ノーライフキング戦、決着
鼻、喉、眉間への正確で稲妻のごとき速さの倫太郎の蹴りがノーライフキングを襲うが、幅の広い大鎌の刃の側面で危なげなく防ぎ、お返しとばかりにノーライフキングは大鎌による連撃を放つ。
一撃もらえば致命傷は必至の大鎌の刃を躱し、弾き、受け流し、すべてを防ぎ切って隙のできたノーライフキングの大腿骨へ金属バットもへし折るローキックをお見舞いする。
バキィッ!
骨が折れる乾いた音が響いて膝を付くノーライフキング。だが折れて転がった足がフワリと浮き上がり、すぐさま元通りにくっついて何事もなかったかのように歩きだした。
両者の攻防は端から見れば互角、いや、倫太郎の方が僅かに優勢に見えるだろう。
だが実際のところ、追い詰められているのは倫太郎だった。
一撃でもまともに喰らえば致命傷は免れない大鎌を捌いて距離をとれば禍渦による即死不可避の中距離攻撃の嵐が始まる。
さらにバラバラに細切れにしようが砕こうが一瞬ですべて元通りに治る回復能力。
おまけに先程からノーライフキングはまるで疲れている様子はない。
おそらくではあるが大気中から取り入れる魔素を体力へと変換してピークの機動能力をキープしているのではないかと倫太郎は睨んでいた。
「ふむ、こんなものか?人間。さっきから段々動きのキレも落ちてきているようだが?まさか疲れてきたのか?不便な体だな」
「うっせぇバーカ。テメーの攻撃があんまりのんびりしてるから合わせてやってんだよ」
もちろん虚勢だ。死と隣り合わせのシチュエーションには慣れっこだが、さすがにここまで不利な条件は初めてだ。
のしかかるプレッシャーと緊張感で倫太郎の思った以上に体力の消耗を余儀なくされていた。
「ほう、では速度を一つ上げようか」
ノーライフキングの姿が消えた。そう思えるほどの圧倒的速度だった。
ジャリ…と倫太郎の背後から土を踏む音が聞こえてすぐさま前方へ転がるが、背中に熱して赤めた鉄でも付けられたような鋭い痛みが走った。
「があっ!?」
痛みを推して体勢を整えて睨み付けるとノーライフキングは大鎌を振り切った格好であった。
回避が間に合わず背中を斬られて倫太郎の足を伝って少なくない血が地面に広がってゆく。
防弾防刃のジャケットとシャツを切り裂いて倫太郎に傷をつけた大鎌は倫太郎の血でヌラヌラと妖しげに光っていた。
今思えば倫太郎は異世界に来て初めて血を流した。さすがに強い。しかし負ける気は微塵もない意思の強い目でノーライフキングを睨み、怪我などないもののようにナイフとM19を構えて迎え討つ体勢をとった。
「所詮人間などこんなものか。貴様相手に闇爪葬は些か過剰戦力だったようだな。だが貴様が我を侮辱した罪は重い。闇爪葬で縦に四枚に切り裂いて殺してやる」
ヒュンヒュンと軽そうに大鎌を振り回しながら倫太郎へ歩を進めるノーライフキング。
なにか、時間稼ぎの手でもいい。悪足掻きの策でもいいから、なにかないのかと周囲を探すと倫太郎は『イイもの』を天井に発見した。
「余所見とは余裕だな」
正面にいたはずのノーライフキングが突如倫太郎の真横に現れ大鎌を薙いだ。
それは辛うじてスウェーで回避に成功し、そのままバク転で距離をとりM19をノーライフキングの大鎌を持つ方の肩口目掛けてトリガーを引いた。
ガァン!ガァン!ガァン!
一発は命中し突き抜け、残りの二発は外れてノーライフキングの横を素通りしていった。
ガシャン!と相当の重量を感じさせる音と共にノーライフキングの腕ごと大鎌が地に落ちる。
「ふん、我を相手にそんなもの悪足掻きにも時間稼ぎにもならんわ。万策尽きたか?ならば大人しく往生するがいい」
ミシッ…
それだけではなんの解決にも時間稼ぎにもならない。
そんなことは倫太郎自身がよくわかっている。
ビキ………ピキ…
フワリとノーライフキングの腕と大鎌が浮き上がり、肩口に吸い込まれるようにくっついて元通りに治ってしまった。
そしてまた倫太郎へと大鎌をヒュンヒュン振り回し歩きだす。
ガァン!
ノーライフキングの歩きだしの一歩目の足の脛を狙い済ました精密射撃で撃ち抜き砕く。
無様にも前のめりに転ぶノーライフキング。
ガシャァアン!
