ヴァイス戦
もうコソコソと隠れる必要はない。雑草を踏み鳴らして真っ直ぐにヴァイスが密集する方へと歩いていく倫太郎たち。
キュロロロロ、キュロロロロロロロロ!
耳障りな鳴き声と、真ん中で二股に別れた舌をチロチロと出し入れして警戒するヴァイス。それぞれの手にはサーベルのような曲刀が握られている。
知性が高いと評されているだけあってサーベルもよく研がれており、鏡のようにギラギラと光を反射していた。
「うわぁ、全員こっち見てるぜ。気持ち悪ぃ」
歩き始めてすぐにヴァイスの群れに倫太郎たちの存在は気付かれていた。警戒しているのかすぐに襲ってくる様子はない。
だが物陰を辿るように倫太郎たちの背後に回り込む個体が二十匹程いることに倫太郎は気付いていた。
彼らなりの隠密行動のつもりらしいが、本職の倫太郎からしてみれば子供のごっこ遊びにも似た稚拙な動きである。
足音、呼吸、気配の消し方、視線、細かな動き一つとっても三流以下、つまりヘタクソ過ぎてお話にならないというわけだ。
ハッ、と鼻で笑い飛ばし、しばらく無視しようと決めて隣を歩くマールに向き直った。
「マール、準備はいいか?」
「はい、いつでも行けます」
ゴリ雄が覚悟を決めた直後、倫太郎はマールに指示して広範囲殲滅型の魔法をブッ放せるよう詠唱を頼んでいたのだ。
「あの密集してるあたりに一発派手に頼む。その混乱に乗じて各個撃破だ。俺はまず後ろに回り込んだ奴らを殺る。ヤバくなったら叫べば俺が駆けつけるから好きなように暴れていいぜ」
「頼もしいですね。爆音が響きますので皆さん発動の瞬間は耳を塞いでください。…では行きます!フレアエクステンシヴァ!」
そう唱えると広場に密集したヴァイスたちの真上にビー玉ほどの小さな赤い火球が現れた。仰々しい名前の割りに地味だと倫太郎は思っていたが、それは大間違いだ。
バチッ、バチチチチチ、バチバチバチバチッ!
火球は次第に青白い炎に変わり、プラズマのような放電現象を起こす。細かい破裂音にも似た音を鳴らしながら光度を上げていった。
「耳を塞いでください!」
どんな魔法なのか興味をひかれて放電する火球を眺めていた倫太郎たちにマールが慌てて注意喚起した直後、ビー玉サイズだった青い炎は数万倍もの大きさに爆発的に一瞬で膨れ上がり轟音と灼熱をもって辺りを蹂躙した。
ドッ────────────ォォォォォォン!!!!!
爆心地にいたヴァイスは断末魔をあげる暇もなく一瞬で蒸発し、この世に影すら残さず消滅した。爆心地付近にいたヴァイスは爆風と熱風で吹き飛び真っ黒に炭化したり、腕や足、悪ければ胴体が千切れて臓物を撒き散らし絶命しているのが遠目からでもわかった。
砂煙が晴れたその場所には地をえぐり飛ばして形成した巨大なクレーターが姿を現す。凄絶な威力を物語る痕跡だった。
マールの今の一撃で全体の実に四割ほどのヴァイスが消し飛んだ。開戦早々、この戦闘のMVPが決まった瞬間でもある。
「………えげつねぇな、マール…お前がナンバーワンだ…」
広範囲型の魔法をオーダーした倫太郎本人もまさかここまでヤバい威力だとは思わず唖然とせざるを得ないようだ。
だが今の一撃で開戦の火蓋は切られた。のんびりしてたら残りの百五十体以上ものヴァイスが集中するため、ボサッとしてる暇などない。
「よっしゃあ!殺ったるでぇ!うぉああああ!」
ドンドンドンドン!と、地から響くような力強いドラミングは己を奮い立たせるためか。
妹の憎き仇はまだまだ残っている。ゴリ雄は一番に飛び出し、近くのヴァイスへと豪腕を振り上げ襲いかかった。
ぐしゃあ!
ゴリ雄の極太の腕から繰り出される腰の入った突きはヴァイスの顔面に突き刺さり、周りにいたヴァイスたちを巻き込んで水平に吹っ飛んで壁に激突してヴァイスの体の中身を散乱させた。
それでもゴリ雄の悲しみと憎しみは万分の一も晴れてはいない。射殺すような鋭い視線を手近のヴァイスへと向けると野生丸出しの獣のように襲いかかっていく。
「レディも負けてられない」
低く疾走しヴァイスの集団へと肉薄するレディ。右手にはメイドイン倫太郎の深紅に輝く短刀が握られている。
「ッシ!」
レディの素早さに全く付いていけないヴァイスはレディからしてみれば棒立ちのただのマトでしかない。
すれ違い様に疾風迅雷のごとき速度で短刀を振るえば、短刀が通った軌跡通りにヴァイスの体がズレて滑り落ちるようにドチャリと地に落ちる。相変わらず凄まじい切れ味である。
レディも出会った頃より格段に動きがよくなっている。倫太郎が作った短刀が使いやすいというのももちろんあるのだが、それだけでは説明がつかないほどの上達ぶりだ。いや、『元々持っていた戦闘力が解放されつつある』と表現したほうがしっくりくる動きだ。
レディ本人は気付いていないようだが、今レディがオーククイーンと戦っても苦戦はするだろうが負けはしないだろう。
ヴァイスが密集しているポイントに素早く潜り込んでサーベルがまともに振れないような超至近距離の戦いに持ち込んでいる。
まるでそう立ち回れば攻撃を受けずに一方的に攻撃できるとわかっているような動きだ。
「ふう、では私もスコアを伸ばしに行きますか」
広範囲型殲滅魔法を使って少なくない体力と魔素を消費したマールはマナポーションを煽り、倫太郎の近くで小休憩をとっていたのだが、ある程度回復したようで長弓を手に駆け出した。
向かう先は敵のごった返す戦地ではなく、戦場を見渡せる狙撃ポイントだ。マールはアホほど重い長弓を担いだまま軽快に崖を登って行く。
「ここなら全体を俯瞰できる絶好のポイントですね」
あらかじめ倫太郎から追加で作ってもらった矢を矢筒から三本まとめて取り出し、弓に掛けて弦を引き絞っていく。
キリキリキリキリ…
狙いは考えなしで特攻して四方を取り囲まれ、現在進行形で生傷を増やし続けているゴリ雄の周辺に群がるヴァイスだ。
ピピピュァン!
