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ノーライフキング戦

銃を突きつけてはみたものの倫太郎は正直焦っていた。


脳天から骨盤まで粉々に砕いても仕留められない化け物などどうやって殺せばいいというのか。


「マール!こいつの弱点は!?」


銃口と視線はノーライフキングからは外さずにマールに問う。だがマールの回答は芳しいものではなかった。


「…わからないです。英雄たちのパーティは超火力の範囲型殲滅魔法で一切合切を蒸発させて倒したようなのでピンポイントの弱点と言うのはわかってないんです」


ほぼ手詰まり状態である。倫太郎はどこを破壊しても何度でも再生されそうな気がしてならなかった。


「我をこれだけコケにして楽に死ねると思うなよ。禍渦(まがうず)!」


ノーライフキングの手に夜より暗い球体が生成されてゆく。

光さえ吸い込みそうなほどの漆黒を帯びたそれを倫太郎へと放り投げた。


「っ!?」


嫌な予感が背筋を悪寒となって走り、倫太郎は最高速をもって大袈裟に横っ飛びに避ける。

重力に引かれて漆黒の球体は地面へと着弾したと同時に数十倍に拡張し、荒れ狂う嵐を圧縮したような暴風を伴って周囲を破壊した。


着弾地点には五メートルほどの半球状にくりぬかれたような穴ができあがっていた。


一発でも喰らえばタダでは済まないことは容易に想像できる破壊力だ。


「…オイオイ、ふざけんなよ骨野郎、危うくミンチになるところだったじゃねぇか」


クックックッと漆黒の球体を両手に一つずつ作り嗤うノーライフキング。

もはや反撃などさせずに禍渦でジリジリ追い詰めて絶望に染まったところで倫太郎を殺す気なのだ。

顔も骨だけで表情からは読み取れないが嗜虐性が嗤い方から滲み出ていた。


「そうだな。我の禍渦に触れたが最後、骨も肉もズタズタに引き裂かれて原型などわからなくなるだろう。気張って避けるがいい。そらっ!」


両手を倫太郎に向けて禍渦を連発する。

倫太郎は意識して射線上にマールとレディが外れるように飛び出し避ける。


ボゴン!ボゴン!ボゴン!ボゴン!ボゴン!


着弾した壁、地面、岩がアイスクリームディッシャーで抉ったように穴が空いてゆく。


紙一重で避けられるものは体を捻り、首を捻り、半身になり避ける。

しばらく避け続けてわかったことはこの禍渦というものは着弾しないと発動しないということ。だがそれは衣服にかすったりしただけでグッバイ現世となるということ。


冷や汗を流しながら倫太郎は絶え間なく迫り来る漆黒の球を躱し続けた。


「ふははははは!そらそら!逃げ回れ!体力が尽きてこれに触れたときが貴様の最期だ!ちなみに我の魔素切れを待っても無駄だ。この空間に溢れる魔素が無尽蔵に我を満たしてくれるからな!」


ダンジョンは魔物の活力となる魔素で充満している。

人間は外部から魔素を取り入れることはできないが魔物や魔族といわれる種は大気中の魔素を呼吸とともに取り込み、消費した魔素を補うことで無限に魔力を生成できるのだ。


魔素切れを狙うなどと倫太郎は考えもしていなかったが、知らないところで活路を一つ塞がれた気分になり、忌々しそうゆ舌打ちをした。


「そーかよ、クサレ骨野郎。じゃあこんなのはどうだ?」


気配と歩行速度に極端な緩急をつけて歩き始める倫太郎。

倫太郎が通った軌跡には残像というにはあまりにリアルな倫太郎の分身が何体も作られた。


「!?…貴様…本当に人間か?物の怪の類いではないのか?」


倫太郎の分身に戸惑い、ノーライフキングの禍渦の連射が止まる。その間にも倫太郎は大量の分身を作り続け、その数はすでに五十を軽く越えるほどになっていた。


「お前にだけは言われたくねぇな」


倫太郎の声は分身の中から聞こえてくるが、もうどこから声がするのか、どれが本物のなのかマールとレディはもちろんノーライフキングにもまったくわからなくなっていた。


そして気づけばノーライフキングの周りを囲う倫太郎の群れができあがっていたのだった。


「おのれ…こんな小細工で我を翻弄できると思うなよ!黒獄(こくごく)!」


ノーライフキングを中心に天へ立ち上る闇が広がり、周囲を飲み込み始める。空間そのものを闇へと引きずり込むようにそれは拡大していき、すべての倫太郎の分身を掻き消してしまった。


