表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/96

赤髪の女

倫太郎の眼をもってしても一瞬オーククイーンの姿を見失ってしまうほどの素早い動きだった。


残像を引きながら緩急をつけた動きで前後左右に体を揺さぶりながらオーククイーンは倫太郎の目の前に現れ拳による突きを連続で放つ。


ただのジャブだがそれが異常に速い。倫太郎の頭の倍ほどもある大きさの握り拳から発せられるプレッシャーは人間のプロボクサーなどの比ではない。


「くっ…」


プロボクサーのパンチ程度なら首を左右に振るだけで避けられる倫太郎であるが、拳のサイズがサイズなだけにそれは叶わず、足と上半身を目一杯使って辛くも回避していた。


さすがに指を落とされた方の手では攻撃してこないが、連続で放たれるジャブは蝶のように舞い蜂のように刺す往年のボクサーを彷彿とさせるキレがある。

これを避け続けるのはいたずらに神経を磨り減らすため、防戦一方の状況を変えようと倫太郎が仕掛ける。


「くっそ…ぜあっ!」


裂帛の気合いと共に倫太郎の不可視の回し蹴りをオーククイーンの足目掛けて放つがそれは空振りに終わる。

オーククイーンは倫太郎の初動を見極め、残像を残す速さのバックステップで距離をとり回避したのだ。


「…マジで強ぇな、コイツ」


プシューと息を吐き、油断なく倫太郎を睨みつつステップを踏むオーククイーン。


しかたなしと倫太郎はホルスターに納めていたM19を再度抜き放ち、構えて狙いをつける。


剣士の男と魔法使いの女の方へ。


「「えっ?」」


ついさきほどオークキングをいとも容易く屠っていた爆音を響かせる謎の武器をいきなり向けられて二人はあわてふためいた。


「バッ…おいやめろお前!なに考えてんだ!」


「ちょっとふざけないでよ!こっちじゃないでしょ!?」


アワアワと慌ててギャーギャー抗議しているが、まるで何も聞こえてないかのように倫太郎は連続して引き金を引いた。


ガァン、ガガァン!


「「ぎゃあ!」」


剣士と魔法使いの方向に向けて放たれた弾丸は三発。二人は発砲の音で腰を抜かし、その場にへたりこむ。


だがもちろん倫太郎の狙いは彼らではない。

倫太郎が狙い撃ったのは二人の奥にある『ダンジョンの(いびつ)な壁』だ。


ギィン!ギギギィン!ガンッ!ギィン!


壁の凹凸に当たって跳ね返り、天井、地面、岩、そしてオーククイーンへと弾丸が飛来する。


ただ真っ直ぐオーククイーンへと銃口を向けて撃ってもさっきのように高確率で避けられると感じた倫太郎は跳弾を利用して攻めようと決めたのだ。


だが跳弾で最終的に目標物へ着弾させるなど普通は不可能、倫太郎の銃の腕をもってしても成功率は高くない。

だから三発もの貴重な弾丸を使い、それがオーククイーンに当たる確率は三発中一発程度と踏んでいたが、今回の賭けは倫太郎が勝ったようだ。

三発中の二発が狙い通りの跳ね方をしてオーククイーンへと飛んでいき、腕と太腿へと銃弾が突き刺さる。


さすがのスピードファイターもこれは予測も回避も反応もできなかったようで避ける素振りもできずにそれぞれの箇所に浅くない銃創を刻むこととなった。


ブフォアアアアアアアア!!!


