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少年と治癒の実

夢幻の回廊、第四階層。ここはマールの目当てのレガリア、『治癒の実』、別名『水辺の奇跡』が群生するエリアがある階層である。


今倫太郎たちは束の間の休憩を終えてマールの後ろを歩いている。


治癒の実をなんとか手に入れられないかと何度もここへ足を運んだマールの足取りに迷いはない。


「ここです。この先に治癒の実がなる木があります」


そこには壁があった。水の壁が。


重力を無視してダンジョンの通路いっぱいに水路が続いているのである。


「………どうなってんだ…こりゃあ」


倫太郎もポカンと口を半開きにしてその摩訶不思議な光景に目を釘付けにされていた。


夢幻の回廊の第四階層は通称"水難の層"と言われ、水に(まつ)わる魔物とトラップが待ち受ける階層となっている。


この水のトンネルとも言える水路がすでにトラップのようなものである。

夢幻の回廊に踏み込む前に聞いた話にると、この水路は全長約五十メートルほどだという。


「よし、んじゃ約束通りサクッと治癒の実とやらを取ってくるか。つーか治癒の実ってどんなのだ?」


「赤くて親指の先程度の大きさだと聞いています。この水のトンネルは一本道で迷うようなことはないですが、水生の魔物がいるそうです。…リンタロー、もし無理そうなら私に気を使わず引き返してください。命あっての物種ですので…」


「マール、絶対とってきてやる。期待して待っとけ」


「…はい。お願いします」


自分が泳げないがために命の危険がつきまとう頼みをしてるのは重々理解しているマールは、倫太郎に対して「絶対とってこい」などと強く言えるほど恥知らずではない。

だが倫太郎はマールのそんな押しの弱いお願いを遮り、必ず治癒の実を入手してくると確約した。


それはノーライフキング戦で倫太郎を救うために根性を見せたマールへの恩返しでもある。


「レディ、お前はここでマールと待っててくれ。ダンジョンの様子がおかしい今、イレギュラーな魔物がでるかもしれない。そのときは俺が戻るまでマールと持ちこたえてくれ」


「わかった。リンタローも気をつけて」


「ああ」


レディには道中、倫太郎とマールが夢幻の回廊に潜る理由は説明済みだ。


泳げないマールの代わりに倫太郎が治癒の実を手にいれること。

倫太郎は火薬代わりの爆煉石を入手するために第六階層まで行きたいこと。大方説明してあるのでこの辺の事情は把握している。


ジャケットを脱いでマールに手渡し、軽く手首足首をストレッチして身体をほぐしていく。


『オイ、リンタロー。俺ァ水中だろうが問題なくイケるぜェ。いつでも呼びな』


M19は水中では数メートルしか殺傷能力が見込める飛距離を保てない。故にナイフか闇爪葬を使い切り抜けるしかないだろう。


壁のように通路全体を塞ぐ水の通路へ大きく息を吸い込んだ後ナイフを咥えて飛び込み、泳ぎ始めた。


倫太郎は無呼吸でも五百メートルほどならば問題なく泳ぎきれる。だがここはダンジョン夢幻の回廊、なにもないわけがない。


泳ぎはじめて間もなく、水路の壁に開いたいくつもの小さい穴から細い触手のようなものが飛び出し、倫太郎を絡め捕ろうと飛び出してきた。


その程度の妨害は予想の範囲内とでも言うように冷静に咥えていたナイフを水中ということを感じさせない早さで振るう。

なんの手応えもないかのように触手をぶつ切りに捌いてすぐにまた泳ぎ出した。


その触手の妨害以降特に何事もなく順調に進み、すでに半分以上の距離を泳いだところで、水路の岩影から猛スピードで倫太郎へと接近する物体を視界の端に捉え、倫太郎は咄嗟に身を(よじ)るようにしてその物体をスレスレで回避することに成功した。


(なんだ!?)


水中のボヤけた視界のなかで目を凝らすと人の形をした生物がそこにいた。

灰色の鱗で全身を覆っていて凶暴そうな魚のような頭部、手足には水掻き、背中にはヒレがついている。そして珊瑚から削り出したような三股の槍を携えて倫太郎を威嚇している。

一言で現すなら魚人とでも言えば分かりやすいだろうか。


(面倒そうなのが来やがった…。来い、闇爪葬!)