全身骨だけあって転ぶ音は理科室の人体模型を倒したときの音と同じく派手である。
ミシミシ…パキッ…
「…貴様、我をコケにするのも大概に…!?」
ドゴオォォォォォン!!!
なんの前触れもなく巨大な岩石が真上から降ってきて、その真下にいたノーライフキングの上半身すべてを押し潰した。
それは倫太郎がノーライフキングの肩を狙ったと思われた弾丸が跳弾となり引き起こした落石だった。
倫太郎が天井に見つけた『イイもの』とはまさにこの巨大な岩石のことだったのだ。
天井から突き出すようにぶら下がっていた岩石は最初から今にも落ちてきそうだったが、岩石に刺さるように天井に繋義止める小さな石を倫太郎は発見したのだ。
それをノーライフキングに悟られないように跳弾で破壊することに成功したというわけだ。
そしてちょうどノーライフキングが岩石の真下に来たところで足止めのために足を撃ち抜いて転ばせ、タイミングよく岩石が落下したのだった。
倫太郎以外のマール、レディは前触れもなく巨大な岩石がいきなり降ってきて、なにが起こったのかまったくわからずに硬直している。
「巨大岩石の味はどうだ、クソ骨野郎。もう生き返んじゃねーぞ…マジで」
ノーライフキングの下半身は岩石の下で埋まっている上半身から切り離されて沈黙している。
「リンタロー!」
その場でドカッと腰を下ろして大きく息を吐く倫太郎のもとへマールとレディが駆け寄ってくる。
ノーライフキング相手に生き残れたことによる危機感からの解放の安堵が半分、倫太郎が生きて戻ったことの嬉しさ半分で涙を滲ませていた。
「あぁ。マール、レディ。心配かけたな、すまなかったな。完全に俺の慢心が招いた危機だった。お前らが必死に俺を呼ぶ声が聞こえなかったら俺はまだ闇の中だっただろう。助けてくれてありがとう」
疲労のピークに近い体に鞭打って拙い笑顔でマールとレディに頭を下げる。
それをフルフルと首を横に振り、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませたマールが前に出て倫太郎を抱き締めた。
「みんな死ぬかと思いましたけど、結果生き延びることができました。今はそれでよしとしましょう。それよりノーライフキングは…?」
岩石の下敷きとなりピクリとも動かないノーライフキング。
以外と最後は呆気ないものなのかとマールは違和感を持っていた。
「いや、わからねぇ。手応えはあったがあれだけ粉々にしても復活してきた奴が岩の下敷きになったくらいで倒せたとも思えねぇけど…」
「…来る…逃げてリンタロー!マール!」
倫太郎のもとへ駆け寄ってきたが、少し手前で立ち止まりノーライフキングを押し潰した岩石を凝視していたレディが叫んだ。
ズズズズ、ズズ…ゴゴゴゴゴゴ!
ノーライフキングが倫太郎の銃撃でとり落とした緋色の宝玉が埋め込まれた杖が目が眩むほど激しく明滅を繰り返す。
そしてノーライフキングを押し潰した岩石が徐々に浮き上がり、できた隙間から粉々になったノーライフキングの骨の破片が宙を舞いながら一ヵ所に集束し、禍々しい姿を形作り始めた。
「てめぇの本体は杖か!」
ガァン!キィン!
