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シルモイ

「あづいぃ~~~、溶けるぅ~~~…リンタロー、レディ、私は…もうダメです。私の代わりに母に治癒の実を届けてください……マールは最期まで立派だったと伝えてもらえればありがたいです」


六階層に到着後、歩き始めて約十分程。

止めどなく吹き出るマールの汗がポタポタと地面に落ちるが、地面も相当熱くなっているようですぐに蒸発していく。


六階層は灼熱地獄とも言える溶岩がそこかしこを流れる高熱のエリアだ。

暑さに弱いマールでなくとも泣き言の一つも言いたくなるだろう。


「心頭滅却すれば火もまた涼し、だ。暑い暑いと思うと余計暑くなるぞ。いっそのことあのマグマは氷が流れる雪解け水で、ここは極寒の北国とでも思ってみろよ。いくらかマシになるぞ」


爆煉石入手を目前に控えた倫太郎は活力に溢れ、汗はかいているもののマールとは対照的に涼しい顔である。まぁ倫太郎の場合、もともと暑さに強いという理由もあるのだが。


レディなど汗の一滴もかかずにいつも通りの仏頂面で倫太郎の後をテクテク軽快に歩いている。


「…なるほど。ここは北国……あれは氷水……やっぱりあづいぃ~~~」


気合い根性論ではどうにもできないこともあるようだ。


今にもゆで上がりそうなマールを先頭に歩くことしばし。一行は二股の分れ道にさしかかった。


右の通路は暗く、一メートル先も視界が効かない暗闇が支配する洞窟。

左の通路は今までの道幅より狭く、溶岩がすぐ近くを流れる灼熱と表現するのも生易しいほどの超高温の通路だ。人間が耐えられる限界ギリギリの温度だろう。


「マール、ここはどっちに…」


「右です!右に行きましょう!ここはどっちから行っても着く場所は同じです。左は近いですがさらに暑いから絶対イヤです。右は暗くて距離が長く、魔物が多いというだけです!光源は私がどうにかしますし、リンタローとレディがいれば魔物なんて楽勝です!さぁ!いざ右へ!」


倫太郎としては暑かろうが寒かろうが短時間でさっさと切り抜けて行きたいところだが、今以上に暑くなるのはなにがなんでも避けたいマールは頑として譲らない。


「レディはどっちでもいい。リンタローとマールに任せる」


相変わらず。この環境でも余裕そうなレディだ。だが少し暑くなったようで貫頭衣の裾を持ってパタパタと風を送り込んでいた。


「…わかった。無理に左に行ってマールが倒れたりしたら困るからここは右に行こうか。じゃあマール、光源は頼むぞ。レディ、いつ戦闘になってもいいように短刀抜いといてくれ」


そして倫太郎も闇爪葬を呼び出して肩に担いだ。

マールが小さくガッツポーズして、さらなる灼熱地獄コース回避を喜ぶ。


「では行きましょう。…照らし出せ、ライトボール!」


マールが詠唱短縮でバレーボール程の大きさの光の球を作り出す。

それはフワフワとマールの頭上二メートルの高さまで浮き上がり辺りを照らす。感覚的には水銀灯のような光り方で半径二十メートル程度の視界は確保できているようだ。


「…やっぱ魔法って便利だよなぁ」


「光魔法の適正が僅かでもあればこのくらい簡単にできますよ」


「その適正が皆無なんだよなぁ…」


改めて魔法の利便性と自分の魔法の適正の無さを実感してブルーになる倫太郎だった。


暗闇をマールのライトボールの灯りを頼りに突き進む。

ここは溶岩が流れておらず、涼しいわけではないが肌を焼くような暑さはない。


「あ~、死ぬかと思いました。昔からダメなんですよ。暑いのも、水中も。寒いのは不思議と平気なんですけどね」


「暑いのはともかく、そんなデカい浮きを二つもぶら下げているのにカナヅチってどういうことだ?」…などとセクハラ覚悟で聞きたい衝動に駆られる倫太郎だったが、口を一文字に結んで余計なことは言わないと決めて明後日の方向を向いた。


