ゴリラの妹がゴリラとは限らない(謎)
トルスリック騎士団団長のエリーゼと、ゴリ雄の妹の名前がカブっていたので変更しました。
「お、お兄ちゃん?え?」
「…ゴリ雄、どうなってるの?」
マールとレディの困惑はもっともだ。
死んだはずの妹が茂みの中から現れたのだ。だが驚きの理由はそれだけではない。
「ゴリ雄さんの妹さんって…ゴリラじゃないんですか…?と言うかリンタローはいつから気づいていたんですか?」
「んー、誰かいると気づいたのはしばらく前で、もしかしたらゴリ雄の妹かもとは思っていたけど、まさかゴリラじゃなくて人間の子供だとは俺も思わなかったわ」
そう、茂みから飛び出してゴリ雄をお兄ちゃんと呼ぶ人物はゴリラではなく人間の少女であった。
「…ミ、ミリア?お前、ミリアなんか?」
「そうだよ!お兄ちゃん、ミリアだよ!会いたかったよぅ」
「うぉおおおおお!ミリアァァァァ!」
滂沱の涙を流し、ぐしゃぐしゃに顔を歪ませてミリアと呼ばれる少女へと駆け寄るゴリ雄。少女も転びそうになりながらもゴリ雄へと走り出し、抱き合う一人と一頭。
がっちりと抱き締め合い、お互いの肩に顔を埋めて再会の喜びに泣き合っている。
端から見れば少女を襲うゴリラに見えなくもないと倫太郎は思っていたが、ここでそれを口に出すのはさすがに野暮と思い黙ってゴリ雄と少女の感動の再会をタバコを咥えながら眺めていたのだった。しかしレディは我慢できなかったようだ。
「この構図は…まるで人を襲う野生のゴリr…」
「やめたれ」
レディの空気を読まない発言にさすがの倫太郎も制止をかけた。
「グズッ…ミリア!よう生きとったなぁ…お前の匂いがする空の牢屋を見たときはワイは…ワイはもうダメかと思うたわ…」
「私ももうダメかと思ったけど、牢屋の天井に穴が開いてるのを見つけて見張りのヴァイスが行った隙によじ登ってなんとか逃げ出せたの。でもヴァイスの村からは出られなくて…しょうがなく茂みに隠れてたら戦闘の音が聞こえてきて怖くて蹲って隠れてたんだよ」
そして静かになったところで勇気を振り絞り顔をあげて様子を伺ったら兄と倫太郎たちがいたから飛び出してきた、ということだった。
「お兄ちゃん、それよりこちらの人達は?」
倫太郎たちを見て、若干警戒したようにゴリ雄の後ろに隠れながらミリアは顔を覗かせる。
図体のデカいゴリ雄の影にすっぽりと収まるミリアはまるで小動物のようでマールとレディは庇護欲を掻き立てられキュンキュンしているのが傍目にもわかるほどだ。
「おお、そやな。こちらの方たちはミリアを助け出すために協力してくれたリンタローはん、マールはん、レディはんや。ごっつ強いんやで!リンタローはんたちがいなかったらワイもミリアも死んでたとこや。お礼言っとき」
「ええ!?そうだったんですか!?この度は私たち兄妹のためにお力添えいただきありがとうございました。このご恩は生涯忘れません」
ひょこっとゴリ雄の影から出てきてペコリと頭を垂れるミリア。
歳はおそらく倫太郎の半分と少し程度の幼さ残る容姿と、子供らしく低い背丈、まん丸の栗色の瞳で真っ直ぐ倫太郎を見て美しいお辞儀をした。
容姿、種族、喋り方、なにをとっても兄とは似ても似つかない。
なぜこんな年端もいかない少女がゴリラを兄と慕っているのか、なぜこんな物騒な場所にいるのか、実の親はいるのかなど、疑問に思わなければいけないことは大いにあるはずだがマールとレディはミリアの愛くるしさにヤラれてそれどころではない様子である。
「可愛い…そして礼儀正しい…欲しい…」
レディは思わず感想の他に危ない欲望まで出てしまうほどにメロメロだ。
「すっごく…可愛いです…。こんな殺伐としたダンジョンの片隅でこんな愛らしい娘に会えるなんて思いませんでした」
