フィンネル・ドラグノーツ
ニタニタといやらしい笑みを張り付けてゆっくりと倫太郎へ近づいてくる角を生やした少年。
この少年の中では自分は狩る側、倫太郎は狩られる側という図式が揺るぎないものになっている。
そう少年が考えていることは少年の目を見て倫太郎はなんとなく察していた。
そして腸が煮えくり返るほどムカついていた。
ナメられている、それも完全に。そんなのはいつぶりのことか。
地球にいたときは『赤道倫太郎』と言えばそのスジの人間なら名を聞いただけで竦み上がるほどの恐怖の代名詞として名を馳せた。
『グリムリーパー』『死体製造機』『ブラッディ』などと恥ずかしい通り名を付けられる程度には恐れられていたのだ。
それが今、人間ではないにしても年端もいかない子供にナメられているのだ。許容できるはずがない。
「…俺は倫太郎だ」
「?…急にどうしたのさ?自己紹介とかいらないよ?ハハッ、怖くて気でも触れたのかな?」
いきなり名乗る倫太郎に少年はバカにしたように嘲笑う。
だが煽り合いならば倫太郎には遠く及ばない。見下したような眼をする少年に対して倫太郎は可哀想な奴を見る眼で応戦した。
「ははっ、いやな。自分を殺す奴の名前くらいは知りたいんじゃないかと思ったんだが…ガキンチョはママのおっぱいのことで頭がいっぱいで人の名前なんて覚える余裕なんてなかったか?」
ぴくっ
少年の頬がピクピクと引き攣るように動いたのを倫太郎は見逃さなかった。ここぞとばかりに追撃を加える。
「ああ、そうか。腹が減ってもママのミルクがないから治癒の実を噛ってたわけか。悪かったなぁ、気がつかなくて。帰っていいぞ?ここで待っててやるから家に帰って吸ってこいよ。ママもきっと乳を出してお前の帰りを待ってるぜ?」
少年から余裕と嗜虐的な笑みがストンと抜け落ちて真顔に変わる。倫太郎の狙い通りキレたようだ。
倫太郎はなにも戦闘で歯が立たないからせめて口先で優位に立って悦に浸ろうというわけではない。目的は相手を怒らせることだ。
「…うるさいな、黙れよお前」
イライラしているのが手に取るようにわかる。すでに相手は倫太郎の術中だ。心の中でほくそ笑む倫太郎、だがそんなことはおくびにも出さない。
「あれ?もしかしてマジなん?いやぁ~冗談のつもりだったんだけどなぁ。そんなデカいナリしてまだおっぱい吸ってんのかお前。恥ずかしい奴だな。もしかしてここにいるのって迷子になったからとか?うわぁ、あり得る!乳離れしてない赤ちゃんだもんなぁ、そりゃ迷っちゃうよな、はははは!」
少年の姿がブレてかき消える。挑発しつつも相手の動きのすべてを注意深く観察していた倫太郎の次の動きに迷いはなかった。
急に少年の気配が倫太郎の右側に現れ、大振りのパンチを倫太郎の顔面へ仕掛けてくる。
わかっていたかのように上体を反らせることでなんなく躱し、目の前を通り過ぎて伸びきった少年の左腕の付け根目掛けて闇爪葬で切り上げる!
スパン!ビシャアァァァ!