水の中故にいつもの悪態を心の中でとどめ、ナイフを逆手に持ち反対の手には闇爪葬を構え、戦闘態勢をとる倫太郎。


水生の魔物対人間、ステージは水中。条件だけなら倫太郎が圧倒的に不利だろう。

だが水中での戦い方にも心得がある倫太郎は依然として冷静であった。


まだそこまで呼吸は苦しくなく、余裕はあるがアクシデントに次ぐアクシデントというのは往々にしてあり得るということをよくわかっている倫太郎は短期決戦でケリを着けるべく即座に攻撃を仕掛ける。


水生の魔物相手に普通に泳いで接近しても必ず対応されるのは目に見えている。水路の壁を足場にして人外の脚力にモノを言わせ、ロケットのように魚人に向かって飛び出す。


ギッ!?


あまりのスピードに水中戦を得意とする魚人も面喰らったように驚愕したが、慌てて槍を肉薄する倫太郎へと突き出す。


(ノロい)


その槍に対して剣閃を残すように闇爪葬を二度振るうとあっけなく槍はバラバラに切断され、柄を持ったままポカンとする魚人。


槍の柄を持ったまま硬直している魚人などいくら水中とはいえ試し斬りの巻藁同然。

その大きな隙を倫太郎が見逃すはずもなく真横に一閃し腕ごと胴体を真っ二つに両断した。


(以外とあっけないな)


血を吹き出している魚人の死体を一瞥し、振り返ったとき、倫太郎のセンサーが複数、それも十体以上もの敵影の気配を関知した。


ギッ、キギッ、ギッ!


岩影からわらわらと現れる魚人の群れ。そのどれもが倫太郎に対して敵意と殺意を漲らせた鋭い目付きだ。

殺された仲間の仇を討たんと一斉に倫太郎へ襲い掛かる。


(チッ、水中でこんな数を相手にしてられるか!)


苦々しく舌打ちした倫太郎は近くの壁まで泳ぎ、突き出た岩のとっかかりを足場に利用しながら剛脚をもって出口まで全力で壁から壁へ飛び移るように高速で移動する。が、やはり水中の機動力では魚人に分があるようだ。


魚人の群れは徐々に倫太郎との距離を詰めてくる。捕まるのは時間の問題なのは明らかだ。


(くそ、出口はすぐそこだってのに)


水路の出口までは目測およそ十五メートル程。だがもう真後ろまで魚人たちは接近してきている。

流石の倫太郎とはいえ水中で十を越える魚人に囲まれてしまえばすべて倒すまで呼吸が持つかは微妙なところであった。


『リンタロー、俺を使いなァ!もうわかってんだろォ?俺は所有者のイメージ次第でどんな武器にもなれる。お前さんならこの急場を切り抜ける最適解がわかるはずだァ!』


闇爪葬の使い方、それは錬金魔法に酷似している。よりクリアなイメージ、より細かく正確な構想力がそのまま結果に直結する。


(なるほど、どんな武器にも…か。じゃあこれだ!)


魚人の方に向き直り闇爪葬を引いて溜め、一気に突く。

その瞬間、闇爪葬は倫太郎のイメージ通りに姿を変えた。


ズドン!!!


それは水路すべてを塞ぐほど巨大な幾重にも(つら)なった極太の針の束だった。


太刀の形状から一瞬で姿を変え、無数の鋭い針の束となった闇爪葬。それは倫太郎の真後ろまで迫っていた魚人の一切合切をまとめて貫き、身体中を穴だらけにする。


形状を元の太刀の姿に戻したとき、倫太郎の視界にはプカプカと浮かぶ(おびただ)しい数の魚人の骸が現れる。


(…すげぇ、使えるじゃねぇか…闇爪葬)


『お褒めにあずかり光栄だァ。まぁオレにも制限やできることとできないことがあるからよォ。そのへんは追々教えてやるよォ』


変幻自在な特質を持ち、刃になればすべてを断ち切る切れ味、針のように尖らせれば貫けないものなどない貫通力。制限というのがなんだかわからないが今の倫太郎にとってこれ以上ない心強い武器だ。