マールの馬鹿力…いや、怪力……もといミラクルパワーをもって放たれた純白の矢は重力から解き放たれたかのように真っ直ぐ空を裂きながら翔んで行く。
音速を超える速度で一瞬で到達し、一本の矢でゴリ雄を囲む何体ものヴァイスに風穴を開けて貫いた。
「マールはん!おおきにっ!」
マールも順調に長弓を使いこなしつつある。元々弓が得意なマールではあるが、通常のものより遥かに長い倫太郎製の弓は取り回しも悪く扱いづらい。それを自分の身体の一部のように自在に使いこなすには相応の才能と努力が求められる。
移動の時間や空いた時間に常に弓を引いていたマールの努力がこのヴァイス戦で実をつけようとしていた。
「おお~、やるじゃねぇかマール。…さて、じゃあ俺も殺るとするか」
そう呟いた倫太郎の姿がスゥっと辺りの風景に溶け込むように消えた。正確にはそう見えるだけで、実際は消えてなどいない。
倫太郎の任意で敵の意識と視界から外れる『闇纏』という超高等技術だ。
それは通常注視されている状態からでは効果は薄いのだが、倫太郎クラスにもなると見られていようが見られてなかろうが関係なく、息をするように完璧に相手の認識から外れることが可能なのだ。
倫太郎の背後まで回り込んで戦力が分散するまでチャンスを窺っていたヴァイスたちは、散り散りになった今こそ倫太郎の背中にサーベルを突き立てようと近づこうとした矢先にその敵を目の前で見失い、酷く動揺していた。
キュッ!?キュロロ!キュロロロロ!?
「消えたッ!?どこだ!どこに行った!?」とでも言っているのだろうか。否、間違いなくそう言っているだろう。
ヴァイスが二十体、全員で倫太郎を注視していたにも関わらず、その全てが一瞬で敵を見失うなどという前代未聞の出来事にパニックに陥るのも無理はない。
そんな敵の混乱に倫太郎が漬け込まないはずがない。
ヴァイスたち『十八体全員で』蛇頭をキョロキョロと振って辺りを探す。物陰、背の高い雑草の間、牢屋周辺。くまなく探すが倫太郎の姿はない。
キュロロロロ、キュロ、キュロ。
探し続けるか、一旦中止して他の敵の対応に行くかを『十六体』で話し合う。………減っている。二十体で倫太郎の対応に向かったはずが、今では四体も減ってしまっている。明らかに何者かの攻撃を受けている。
その事に気付いた瞬間、ヴァイスたちの血の気がサァっと引いた。
音もなく、気配もなく、攻撃された認識もさせずに、だが確実に消されているという事実にヴァイスたちは底知れない恐怖を感じ、戦慄していた。
キュロロロロ、キュッ、キュロロロロ!
ヤバい、マズい、なにか手はないか、ここで散開したら敵の思うツボだ、ではどうする、固まっているほうが安全だ、……そんなことを話合っているのだろう。
そしてヴァイスらのとった行動は、それぞれが背中を向け合う円陣であった。これならば三百六十度死角はない。
キュロロロロォ!キュロッ!キュロロッ!
訳すなら「どこからでもかかって来いやぁ!」、あたりが適当だろうか。
死角を潰したヴァイスたちは恐怖心が少し和らいだためか強気で各員サーベルを構えて周辺に注意を払っている。
「お前らバカだろ」
!?どこだ!?どこから声がした!?…と、辺りを見渡すが倫太郎の姿はない。
キィィィン!!!
鉄同士が打ち鳴らされたような甲高い音が響く。どこから?円陣の輪の中からだった。
キュロッ!?
そこには身の丈以上の物干し竿かと思うほど長い刀を振り切った体勢の倫太郎がいた。
ヴァイスたちは急いで振り返り、取り囲んで滅多刺しにしてやろうとしたのだが………ヴァイスたちが振り返れたのは“上半身”だけだった。
下半身は円陣の外を向いたまま。どういうことなのか。ヴァイスたちが理解するまでさして時間はかからなかった。
ズル……ズルズル…
十六体のヴァイスたちの上半身と下半身がゆっくりとズレてゆく。
キュロロロロッ!?キュロッ!?
斬られた。理解したときにはもう遅い。ドチャドチャと上半身が地面に落下して水気のある不快な音が連続して響いた。
倫太郎の周りに円く血の花が咲いたようにヴァイスの死体が広がる。
そんな光景を冷たく一瞥してなんの興味もないようにパーティたちが戦う戦地を見据えた。
「…さて、他の連中はどんな感じかな」
闇爪葬をもとの太刀の長さに戻し、倫太郎は未だ続く激戦地へと踵を返し歩き始めたのだった。
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