく進むと景観の様相が少しずつ変わってきた。

周辺に生い茂っていた草木はとんと見えなくなり、大地には一切の植物は見当たらなくなってしまったのだ。


「なんだか殺風景になってきたな。これもコカトリスって魔物の影響なのか?」


「わからない。わからないけどさっきからなんだかイヤな臭いがする…鼻が曲がりそう…」


コカトリスとは、獅子の頭で蛇の胴を持ち、鶏のような足で駆け、巨大な翼で空を飛ぶ魔物。そして一番厄介な特性は吐息で万物を石化させる能力だという。


よくよく辺りを見れば草や花や木々はないのではなく石化させられて砕けたのか、花の花弁や木の枝や幹らしきものがそこかしこに転がっている。

先程から漂ってくる不快な臭いが一体なんなのかはわからないが一つわかることは、ここはすでにコカトリスの縄張りだということだ。


「ああ、なんかさっきからヘンな臭いがするな…。なんつーか、腐った柑橘系の果物みたいな…確かに臭ぇ。それよりレディ、ここらはもうコカトリスの活動エリアみたいだ。いつでも戦えるようにしとけよ?」


ドドエルズ山は普段は人は寄り付かない無人の山だ。いや、寄り付く必要がないと言った方が正しいのかもしれない。


山菜が取れるわけでもなく、食べられる動物がいるわけでもない、鉱物も全く取れない不毛の地である。


数十年前までは季節によっては山の幸が大量に収穫できる肥沃(ひよく)な土壌を持つ山だったのだが、いつからかコカトリスが住み着いてからは数ヶ月と経たずにただの荒れ果てたハゲ山へと変貌してしまった。


草木も動物たちも、ドドエルズ山にあったもの全てをコカトリスにただの石に変えられて久しい。害獣ならぬ害魔獣とでも言えばしっくりくるような悪害極まる存在だ。


しかしコカトリスの買取価格は非常に高価で、一体だけでも倒して素材をギルドへ納めれば、状態のいい個体ならば三人家族が一年は遊んで暮らせるほどの高値がつくほどだ。


ではなぜ探求者たちはコカトリスを討伐しようとしないのか。


それは単純にコカトリスの戦闘能力が高いことと、石化イコール死であることだ。


石化を解除する術がないわけではないが、それこそ家族三人が一年は遊んで暮らせるような法外な値段で取引されている霊水が必要になる。


高ランクの探求者でパーティを組んで必死に一体だけコカトリスを倒せたとしても仲間が石化してしまったら、それを解除するために霊水を買えばトータルで赤字である。


なので世の探求者たちの結論としては『ワリに合わないからパス』という結論で満場一致で可決されている。

そういった背景があることからドドエルズ山のコカトリスは放置され続けている訳だ。


鼻をつまみながら進むことしばし、二人を乗せた馬はピタリと止まり一歩も進まなくなってしまった。


「…ここからは徒歩だな。コイツもこの先にやべぇ魔物がいるって分かるんだろ。ここまで連れてきてくれてありがとな。すぐ戻る。ちょっと待っててくれ」


倫太郎とレディは馬から降り、近くの石化した木に手綱を引っかけた。

少し引っ張ったくらいでは外れないが、万が一コカトリスが現れたとき、馬が暴れれば手綱が外れて逃げられるよう調整してある。


「さて、じゃあ行こうか、レディ。出発前にも言ったが、とりあえず今日は下見の予定だからコカトリスの巣や溜まり場なんかを見つけよう」


「うん」


「どのくらいの数がいるのか、何体くらいで群れるのかを見極めたら一旦王都に戻って…」


ケェェェェェェェェ!!!!!


これからの行動の打ち合わせをし始めた倫太郎とレディだったが、遥か遠くから聞こえたけたたましい野生むき出しの咆哮で一瞬で戦闘体勢に切り替えた。


咆哮の聞こえ方からしてまだ倫太郎たちからは離れた位置にいると思われるが、完全に敵意を滾らせた鳴き声だ。もしかしたら倫太郎たちの存在を察知したが故の威嚇なのかもしれない。


「…レディ、後方の警戒を頼む。慎重に行くぞ」


「わかった」


二人は静かに咆哮が聞こえた方へと歩き出す。


リンタローは闇爪葬をガンソード形態で、レディは短刀を逆手に持ち、気取られないようゆっくり静かに移動する。


相手は即死技と言っても過言ではない石化ブレスを持つコカトリスだ。群れに囲まれるようなことになれば厄介極まりない。


倫太郎は気配を極限まで消し、倫太郎には遠く及ばないがレディも息を潜めつつ足音も極力たてないように進んだ。


歩き始めておよそ二十分、倫太郎のセンサーが敵影を拾った。


そこは踏み外せばノンストップで谷底まで真っ逆さまに転げ落ちるような切り立った崖になっているが、その崖下から複数の生き物の気配がするのだ。先程からどんどん強くなっていく臭いも崖の下から立ち上っているようだ。


掌で「止まれ」とレディにジェスチャーを送り、伏せるようにして崖下を覗き込む。


そこには目を疑うような光景が広がっていた。


聞いていた話通り獅子の頭に蛇の胴体で鶏のような足に巨大な翼、崖下にいたのは目当てのコカトリスで間違いない。間違いないのだが、そのコカトリスが他の魔物に補食されているのだ。


(おびただ)しい数のコカトリスの死体が散乱する中、一体のコカトリスの首筋に牙を立て、血肉をガツガツと貪るように食べているその魔物に倫太郎は見覚えがあった。


流れるような銀色に輝く美しい毛並み、大型犬よりさらに大きな体躯、毛並みの上からでもわかるほど発達した筋肉。トルスリック騎士団との夜営のときに一度出会った狼型の魔物、それは…。


