魔族国家ガルミドラ
「ふぅ~ん」
「「いや、ふぅ~ん、って…」」
まるでどうでもいいとでも言うように間延びした声を出したのは倫太郎だ。
服を乾かすための火を起こしながら「くあぁ」と欠伸をしながらうっすいリアクションで返すだけだった。
成り行きで魔王の長男坊をボコボコにして『国』を敵に回したと言っても過言ではないヘビーな状況をわかった上でこのリアクションである。
マールもレディも倫太郎の危機感のなさに開いた口が塞がらないようだ。
魔族至上国家、ガルミドラ。倫太郎が今回の件でボコボコにしたフィンネル・ドラグノーツが所属する国である。
魔族至上国家を自らうたい、国民は全員魔族である。魔族以外にも国内に人間や亜人も存在するが例外無く魔族の奴隷として、魔族の所有物として酷使されているのだ。
ガルミドラは世襲制の王権ではない。魔族の中で一番強い者がそのときの王となる、まさに弱肉強食を国のモットーとしているサバイバルな国家なのだ。
最近、現国王ヴァンゼル・ドラグノーツは前の王に戦いを挑み、見事勝利してガルミドラの魔王となった強者である。
彼の国は隣国だろうが同盟国だろうがお構いなしに難癖つけてなにかと戦争をしたがる好戦的な種族としても知られている。
そしてその王の長男、つまりガルミドラの王子を倫太郎は眼を潰し、腕と角をチョンパしてしまった。魔族全体に対して宣戦布告にも等しい所業をしでかしたのだが…。
「ふぁ~、眠ぃ」
この緊張感のなさはなんなのか。現実が見えてないのか、はたまた大物なのか…。
「リンタロー、なに呑気に欠伸してるんですか!わかってるんですか!?あなたはこれから一生追われる立場になるかもしれないんですよ!?」
倫太郎の「魔族?ガルミドラ?どっかで聞いたことあるような…なんだっけ?」という発言を受けて魔族国家ガルミドラやその王のことについて説明したマールだったが、説明が進むにつれて倫太郎が面倒そうにし始めたのだ。マールが怒るのもわかる。
「いや、やべぇなぁとは思うんだけど、もうやっちゃったモンはしょうがねぇしなぁ。まぁ、なるようになるっしょ」
ユルい、ユルすぎる。マールは気のせいではなくズキズキと響く頭痛で頭を抱えた。
「リンタロー、魔族相手でもリンタローが戦うならレディも戦う。逃げるときも一緒」
先程までヤバいヤバい連呼してたレディは急にいい顔でそんなことをいいながら倫太郎の服を掴み身を寄せてきた。
「お?おう、なんだ急に。別に俺が戦うからって無理して戦わなくてもいいぞ。そんなことで捨てたりしねぇから」
倫太郎はレディが前の主にあっさり見限られて捨てられたトラウマがフラッシュバックしてセンチメンタルな気持ちになったのかと思ったが、そうではないようだ。
「なんだかリンタローと一緒にいれば生き抜けるような気がする。逆にリンタローから離れたら危ない気がする。これは鬼人族としての勘。今まで鬼人蔟が世間から虐げられながらも種が存続しているのはこの『生き抜くための勘』がどういうわけか鋭いから」
鬼人族の第六感とも言える生死を切り抜ける勘や嗅覚はあまり一般には知られていないが確かに存在する。
レディの第六感が魔族の国を敵に回した倫太郎と離れるより傍にいたほうが安全だと告げていた。
「その王子様もあれだけ大怪我したんだからすぐには報復に来ないだろう。しばらくは安全だと思う。…それよりマール、母親が心配なら今すぐ治癒の実を持って帰ってもいいぜ?この先は俺とレディでなんとかするからよ」
マールの母の病は進行の早い部類ではない。年単位の時間をかけて失明へと至る病気だ。
だが娘のマールからしてみれば一刻も早く母の元へ戻り治癒の実を与えて治してあげたいと思うのは当然だ。
さっきから妙にソワソワし出したマールの仕草を見て、ピンときた倫太郎がそう提案した。だが、マールの答えは倫太郎の提案に甘えるものではなかった。
