決意と覚悟
ちょっと長めです
レディとゴリ雄が戦っている場所はヴァイスでごった返していた。高台にいたマールもヴァイスとの接近戦となり、援護射撃は止んでいる。
マールの広範囲型殲滅魔法と、それぞれの奮闘の甲斐もあってヴァイスの数は当初の三分の一ほどまでその数を減らしてはいるのだが、まだ百体ほど残っている。
マールが広範囲型殲滅魔法をブッ放した直後は、ヴァイスたちは混乱していて連携や陣形はまるで組めておらず、そこにいるだけの烏合の衆であったが、時間が経つにつれてヴァイス本来の知性の高さを活かした頭脳プレーとも言える狡猾な戦術を仕掛けて来るようになりレディもゴリ雄も苦戦を余儀無くしていた。
「はぁっ!」
裂帛の気合いとともに繰り出したレディの深紅の短剣での一撃だったがそれは空振りに終わる。短剣を振り切った隙を狙い、ヴァイス五体による同時のサーベルでのカウンターがレディを襲う。持ち前の素早さですぐにバックアップで距離をとったが腕や太ももに浅くではあるが傷を作る。
「くっ…はぁ、はぁ、はぁ」
数十体ものヴァイスたちに円をかくように囲まれているレディ。どこからサーベルが突き出されるかわからない状態で、常に死角を気にしながら戦わざるを得ない状況に追い込まれていた。
そうなってしまったのはレディに猪突猛進の気があったことと、予想以上にヴァイスたちの連携と戦術が巧みだったことが起因している。
個々の実力はそうでもないが、これだけの数に囲まれるプレッシャーと、いつ背中を突かれるかわからない恐怖心でレディは心身ともに疲弊してしまっていた。
先程まではマールの援護射撃もあってうまく立ち回れていたのだが、防御不可の正確無比な弓での狙撃を脅威に感じたヴァイスは、二十体もの数が狙撃を阻止するためマールへ殺到した。
マールはその対応に追われているためにレディやゴリ雄への援護射撃が止まってしまっているのが現状だった。
マールは接近戦はあまり得意ではない。だが二十体ものヴァイスの接近に気付くのが遅れたため、今は弓での打撃と詠唱破棄でも行使できる低火力の魔法で応戦中だ。
一番状況が悪いのはゴリ雄である。
前方は三十以上のヴァイス、後方は断崖絶壁。身体中に傷をこさえ、息も絶え絶えのまさに絶対絶命といった様相たった。
なぜここまで戦況が悪くなってしまったのか。それは単純に考えなしに敵の密集するポイントに突っ込んで行き、そのまま囲まれて抜け出せなくなってしまったからだ。
スタミナが潤沢に余裕があった序盤はよかった。腕をがむしゃらに振るい、当たればヴァイスなど面白いように千切れて飛んでいくのだから。しかしゴリラ無双は長くは続かなかった。
戦闘が続くにつれてヴァイスも学習する。「コイツはパワータイプの考えなしだ」とバレてからは距離を取られて複数体で同時攻撃を仕掛けられ、防戦一方になるまでそう時間はかからなかったのだ。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、…ゲホっ。ド畜生…」
絶体絶命、万事休す、そう言い表しても差し支えない状況だ。
ヴァイスたちはここが攻め時だと理解し、ジリジリとゴリ雄へとにじり寄ってきている。心なしか醜悪なヘビ面を歪ませて嗤っているようにも見えた。
妹を喰われ、腹を決めて仇討ちに来たものの、気が付けば返り討ちにされる寸前である。
せめて現在進行形でニヤつきながらゴリ雄をサーベルの餌食にしようと近寄ってくるヴァイスたちの何体かを道連れにして崖からダイブして心中してやろうかと真剣に考え始めたとき、どこからともなく呆れた声が響いた。
「おい、ゴリ雄。ヤバくなったら呼べっつってんだろ。もう忘れたのかよ。栄養がモジャモジャの体毛にばっか取られて脳ミソまで行ってねぇんじゃねぇか?」
ドゴンッ!