「…キングウルフ………」


隣で伏せて覗き込んでいるレディにも聞こえないほど小さく倫太郎はそう呟いたが、崖の下でコカトリスの肉を咀嚼していたキングウルフはピタリと食事をやめた。


喉の奥から地に響くような唸り声を立て始め、ギロリと倫太郎とレディを睨むキングウルフ。その眼光から発せられる圧はかつて以上のプレッシャーで、コカトリスとは違う意味で見るものを石にしてしまう力さえ感じるほどだ。


「ヒュッ…」


倫太郎の隣でまさに石のように固まってしまったレディ。どうやらキングウルフの威圧に耐えられなかったようで、顔面蒼白で小刻みにカタカタと震えている。


「…レディ、ここで待ってろ。ちょっとあのワンちゃんと遊んでくる」


「リンタロー!レディは…」


倫太郎はスッと立ち上がると、レディの言葉を聞き終える前に迷いなく飛び降り、崖をフリーフォールで落下していった。


崖の高さは目算でもニ十メートル。足から着地しても普通は骨折は免れない高さだが、倫太郎は木葉が舞い落ちるかのように音もなく着地してキングウルフを睨み付けた。


グゥルルルルルルルルルル!


前傾姿勢で唸り声の音量を上げ、犬歯を剥き出しにして敵意と殺意を倫太郎にぶつけるキングウルフだが倫太郎は涼しい顔だ。


この世界に来てからというもの、散々化け物と対峙して場数を踏んできた倫太郎は今さら少し大きな狼程度になどなんの驚異にも感じないほどの胆力はすでに備えている。ましてや一度撤退に追い込んだことがある魔物だ、キングウルフに対しての恐怖心など毛ほども持ち合わせていない。


「…ん?角?」


よく観察してみればキングウルフの額からは一本の翡翠色に輝く角が生えている。なにより以前対峙したキングウルフより体が一回り以上大きいことに気づく。


トルスリック騎士団団長のエリーゼが言っていたキングウルフの進化先のエンペラーウルフという個体だと倫太郎はアタリをつけた。


まぁ、だからなんだ。という話なのだか。やることは変わらない。


殺意をもって立ちはだかる者には死をくれてやるというスタンスは揺るがないのだ。


グゥルルルルァ!!!!!


「…あ?」


咆哮と同時に地を爆散させ真っ直ぐに突進してくるエンペラーウルフだったが、倫太郎から突如として噴き出した濃密かつ大量の殺気を察知し、地面に爪痕を残しながら急ブレーキをかける。


本能で解った。否、解らされてしまったのだ。


このまま踏み込んでいたら殺されるところだった、と。


そんなエンペラーウルフの胸中など知ったことかと倫太郎はさらに殺気を色濃く発し、ピンポイントでエンペラーウルフへと叩きつける。

エンペラーウルフの敵意や殺意など、まるでお遊びに感じてしまうほど濃密で物理的な重量すら感じさせるような明確で鮮烈な倫太郎の殺意は場を支配した。


周囲の重力が数倍に跳ね上がったとも錯覚させる圧力はエンペラーウルフをもってしても無意識にジリジリと後退させてしまうが、エンペラーウルフには皇帝の名を冠する者としての矜持があったのだろう。

敵前逃亡、背を向けて逃げるなどできなかったのだ。そのプライドが自身の寿命を縮める原因となるとしても。


グゥルァァァァァァ!!!!!!!!


今日一番の咆哮で気合いを入れ直し、エンペラーウルフは高く飛んだ。


太陽を背負いながら自由落下の勢いと共に倫太郎の頭蓋を噛み砕かんと巨大な顎門を開けながら向かってくるエンペラーウルフ。鬼気迫る形相と大柄な体躯が迫る恐怖感で常人ならば立ち竦んでしまうだろう。


しかしエンペラーウルフの落下地点にいる異界の殺し屋もまた常識から逸脱した存在。闇爪葬の銃口はすでに大口を広げて迫ってくるエンペラーウルフの口内にロックオン済みだ。


以前戦ったキングウルフの方がまだ知能も高く、野性の勘頼りではあるが戦闘も上手かったように思ってしまうのも無理はないだろう。


倫太郎の殺気にあてられたとはいえ、自ら不用意に身動きのとれない空中に飛んでしまうなど、あのキングウルフならば絶対にしない愚策だ。

個体差なのか踏んだ場数の違いなのかはわからないが、すでに倫太郎の眼前にまで迫ってきているエンペラーウルフは明らかに、格段に……弱い。


「皇帝なんて言っても所詮はケモノか。…死ね」


どこか失望したようにそう吐き捨てて倫太郎は指先に殺意を灯し、トリガーを引き絞った。


ガァン!!!


特大のマズルファイアと共に大型の弾丸が超高速で射出され、それは狙い違わず馬鹿みたいに大口を開けたエンペラーウルフの口腔に飛び込み蹂躙する。

前歯を砕き、舌を切り裂いて咽頭をブチ破る。そして内部を破壊し尽くして首裏から飛び出した弾丸は一瞬で遥か彼方まで飛び去った。


その一瞬で絶命したエンペラーウルフはもう飛来する肉塊でしかなく、着地ではなく地面に激突することでその動きを止めたのだった。


「手応えのテの字もねぇな…。とりあえずこいつら全部持って今日は帰るか」


つまらなそうに独りごちて倫太郎は周囲に散乱するエンペラーウルフとコカトリスの死体を次々に那由多の異袋へと収納して、血溜まりだけが残る現場を立ち去った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!

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