皆殺しじゃあ!
ザシュン、ザシュン、ザシュン
「オイ、ゴリ雄。ホントにこっちで合ってんのか?」
倫太郎たちは今、鬱蒼と茂る密林の中を歩いていた。
とても生き物が通る道とは思えないほど無法地帯のように草や木が伸び放題で、蔦が木から木へと伝っているような獣道とも言い難い道を草刈り鎌形態の闇爪葬で切り拓きながら突き進んでいる。
『うえっぷ、オエッ!…リンタローォォ、魔物の生クセェ肉や内蔵を斬り裂くのはオレの存在意義と思って割り切るけどよォ。ゲェ、青臭ぇ草とか蔦を伐るはカンベンしてくれよォ~。シティ派のオレにゃ耐えらんねぇよォ』
(我慢しろ。開拓用の刃物なんて持ってねぇんだ、しょうがねぇだろ。大体こんな穴ぐらにずっといたお前がシティ派とか…冗談は存在だけにしろ)
闇爪葬とのサイレント会話も慣れたものだ。マールとレディに気取られずに闇爪葬と話すのも先の特訓でマスター済みなのだ。
「ゴリ雄さん、もう少し速く歩いてください。後ろがつっかえています」
「ちょっと、ゴリ雄。あんまりくっつかないで。レディにノミとかダニとか移ったらイヤだから」
喋るゴリラ、ジョバンニ・エル・イグナイザーは満場一致の「呼びにくいし、覚えにくいし、お前の顔でジョバンニとかイグナイザーとか…ゴリラのゴリ雄でファイナルアンサー」という圧力がかかり、ゴリ雄の呼び名で定着してしまっていた。
「ゴリ雄とか、はよ歩けとか、くっつくなとか、ノミとかダニとか…あんさんら鬼やん。ワイかて好きでジョバンニやってるわけちゃうねん。親がつけた名前やねんからしょうがないやん…」
「お前はもうゴリ雄だ。諦めろ。そんなことよりマジでこっちで合ってんのかって聞いてんだよ」
ジョバンニ・エル・イグナイザー改めゴリ雄は扱いの悪さにしょげていた。
倫太郎たちが救助を手助けしてくれると約束した直後は「よっしゃ、すぐ助け出したる!待っとれよ妹!」と意気込んでいたが、あまりの言われように今は肩を落として俯き気味に歩いている。
「方向は間違いない。さっきも説明したけどヴァイスは体温に敏感やねん。まともな道を通って近づいてもすぐ気付かれて囲まれる、そこでこの獣道や!ここを突っ切れば奴らの巣の捕らえた獲物を監禁しておく牢のすぐ近くに出られる。なるべく奴らに気付かれずにサッと妹を助けて、この道を戻ればそれでオシマイや」
なるほど、と倫太郎は納得して止めていた手を動かし始め、闇爪葬で行く手を阻む草や蔦の除去を再開した。
『くっさァ!オエッ、オエッ!』
(うるせぇ)
それから突き進むこと約一時間、切り立った小高い丘のような場所に倫太郎たちはいた。
丘の下を隠れながらそっと様子を伺うと、ゴリ雄の情報通りヴァイスの群れの巣があったのだが…。
「ひぇ…気持ち悪いです…」
「うっ、ヘビヅラがいっぱい…これは確かにキモい」
「なぁ、ゴリ雄…こりゃあ百体や百五十体じゃきかないだろ。少なく見積もっても倍、三百体はいるぜ?」
そう、倫太郎たちの眼下にはヴァイスの巣、いや、家とまでは言えないものの屋根のかかった粗末な建造物らしき物もあるので集落と表現してもいいくらいの規模のヴァイスの村が広がっていた。
牢屋のある区画は居住区から少し離れたところにあるため、遠目でしか見えないが牢屋のまわりを巡回している見張り役の二体のヴァイスをどうにかできればチャンスはありそうである。
だがゴリ雄の妹の生存確認をしてもいないのにゴリ雄の顔からは血の気がさぁっと引いて絶望の色に染まってゆく。
「………アカン、こんな多いとは思わへんかった…。これほどの数となると食料事情が変わってくる。もしかしたら…妹は、もう……」
「ゴリ雄、ネガティブな方の『もしかしたら』はやめろ。言い出しっぺのお前がそんな後ろ向きな言葉を吐いたら協力する側の俺たちまでやる気をなくすぞ。生死が確定するまでは『“もしかしたら”まだ生きてるかもしれない』、そう思っとけ」
ゴリ雄は顔を青くして微妙に膝が震えていたが、倫太郎の一喝でハッとしたように口元をキュッと結び直した。
夥しいまでのヴァイスの群れを見て弱気になっていたことに気付いたようだ。
「…そやな、リンタローはんの言う通りや。兄貴のワイがヘタレたこと言ってたら助けられるもんも助けられへんわな…。よっしゃ、絶対助けたる!リンタローはん!早速ここから降りて牢屋を確認しに行きましょ!妹が待ってるんや、ボヤボヤしてられへん!」