交通事故でも起きたのかと思うような衝撃音がゴリ雄を追い詰めるヴァイスの集団後方から聞こえたと思った瞬間、十数体のヴァイスが宙へと舞い上がり、ゴリ雄を飛び越えて崖の下へとまっ逆さまに落ちて行く。
キュロロロロォ~~……という耳障りな独特の鳴き声が崖の岩に反響してエコーがかかったように響かせながら落ちる様は哀愁さえ感じる。
「軟弱だなぁ~。ちょっとケツ蹴り上げただけでフワフワ飛び上がりやがって…鍛え方が足りてねぇな」
そこにいたのはもちろん倫太郎である。闇爪葬を肩に担いでダルそうに欠伸をかいている。ヴァイスなどもう敵として見られないほどの雑魚と認定したようで、まるで眼中に入っていないような立ち振舞いだ。
キュロロロロ!?キュロッ!?
音も気配もなく急に現れた倫太郎にあわてふためくヴァイスたち。倫太郎の蹴り一発でゴリ雄を追い詰めていた仲間の三分の一以上の数を減らされ、怒ることさえ忘れて動揺しているようでサーベルを構えることさえ疎かになっている。
「リンタローはん!おおきにっ!」
ヴァイスたちの注意が倫太郎に向いた隙をついてゴリ雄が駆ける。
倫太郎の方を警戒してゴリ雄への注意がおざなりになったヴァイスの背中へと重量を活かしたゴリ雄の強烈なタックルがめり込んだ。
ボーリングのピンのよう弾かれ、ヴァイス同士がぶつかり合いバタバタと転んで倫太郎へと続く道ができた。
ゴリ雄はその道を通り倫太郎と合流することに成功したのである。
「うわっ、お前よく見たら血だらけじゃねぇかよ。大丈夫かソレ」
なんとか致命傷になるような攻撃は躱していたものの、急所を守るためにガードした腕はサーベルで斬られた切創が痛々しくいくつも刻まれていた。
「いやぁ、お恥ずかしい限りですわ。あいにく避けるって動作と戦闘中にモノを考えるってのが得意やないからどうしてもこんななってしまうんや。でもやられたら必ずそれ以上の反撃してるさかい…」
…はぁ、と、倫太郎は深いため息とジト目でゴリ雄を睨む。
今のような多数対一の状況で『肉を断たせて骨を断つ』など愚作もいいところだ。大したことない傷でも数を作ればダメージとして蓄積され、動きのパフォーマンスにどうしても影響が出るのは必至。
思考の停止など論外だ。適当な動き、闇雲な攻撃やいい加減な回避では戦いの質は落ちる一方なのだ。
「お前でもできる多対一での戦闘の立ち回り方をレクチャーしてやる。よく見とけ」
おもむろにそこらじゅうに転がる大きめの石を拾い始める倫太郎。そしてヴァイスを見てニヤリと嗤った。拾った石などどうするのか、答えは一つだ。
プロ野球選手のように美しいフォームから放たれるのは野球の球ではなくゴツゴツした重い石。それも倫太郎の人外の膂力をもって放たれるのだ。ヴァイスたちも嫌な予感しかしなかっただろう。
「ぅおらぁ!」
ボッ!!!
