マールとレディの気持ち
治癒の実がなる巨木を見上げると、まずその高さに圧倒される。
極太の幹が天を衝かんと真っ直ぐ上に伸び、そこから分岐するように何本もの枝へと別れ、青々とした葉をつけている。天辺まで目測約四十メートルといったところか。
まるで生命力の塊が木という形をとって座している、倫太郎はそんな印象を受けていた。
そして目的のものはすぐに見つかった。
赤く艶やかになる実だ。もしかしたら食い尽くされているかもと不安に駆られたが、杞憂だったようだ。
葉と葉の間に隠れるように治癒の実はなっており、よく見れば数えるのも面倒になるほどの数が確認できる。
「あったあった。どんだけあれば足りるかわからんからできるだけ持って帰るか」
倫太郎は巨木から数歩離れ、助走をつけて幹を駆け上った。
木の肌は意外とゴツゴツしていて足の取っ掛かりには困らない。身体能力の高い倫太郎ならば手など使わなくとも上ることは容易い。
あらかじめポケットに入れてきていた小さめの麻袋を広げ、そこにいっぱいの治癒の実をかき集めて入れた。
巨木に残る治癒の実は片手で足りるほどになってしまったが、まぁ問題ないだろう。
いつまでも長居は不要なのでさっさと来た道を戻ろうと水路まで歩いて戻るとフィンネルから切り落とした角が転がっていることに倫太郎は気付いた。
「…これ、売れるかな…」
守銭奴の気を出した倫太郎はフィンネルの角を拾い上げ、スラックスのベルトに引っ掻けて水路へと戻っていった。
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倫太郎が水の壁を抜け泳いでいったあと、マールとレディの二人がその場に残ったわけだが、やや重苦しい空気が漂っていた。
「「………」」
別に仲が悪いわけではない。お互い何を話せばいいかわからないが故の沈黙であった。
マールはダークエルフとして世間から疎まれ、蔑まれたことは一度や二度ではない。
レディも『呪いの血筋』と後ろ指を指されながら生きてきた過去があるはずだ。記憶喪失で覚えてないが。
ネガティブな共通点かもしれないが、そんな二人はなぜか他人とは思えない親近感をお互いに対して感じていた。
「ねぇ、レディ」
「…マールは」
「…レディからどうぞ」
話し出すタイミングがカブり、マールがレディから先に話すよう勧める。
「…マールはなぜリンタローを臨時のパーティに誘ったの?リンタローとマールの出会いの話だとあまりいい印象は無いはずだけど…どうして?」
そう言えばどうしてだろう、レディに言われてマールは思った。
確かにダンジョンに一緒に潜ってくれる人を雇う資金もなく途方に暮れていて藁にも縋らなければいけない状況だった。
だが冷静に考えると倫太郎でなければならない理由はなかったのだ。
マールは百年に一人と言っても過言ではないほどの卓越した魔法の才を持つ。その魔法のウデを売りにしてダンジョン攻略を目的としたパーティに入りこみ、資金稼ぎの一環として治癒の実の獲得を立案したりして獲得するという手も今なら思い付く。
だがあの時、茶屋で倫太郎が帰ろうとしたとき、マールは漠然と「このまま帰してはいけない」という気持ちになったのだ。
あのときは倫太郎があそこまで腕の立つ強者だとはわからなかった。少なくとも溺れた人一人を助けられる程度には泳げる人、という認識だったはずだ。
「…ん~~、そう言えばなぜでしょう…。なんだかリンタローじゃないと治癒の実は手に入れられない、そんな気がしたんです。実際そうでしたけどね。アサシンウルフの群れもスピリットゴーストもノーライフキングも…多分ほかの人じゃ退けられなかった相手でした。それにこの弓も…リンタローに頼まなければ手に入れられない逸品てす。…フフッ、泳げるだけのエッチな人だと思ってましたけど、あんなに強いだなんて思いませんでしたよ」
マールは倫太郎を臨時パーティに誘ったときのことを思い出しながらどこか嬉しそうに語った。
彼との出会いこそあまり好印象ではなかったものの、事実として命を救われ、夢幻の回廊街で再会し、それが縁を結び今に至っている。
人生はわからないものだとマールは笑った。
「レディはなぜあんな得体の知れない男の奴隷になろうと思ったんですか?それもなかりすんなりと」
かねてからマールがレディに聞きたかったことである。
レディはおもらしコンビの奴隷から解放されはしたものの、二十四時間以内に次の主人と契約しなければ死んでしまうという窮地に立たされた。
だが前の主人がおもらし剣士とおもらし魔法使いのように奴隷をぞんざいに扱う者は少なくない。
それはレディが鬼人という種であることもその扱いの悪さに起因している。
「…リンタローのレディを見る目が…」
「いやらしかったですか!?」
まだ倫太郎はスケベという誤解が頭から離れないマールは同志を見つけたかのように目を輝かせた。が、レディはふるふると首を横に振った。
「…違う。レディを蔑むような、下に見るような目じゃなかった。今思えばリンタローは異世界の人で事情を知らないから当たり前なんだけど、レディはそれが嬉しかった。この人なら大丈夫、そうなんとなく思えたからリンタローの奴隷になった。それに…」
「それに?」
「鬼人族の種族の特性上、鬼人は強者に惹かれる。腕っぷしの強さはそのまま異性としての魅力に直結する。つまり強いリンタローはレディの好み。っていうのが理由の一つ。…だから実はホッとしてる」
「へ?ホッとしてる?」
なにに安堵していると言うのかわからないマールはおうむ返しで聞き返した。
そのときマールはレディの顔を見てドキッとした。レディは完全にメスの顔になりマールを見ていたのだから。