「…そんなにでっかい乳してるのになんで沈むの?レディですら浮くのに…」


「ちょっ!レディ!リンタローもいるんですから今そういう話は…」


「?。それこそ今さら。リンタローもレディと同じこと言いたそうな顔してた」


「!?」


とんでもない角度から飛んできた流れ弾が倫太郎にクリティカルヒット。折角黙ってやり過ごそうとしていたにも関わらず、なぜレディは倫太郎の心を読んでいらないことを言ってしまうのか。


紅潮し、自分の胸を隠すように抱いてキッと倫太郎を睨むマール。


「…俺なにも言ってねぇじゃん…」


黙っていても理不尽に立場が悪くなる倫太郎だった。


やいややいやと騒がしく進むこと数分、倫太郎のレーダーが百メートル以上先に敵影を捉えた。それも十体以上の数だ。


「おい、おいでなすったぞ。数は…十一、なんだかワニ?みたいに四足歩行で胴長の魔物だな。俺たちは光に照らされてるから既に俺らの存在は気付かれていると考えた方がいいな」


そして闇爪葬を後ろへ引き、魔物の足音のする方向へ一気に突き出す。


「伸びろ!」


闇爪葬の大太刀の切っ先が暗闇の先へと視認もできない速度で伸びていく。一拍の後、何十メートルも先から「ギィィィィッ!」と魔物の断末魔が木霊した。


「二体殺った。残り九体」


闇爪葬を通して伝わった感触と断末魔から仕止めた数を弾き出す。


引き戻した闇爪葬にベットリとついた魔物の血を振り払い、油断なく構える。マールとレディもそれぞれの武器を構えて敵との邂逅を待った。


そして姿を現したのは倫太郎が言う通りワニ…ではなく、巨大なトカゲであった。

だが大きさは大人の人間より一回り以上大きな体躯、金属のように鈍く輝く表皮、指先に付いた切れ味の鋭そうな爪、胴体と同等の長さの尻尾の先端に付いたモーニングスターの鉄球のようなトゲ付きの球をヒュンヒュン振り回し倫太郎たちを威嚇している。


「ストライクリザードです!噛み付きや鋭利な爪も厄介ですが尻尾の殴打に気を付けてください!喰らえば骨折では済みせん!」


マールが注意喚起すると同時に倫太郎が弾き出されたように飛び出しストライクリザードに肉薄する。


ザザザザザザザン!


剣筋などは全く見えず、幾重もの剣閃だけが暗闇を切り裂くように煌めいた。

一拍後に四体のストライクリザードの体がバラバラに崩れ落ちる。崩れ落ちた後、斬られたことに今さら気付いたかのように血が噴き出した。


「っ!?速っ…すっご…」


今まで間近で倫太郎の戦闘を見ていたレディすら上手く言葉にできないほど圧倒的な早さと力強い動きだった。


「!?リンタロー!上ッ!」


「ああ、知ってる」


闇爪葬を振り切った体勢でいた倫太郎の真上から二体のストライクリザードによる尻尾の振り下ろしが倫太郎を襲う。が、まるで宙を舞う木葉のようにユラリと身体を揺らし、見もせずに紙一重で二本の尾を躱す。


ドゴッ!ドゴンッ!