およそ人が物を投げたときの音とは程遠い殺傷能力高めの投擲音が鳴り、視認不可の圧倒的速度で刹那のうちに先頭のヴァイスの顔面へと到達。蛇頭は熟れたトマトを叩き付けたように爆発四散した。だが投石の威力と速度は微塵も衰えず、後ろにいたヴァイスの腹を突き破り地面にめり込んで止まった。
「「………」」
静寂が辺りを支配する。だがゴリ雄とヴァイスたちの考えていることは手に取るようにわかる。
ゴリ雄は「ムリやん、絶対無理なヤツやん」といった顔で、ヴァイスたちは膝がガックガクに笑っていて「マジかコイツ」とヘビ面が歪んでいた。
ヴァイスたちはお互いに顔を見合わせて頷いた。そして一目散に散開、逃亡を謀る。
「あっ!待てコノヤロー!」
ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!ボッ!…
拾っては投げ、拾っては投げまくる。倫太郎の放つ石礫はホーミングの機能でも付いてるのかと思うほど正確無比、尚且つ無慈悲にヴァイスたちを蹂躙していく。
回避が無理だと踏んで玉砕覚悟で突っ込んでくるヴァイスもいるが、お望み通り天を衝くような鋭い蹴りで迎撃し沈黙させる。
気がつけば二十体ほどいたヴァイスたちはあっけなく全滅していた。
「ふう。こうだ。わかったか?」
一仕事終えたような清々しい顔で「簡単だろ?」と言いたそうな倫太郎をゴリ雄は遠い目で見ている。
「いやいやいやいや、ムリやん。そんな豪速球も投げられへんし、正確にぶつけるのもムリやん。ワイの足はそんな長うないし…」
「やる前からムリとか言うな。やれ」
倫太郎はモノを教えるのはヘタクソ、そしてスパルタの気があるようだ。
「そんなことよりマールはんとレディはんの助太刀に行かなくてええのん?」
「あいつらはお前ほどヤワじゃねぇ。ホレ」
クイッと顎をしゃくり、ゴリ雄に「見てみろよ」と促す倫太郎。そこには息は完全に上がり、多少の傷を作ってはいるものの、ヴァイスたちの殲滅を終えたマールとレディの姿があった。
連携を取りながらサーベルを突き出してくるヴァイスたちに、マールは持ち前のミラクルパワーで超重量の長弓を鈍器代わりに身体強化で素早さと力を底上げして振り回し応戦。
ある程度数を減らし、極々短い詠唱が行える余裕ができたところでフライハイという短時間浮遊できる魔法を使い高く飛び上がり、サーベルの圏外へ離脱。
攻めあぐねているヴァイスたちに真上から矢の雨を降らし殲滅に成功したのだ。
レディはリーチの短い短刀が武器ゆえにサーベルを振り回されるとどうしても近寄れず追い詰められていたが、発想の転換で自分に振り下ろされるサーベルを倫太郎特製の短刀で斬ってヴァイスの武器を無効化することに成功した。
並んだ五体のヴァイスの武器を破壊するとそこからヴァイスの群れに潜り込みリーチの短い短刀の強みを活かせる距離の戦闘へと持ち込んだ。
そこからはレディの独壇場であった。密集してサーベルを振れないヴァイスなど試し斬りの巻藁と大差ない。隙間を縫うように駆け抜け、すれ違い様に首を掻き斬り殲滅し尽くしたのだ。
ゴリ雄はその事実に感嘆していた。それと同時にマールとレディに対して悔恨の情を覚える。
己より遥かに小さく遥かに力の弱いマールとレディが自分が苦戦していたヴァイスの群れを相手取り、圧倒とまでは言えないがキッチリ倒しきった事実に。
戦闘においてフィジカルの強さは単純に戦闘力に直結する。
力が強ければ押し負けることはなく、少々の戦況の悪さならば力のゴリ押しでひっくり返せることは珍しくない。
だがそれよりも大事なものをマールとレディは持っているとゴリ雄は感じた。
それは機転でもあり技術でもあり、何より生き残りたいという意思の強さだ。
ゴリ雄はヴァイスに追い詰められ崖を背負ったとき、チラリとヴァイスを何体か道連れにして死のうかと考えた。
自らの命をベットしなければいけない戦い方など戦術とは言わない。
生き残るため、生きて勝つための策こそが戦術、戦略と言いうのだ。
そこまで考えが至り、己に足りないものを自覚したゴリ雄は恥ずかしさとともに後悔の念を抱いた。