「ふっ…ふっははは!所詮小手先だけの小細工、我が力を振るえばひとたまりもない陳腐な代物よ!」


拡大した闇が、今度はノーライフキングへ向かって収縮して消える。


だがそこには倫太郎本体の姿さえも消えてしまっていた。


「黒獄に巻き込まれて死んだか。ふん、呆気ない最期だったな」


余裕を取り戻したノーライフキングは次の獲物へと目をやれば、獲物であるはずのマールとレディはなぜかノーライフキングの後方を見ていた。


「んん?…っ!?まさか!?」


「遅ぇ」


倫太郎は完璧にノーライフキングの背後をとりナイフを振るう。だが咄嗟に振り返ったノーライフキングが見たものは倫太郎により振るわれたナイフの煌めく剣閃の群れだった。


腕が何本もついているようにも錯覚するほどの圧倒的速度で振るわれたナイフは常人の動体視力では知覚できない。

それはノーライフキングでも同じだったようだ。


ノーライフキングの骨とローブは(まばた)きする間にすべて細切れになりガラガラと乾いた音を立てて崩れ落ちるように地に散らばった。


「こんだけ細かく刻んじまえばさすがに…」


カタカタとノーライフキングの残骸一つ一つが振動し浮き上がり一ヵ所に集まりだす。


「…嘘だろ…。いい加減死ねよ」


倫太郎の悪態も空しくノーライフキングは元通りの姿を現した。だがローブだけは再生せず細切れのままであった。


「…クックックックッ、…ふざけおって人間風情が。一度ならず二度までも我をバラバラにしてくれたな。殺す。貴様は必ず殺す。臓物を引きずり出し貴様の口に詰め込んでくれるわ!」


どうやらノーライフキングは完全にキレているようで体中からドス黒い瘴気のような湯気が立ち上っていた。


「…クソが、あとどうしろってんだよ。バラバラに刻んでも死なねぇとか反則もいいとこだろ」


ノーライフキングから素早く距離をとって苦々しい顔でナイフとM19を構え直した。


このままではジリ貧なのは間違いない。なにかないのか、弱点、打開策、なんでもいい。この状況を覆す一手はどこにある。


意識の大半をノーライフキングの動向に注ぎながらも、一縷(いちる)の望みを眼球だけを忙しなく動かすことで探す倫太郎。


「来い、闇爪葬(やみそうそう)。我の最強の鎌で屠ってやる。誇るがいい、これを使うのは実に百年ぶりよ。我が強者と認めた者にしか使わん奥の手だ」


立ち上っていた黒い瘴気がノーライフキングの手に集り、大鎌の形状へと変化してゆく。

異様にも刃が三枚並んだ大鎌を構え、倫太郎を射殺すように睨み付けるノーライフキングは当初のような侮りや油断などは皆無。己と同等以上の強者という確信のもと倫太郎を警戒するように距離を測りながらジリジリと横移動をし始めた。


どうやらここからが本当の戦いらしい。


倫太郎は倫太郎で大鎌から強烈な死の気配を感じてノーライフキングの一挙手一投足に全神経を集中していた。

もはや弱点を探しながら戦うことはできない。一瞬目を離した隙に命を刈り取られる予感がしてしょうがなかったのだ。


「いざ参る」


前後左右に緩急をつけたフェイントを幾重にも入れながらノーライフキングが倫太郎へと迫る。


振り上げて斬りつけるとみせかけて大鎌の石突き部分での刺突を半身になり回避した倫太郎。そのまま大鎌の柄を滑らせるようにナイフをノーライフキングの指目掛けて一閃、それを大鎌から一瞬両手を放すことで回避するノーライフキング。


少しの油断も許されない至近距離の攻防が始まった。


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