束の間の休憩
「なぁ、レディ。お前とおもらしコンビは十二階層まで行ってきたのか?」
倫太郎は二階層で十二階層の魔物と遭遇したことに疑問を抱いた。
人に憑依するタイプの魔物ならば十二階層に行った探求者に取り憑いてここまで来た可能性は無くもないのだが、レディはフルフルと頭を横に振った。
「そんな奥まで行ってない。レディたちは五階層の半ばまで行って戻ってきた」
「じゃあマール、二階層にオークキングやらオーククイーンなんて魔物はいるもんなのか?」
先程から腕を組んで考え事をしているようだったマールへ質問するが、やはりその答えはノーであった。
「…私もその事について考えてましたが、あり得ません。オークキングもオーククイーンも十階層付近で現れる魔物です。それにスピリットゴーストに憑依されたら魔法使いの女性のようにすぐ暴れ出すはずなんです。ですからスピリットゴーストはこの二階層にいたということになります」
ふむ、と倫太郎も考え込んだ。
十階層以上の強力な魔物が低階層で出没するということはダンジョンの難易度が跳ね上がったということだ。
だがなんの前触れもなくそんなことが起こり得るのだろうか…。なんらかの異変がこの『夢幻の回廊』で起こっているのではないか。
そこに思い至ったのはどうやらマールも同じだったようである。
「リンタロー、このダンジョンの十階層よりも深いところでなにかが起こっているようです。それこそ魔物が浅い階層へと逃げ出すほどの異常事態が。通常こんなときは一度戻って異変をギルドや管理局へ届け出るのですが、そしたらダンジョンは原因追求のため一時封鎖の措置を取られるでしょう…ですが私には時間がありません。このまま進みたい。だから…危険なのは重々承知の上ですが、どうか私とこのまま来てはもらえませんか!?お願いします!」
焦りを隠しもせずマールは倫太郎とレディに懇願し頭を下げる。
母親の視力を取り戻すために治癒の実を求めて四階層にある治癒の実を目指しているマールだが、実は治癒の実では失明の症状は治せない。
日毎に症状が悪化していくマールの母親のタイムリミットは限られているのである。
封鎖の期間によっては手遅れになるかもしれないのだ。
「頼まれるまでもなくお互いの目的のものを手に入れるまで後退はしねぇ。頭を上げてくれマール。敵が強くなろうが関係ない。全部薙ぎ倒して突き進むだけだ。こちらこそよろしく頼む」
「レディのご主人様がいるところがレディのいるところ。戻るときも進むときもレディとご主人様は一緒にいる」
「…リンタロー、レディ、ありがとうございます……」
ホロリと涙がこぼれる。
倫太郎を臨時パーティーに誘って本当に良かったと心から思ったマールだった。
「ところでレディ、バタバタと慌ただしい状況だったからロクに自己紹介もなにもできてなかったな。俺は倫太郎、一応駆け出しの探求者ってことになるのか?まぁよろしくな」
改めて倫太郎はレディに手を差し出した。それにすぐ応えてレディも差し出された手をしっかり握り返した。
「…うん。レディはレディ。改めてよろしく。ご主人様」
「ご主人様って…なんかピンと来ないな。倫太郎って呼んでくれ」
「わかった。リンタローがそう望むならそうする」
「私はマールです。今は臨時のパーティーとしてリンタローと組んでいます。よろしく、レディ」
「よろしく、マール。そう言えば治療してくれてありがとう。助かった」
マールにペコリと頭を下げて礼を言うレディ。
戦闘中はあまり余裕がなくてよく観察していなかったが、彼女は鬼人などと厳つい呼ばれ方をされていたが、とても可愛らしい普通の女の子に見えると倫太郎は思っていた。
年頃は十八程だろうか。赤髪のショートカットで左目だけ隠れている髪型、色白だが貫頭衣から伸びる四肢は健康そうな色艶だ。赤い髪と赤いルビーのような瞳が美しく輝いている。身なりを小綺麗にしていればいいとこのお嬢さんにも見えるだろう。
「そう言えば、おもらしコンビに鬼人と呼ばれていたけどありゃどういう意味だ?」
「え…?リンタローは鬼人を知らないの?」
知ってて当然の知識を知らない倫太郎はお決まりの「山奥に一人で~」という言い訳をして世間に疎いことを簡潔にまとめて話すと、納得したようでレディはどこか言いにくそうにしながらもポツリポツリと説明し始める。
「鬼人は人間でもなく、鬼族でもない。どっちつかずの半端な種族。リンタローは忌み子という言葉は知ってる?」
