一日の終わり
「ぐっ…うぅ…ん……はっ!?」
見張りをしながら交代で寝ようか、などとエリーゼと相談しているとき、今の今まで存在を忘れていたグーフィが目を覚ました。
「騎士団長!?無事ですか!?奴は!?キングウルフは!?」
目を覚ますなり飛び起き、腰の剣を抜き放ち辺りを忙しなくキョロキョロ警戒する。
「ふぁ~、やっと起きたか。このまま朝まで寝てんのかと思ったけど、これで見張りは副団長殿に任せて俺たちはゆっくり寝られるな」
既に深夜と言っていい時間帯だ。日付もとっくに越えているだろう。
何が何だかわからないような顔で固まっているグーフィは倫太郎を見てさらに混乱していた。
「あっ?なっ!?貴様は団員と共に逃げたのではなかったのか!?なぜまだここにいる。そうか、団員たちと戻ってきたのだな?彼らはどこに?キングウルフは?」
寝ぼけて状況をよく把握出来ていないグーフィにエリーゼが説明する。
「落ち着け副団長。団員たちは戻ってきていない。彼等を撤退させたのは大体三時間前、ここから王都まで馬で凡そ四時間、もう一時間もすれば彼らは王都へと辿り着くだろう。キングウルフは倒せはしなかったが浅くない手傷を負わせたところで逃げていった」
エリーゼが簡潔にまとめ話す。どうやらエリーゼの騎士団長モードのスイッチが入ったらしく、先程のまで倫太郎と騒いでいた『少女エリーゼ』は鳴りを潜め、意思の強いキリッとした目付きに変わった。
今度はグーフィが興奮し始めた。端から見ている倫太郎は欠伸をしながらよく寝起きで感情の起伏を作れるものだと変な方向に感心している。
「さすが団長殿!仕留められなかったにせよあの凶暴で手強いキングウルフに単騎で立ち向かい敗走に追い込むほど手傷を負わすとは!快挙ですな!本来ならば広範囲型殲滅魔法を使える者が複数いないと討伐は至難とされるキングウルフを剣一本で退けるなど歴史に名を残す…」
副団長殿は非常にエキサイトしている。口から唾を飛ばしながら身振り手振りで感情を表す暑苦しいグーフィを見て倫太郎は軽く引き、エリーゼは疲れた様子でそれを制止した。
「落ち着けと言ったはずだ副団長。あの時私は貴様と一緒にキングウルフに吹き飛ばされて気絶はしなかったものの立ち上がるのもやっとの状態だった。キングウルフに手傷を負わせ敗走に追い込んだのは私ではなくリンタローだ。つまり私と貴様が今こうして生きているのはリンタローのお陰ということだ。彼は強かったぞ、貴様よりも私よりも遥かに」
今まで賑やかだった身振り手振りが途中でぴたっと止まりエリーゼと倫太郎を何度も交互に見てそれぞれの表情を確認して嘘ではないことを確信したグーフィは僅かに逡巡した後、倫太郎と向かい合った。
「そうでしたか…。リンタロー殿、今までの非礼を深く謝罪したい。申し訳なかった!そして貴殿のお陰でまた故郷に残してきた妻子に生きて会えることを感謝する。ありがとう!」
初対面時からの疑り深く礼儀を欠いたような不遜さは倫太郎を敵かもしれないと警戒していたが故の態度だったようだ。
倫太郎に深々と頭を下げ、自らの非を認めて謝ることができて義理堅く、根は素直な男なのだと倫太郎はそう思った。
「ああ、気にしないでくれ。身に降る火の粉を払った結果あんたらが生き延びることになったってだけだ。運が良かった程度に考えてくれていい」
恩を着せるつもりなどないのでさくっと謝罪と礼を受け取った。それよりも異世界などという非現実を一日体験し、気を張り詰めた戦闘を二度も行い腹の膨れた倫太郎は非常に眠たかった。
「それじゃ寝ますか。じゃあ副団長さん、しばらく寝てたから眠気はないんだろ?見張りは任せても?」
「ああ、そうだな。私もさすがに今日はくたびれてしまった。頼めるか?副団長」
エリーゼと倫太郎はもう瞼が重くてしょうがない様子で、それを察したグーフィは自分の胸をどんと叩き快諾した。
「はい、任せてください。朝まで責任を持って見張りの任に就きますゆえ安心して眠っていただきたい」
じゃあ遠慮無く、と倫太郎とエリーゼはそれぞれテントに入り横たわる。
濃密な一日だった。ロックドラゴンとキングウルフの襲撃、エリーゼたちとの出会い。まだ一日だ。
考えれば不安は尽きない。元の世界へは帰れるのか、帰れない場合この世界で生きていくしかないのか、自分の中に根付いている常識は通用するのか、眠れなくなるような不安が多すぎる。
しかし楽しみも多い。まず魔法だ。聞き流して興味ないフリをしていたが魔法が存在するようで、もしかしたら自分にも使えるかもしれないと密かに年甲斐もなくわくわくしていた。
次に食べ物。未だに遠方への移動手段が馬という時点で工業文化レベルは地球以下であることは明白だが、地球ではお目にかかれない食材と料理はチュシーとの出会いもあって正直期待している。
今日倒したドラゴンは金になるとの話なのでその金でしばらく観光がてら食堂巡りをしてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながらに倫太郎は眠りに落ちていった。
感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。
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