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闇爪葬とは

『なァ、リンタロー。王都ってのはよォ、いつもこんなに人間で溢れかえってんのかァ?オレァなんだか酔っちまいそうだぜェ』


今、倫太郎とレディは王都の東側の地区を目指して歩いている。朝と同様、いや、朝以上に行き交う人の数は増えて歩きにくいことこの上ない道をレディと共に人と人の隙間を抜けるように進んでいた。


しばらくぶりに倫太郎に話しかけてきた闇爪葬はいつになく具合の悪そうな様子だ。

それも仕方のないことだろう。なにせ今までずっと夢幻の回廊の下層でノーライフキングの手元にあったのだから。

人里に出てくるのも、人ごみを見るのもこれが初めてのことで、まるで耐性がないのだ。


(お前…酔ったりすんのか?武器なのに?)


武器が酔う、という謎の現象に疑問を抱く倫太郎。そもそも喋る武器という時点で理解し難いのだが…そこはすでに慣れてしまって疑問すら浮かばない。


『オレだって酔うときゃ酔うぜェ。お前オレのことなんだと思ってんだよォ?』


(いや、それは俺が聞きてぇんだが。喋って変形する武器とか…謎過ぎんだろ)


『そりゃあもちろんオレァ……オレは…なんだ?』


人格を持ち、話して意思の疎通をすることができる可変型武器、闇爪葬。どうやら自分でも自分が何者なかわかっていないようで自答自問を繰り返す。


そんな闇爪葬を放置して倫太郎とレディは武具やマジックアイテムを専門に取り扱う店舗が建ち並ぶ区画へと足を踏み入れる。

相も変わらずここは剣とハンマーが交差した絵が書いてある看板だらけで武器屋の多さに辟易しそうである。


荒事を稼業とする探求者たちが行き交い、粗暴な喧騒と人ごみにレディは倫太郎の後ろにピタリとくっつきながら歩いて周囲を警戒しているようだった。


「レディ、堂々としてろ。こういう連中が多いとこで弱々しい振る舞いをしてるとアホな輩が出てくるから…あ~、手遅れだったか」


倫太郎とレディが進む先にニヤニヤといやらしい笑みを張り付けた大柄な探求者らしき男が二人、獲物を見るような、品定めするような目でレディを見ていることに倫太郎は気づいた。


接触まであと数秒、咄嗟に逃げ込めるような路地もない。レディに聞こえないように小さく溜め息をついて、ダメ元で男たちとは目を合わせないように脇を通り過ぎるようにしてみるが、やはり無駄だったようだ。


「おぉーい、待てや。オイ黒服、オメーは消えろ…嬢ちゃん、べっぴんさんだなぁ。ヒヒヒヒヒっ!どうだい?俺たちと遊びに行こうぜぇ?」


「こんなヒョロヒョロより俺たちのほうが楽しいことたくさん知ってるからよ~。もちろん気持ちいいこともなぁ!ぶはははは!」


筋骨粒々で高身長のガラの悪そうな探求者二人に絡まれれば一般人ならば萎縮して恐怖の感情を表情に浮かび上がらせてしまうが、倫太郎の表情に浮かび上がっているのは純度百パーセントの面倒臭さだった。


「なっ?わかっただろ?こんなアホを呼び込むことになるんだ。堂々としてりゃこういうのも減る。ハッタリでもいいから強者の風格みたいなもんを意識して睨み効かせとけば余程じゃない限り絡まれるなんてほとんどねぇはずだ」


「なるほど。勉強になる」


さ、行くぞ。と、二人の男たちを無視してすり抜けようとすると、男たちは倫太郎の肩をがっちりと掴んできた。


「オイコラ、待てコラ。テメー今俺らをアホだのなんだの言ったか?無傷で帰してやろうっていう俺らの優しさを踏みにじったわけ?ん?」


「傷ついたわぁ~。言葉のボウリョクってやつ?マジで傷ついたわぁ。こりゃ慰謝料請求させてもらうしかねぇなぁ。俺らもよぉ、探求者としてオマンマ食ってるワケよ?ナメられたらオシマイなのよ?わかる?ニーチャン」