「ああ、知り合いに一人いるぞ」
レガリア屋のザリアネがその忌み子というやつだと自分で言っていたのを倫太郎はふと思い出す。
「そう…。人と人以外が交わって産まれた子が忌み子。でも鬼人は種族全員が忌み子のようなもの。『呪いの血筋』と言われてる。人なのか鬼なのかあやふやではっきりしないからどちらの種族からも疎まれている嫌われ者の種族が鬼人族という」
己を卑下したように、諦念が入り交じったようにレディは悲しそうにそう説明した。
「そうか、じゃあ奴隷落ちしたのもその種族の立場が関係しているのか?」
頭をフルフル振って否定するレディ。
「覚えてない。なんて説明したらいいかわからないけど…、一般的な知識と自分の名前は覚えてたけど記憶がない。どこで生まれ育ったのか、奴隷になるまで何をしていたのか、なんで奴隷になったのか、親の顔さえ覚えてない。気付いたら奴隷商の売り物として檻の中にいた。それであの剣士たちに買われて今ここにいる」
「………」
あっけらかんと、淡々と記憶がないことを話すレディ本人に対し、マールはまるで自分のことのように悲痛な面持ちでレディの話に耳を傾けていた。
「そうか、結構ハードな内容なのにお前の話し方があっさりし過ぎててあんまり重大な内容に聞こえないが、俺は捨てたり使い捨てにしたりしないから安心しろ。そもそも奴隷じゃなくてレディも臨時パーティの一員として扱うからそのつもりでいてくれ」
「じゃあまずはコレからだな」と、倫太郎は道具屋で揃えたものを突っ込んである麻袋をゴソゴソと漁って一本の短いナイフと鉱石のインゴットを取り出した。
「レディは得意な武器はあるか? 」
「わからない。…わからないけど片手剣なら使えそうな気がする」
「わかった。ちょっと待ってろ」
短いナイフとインゴットを両手に持ち、錬金魔法を行使する。赤黒い光が辺りを飲み込んだ。
「きゃあ!」
「っ!!?」
目も眩む光が晴れたとき、倫太郎の手には一本の短剣が握られていた。
元のナイフの柄を延長しレディに合わせて握りやすく形状を変え、元の刃は消え失せて真っ赤に輝く刃渡り五十センチほどの静かに燃える炎を思わせる新たな刃が付けられていた。
「…これは…!?いえ、それよりも今のはまさか錬金魔法…ですか?」
「…キレイ…」
「レディ、これやるよ。振ってみてくれ」
レディへと短剣の柄を差し出す。レディはそれを受け取り、キラキラと目を輝かせている。
「すごいキレイ…レディの髪の毛や目の色と似てる…もらってもいいの?買ったらすごい高そうだけど」
「ああ、見てただろ?材料は安物ナイフとインゴット一本だけだ。材料費だけなら子供の小遣いでも買えるさ。でもよく切れるから扱いには注意してくれよ?」
レディは短剣を二度三度振ると徐々に驚愕の顔に変わっていった。
「…すごい…手に馴染むどころの話じゃない。もともと体の一部だったような使い心地…」
「これ斬ってみろ」と、倫太郎がレディに向けてインゴットを投げつける。
レディは反射的にインゴットを切り上げた。
キィン!
鈴の音のような澄んだ音が響き、インゴットは真っ二つに切り裂かれ、地に落ちた。
「これって…」
「おう、ドゥーロ鉱石だな」
「「!?」」
事も無げに超高硬度のインゴットを投げつけて、それを斬らせるという暴挙に出た倫太郎。
レディとマールの視線は刃こぼれどころかヒビが入っているかもしれない短剣へと移されるが。
「…刃こぼれどころか小傷の一つもない…」
「…斬ったとき、ほとんど手応えが無かった。まるで熱いナイフでバターでも切ったような感触だった。…リンタローすごい」
手渡されたときとなんら変わらない輝きを放つ短剣。斬れないものなど無いのではないかとも思える切れ味だった。
切れ味、強度ともにこの世界で最強クラスの短剣であることは刃物に関して素人のマールでも容易に想像がついた。
物作りが盛んなマールの故郷は錬金魔法の使い手が多い。だが倫太郎ほど卓越した技術を持つ者は見たことがなかった。
「あの!…リンタロー、お金は払うので私も作ってほしいものがあるんですが…お願いしてもいいでしょうか」
もしかしたら…倫太郎ならば、自分が望む『アレ』を作れるのではないか。
期待する価値は十二分にあるとマールは思えた。
感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。
「面白い」「続きはよ」「頑張れ」と思いましたら応援よろしくお願いします。