明滅を繰り返す杖の宝玉にすかさず倫太郎が撃ち込み着弾するが、弾頭は滑らかな宝玉の表面を滑るように逸れてしまった。
「我の本体は確かにその杖の宝玉だ。だがそれが知られたところで貴様にその宝玉には傷の一つも付けられはせん。それはこのダンジョンでも指折りの高硬度を誇る緋王の宝玉だ。その中に我の魂を入れてある。故にこの身が何度果てようとも我は死なぬ。理解したか?貴様が我に勝てぬ理由が。理解したら絶望せよ。貴様の恐怖に染まる顔を見せてみよ」
完全に元の姿を取り戻した絶望の権化が倫太郎とマールへとゆっくりと近づいてくる。マールはすでにノーライフキングの放つ悪意を凝縮したようなドス黒い瘴気にあてられて膝が笑ってしまっている。
倫太郎はチラリとレディに目配せすると通じあっているようにレディは頷き走った。
「今さら仔ネズミごとぎが何をしたところで結果は変わらぬわ」
ノーライフキングが腕を一振りすると通路へと続くすべての通り道に黒い壁が現れ、逃げ道が塞がる。
「誰も逃がさぬ。貴様らは我を怒らせた。全員殺して今日の夕餉にしてやろう」
嗜虐的な上擦った声でにじり寄るノーライフキングはどこか愉快そうで、それがさらにマールの背筋を悪寒となり刺激する。
マールが蛇に睨まれた蛙のように動けなくなったことを肌で感じ取った倫太郎が走り、ノーライフキングへと肉薄してナイフを振るう。
だが疲労からか今までのキレはなく凡夫に近いナイフ捌きである。
そんな温い攻撃がノーライフキングに通じるはずもなく、打ち落とされ、厳しい裏拳で迎撃され倫太郎は壁際まで吹き飛んだ。
「グッ!…ぺっ!」
血反吐を吐いてすぐさま飛び起きて真横へ転がるがる。倫太郎が吹き飛ばされたところに禍渦が三発飛来し周囲を抉った。
「なかなかしぶといな人間。だが、それもいつまで持つかな?」
禍渦を両手に携えてノーライフキングが飛び上がって振りかぶるのを睨み付けながら、レディが『あるもの』を持って走って来るの視界の隅で確認して倫太郎も駆け出す。
「逃がすか!」
それをノーライフキングは逃亡と思ったのか空中から禍渦を連発し倫太郎の走る先に向かって射出する。
ボゴン!ボゴン!ボゴン!ボゴン!
地面が抉れて地盤がめくれ上がる。そこかしこが穴だらけになり、まともには走れないような地形に変わってしまったが倫太郎は僅かな足場を見つけながら疾駆してゆく。
「がふっ…ぺっ!…くそ…レディ投げろ!」
「受け取って!リンタロー!」
近くまでレディがそれを投げる。弧を描いて倫太郎へと飛来する。
倫太郎は深く踏み込んで跳躍してそれを空中で受け取った。
倫太郎がレディに取ってきてもらい受け取ったもの、それは…
「なっ!?…貴様…それは…我の闇爪葬ではないかっ!」
そう、岩石に押し潰されてノーライフキングの上半身が潰された拍子に転がっていった巨大な三枚の鋭い刃が付いた大鎌、闇爪葬。
これがレディに取ってきてもらったものである。
「あぁん?これがテメーの?名前でも書いてあんのかよ?」
ニタニタと悪い笑みで挑発する倫太郎に対し、体全体の骨をカタカタと震わせて怒りを露にするノーライフキング。
「返せぇ!!!」
ガシャガシャと骨を鳴らしながら倫太郎へと走る。倫太郎もノーライフキングから逃げるように走った。
緋色の宝玉付きの杖のもとへ。
「っ!?貴様!まさか!」
「あぁ、そのまさかだ。オラァ!」
杖のもとへ到達した倫太郎は闇爪葬を大きく振り上げた。
そして渾身の力を込めて緋色の宝玉に向けて突き立てる!
ガギィン!
「やめろぉおおおおおお!!!」
ノーライフキングの絶叫がダンジョンに木霊した。まだ緋色の宝玉の表面に少し食い込んだ程度で闇爪葬の刃の先端は止まっている。
「やっぱ堅ぇな。これならどうだ!」
倫太郎は跳躍し闇爪葬の背を力一杯踏み抜いた。
ピキピキピキ…ピシッ…バリン!
宝玉全体に細かなヒビが走り、遂には粉々に砕け散る。その中から黒い影が噴き出してきて霧散するように消えていった。
「ガァアアアアアアアッ!!!」
断末魔をあげ、苦しみ悶えるノーライフキング。
最後の力を振り絞り恨めしそうに倫太郎を睨み付けている。
「許さぬ、許さぬぞ!このままでは終わらせはせん!必ず蘇り貴様を…」
「ああ、マジでそーゆーのいいから。変なフラグ立てようとすんなクソ骨野郎。とっととくたばれ」
高く跳躍し足を振り翳し、地をも踏み砕く倫太郎の踵落としが死に体のノーライフキングの脳天に突き刺さった!
ドゴッ!バキバキバキバキバリン!
そのまま骨盤まで粉々に砕いて、ノーライフキングは左右に二つに別れて倒れ伏した。
すでにその髑髏の空洞には光はない。これでやっと完全に倒したようだ。
そして今までしつこいほどに再生してきたノーライフキングの体はサラサラと灰に変わり崩れていく。
「ふぅぅ~、やぁっと終わった。手こずらせやがって」
ドカッとその場に腰を下ろして仰向けに寝転ぶ倫太郎。背中の傷が痛むが、今はこうして大の字で天を仰ぎたい気分であった。
ダンジョンの天井しか見えないのだが。
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