生きててよかった…。そう思っているのが分かるほど顔が弛緩しきっているマール。
しかし彼女らに対して倫太郎はどこまでもリアリストであった。
「よし、依頼達成だな。じゃあ報酬のアマギ石をよこせ。マール、レディ、貰うもん貰って行こうぜ」
「「………」」
ちょっとは空気読めやと言う視線が二人から刺さるが倫太郎はどこ吹く風だ。と言うかレディにだけはそんな目で見られる筋合いはないと軽く睨み返す倫太郎。
「あのぅ…こんなところで立ち話もなんなので、私たちの家に来ませんか?大したものはありませんがおもてなしさせていただきたいので…」
おずおずと眉を垂らして申し訳なさそうにそう提案するミリア。お礼や雑談をするにしても、ヴァイスの死体が山ほど散乱するこんな場所でというのは落ち着かないらしい。
「そうや!どうせアマギ石もウチにあるんやし、皆さん疲れたやろ?靴脱いで寛いで行ってくれや!」
どうやら報酬のアマギ石はゴリ雄とミリア宅にあるようだ。
ゴリ雄に取ってこさせてここまで往復させるよりも倫太郎たち自ら赴いた方が早いと言うことで、渋々ゴリ雄たちの家に招かれることにした倫太郎だった。
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ゴリ雄とミリアの家、というか隠れ家は六階層の階段近くの密林に隣接する崖の中程にあった。
そこは以前マールが案内してくれて休憩した四階層へ降りてすぐのところにある隠し部屋のように魔物に気付かれにくい場所にひっそりと存在した。
切り立った断崖の中腹辺りにぽっかりと開いた洞窟で、ゴリ雄の巨体でも苦もなく出入りできる程度には広い入り口が倫太郎たちを出迎えてくれた。
しかし鬱蒼と生い茂り、重なりあう木々の大きな葉により密林から見上げてたとしても洞窟の入り口は完全に隠されていて見つけるのは困難だろう。
五階層は空を飛ぶ飛行型の魔物は生息しておらず、身を隠すには最適な場所だと素直に倫太郎も納得していた。
「ようこそ我が家へ!歓迎するで!リンタローはん」
洞窟内は思っていた以上に快適だった。
洞窟の壁面はうっすら光っていて暗さは感じず、密林にいたときのような蒸し暑さは皆無。簡素ではあるがテーブルやベッド、トイレまである。
二十畳ほどのリビング的空間に干し草で編み込んだ絨毯が敷き詰められていて、確かに靴を脱いで寛ぐ分には困らなそうである。
「…ゴリラも便所使うのか。なかなかシュールだな」
「ワイかてトイレぐらい使いますわ。いい歳コイて野グソなんてせぇへんて」
「いや、ゴリラなんだから大自然の中でやったっていいじゃねぇか…」
もとの世界のゴリラ観が根強く残る倫太郎は文明的な暮らしをするゴリラ、というのは未だに釈然としないでいた。
ミリアを含めた女子たちは報酬のアマギ石そっちのけで姦しくガールズトークに花を咲かせていて倫太郎は放置プレイ状態である。
なぜこんなところでゴリラと暮らしているのか、歳はいくつか、生まれはどこか、親はどうしたのか、倫太郎がミリアに対して疑問に思ったことをマールとレディも思っていたらしく、根掘り葉掘りミリアに聞いている。
聞き耳を立てているわけではないが、会話の音量が大きいので倫太郎にも聞こえてきていた。
ミリアが語るところによると、ミリアは約八年前に親のカバンに詰め込まれてここへ連れてこられたらしい。
幼かったミリアはうろ覚えだったが、話を聞く限りでは口減らしに捨てられたのだろう。
親に置き去りにされ、魔物が彷徨くダンジョンをさ迷う物心ついたばかりの子供。悲惨な未来が待っていることは想像に難くない。