男たちはポキポキと指の骨を鳴らしながら倫太郎を威圧するように詰め寄る。


探求者とはダンジョンに潜ってレガリアや魔物の魔石を売することを主な活動とし、生計を立てる。別にナメられたらからといって仕事に差し支えるようなことはない。


倫太郎へあと少しで触れる距離まで男が近寄るが、その一切を無視してレディへのレクチャーは続く。


「オイ、テメー聞いてんのかコノヤロー!」


拳をふりあげて今にも殴りかかって来そうな男たちを他所に倫太郎はレディから目を離さない。


「そしてこんなシチュエーションに出くわしたときの模範解答はこうだ」


一瞬だけ、倫太郎の右腕の肩から先がブレて消える。同時にココンッ!というノックするような音が鳴った。


すると男たちは凄んだ顔のまま眼球だけがグルンと回転し、白目を剥いて二人同時に膝から崩れ落ちて地面に濃厚なキスをするように倒れ伏した。


「……えっと…今、なにが起きたの?」


倫太郎の動きを眼で追えなかったレディには突然探求者の男二人が気絶して倒れたようにしか見えていなかった。


「なにも起きてない。コイツらがいきなりぶっ倒れただけだ。でも恐らく顎に鋭い衝撃を受けて脳が揺さぶられたんだろう。脳震盪ってやつだな。まぁほっといてもすぐに気がつくだろう。…野次馬が集まる前にさっさと行こう」


探求者の二人が大声で騒ぐものだから行き交う人々も何か起きたのかと足を止めていたのだが、その騒いでいた二人が突然倒れて更に足を止める人が続出し始めた。

このままでは野次馬に取り囲まれて面倒事に発展しかねないと判断した倫太郎はレディの手を引いて無理矢理人垣を突破して足早に歩き始めたのだった。


そして、去り行く倫太郎たちの背中を、神妙そうな顔で見つめながら驚愕している男が二人がいた。彼らは鼠色の地味なフード付きのローブを羽織っていて外から顔は見えない。


その男は倫太郎とレディを興味深そうに観察するようにじっと見るだけで追って話し掛けようとはしない。


「………今の動き…それにあの容姿…まさか、アイツか?…」


「追跡しますか?」


「…ああ、だが気取られるなよ?…あれはただ者じゃない。十分に距離を取って尾行しろ」


「はい」


普通に話しても周囲の喧騒に掻き消されそうなほど街は賑やかを通り越して騒音レベルの活気で溢れているが、二人の男はコソコソと耳打するようにやり取りをしていた。


──────────────────────────


まだ昼前だというのに薄暗く狭い路地を倫太郎とレディは歩いていた。右へ左へと何度も曲がり、いよいよ方向感覚が麻痺して来た頃に突き当たりにぶち当たった。


「…ここがお店?」


レディがついついそう思ってしまうのも無理はないだろう。


古ぼけた木製の片開きの扉はどう見ても店という雰囲気ではない。どこかの民家の裏口とも思える外観である。


「まぁ、そういう感想になるわな。俺が最初来たときも入ろうか帰ろうか迷ったんだが…」


「リンタロー!!」


くたびれた木製の扉が内側から力一杯開かれた。今にも壊れそうな扉から鳴ってはいけないレベルの軋んだ音が鳴り響き、蝶番が限界を迎えて弾け飛んだ。


中から飛び出して倫太郎の懐に飛び込んで抱き締めたのはもちろんザリアネである。


「リンタローリンタローリンタロー!!!久しいねぇリンタロー!会いに宿を訪ねたらダンジョンに行ったと言われたから二日も宿の前で待ってたのに全然帰っても来ないからアタシも夢幻の回廊に向かおうと思って準備してたとこだよ!」


ドン引きしながらも、ザリアネのなすがまま、されるがままにされている倫太郎。ザリアネは倫太郎の胸元に顔を埋めてスーハースーハーと倫太郎成分をチャージしている。


さらりとストーカー紛いの行動をカミングアウトするザリアネだが悪気は一ミリもなく、純粋な恋慕からくる行動だということを倫太郎もわかっているため強く追求することを躊躇いながらもザリアネを引き剥がした。


「…落ちつけ。まず、久しいってほど日数は経ってねぇだろ。あとなんでレガリア屋が店をほっぽらかしてダンジョンに潜ろうとしてんだよ…。最後に、俺の後ろですげぇ顔で睨んでる奴がいるからちょっと離れろ」


「後ろ?…ヒェッ…」


倫太郎に言われてザリアネが覗きこむように倫太郎の後ろを見ると、レディがこの世の憎悪を全て詰め込んだような、親と兄弟と親戚と友達の仇を見るような眼でザリアネを睨み付けていた。その頭には鬼の角が幻視できるほどの形相で、図太いザリアネが短く悲鳴を漏らすほどであった。