「ぎっ、ギャアアアアアアア!!!」
クルクルと少年の左腕は宙を舞い、弧を描いてドチャリと水気のある音とともに地に転がった。
心臓の動きに合わせて少年の切口からは大量の血が噴水のように噴き出している。
倫太郎が故意に少年を怒らせたのは、頭に血を上らせ思考を鈍くするためにある。
怒りに任せた動きは無駄な力みを生み、行動を単調化させる。洗練された技も怒りによる力みが邪魔して鈍らせて避けやすくなるからだ。
倫太郎の思惑はピタリとハマり、少年に大打撃を与えることに成功した。まあ、それは少年の精神が年相応に未熟だったから、というのが大きな要因ではあるが。
傷口を必死に押さえ、二歩三歩と後ずさる少年。そんな最大の好機を見逃すわけはなく、倫太郎は全力で気配と殺気を消し存在感を希薄にして、ヌルリと少年へと肉薄、首を切り落とさんと闇爪葬を最速の速度をもって振るった。
今度こそ殺ったと確信した倫太郎だったが、少年もやはり並みではなく神がかった反応速度でそれを回避した。
だが完璧に避けることはかなわず、黒い角を一本斬り落とされる。カランカランと角が転がる硬質な音がなり、斬首の失敗を告げる。
二歩三歩と後退した少年は素早く切断された腕を拾い上げると赤黒い文字と線でできた魔方陣を展開した。
「ぐぅぅぅッ!お前…お前ぇぇぇ!覚えてろ!必ず殺してやる、どこへ逃げもどこに隠れても必ず見つけ出して息の根を止めてやる!顔と名前は覚えたからなぁ!」
少年が展開したのはどうやら転移系の魔方陣のようだ。少年の足下から徐々にせり上がるように小さなブラックホールのような穴が少年を飲み込んでゆく。
「逃げも隠れもしねぇ…よっ!」
ガァン!
倫太郎の抜き手を見せないクイックドロウでの精密射撃。狙いは少年の眼球。射出された.357マグナム弾は一条の軌跡を描き、狙い違わず吸い込まれるように少年の左目へと着弾した。
「がっ!?…アアアアアアアッ!?」
「!?」
眼を撃ち抜かれたら通常そのまま脳へと達し死に至るはず。だが少年は絶叫し、のた打ち回っているだけだ。
どれだけ頑丈な身体の作りなんだと飽きれる倫太郎だった。
腕を切り落とせたのも闇爪葬の切れ味が良すぎたからであって、もしこれがほかの刃物だったならば薄皮一枚斬るのが関の山だっただろう。
「ぐぅぅぅ………殺す!殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅ!!!」
鮮血を左目から滴らせ、真っ赤に充血した残った右目で殺意のこもった視線を倫太郎へ飛ばす少年。
発動した転移魔方陣はキャンセルできないようで、すでに少年の胸の辺りまで飲み込んでいる。
ここで逃がしたら後が面倒になることは分かりきっている倫太郎は、少年まで距離があるにもかかわらず闇爪葬を引いて突きの体勢で構える。
「最速で伸びろ!」
一気に突き出した闇爪葬の切先が首付近まで消えかかっている少年の口へと伸びる!
がぎん!
少年の咥内を蹂躙せんと目視もできない速度で伸びる闇爪葬の切先を少年はなんと歯で噛んで受け止めたのだ。
噛み砕くつもりでギリギリと闇爪葬の切先に力を入れているようだがびくともしない。
『…リンタロー、さすがに野郎に咥えられてんのはヤダからよォ、戻っていいかァ?』
(…ああ、戻れ)
一瞬で闇爪葬はもとの太刀の形状に戻る。
ペッと唾を吐き捨てて倫太郎をじっと睨み付ける少年。殺意たっぷりの表情である。
「…フィンネル・ドラグノーツだ。覚えておけ!いずれお前を殺す男の名だ!」
「急にどうした?自己紹介とかいらねぇよ。ビビりすぎて気でも触れたか?」
殺られる前に殺る。煽られたら煽り返す。倫太郎のポリシーである。
「…つくづくムカつく人間だね。必ず殺す。それだけ覚えておけ」
その言葉を最後にフィンネル・ドラグノーツと名乗る少年は消え、魔方陣も霧散した。
この場に残ったのは少年の流した血と、倫太郎が斬った少年の角だけだ。
「なんだったんだ、あのガキは」
なんとなくまた相見えるような嫌な予感を感じながら倫太郎はフィンネルが消えた辺りを見て呟いた。
「おっと、そんなことより治癒の実を回収しねぇとな。まさかあのガキ全部食い尽くしてねぇよな…」
ここにいるのはマールのため、マールの母親の眼を治すため。戦闘で忘れかけていたが倫太郎は踵を返して治癒の実がなる巨木の方へと向かったのだった。
感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。
「面白い」「続きはよ」「頑張れ」と思いましたら応援よろしくお願いします。