当然のようにすぐに襲われ、訳がわからず泣き叫ぶことしかできなかったミリアは魔物の歯牙にかかる間一髪のところでゴリ雄によって救出される。
親はどこか、なぜこんなところに一人でいるのかをミリアに訊ねるゴリ雄であったが、泣きわめくばかりで話にならない。
見捨てるわけにもいかず、かと言って幼子を連れて階層を突破しながらダンジョン出口を目指すなど余りに危険が伴う。ゴリ雄はひとまずミリアの世話をしながらどうすべきか悩んだ。数日、数週間、数ヶ月…日を追うごとにゴリ雄に懐いて心を開いていくミリア。そんなミリアと接しているうちにゴリ雄にミリアに対する責任感が生まれたのだ。
そして決断した。「自分が親として、兄貴としてこの子を育てよう」と。
それからはゴリ雄が親兼兄貴代わりとしての生活が本格的に始まり今に至る、ということらしい。
ゴリ雄はガサゴソと壁際に高く乱雑に積み上げられている用途不明のガラクタを「アレじゃない、コレでもない」とあさり始める。
よく見れば折れた剣や錆び付いた盾、鎧のパーツなどが大部分を占めている。このダンジョンに挑戦しにきた探求者が捨てたものを拾ってきたものだろうか。
「あったあった!コレや!」
そして倫太郎へと差し出してきたものは、天色の澄み渡る青い宝石、ゴリ雄の拳大のアマギ石だった。それを見てマールは目を剥いた。
「拳大って……ゴリ雄さんの拳相当ってことだったんですか!?」
拳大のアマギ石と聞いていたので己の拳ほどの大きさだとばかり思っていたため、想像より遥かに大きなアマギ石に驚愕を隠せないようである。
目測でも人の拳より三倍は大きなアマギ石を倫太郎へと差し出し、「約束の報酬や」と惜しげもく渡そうとするゴリ雄に守銭奴の気がある倫太郎とマールもやや引いている。
「…俺ぁ宝石の価値なんてよくわからねぇけど、聞いてる限りじゃコレ、小さくてもめちゃくちゃ高値で売れんだろ?今さらだがマジでいいのか?」
『くれるっつーんだからよォ、もらっとけよリンタロー』
闇爪葬は軽く言うが、指先程度の欠片一つで十年遊んで暮らせるというマールの情報が正しければ、目の前の特大のアマギ石など売ろうものならば三代は遊んで暮らせるほどの巨額の売却価格になるだろう。
ヘビ面の魔物をたかだか三百体程度を倒した報酬ではないのは明白だった。
「ええんや、こんなもんダンジョンではただの石ころ同然や。せいぜい漬け物石の代わりになるくらいのもんやで」
「どうぞ受け取ってください。今、私と兄が生きてここにいるのはリンタローさんたちのお陰ですから。逆にそんなものでしか感謝の意を表せられないことが心苦しいくらいです」
ゴリ雄とミリアが「さぁさぁ、どうぞどうぞ」とグイグイ無理矢理押し付けるように受け取るように迫る。
さすがにそこまで言うならしょうがない、と倫太郎は素直に特大アマギ石を受け取った。
「そういうことならありがたく受け取っておこう。マール、レディ。ここから出たら即売っぱらって山分けだ。それでいいか?」
「ええ、構いません。ですが王都で月末に行われるお金持ち御用達のオークションに掛ければもっと高値を狙えますよ!まぁ私はすぐ売ってしまっても構わないんですけどね!いや、でもこれだけのアマギ石ですからねぇ~。王族か余程の豪商や資産家でもなければ即現金化は無理でしょうねぇ~」
話の途中からマールの目がカネになったことを倫太郎は見逃さなかった。さらなるマネーアップを狙っているのがバレバレだ。が、マールの言うことはもっともだ。
ダンジョンから出てその辺の質屋でアマギ石を買い取ってくれと行ったところで即現金化などほぼ不可能だろう。
王族ならば即日買い取りもできるだろうが、倫太郎としては国などという大きな組織とは必要以上に関り合いになることは避けたいところだった。