地にめり込むストライクリザードの尻尾、その付け根を撫でるように闇爪葬を一振りすればまるで抵抗などないように真っ二つに別れて落ちる。

そして胴体を飛び越すように跳躍し、すれ違い様にストライクリザードの首へ素早く一撃ずつ刺突をお見舞いしてトドメを刺した。


「……レディ、行かなくていいんですか?」


「……レディが行く必要性が見当たらない…」


当初いた十一体のストライクリザードは姿を現す前に二体、姿を現して数秒の内に六体を倫太郎一人に瞬殺され、既に三体しかいない。


残ったストライクリザードたちもあっという間に半数以上の仲間が物言わぬ肉塊にされ完全に恐怖に支配されて襲ってこようとはしない。それどころかジリジリと後退して、隙あらば逃走しようと画策しているようにも見える。


「…ああっ、わりぃ。張り切って俺一人で殺りすぎちまった。マール、レディ、お前らも殺っとくか?」


「「あっいえ、大丈夫です」」


ハモりつつ、「どうぞどうぞ」と、残りも倫太郎に譲るマールとレディ。


「あ、そう?じゃ遠慮なく」


暗纒でストライクリザードの認識から外れて刹那で背後を取り、倍以上に伸ばした闇爪葬の一刀で縦に真っ二つに斬り裂いて残り二体。


すかさず真横にいた個体の腹を蹴飛ばし、吹き飛ばして壁に叩きつけ、超高速で伸ばした闇爪葬の切っ先で壁ごと頭蓋を貫いて残り一体。


仲間が次々と殺される恐怖に耐えられなくなった最後のストライクリザードが背を向けて逃走するが、それに槍の形状に変化させた闇爪葬を倫太郎の人外の膂力をもって投げ放つ。

レーザービームのように弧を描くことなく一直線に飛翔しストライクリザードの土手っ腹に突き刺さり、最後の一体も意識を永遠の闇へと落とした。


「ふぅ、まぁこんなもんか」


ひと息つくと同時に霧状になった闇爪葬が倫太郎の掌へと帰還した。


『やるじゃねぇかァ、相棒!もうオレを完全に自由自在に使いこなしてやがるなァ』


己の能力を十全に引き出し、己を振るう倫太郎に闇爪葬もご満悦である。


「リンタロー、張り切ってますね」


「六階層に着いてからリンタローはいつもにましてキレッキレ。ここまで圧倒的だと逆にストライクリザードが不憫にすら思えるレベル」


探し求めた火薬まであと少し、倫太郎自身はいつも通り平常心でいると思っているようだが、実際は戦闘一つとっても心が踊っていることが第三者から見てもわかるほどウキウキしているようだった。


その後、炎を纏う巨大蝙蝠(こうもり)や、酸を吐き出すヘビが現れたが倫太郎がなんなく屠りまくって進んだ。

マールとレディは観客同然で、倫太郎が次々と敵を倒していくのを眺めているだけであった。


長く暗い道を抜け、視界に光が戻ってくる。

マグマが流れる赤い景色は最初とあまり変わらないが、倫太郎たちが今いる場所は六階層に到着した直後より高い位置であり、溶岩は倫太郎たちの大分下を流れていて離れているため耐えられない暑さではない。


「結構歩いたな。マール、あとどのくらいだ?」


いつの間にかマールを追い越して先頭を歩く倫太郎が振り返り問う。


「ここまで来ればあと半刻も歩けば爆煉石がゴロゴロあるエリアに着きますよ。わかっていると思いますが火気厳禁です」


もう少しで火薬代わりになる可能性が高い爆煉石が採掘できるエリアに到着する。足取り軽く通路をゆく倫太郎一行だった、が。


「っ!伏せろ!」


倫太郎が叫び、地に伏せた。一瞬遅れてマールとレディも倫太郎に(なら)って身を屈める。

その直後、倫太郎たちの頭上を殺意のたっぷりこもった風の刃が吹き抜けた。


ズザンッ!