「おう、その意気だ」
ゴリ雄を先頭に丘からヴァイスたちに見つからないように静かに降り始める一行。
牢屋のあるエリアはすでに倫太郎たちの位置からでも肉眼でも確認できるほどすぐ近くだ。だが、肝心の牢の中身が遮蔽物があるため確認できない。
「見張り役の動きが単調ですね。これならどうにかできるかもしれません。ゴリ雄さん、ここは私に任せてください」
マールが自信ありげに背負っていた弓矢に手をかけた。
「華奢なナリなのにゴッツイ弓使うんやなぁ。まぁ自信あるようやし、頼むわ」
「ええ、うまくやります」
牢屋の見張りのヴァイスが二体の射線が重なるポイントを見定め、マールが倫太郎謹製の長弓をキリキリと引き絞り一瞬の静寂の後、静かに矢を放つ。無音の一投は狙い違わず二体の頭蓋をまとめて串刺しにして屠った。
「今や!」
ゴリ雄の合図で身を屈めて走る。腰ほどの高さの雑草が生い茂った場所を伝い、牢屋のある区画まで急いだ。
牢屋は鉄ではなく木製の格子でできていて、何十という部屋に分けられていた。
「かすかに妹の匂いがする。近いで!絶対にいるはずや!」
あまり知られていないがゴリラの嗅覚は犬には劣るもののかなり良い。身内の匂いを嗅ぎ分けるなど朝メシ前なのだろう。
ゴリ雄は必死に一部屋一部屋をしらみ潰しに走って確認していく。中にはゴブリンやコボルトが収容されているが、ゴリラらしき姿は確認できない。
そして空室の牢屋の前で立ち止まるゴリ雄。
「…ここから、強く…妹の匂いがする……ぐぅっ…うっ…うっ…」
空の牢屋の前で膝を突いて崩れ落ちる。大粒の涙が地面にポタポタと落ちて水溜まりを作っていく。
空の牢屋に残る妹の残り香。それが示すもの、それは…。
「…リンタロー……」
クイックイッと倫太郎の袖をレディが引っ張る。悲しみの中に静かに燃える怒りをレディの瞳から感じ、何を言わんとしているかは倫太郎には手に取るようにわかった。
「…ああ、俺もそれを提案しようと思ってたとこだ。…オイ、ゴリ雄。お前には選択肢が二つある。一つ目は負け犬のようにこのまま尻尾巻いて逃げ帰ること。二つ目は…弔い合戦だ。妹を殺されて黙って帰るなんて絶対できねぇ、クソヴァイスどもを皆殺しにしてやる、そう思うなら俺たちが手を貸してやるが、どうする?」
ゴシゴシと毛むくじゃらの極太の腕で涙を荒っぽく拭き、立ち上がるゴリ雄。振り返り倫太郎を見つめる目には悲しみの色は鳴りを潜め、怒りと決意が宿っていた。
「…選択肢なんてないやん。あるわけないやん!このまま逃げ帰るなんてできひん!ワイの妹が味わったであろう恐怖と悲しみを奴らに倍返ししてやらなワイは兄貴とは名乗れへん!…リンタローはん、マールはん、レディはん。あんさんらの力が必要や。頼む、手を貸してくれへんか!」
そう言って深々と頭を下げるゴリ雄。怒りからか小刻みに震えている。
「もちろんです。目にもの見せてやりましょう!ゴリ雄さん!」
「レディも。この結末はホントに胸糞悪い。ヘビヅラどもをめちゃくちゃにしてやろう」
「…っと、まぁうちのパーティメンバーもヤル気満々みたいだからな。民主主義に則って俺も徹底的にやってやる。負けはねぇ、やるからには絶対勝つ、それも圧倒的に。だが主役はお前だ。イモ引いて逃げ腰になるようなら俺が後ろからケツ蹴り上げてやるからな。気合い入れて殺れ」
『オレもオレもォ~!草刈り鎌扱いされた鬱憤をあいつらで晴らしてェ!』
方向性は違うが闇爪葬も殺る気は十分だ。…まぁそれは倫太郎のせいなのだが。
「おおきに…おおきに…。グズっ…よっしゃ!いっちょカマしたるでぇ!待っとれよクソヴァイスども!皆殺しじゃあ!」
最後の一滴の涙を乱雑に拭うとゴリ雄はヴァイスたちが跋扈する居住区を睨み付け、バシッ!っと己の顔を両手で叩き気合いを入れた。
「…よし、全員準備はいいな?ここまでコソコソと動いてきて俺もフラストレーション溜まってんだ。派手にやろうぜ?」
獰猛な笑みで嗤い、闇爪葬を太刀の姿に戻して肩に担ぐように携えて倫太郎は歩き出した。
これから始まるのは戦いではない。
ゴリ雄と、その妹ゴリラのための弔い合戦、もとい一方的虐殺である。一匹たりとも逃がしてやらない。
五階層のヴァイス絶滅までのカウントダウンが今、始まった。
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