六階層へ
レディの告白で静まり返るゴリ雄家。その静寂は耳が痛くなるほどであった。
脳ミソフリーズで言葉を失う倫太郎、どことなく気まずそうなマール、慣れない突然の愛の吐露の現場に居合わせ、戸惑うゴリ雄。
そしていつもとは違い、しおらしく頬を染めて股で手を擦り合わせて少しだけ恥ずかしそうなレディ。
倫太郎に「早くなんか言えよ」という空気が漂い始める。そんな中、果敢に第一声を発したのはまさかのミリアだった。
「えっ、コレってもしかして…噂に聞く愛の告白というやつですか!?ねぇ!レディさん!うわぁ~初めて見ました!すごいです、感動しました!意中の殿方に思いの丈をぶつける乙女…紅潮する頬…恥じらう素振り、恥ずかしくて目も合わせられないけど伝えずにはいられないこの気持ち…素敵です!」
場の空気にそぐわぬハイテンションで鼻息荒く「キャーっ、胸がキュンキュンしますっ!」などと、大人の恋愛ドラマを見た小学生のようにはしゃぐミリア。
ダンジョンで生活しているのに噂など入ってくるはずないだろと突っ込みたい一同だが、今喋っていいものなのか戸惑われる微妙な空気だ。
ミリアは別に茶化しているわけではないが、改めて第三者から告白の感想を聞かされると途端に恥ずかしさが倍増する。レディも例に漏れず顔の赤みがどんどん濃くなっていった。
そんなとき、意識が宇宙の彼方から戻ってきたようにハッと我に返った倫太郎。そしてなんと言えばいいかフルで頭を回転させ始める。
脳内で言葉を吟味しようとするが、うまくまとまらない。
正直レディを女として見たことはないと言えば嘘になる。
喋り方や性格はややガサツでぶっきらぼうなところはあるが、ふとした仕草や言動、振る舞い、もちろん見た目もかなり整っていてモデルでも通用するようなスタイルは女子ならば誰もが羨むことだろう。
そしてレディの今の格好は粗末な貫頭衣のみ。服の下から見えてはいけないものがチラチラと見えそうになる瞬間などは倫太郎もドキッとしていたが、ポーカーフェイスで乗り切っていたのだ。
結局、倫太郎は取り繕うような予め決めた言葉ではなく、思ったことを素直に言おうと決めたのだった。
「あ~…何て言ったらいいか…その。…先ずはありがとう。好意をもってくれたことは素直に嬉しい」
「っ!じゃあ!…」
「だけど!…わりぃな。俺は誰とも深い仲になるつもりはねぇ。レディがダンジョンを出ても俺と一緒にいたいというのなら仲間として受け入れる。俺から離れて自由に生きたいと言うのであれば奴隷商に行って奴隷紋消去魔法とやらを受けるのも手伝う。お前の前の主人のように無理矢理奴隷を辞めさせて命の危険にさらすようなマネはしない…。だけど俺は一人で生きると決めてんだ。特定の誰かと人生を添い遂げるような、人並みの幸せを手に入れる資格なんて俺にはねぇ」
そう言い切る倫太郎に迷いや心変わりの余地などはない、そう思わされるほどには固い意思を感じることができる。
鋼鉄製の分厚い壁をレディとの間に置くような言葉は解釈によっては拒絶にも聞こえたことだろう。
倫太郎の言葉の途中からレディは瞳を潤ませ、今ではポロポロと大粒の涙を流していた。
「…ごめんなさい…。レディ、どんな答えでも…泣くつもりなんて……ホントはなかったのに…っ。ごめんなさい…」
いつもの調子とはまるで違うレディにマールはおろおろ、ゴリ雄は下を向いて目を合わせられずにいる。
問題は一番はしゃいでしまったミリアだ。
「……ヒック、ヒック…うぇぇぇええええん、ごめんなざいぃ~うぁあああぁ~」
「「「!?」」」
なぜミリアが泣くのか。ミリア以外の全員が固まる。ボロ泣きしていたレディすらピタリと涙が止まり硬直した。