「っ、…たしかに気持ちは今すぐにでも母のところへこの治癒の実を届けてあげたい、ですが約束は約束です!倫太郎が欲しがっている爆煉石を手に入れるまでダンジョンからは帰りません!」
己の気持ちを見透かされたように感じ、マールは一瞬言葉を詰まらせるが、彼女はの答えは倫太郎の予想とは違うものであった。
倫太郎はてっきりマールは倫太郎の言葉に甘えてここでパーティを抜けるものだと思っていたので、予想外の答えに驚いていた。
「ホントにいいのか?ここまでもイレギュラーが連発して時間がかかり気味だったんだ、ダンジョンから出るまで時間かかるかもしれねぇぞ?」
「母のことは今も心配ですけど、今すぐ治癒の実がなければ失明するような深刻な状態ではありません。ですから私はリンタローとこの先へ進みます!」
強い意思の宿る瞳で倫太郎を見るマール。レディもなぜかマールの宣言を聞いてウンウンと納得したように頷いている。
倫太郎だけがよくわからず首を傾げていた。
「お、おう、そうか。まぁどうするかはマールの自由なわけだから俺は異論ねぇけどな。よし、じゃあ俺の服が乾くまで休憩してそのあとはさっさと先に進もうぜ…と言いたいとこだけど、もう外は夜だろ。ここらで交代で見張りしながら仮眠をとるか」
倫太郎たちが今いる場所から五階層への階段までは十分も歩けば付く位置にある。
だが強敵との戦闘でかなり時間を使ったため、もうダンジョンの外は夜の帳が降りている頃だろうと思い、時間感覚に敏感な倫太郎が休眠を取ることを提案した。
ダンジョン内部はいつでも一定の明るさなので時間の感覚が麻痺しがちだ。
こちらの世界に転移するとき、腕時計を外していたため時間を知る術はない。が、ざっくりとなら時間感覚に鋭い倫太郎は把握しているのだった。
「そう言えばかなり時間が経ってる気がする」
「そうですね…普段なら六階層程度なら日帰りも可能ですが今日はイレギュラーだらけの一日でしたしね。もう夜でも不思議ではないですね」
二人も倫太郎に言われて気付いたようだった。言われて気付くと途端に疲れが出てくる。
今の今までは気を張ってたからか気にならなかった疲労がどっと押し寄せてくる。
「じゃあまず俺が見張りやるから二人とも寝てくれ。何時間かしたら起こすから」
倫太郎の申し出に甘えマールとレディは外套に包まり横になり、しばらくすると寝息をたててスヤスヤと寝始めた。
「…寝たか、じゃあやるか。来い、闇爪葬」
黒い霧が倫太郎の掌に収束し、太刀の姿で現れる。改めてじっくり見ると刃全体にうっすらと血管のような模様が走っているのがわかる。禍々しいが、どこか美しさを感じる造形だ。
『どうしたァリンタロー、敵はいねぇみてだがよォ』
武器のくせに眠たそうな闇爪葬。いや、喋るのだから生きていて眠気も感じるのだろうか。
闇爪葬を手に入れて間もないとき、ふと倫太郎は「武器ってことは元は鉱物なわけだから錬金魔法で作り変えれるんじゃね?」と思い、魔素を闇爪葬へ流そうとしたが流せば流すだけ吸いとられてしまい無理だった。
一体闇爪葬は何者なのか。何ができて何ができないのか。それを知り尽くすまで命をかける戦いで振るうには些か不安が残る。
倫太郎はマールとレディが寝ているこの時間に全ては無理だとしてもできる限り闇爪葬について知るために呼び出したのだ
「いやな、もっとお互いをよく知らねぇと命を預ける相棒にはなり得ねぇと思ってよ。どうせ暇だろ?ちょっと二人でお話でもしようぜ」
『………』
闇爪葬の鈍く輝く波紋が蠢く。なにか考えているのか闇爪葬は喋ろうとしない。
「?…オイ、どうした?」
『…あぁ、うん、なんだァ…その…』
闇爪葬の歯切れの悪い返答に倫太郎は眉をひそめる。
「なんだ。言いたいことがあんならハッキリ言え」
『おう。言い方がキモいなって。背筋がゾワゾワしちまったぜェ。付き合いたてのカップルかよォ』
「錆びろ」
倫太郎は振りかぶり、水の壁へ闇爪葬を全力でぶん投げた。
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