「リ、リリリリリリリンタロー…鬼が…鬼が…」


「…とりあえずこんな狭い路地で立ち話もアレだし、中に入れてくれ」


ビビりきったザリアネに張り付かれたまま、レディを促して倫太郎は店内へと入っていったのだった。


狭い店内に四人掛けのテーブルを設置し、三人は座ってお茶を啜っていた。

だが和やかムードとは対極の空気を漂わせながら飲むお茶の味などわかるはずもなく、倫太郎は頭を抱えていた。


「……リンタロー、紹介して。この泥棒猫はどちら様?」


珍しく刺々しい物言いのレディ。まだ頭に角を生やしていらっしゃる。


「…彼女はこのレガリア屋の店主のザリアネだ。ダンジョンに潜る前に世話になった。ザリアネ、こいつはレディ。夢幻の回廊で探求者に奴隷契約の破棄をされてたから俺と主従関係を結んだんだ。でもまぁ奴隷っつーか仲間だな」


「ふぅ~~~ん。レディはレディ。よろしく」


「あ、アタシはザリアネさ。よ…よろしくねぇ」


レディが握手をもとめ手を差し出す。その手をザリアネは恐る恐る取り、握手を交わす二人。


「っ!?あだだだだだ!」


ギリギリギリ…ミシミシミシィ…と、握手を交わした二人の手から聞こえてくる音とザリアネの悲鳴。どうやらレディが力一杯ザリアネの手を握り潰しているようだ。


「…ふぅ…。コラ、レディ」


ばちぃぃぃん!


「ギャン!」


レディの横暴に見かねた倫太郎の殺人デコピン(弱)がレディの額に突き刺さる!


レディの頭が盛大に後ろへ弾かれて握っていたザリアネの手を放してその場に額を押さえてその場に(うずくま)ってしまった。

余程効いたのか涙目になっている。


「レディ、俺はザリアネから高価なレガリアを無償で譲ってもらった恩がある。大袈裟に言えば恩人てことになるな。その恩人に無礼な態度をとることは許さねぇ。謝れ」


激怒…という程ではないが、叱りつけるような倫太郎の厳しい表情にレディはビクリと肩を震わせる。

デコピンを食らって頭が冷えたところで冷静に考えれば、自分らしくない言動だったとすぐ思い至るレディ。同時にこの感情は見知らぬ女がいきなり倫太郎に抱き付いてきたことによる嫉妬(ジェラシー)だったことも理解して急に恥ずかしくなるのだった。


「……ごめんなさい、ザリアネ。…嫉妬で冷静じゃなかった。レディが全面的に悪かった…本当にごめんなさい」


「ま、まぁいいさ。レディがリンタローを好いてるのも今のやり取りでわかったしねぇ。想い人が同じよしみで許そうじゃないか」


ビリビリと痺れる手を擦りながらもザリアネは深い懐の持ち主のようで快くレディの悪態を許し、謝罪を受け入れたようた。


「悪かったな、ザリアネ。…あっ!そうそう!お詫びにってワケじゃねぇけどコレ受け取ってくれ」


ガサゴソと倫太郎が麻袋から取り出してザリアネに手渡したのは金属でできたオブジェだ。


「ご、これは…アタシ…かい?」


派手ではあるが美しい着物を纏い、サラシを巻いているがこれでもかと主張してくる女性らしい大きな胸部、スラリと伸びた長い足は組まれており、妖艶な雰囲気を醸し出している。