戦闘中に思考を止めたこと、妹を殺されて自分も後追いのように刺し違えて死ぬことを選択肢に入れたことに。
兄として仇をとり、妹の分まで精一杯生き抜くのが兄より先に逝ってしまった妹へのなによりの餞ではないのか、と。
「ゴリ雄、これはお前の戦いじゃねぇのかよ。ほとんど俺たちにいいとこ持ってかれてんじゃねぇか。このまま俺らにおんぶに抱っこじゃカッコつかねぇし妹も浮かばれねぇぞ。気合い入れろ。考えることを止めるな、そうしたらお前はもっと強くなれる」
残るヴァイスはすでに二十体を下回っている。大半を倫太郎たちが片付けてしまったので、残りのヴァイスを倒したところで汚名返上とはならないだろう。
だが決意と覚悟は証明できる。倫太郎たちにばかりいい格好はさせられないとゴリ雄は奮起した。
「よっしゃ…よっしゃあ!やったる!やったるでぇ!」
一ヵ所に固まり、陣形を整え敵意をムキ出しにカウンターを狙うヴァイスの群れにゴリ雄が突っ込む。
「オイ!それじゃあさっきと…」
同じじゃねぇかよ、と言いかけて倫太郎は口を噤んだ。
ゴリ雄はヴァイスたちに到達する寸前にブレーキをかけてスピードを殺す。カウンターを狙っていたヴァイスたちは攻撃のタイミングを完全に外され、振り上げたサーベルの動きに遠目からでも分かる迷いが生まれた。
その致命的な隙をゴリ雄は見逃さなかった。
先頭のヴァイスの胸に強烈な掌底を叩き込み吹っ飛ばす。後ろにいたヴァイスを巻き込んでドミノ倒しのように倒すことに成功する。
転んだヴァイスの足首を握力半トンを誇るゴリラの力で掴み上げると、そのまま振り回し始めたのだ。
さしずめヴァイスヌンチャクとでも言ったところか。
ブンブンと風を切る音が次第に大きくなり加速する。最高潮を迎えたとき、転んでもんどりうっているヴァイスに叩き付けた!
バキョッ!バキバキッ!
叩き付けた方も叩き付けられたほうも何本も骨が折れ、内臓が潰れた感触がゴリ雄の掌に伝わる。
「うぉおおおおお!!!らぁっ!」
次は横凪ぎに振るい、向かってきたヴァイスを迎撃、そのまま吹き飛ばし後方にいたヴァイスもろとも吹っ飛ばした。
ドンドンドンドンと力強いドラミングで威嚇して残りのヴァイスを睨む。
陣形を崩されて散り散りになったヴァイスなどもはやゴリ雄の敵ではなかった。
フェイントを入れた上体の動きで撹乱し、サーベルを振らせ、振り切ったガラ空きの顔面へヘビー級ボクサーのパンチもかくいう剛拳を見舞う。
サーベルを振られる前にサーベルを持つ手を掴み握り潰し、そのまま一本背負いのようにぶん投げる。
拾い上げた石を握力で砕き、至近距離からショットガンのような散弾状の礫をヴァイスの顔目掛けて投げつけ、怯んだところをラリアットで沈める。
考えながら戦うゴリ雄は倫太郎が目を見張るほど強かった。
アドバイス一つで天性の野生の力と、人間並みの知力を併せ持つファイターが生まれたのだ。弱いはずがない。
「はっ、やりゃできんじゃねぇか」
ついにゴリ雄は最後の一体を仕留め、復讐を果たしたのだった。
だが目的を完遂したゴリ雄の目にはやりきった達成感はなく、代わりにうっすら涙を湛えていた。
「…グズッ…やったで…兄ちゃん、やってやったで…見てるか、妹よ…」
天を仰ぎ、空にいる妹に報告するように呟くゴリ雄。
いつの間にか倫太郎の傍へマールとレディも集まっていて戦うゴリ雄を見つめている。
「ゴリ雄は最後に漢を見せた。やるときはやる奴。妹も誇っているに違いない」
「ぐすっ、よかったですね…ゴリ雄さん…妹さんもきっと見ていますよ」
レディはゴリ雄を認めたようにうんうんと頷き、マールは共感さしたのか貰い泣きしている。倫太郎もいつになく暖かい目でゴリ雄を見つめていた。
「よくやったな、ゴリ雄。妹も見てるぜ。そこの茂みから」
スッと倫太郎が指差した背の高い茂みから少女が飛び出した。
「お兄ちゃん!」
「「「ファッ!?!?!!!???」」」
ゴリ雄とマール、レディの驚嘆の声がヴァイスの村に響き渡った。
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