一文字の巨大な風刃は背後の壁を深々と抉り、辺りに岩の破片を撒き散らす。


「一体なに!?」


「これは…ウインドエッジ?…そんな馬鹿な…」


倫太郎たちの進行方向から放たれたのは紛れもなく風の魔法、ウインドエッジである。それは数ある風系統の魔法の中でもっとも簡単で威力の弱い魔法だ。

しかし今ほど倫太郎たち目掛けて放たれたそれは常識の範疇から大きく逸脱した威力と規模だった。

ウインドエッジは間違っても大岩を抉り飛ばすほどの威力はないはず、ましてやダンジョンの壁を易々と破壊するなど普通はあり得ないのだ。


そんな馬鹿げた魔法を使う存在がのんびりと散歩でもするように倫太郎たちの前に姿を現した。


「あっれぇ?おかしいなぁ。バッチリ胴体真っ二つコースに撃ち込んだはずなんだけどなぁ」


薄ら笑いを湛えて歩み寄ってきたのは異形とも言える者であった。

灰色に近い肌、濃いグリーンの長い髪を後ろで束ねたひょろっとした体躯の男だ。その男の額には縦に三つ目の眼がついていて、ギョロギョロと辺りを睥睨していた。


「!?…あっ…あっ…まさか…そんな…」


男が姿を見せてからカタカタと小さく身を震わせているのはマールだ。

顔面蒼白でうっすらと涙を浮かべ膝も笑っている。


「マール、アイツのこと知ってんのか?」


「彼は…いえ、あの方は…精霊シルモイ様…です…」


殺されかけたはずの敵を『あの方』などと敬うような物言いをするマール。どうやら今まで戦ったの魔物や魔族とは勝手が違うようだった。


「精霊…シルモイ?」


「はい…。森羅万象の『風』を司る上位の精霊とされる御方です。シルモイ様は気まぐれでフラりと現れるそうです。『暴虐の風』による殺戮をもたらしたり、ときには人に有益な『恵みの風』で恩恵をもたらしたりもするそうです。ですが今回は…」


「殺戮の方…ってわけか。なんでそんな奴がこんなとこにいるんだよ」


苦々しく舌打ちしてシルモイの一挙手一投足を見逃さんと睨み付ける倫太郎。レディもそれに倣って逆手に短刀を構えて戦闘体勢をとった。


応戦の構えをとった倫太郎とレディ、それを見てハッとしたようにマールも弓を手にとった。


「面白そうなダンジョンがあるって聞いたからわざわざ来たのに、深い階層まで潜っても魔物は弱いし、たいした宝もないし…むしゃくしゃしてたんだぁ。でも君たちならそこそこ遊べそうだねぇ。急で悪いけどさぁ、僕の憂さ晴らしに付き合ってもらうよぉ」


ニタニタと嗜虐的な笑みを張り付けて倫太郎たちへとゆっくり歩み寄るシルモイ。

倫太郎は額に脂汗を浮かべて険しい表情だ。最初の一撃でわかっていたことだが、シルモイと呼ばれるこの男からはただ者ではない強者の臭いが強烈に発せられており、一瞬の油断も許されない。


今回の夢幻の回廊の異常はほぼ間違いなくこのシルモイの存在が原因だろう。


まだ倫太郎たちまで三十メートルは距離があるというのにも関わらず、倫太郎たちは押し潰されそうな物理的圧力を感じると錯覚するほどのプレッシャーをシルモイから感じていた。

これじゃあ下階層の魔物が上の階層に逃げ出すのも無理はない、と納得できる程に。


「…生憎、俺らは今急いでてな。お前の相手なんぞしてる暇なんてねぇんだ。回れ右して帰れ」


心臓を鷲掴みにされているような、死神の鎌を首に突き付けられているような幻覚さえ見えそうな壮絶なプレッシャーを受けつつも倫太郎は強がりとも聞こえる虚勢を張ってみるがシルモイの歩みは止まらない。


「せめて五分はもってよねぇ?」


シルモイの口が三日月のように裂け、辺りに叩きつけるような烈風が吹き荒れた。


投稿遅くなって申し訳ないです。


感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。

「面白い」「続きはよ」「頑張れ」と思いましたら応援よろしくお願いします。

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