「わだしがぁ~、不用意なごど言っだがらぁ~…レディさんフラれぢゃっだんでずぅ~」
どうやらミリアは告白の現場を初めて見て、はしゃいでしまったことがレディのフラれた原因だと思ったらしい。
当然のことながらそれは一切関係ない。これは倫太郎のこれまでの人生と、これからの生き方を考えて出した結論だ。
「いや、オイ、ミリア。お前がはしゃごうが喚こうが俺の答えにはなんの影響もしてねぇから安心しろ。別にお前のせいじゃねぇ」
「そう。ミリアのせいじゃない。レディの告白の結果はレディとリンタローだけの問題。ほかの要因はない。安心して」
告白した側と告白された側に「お前のせいじゃない」と諭され、まだ涙は止まらないがミリアも若干ホッとしたようだった。
「…まぁ、そういうことだ。恋人や夫婦にはなれないが仲間としてならこれからもよろしく頼む、レディ」
ふぅ、と一息つき、掌でゴシゴシと残りの涙を拭ってレディはスッと倫太郎を見つめる。
レディの瞳には告白した後悔やフラれた悔しさなどは一切なく、なにかを決心した強い決意が見てとれる。
「…わかった。レディとリンタローはこれからもご主人様と奴隷、そして仲間。関係は今まで通り」
「ああ、…わりぃな…」
「でもっ!…絶っっっ対諦めない!そのうち、いつか、必ずリンタローからレディに『好きだ』って言わせてみせる!チャンスならいくらでもある。だってレディとリンタローはこれからずっと一緒にいるから」
レディの初めて聞く大声に倫太郎はたじろいだ。いつものどこか気だるそうなレディの瞳ではなく、これからの人生をかける一大事を宣言するような真っ直ぐな視線と強烈な言葉であった。
どこかのレガリア屋とも似たようなやりとりをしたなぁ、と既視感を覚える倫太郎だった。
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「じゃあ、俺らはそろそろお暇するぜ。…まぁ…いろいろと騒がせて悪かったな」
「い、いや、ええねんええねん。たとえダンジョンの中でだったとしても押さえきれない気持ちってヤツぁ往々にしてあるもんや」
ゴリ雄の気遣いが痛い倫太郎とレディはゴリ雄に対して申し訳なさそうに頭を垂れた。
「私も勘違いで取り乱してしまいましたからお互い様です。リンタローさん、マールさん、レディさん、お元気で!」
「ありがとう。ミリアも元気でね。…迷惑かけてごめん」
「………」
しおらしくペコっと頭を下げるレディ。そんなレディの後ろ姿はいつもより一回り小さく見える。
大声で絶対振り向かせてみせる!と宣言し、気丈に振る舞おうとするレディだったが倫太郎には落ち込んでいるのが手に取るようにわかってしまった。
だがここで下手に気を使う発言をしてはかえってレディに傷付けてしまうことも倫太郎はなんとなくわかっていたため、余計なことは言わずに敢えて黙っていたのだった。
「さ、さて!気を取り直して行きましょう!リンタローのお目当ての爆煉石がある六階層はすぐそこです!魔物もここより強くなるはずですよ!気合い入れましょう!」
気を使い、無理矢理に話題転換をしようとマールが話題をぶった切るように手をパチンと叩き合わせ明るく振る舞ってくる。
その優しさを無下にはできないと倫太郎もその話題に乗ったのだった。
「…そうだな、ゴリ雄たちが言うには六階層の階段はここから三十分も歩かないとこにあるらしいな。五階層は大した敵はいなかったが六階層はわからねぇ。マールの言う通り気合い入れ直そうぜ」
チラリとレディの方を見ると、落ち込んでいるには落ち込んでいるが、ここはダンジョンで死と隣り合わせの危険な場所だということを再認識したようで、レディのどことなく無気力めいた暗い表情が少しではあるが晴れていくのを倫太郎は確認しホッとした。