ザリアネという人物をそのまま金属のオブジェにしたような逸品に本人をして息を飲んだ。


「すごい…。リ、リンタロー!これどうしたんだい!?こんなのどこで売ってたんだい!?」


「いや、売ってるワケねぇだろ…。作ったんだよ。俺が。錬金魔法の特訓の過程で練習がてら作ってみたんだ。…でもいらないなら返して──」


「いるっ!絶対いる!…家宝にするよ…」


オブジェを抱いて「絶対返さない」という決意を表すザリアネ。食い入るように近距離で細部までまじまじと見ながらウットリしていた。

作った本人の倫太郎は喜んでもらえて嬉しい反面、「家宝にするってのはどうなのよ」と思わずにはいられなかった。


存分にオブジェの外観を堪能したザリアネが居住まいを正して倫太郎と向き合う。蕩けたような甘ったるい雰囲気は霧散して、いつもの妖艶で理知的なザリアネに戻った。


「よし、じゃあ本題に入ろうかねぇ。わざわざプレゼントをくれに来ただけってわけじゃないんだろぅ?」


「ああ、聞きたいことが一つと、欲しいレガリアがある。…まぁあれば、だが。まずこれを見てくれ」


倫太郎が腕を虚空に突き出し、いつものように闇爪葬を呼び出す。

黒い霧がどこからともなく現れ、掌で集束しながら形を明確にしていく。


一拍後には倫太郎の掌に大太刀が握られていた。見ただけでわかる切れ味の鋭さを物語る怪しげな刃紋がユラユラと揺れる。


その光景を見てザリアネはただ口を阿呆のようにポカンと開けたまま見ているだけたった。


「あと、こんなこともできるぞ」


倫太郎は次々と闇爪葬を変化させた。大太刀からタクティカルナイフへ、タクティカルナイフから巨大鎌へ、巨大鎌からガンソードへ。目まぐるしく一瞬で姿を変えて見せる。


「それに信じられねぇかもしれねぇけど、コイツは喋るんだ。自分のことを可変型武器って言ってたな。元々はノーライフキングが持ってたんだが、倒して奪った」


「喋る!?可変型!?ノーライフキング!?倒して奪った!?…ちょっと待っておくれ、リンタロー…。常識外れの情報が多すぎてアタシは頭がパンクしそうだよ……順を追って説明してくれるとありがたいんだけどねぇ」


情報処理能力が追い付かずにテンパるザリアネのために、情報共有の意味も込めて倫太郎はザリアネに全てを話した。


爆煉石を求めて夢幻の回廊へ向かったこと、マールとレディに出会い仲間になったこと、ダンジョン内では異常事態が起きていて下層の強力な魔物のが浅い階層を跋扈していたこと。そしてノーライフキングと遭遇し戦闘になり、辛くも倒して闇爪葬と契約したこと、爆煉石を入手するまでに倒した魔物の種類などを時系列順に要点をまとめてザリアネに教えた。


その過程で倫太郎がこの世界の住人ではないことも話した。それはザリアネが無闇矢鱈に倫太郎の個人情報を漏らすようなことはしないという判断の上で話したのだった。


「………にわかには信じられない話ばかりだけど…リンタローが言うんだ、嘘じゃないんだろうさ。まさかあの暴虐の風のシルモイも倒したなんて…。確かにさっきアタシも夢幻の回廊が臨時封鎖されたって話は聞いたよ。だからリンタローを追ってダンジョンに入れずに困ってたんだよ。…それで、その闇爪葬が一体なんなのか、って話だったよね?」


「ああ、闇爪葬本人に聞いても自分が何者かわかってねぇみたいだったんだ。まぁ大して重要なことじゃねぇから、わからないならわからないで別にいいんだ。多分レガリアの一種なんじゃないかっていうアタリはつけてたんだが」


『よかねェよォ!些細な情報でも、うろ覚えの知識でもいいからよォ、教えてくれよォ!そのおっぱいネーチャンにそう言ってやってくれよォリンタロー!』 


先の倫太郎との会話で、闇爪葬とは一体なんなのか、何者なのか、という問いに対してまったく答えを見出だせなかった闇爪葬は相当モヤモヤしていたようで、その答えを欲しがっている。


ザリアネも知識を総動員して憶測も込みで仮説を立て自分の推測を話し始めた。


「確かなことは言えないけど…恐らく闇爪葬って武器は古代(エンシェント)レガリア、だろうねぇ」


「エンシェ…?…え?」

『………?』


聞き慣れないワードがザリアネから出てきて倫太郎とレディは首を傾げる。闇爪葬も意味がわからないようだ。頭の中は?マークでいっぱいだろう。


(…だってよ。よかったな、お前はエンシェ…ナントカレガリアだってさ。解決解決。じゃあこの話はおしまいな)


途端に面倒になった倫太郎が無理矢理この話題を終わらせにかかる。


『おまっ…いくらなんでも雑過ぎんだろうがよォ!』


王都のレガリア屋でエンシェ…ナントカレガリアと思われる闇爪葬の倫太郎にしか聞こえない悲痛の叫びが(むな)しく木霊した。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


誤字脱字の指摘、ダメ出しすら執筆の励みになりますのでどんどん教えてください。


「面白い」「続きはよ」「書籍化希望」などと微粒子レベルでも思ったら応援よろしくお願いします!





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