彼女の素
「ヒック…ヒック…ふぇぇぇ…グズッ」
未だ泣き止む気配のないエリーゼの手を引いてなんとか先程のテントまで戻って来ている倫太郎は対応に困っていた。
美しく、強く堂々としていて女だてらに騎士団の一個小隊隊長というまとめ役を担う傑物。倫太郎はさっきまでエリーゼ・フォグリスという人物をそう評していた。
「こっちが素だったか…」
地面に敷かれた薄いマットの上で膝を抱えその間に頭を埋めて泣き続ける彼女を見て、まるで子供のようだと評価し直した。
しかしエリーゼはキングウルフに吹き飛ばされてかなりのダメージを受け、副官は気を失い一対一の状況になって尚倫太郎を逃がそうと敵わぬ敵に立ち向かえる勇気と覚悟を併せ持った心の強い女であったことは間違いない事実であるため、倫太郎の中では『心身ともに強い女だが、限界を迎えると素が出て普通の女みたいになる女』と再評価されたのであった。
ちなみにグーフィは甲冑のお陰で大事には至らなかったが伸びたままでまったく目覚める気配が無いため、テントのすぐ外の焚き火の近くまで引き摺ってきて寝かせてある。
「…ないで…」
「えっ?」
「この事は誰にも言わないで…」
「あ、あぁ」
「グスン…」
「…」
さすがに「騎士団長はキャパオーバーするとふぇぇぇーんって子供みたいに泣くんだぜ」などと吹聴するつもりは倫太郎にはなく、無かったことにするつもりでいた。
しかしまだ少女と言ってもいい年の女の子らしくて、隙のない完璧で勝ち気な女より弱い部分もあるというほうが人間味があっていいとも思える。
「さて、そういや晩飯食い損ねてたな。軽く運動したら腹も減ったし焚き火のとこに団員たちが準備してくれてたシチュー?みたいなもんがあったと思ったけど…食べに行かないか?初異世界メシだから楽しみにしてたんだ」
未だ鼻を啜りながら泣いているエリーゼに話題と多少場を和ませる話題を振ってみる。正直そんなに空腹というわけではないがこのままテントの中でエリーゼの泣きべそに付き合っているよりよほどいいと考えたのだ。
するとクゥーという可愛らしい腹の音が聞こえて、エリーゼはばっと自分の腹部をおさえた。恥ずかしさで顔をほんのり赤くして涙で目を赤くしながら呟く。
「…食べる。…今のも聞かなかったことにして」
「ああ、わかってるよ」
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焚き火を挟んで向かい合うように座り、お互い器に入ったシチュー?のような食べ物をスプーンで掬って頂いている。
肉も野菜も香料も何を使っているのかわからないが、見た目と味はビーフシチューに酷似していてかなり美味だと言える。
「すげぇうめぇなコレ。なんて料理だ?俺の故郷のシチューって料理にそっくりなんだけど香料が特徴あるみたいで俺はこっちのほうが好きだな」
倫太郎は何の材料が使われているかわからないので最初はあまり食べる気もしなかったが、自分からエリーゼを食事に誘っておいてほとんど食べないのも変なので一口食べたらスプーンが止まらないほど気に入ってしまったようだ。
「チュシーって料理だよ。こういう夜営の時は定番の料理で、手間の割に栄養価も高くて美味しいし身体も暖まるからしょっちゅう夕飯に出るの」
もう倫太郎にはバレてしまったので騎士団長として威厳を損なわないような話し方や振る舞いをするのはやめたようだ。そこに敢えて突っ込むのも野暮なのでスルーした。
「チュシー…紛らわしい名前だな。まぁいい、次はパンも…って硬ぇっ!」
遠征に出ていた騎士団が携行食として所持しているパンが普通のパンな訳がなかった。パンはイーラ麦という麦を多く使ったパンで水分含有率が少なく、日持ちと栄養価優先で味や食感は二の次のものだそうだ。チュシーに浸して柔らかくしなければ歯がボロボロになってしまうほどの硬さであった。
「リンタローは凄く強いんだね。本当にびっくりしちゃったよ。あと、ありがとう。リンタローがいなかったら私もグーフィも絶対死んでた。命の恩人だね」
元の世界では命を奪うことはあっても助けることなどまったくと言うほど無かったので、命の恩人などと言われてリアクションに困ってしまい頬を掻く。
「…買いかぶり過ぎだ。たまたま運よく撃退できただけさ。助かってラッキーくらいに思っとけばいい。それにドラゴンと俺を運んでもらってんだからお互い様だよ」
「うん…」
また無言の時間が流れる。食器の音と咀嚼音だけが響くがそれほど居心地の悪い沈黙ではない。
「私ね、騎士団長に就任したとき騎士団員の皆には私が死ぬまで威厳があって頼り甲斐のある強い騎士団長として振る舞おうって決めたの。でもダメね…死に直面したらあっという間に素が出てみっともなく泣きわめいちゃった…。どんなに理想の騎士団長を演じてもホントの私は多少剣が得意なただの弱い小娘でしかなかったわ」
自分を卑下するように空になった皿を見つめながら語ったエリーゼはまた泣き出しそうな顔で俯いた。
「ん~、そうだなぁ。闘いに身を置く人間たちを指揮する立場の奴が弱くて自信のないような人間だったら、その下で働く連中は不安で付いていけないかもな」
言外に「お前はには向いてない」と言われてエリーゼは俯き唇を噛み涙が溢れそうになるのを必死で堪えた。
「だけどお前は強い、俺が保証してやる」
意外な言葉を受け溢れそうな涙を袖口で拭い倫太郎の顔を見れば、倫太郎もまた真剣な顔でエリーゼを見つめていた。
「何度でも言うがお前は強い。剣の腕がじゃない、心がだ。自分じゃ到底敵わない敵が相手でも自分の周りの人間は絶対傷付けさせないという強い覚悟をあの時俺はお前に見た。剣だけできても肝心の心が軟弱な奴は自分より強い奴が出てきたらきっと我先にと逃げるだろう。それをせず自分より団員と俺の身の安全を優先したエリーゼは人の上に立つ資格を持っている。成るべくして騎士団長に成ったんだ。誇っていいことだと思う」
もう涙が流れるのを我慢出来ず、袖口は涙でべちょべちょになっている。
エリーゼはずっと不安だった。向いてないんじゃないか、これからも職務を全うできるのか、そんな崩れそうな精神状態の中、強者である倫太郎に騎士団長としての資質を認めてもらえたことは騎士団長に就任したとき以上の喜びだった。
「うぅえぇぇぇぇん、あ゛りがどぉぉ!」
感極まって倫太郎へとエリーゼが飛び付く。それをさっと華麗に避ける倫太郎。
「ぐぺぇっ!」
地面へとダイブしたエリーゼは蛙が潰れたように呻き、痛みに悶えた。
「何で避けるの!?ここは「よしよし、今まで辛かったな。俺が認めたんだ。お前は強い」とか言って抱き締めるパターンのやつじゃないの!?」
恨めしそうに抗議するエリーゼを倫太郎はチュシーを食べながら困ったやつを見る目で見ていた。
「いや、だって俺まだチュシー食ってるし…お前、涙と鼻水できったねぇし」
「きったねぇ!?」
焚き火の回りでやいややいやと騒ぐ二人は数時間前に出会い、ついさっき死線を切り抜けたとは思えないほど心の距離が縮まっていた。
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