ならば豪商や有名な資産家を訪ねるのはどうか、これもやはり無理がある。「アホほどデカいアマギ石を買い取ってくれ」などと一般人が持ち込んだところで足元を見られて買い叩かれるか、そもそも胡散臭すぎてまともに相手にされない可能性の方が高いように思えるくらいだ。
それならばいっそオークションという上流階級のブルジョワたちが集まる公共の場に持ち込んで値段を吊り上げてもらった方が手間と時間はかかるだろうが間違いないのではないか、そこまで考えが至り倫太郎も「そうだな」とマールに同意した。
「いろいろ考えたがマールの言う通り、これだけのモノになると即現金化はキツいな。オークションに出品しよう。マール、手配を頼めるか?」
瞬間、マールの目が輝いた。
「モチロンです!任せてください。探求者をやってるとアチコチに伝手ができるので、そのくらいお安いご用です」
二つのメロンがぶら下がる自分の胸部をドンと叩いて快諾するマール、その振動で揺れるメロンを目で追う倫太郎、それを悔しげに見つめるレディがいた。
「レディもそれでいいか?」
アマギ石の現金化の算段の話あたりから黙っていたレディに話を振る倫太郎だが、反応は思いもよらないものだった。
「んん~、レディはお金はいらない。これからリンタローの奴隷として生きていくからレディの衣食住さえ面倒みてくれればレディの取り分はリンタローが受け取ってくれていい。そもそも法律上では奴隷は物、物がお金を所有することは許されていない。レディが得たお金やモノは全部リンタローのモノになる。そういう決まり」
「奴隷制度がどういうルールなのかは知らねぇけどそれだけのカネがあれば身分を買い戻すことだってできんだろ。自由になれるんだぜ?」
自由になる絶好の機会を棒に振ろうとするレディ。倫太郎は不思議でしかたなかった。
「いえ、…それはできません。奴隷が資産を持つことが許されていない限り、奴隷自ら自分を買い戻すことはできないことになっています。奴隷を自由にする手段はただ一つ、奴隷商へ行って『主人と奴隷の合意のもと』奴隷紋消去魔法という特殊な魔法で奴隷契約を解消するしかありません。ですが…」
この世界の奴隷に対する知識が全くない倫太郎にマールが説明する。が、最後は言いにくそうにして歯切れが悪い。レディの気持ちを知っていたから。きっとレディはこう言うだろう、と。
「レディはリンタローの奴隷を辞める気はない」
「あん?なんでだよ。自由になりたくねぇのか?」
レディも決して自由になりたくない訳ではない。だがそれよりもレディにとって大事なことがあり、自分の気持ちに素直に従うと行動は決まってくる。
『ッかぁ~~~っ。リンタロー、お前さん腕は立つのにニブいとこはとことんニブいなァ。オレでもわかるぜェ、このニブチン野郎』
(あぁん!?)
闇爪葬にさえそこまで言われてムッとする倫太郎だったが、マールも同じことを考えていた。
いつもの飄々としたレディは鳴りを潜め、ほんのりと頬を朱に染めたレディが意を決したように倫太郎の瞳を見つめてスゥ、っと息を大きく吸い込んだ。大事なことを伝えるために。
「…レディはリンタローが好き。もちろん異性として。奴隷と主人という上下の関係でもリンタローとの繋りを失くしたくない。ずっと傍にいたい。これがリンタローの奴隷であり続けたい理由。それじゃダメ?」
レガリア屋のザリアネに続き、唐突な告白を受けて倫太郎の脳内回路がフリーズした。
感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。
「面白い」「続きはよ」「頑張れ」と思いましたら応援よろしくお願いします。