倫太郎はまさか異世界に来て短い期間に二度も異性から告白を受けることになるとは予想もしていなかった。
倫太郎が一般人だったならば相次ぐ美女からの告白に諸手を上げて喜んだに違いない。
しかし闇に生き、人を殺すことで生計を立ててきたこの世の裏の住人である倫太郎が自分にとって特別な存在を作ることはないだろう。
それは死という不幸をばら撒いてきた自分が幸せになるわけにはいかないという罪悪感と後ろめたさからなのか、殺し屋としてのポリシーからなのか、それはわからないが倫太郎の中にはただただ『己が幸せになることなど許されない』という呪いにも似た強固な固定観念があった。
それが解けて自分の幸せを求める日が来るのは当分先のようである。
六階層へと続く階段はゴリ雄からの情報通り、ゴリ雄とミリアの隠れ家から三十分ほど歩いた密林の中にあった。
遺跡風に石を積まれて作られたこじんまりとした門のような建造物が階段を取り囲むように建っている。
「準備はいいか?」
振り返り、倫太郎がマールとレディに確認すると二人とも頷き、装備も気力も準備万端であるとの返答が返ってきた。
「よし、じゃあ行くぞ」
階段を降り始めると、洞窟に入ったときのようなひんやりとした空気に包まれる。
密林が蒸し暑かったため、そのギャップで少し寒いくらいだ。
「なぁ、マール。六階層はどんなとこなんだ?」
「六階層は…まぁ、行けばすぐわかります。四階層で大量に水を汲んできたので長居しなければ大丈夫でしょう」
「?」
長い長い階段を抜け、六階層のフロアへ到着する。この階層の最奥に火薬の代わりになり得るかもしれない爆煉石があるという。
そこは超高熱の溶岩が大地を流れ、生物の生存に非常に厳しい高温の階層。カラカラに乾いた空気が体の水分を容赦なく奪っていく灼熱の大地だった。
「うわっ、あっちぃ…五階層が涼しく感じる暑さだな」
立ち込める熱気に顔を顰めて熱風から片腕で顔を庇う倫太郎。どうやら五階層の蒸し暑さは下階の六階層の影響だったようだ。
「…見ての通り六階層は溶岩と鉱物系の魔物が跋扈する灼熱地帯です。私の一番苦手な環境ですね…」
すでにダラダラと身体中から大量の汗を流し、ダルそうに若干猫背になって目がやや虚ろなマール。に対してレディは余裕そうだ。
「?。暑い?レディは割りと平気」
茹だる暑さの中、レディだけは涼しい顔だ。
鬼人族の特性なのか、レディの体質なのかはわからないが、全裸になってもまだ暑いような環境でも汗一つかかない程度には暑さや熱に強いらしい。
「細かい小道までは把握していませんがここの階層も大筋の順路は知っています。寄り道せず一気に進んでリンタローご所望の爆煉石を取得したらさっさと引き返しましょう。…私が溶けてなくなる前に…」
そう言ってフラフラと歩き始めるマールは六階層に着いて間もないというのに早くも限界に近いようだ。
長い髪が汗で顔中に張り付き、首から伝う大量の汗が胸元の二つのメロンの谷間へと吸い込まれるように落ちていく。
普段ならば色っぽいと感じるのだろうが、今は暑さで目が虚ろなマールの表情もあいまって色気の欠片もない。
「そうだな。俺は暑いのも寒いのも苦手じゃねぇけど、進んでこんな環境に身を置きたいとは思わねぇ。サクッとゲットしてさっさと帰ろうぜ」
火薬代わりの爆煉石を目前にして倫太郎は活力に満ちている。荷物を背負い直し、ヨタヨタと歩くマールの後ろを張り切って付いて行くのだった。
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