「うん、実はマールもリンタローを狙ってるのかと思ってたから。マールはレディよりも胸があるから、それを武器に攻められたら手強いと思ってた」
「狙っ!?い、いえいえ!私は彼をそういう対象としては見てませんよ!?ええ、見てませんとも!ホントですよ!?」
マールの頬が一気に熱を帯びて朱に染まった。そしてそのキョドり具合からも本音はバレバレである。
レディもさすがにここまで分かりやすくリアクションされるとスルーはできない。
「…レディは別に第二婦人でも第三婦人でもかまわない。なんなら愛人でもいい。でもマールがリンタローを独占したいというのは困る。将来的にレディはリンタローの子を産みたい」
何番目の女でもいい、だけどリンタローの子は産みたいと恥ずかしげもなく言い放つレディにマールは圧倒されていた。
この子、意外とオトナ…。そうレディを再評価したマールはなんだか負けた気分だった。
この世界では一定以上の権力者や資産家、実力のある探求者ならば一夫多妻など別に珍しいことではない。
金と力のある強いオスが複数のメスを囲う。当然と言えば当然、自然と言えば自然なことなのだ。
「…実は私もリンタローには興味がないわけじゃないような、あるわけじゃないような…」
ゴニョゴニョと煮えきらない態度マールだが、この手の話にあまり耐性のないマールにしてはかなり勇気を振り絞った発言だった。
「マールもレディを嫌な目で見なかった。だからマールなら信用できる。共闘しよう」
「共闘?」
「そう、共闘。レディとマールでリンタローを…落とす!」
グッと握り拳を作り、いつになく力強く頷くレディの瞳には燃える炎が幻視できる。その熱さに若干引くマールだった。
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「ぷはっ!ただいま」
「あっ!おかえりなさいリンタロー」
バシャッと水浸しになりながら倫太郎がマールとレディの元へと帰ってきた。
シャツを脱いで絞り、水のトンネルに入る前に置いてきた麻袋をゴソゴソとあさりタオルを取り出して全身を拭く。
なぜかマールとレディは一言も発せず、その光景をじっと見ている。
「?。なんだよ?」
古傷が目立つが、黒すぎず白すぎない肌、割れた腹筋、靭やかな体躯。さっきまでリンタローの話をしていた二人に意識するなというほうが無理な話である。
「い、いえ、なんでもありません。それより治癒の実は?ありましたか?」
無理矢理話を本筋に戻して誤魔化すマールだが、レディは関係ないと言わんばかりにまだ倫太郎の身体をガン見し続けている。
「おう、あったぞ。ホレ」
そう言って小袋をマールに差し出した。
「こ、こんなにたくさん…」
「いやぁ、どれだけあれば足りるか聞いてなかったからな。とりあえずその袋に詰められるだけ詰めてきたんだ。足りるか?」
その問いにブンブンと首を縦に振り肯定するマール。徐々に目尻に涙も浮かぶ。
「……足ります、十分です。…ありがとうございます。これで母の目を治せます。本当にありがとう…」
目的の治癒の実を抱き締めてマールは堪えきれずに泣き出す。倫太郎もレディも暖かい目で見ていた。
「リンタロー、ところでコレはなに?」
腰にぶら下げた禍々しい角をチョンチョンとつつくレディ。
水のトンネル突入前には持ってなかった物だ。気になるのも当然だろう。
「ああ、コレな」
泣き止んだマールとレディに向こう側で起きたことを倫太郎は簡単に説明した。
治癒の実を果物のように齧るフィンネル・ドラグノーツと名乗る少年と出会い、戦闘になったこと、その戦闘で片目を潰して腕と角を斬り落としたこと、転移魔法で逃げられてしまったこと、「必ず殺す」と負け犬の遠吠えのような捨て台詞を吐いていたということ。
「…ってことが水のトンネルの向こう側であったんだ」
「「……………」」
軽く話す倫太郎とは裏腹にマールとレディは青い顔で黙りこくっている。なにかマズイことでもやらかしたのかと倫太郎が二人の顔を覗き込む。
「…お~い、どうした?」
ハッとしたようにマールが倫太郎へと詰め寄る。レディはまだ顔面蒼白のままカタカタと震えてボソボソとなにか呟いている。
「フィンネル・ドラグノーツ、間違いなくそう名乗ってたんですか!?本当に!?」
「…ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」
なぜ二人がそんなに焦っているのか皆目見当もつかない倫太郎の頭は?マークでいっぱいだった。
なにがそんなにヤバいのか。たしかにフィンネル・ドラグノーツとなのる少年の戦闘能力は無視できないほど強力ではあった。
だが倫太郎からしてみれば未熟な精神をもつ力の強いガキンチョという認識で、それほど驚異にはなり得ない。事実短時間の戦闘で片目を潰して片腕を斬っているのだから。
フィンネル・ドラグノーツよりもノーライフキングのほうがよほど手強い敵だったとも思える。
「フィンネル・ドラグノーツ!それは現魔王の嫡男の名前です!…リンタロー、どうやらあなたは全魔族を敵に回してしまったようです…」
「買われるまで奴隷商にいたレディでさえ知ってる。魔王は子煩悩で、我が子をとても大事にしている。その子供を半殺し…ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい…」
今回、倫太郎が敵に回したのはどうやら『国』だったようだ。
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