水路に射し込む光が強くなって終わりが見えてくる。

水路の向こうはかなり明るく、太陽の光が差し込んでるようにも感じる光源があるようだ。


「ぷはっ!」


水路を抜けると巨大な大木が視界に飛び込んできた。

逞しく根を張り、太い幹をダンジョンの天井を突くほど高く伸ばして青々とした葉をつけている。

その中にちらほらと小さな赤い実が成っている。あれがマールご所望の治癒の実というレガリアなのだろう。


「あれが治癒の実か…」


「そうだよ。だけどお前にはやらないけどね」


倫太郎の呟きに対して巨木の枝の上から返す人影があった。


それは飛び降りて着地し、悠々と倫太郎へと歩み寄ってくる。その姿は異形であった。


血のような真紅の髪、眼は爛々と光る黄金、身長は倫太郎より頭二つ分低く、まるで子供のような体躯。少年と言ってもいい年頃だ。だがその頭には稲妻を連想させる(いびつ)な二本の黒い角が生えている。


倫太郎の背筋に悪寒が走り、危険信号の警鐘が脳内でガンガン鳴る。


強い、油断したら死ぬ。倫太郎の直感がそう伝えてくる。


「お前治癒の実が欲しいのか?でも残念、これはボクが独占するって決めたんだ。お前には一個もやらないよ」


カリカリと何かを食べながら倫太郎の前に立つ少年。

すでに闇爪葬を抜刀して切先を向けて構えている倫太郎を前にしても怯む様子はまるでない。


「ほう、独占する、ってか。随分小難しい言葉知ってるじゃないかボク。ママから教わったのか?俺はお前みたいなガキンチョを相手にしてる暇はねぇんだ。お前もさっさとママのミルクを吸いに帰った方がいいんじゃないか?」


理不尽なことを言われると意思とは裏腹に皮肉を込めた挑発をしなければ気が済まない自分の(さが)呪いたくなる倫太郎だった。


ムッとしたような険しい顔になり倫太郎を睨む少年。どうやらヤる気のようだ。


「…お前ムカツクなぁ。殺しちゃおうかなぁ」


「気が合うなぁ、クソガキ。俺もちょうどムカついてきたところだ。どうやらお前の親は子育てを失敗したらしいな。同情するぜ」


売り言葉に買い言葉で応戦するが、水と手汗で滑らないように闇爪葬の柄をがっちり握った。

その間にも少年は間合いなど知ったことかと言わんばかりにどんどん倫太郎へと近寄ってくる。


あと半歩で闇爪葬の間合い…入った!


鋭く重い踏み込みで体重を乗せた倫太郎の斬撃が少年の首を襲う。殺った。確信した倫太郎だったが、その会心の一撃は空を切る。


「ッ!?」


圧倒的速度で消えた、とはまた違う。倫太郎の意識の外へ逃げるような消えかただった。


粟立つ背筋の悪寒に促されるまま闇爪葬を引き戻し、自らの身体に添えるように立てて踏ん張る体勢をとった瞬間、その踏ん張りなどまるで意味のないような強烈な衝撃が闇爪葬越しに倫太郎を襲い、トラックにでも跳ねられたかのように真横に吹き飛んだ。


「がっ!?」


ゴッ、ガッ、ズザザザザ!


二回地面をバウンドしてなんとか空中で体勢を整えて着地に成功、だが頭を切ったようで派手に血がこめかみを伝い流れてくる。


すかさず少年を睨むように見ると蹴りを振り切った格好だった。


「へぇ、一発で死ななかった人間はお前が初めてだよ」


感心したように、どこか嬉しそうに言う少年。その眼には嗜虐的な色があった。まるで新しいオモチャを見つけたような、そんな眼をしている。


(クソ、こんなのばっかだな!)


なんで行く先々でこんな強い敵とはちあうのかと悪態ついてわめき散らしたい気持ちをグッとこらえ、袖で血を拭きつつ再度闇爪葬を構える倫太郎。


「次はもうちょっと強く叩くから、すぐ壊れないでよ?」


耳まで届くほど三日月のように口を裂いて笑う少年に底知れない(おぞ)ましさと得体の知れない不気味な力を感じて、倫太郎は強く闇爪葬の柄を握った。

感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。

「面白い」「続きはよ」「頑張れ」と思いましたら応援よろしくお願いします。

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