絶叫し、痛みに膝を付いて苦痛の表情を隠せないでいるオーククイーンにチャンスとばかりに倫太郎が畳み掛ける。


抉るように地を蹴飛ばし一気に加速してオーククイーンへと肉薄した倫太郎は、すれ違いざまに膝を付いて急所の位置が低くなったオーククイーンの首筋目掛けてナイフを振り切った。


ブシューーーと噴水のように(おびただ)しいまでの血が舞い、ほんの少しの停滞の後、オーククイーンの巨体は地面へと倒れ伏したのだった。


「ふぅ、なかなか手強いブタだったな」


ナイフとM19をしまって悠々とマールの元へ戻る。

結果だけ見れば一切ダメージをもらわずに勝利しているので完封勝ちだ。


「お疲れ様です!リンタロー!オークの上位種を二体同時に相手取って単独で勝つなんてやっぱりデタラメに強いですね」


マールが満面の笑みで迎えてくれる。その後ろでは赤髪の女が伏し目がちに怯えた目で倫太郎を見ている。


「いや、今の戦いはチーム戦だったじゃないか。いい援護射撃だったぞ、マール。タイミングもバッチリだ」


「えへ、そうですか?じゃあ今の戦闘が私とリンタローの初めての共闘ということになりますね!」


「ああ、この調子で頼むぜ、相棒」


嬉しそうに瞳を輝かせるマールに倫太郎は拳を突き出し、マールも拳をコツンと当てて返した。

臨時のパーティーとはいえ少しだけお互いの信頼関係が深まったと二人は思えたのだった。


「さて…じゃあコイツらはどうしたもんかね」


そう言って剣士の男と魔法使いの女、そして赤髪の鬼人と呼ばれていた女の方に向き直った。


剣士と魔法使いはさっきの倫太郎による射撃のときに撃たれたと思ったのか、仲良く股間を濡らしてダンジョンの地面に汚いシミを作っている。

そのせいか二人とも倫太郎を恨みがましい目で睨んでいた。


そんなことはどうでもいいと、再びマールへ向き直って疑問に思っていることを聞くことにしたのだ。


「なぁ、マール。この辺では奴隷ってのは合法なのか?ざっくりと教えてくれ」


「はい…。合法です。奴隷落ちするにも様々理由はありますが、彼女も手の甲にも奴隷紋があります。なので正規の手続きで奴隷落ちした奴隷ということです」


「なるほど」と顎に手をあててなにかを考える倫太郎。別に奴隷が存在していたから、目の前で女性が虐げられていたからとセンチメンタルな気持ちになっているわけではない。


オークたちに襲われている彼らを見たとき、すぐ助けに入らなかった理由は助けに入らなくても余裕で勝てる、と思ったからだ。


それは鬼人と呼ばれている赤髪の女から『強者の匂い』を嗅ぎとったからである。

倫太郎の特殊な仕事の経験の中で戦闘の強い人間に会うことは敵としても味方としても少なからずある。


赤髪の女からはその強者から発せられる独特の匂いがプンプンするのを倫太郎は嗅ぎとったのだ。

その匂いはオーククイーンより遥かに強く、赤髪の女が負けるはずがないとタカをくくって観戦していたのだが、気が付けば彼女はオークキングの棍棒の餌食になりかけていた。


そして異世界に来て勘が鈍ったのかと少しだけ落ち込みつつも助太刀に入った。…というわけである。


今一度、倫太郎は赤髪の女をじっと見つめた。

粗末な貫頭衣の裾を握りながら小刻みに震えて潤ませた瞳で倫太郎を伏し目がちに見る姿はまるで生態系の底辺にいる小動物のようだ。


だが倫太郎の強者センサーはいまだに赤髪の女から色濃く発せられる強者の匂いをビンビンに感じとっている。見た目と実力が伴わないその姿は違和感の塊のようで不気味だった。


「おい、お前…」


「ッ!?」


倫太郎はそれが気になってしょうがないのでコミュニケーションをとろうと話しかけると短く悲鳴を上げ、ガシッとマールの後ろに隠れるようにしがみついてしまった。


「リンタロー、怖がらせないでください」


「え?…いや、俺はただ…えぇ…?」


とても演技しているようにも見えず、倫太郎の頭上は?マークで溢れかえっていた。


「おい!お前ら!俺たちのこと忘れてねーか!?」


どうしたものかと唸りながら考えていると、忘れかけていた存在たちから抗議の声が上がったのだった。


「なんだ、おもらし剣士か、まだいたのか。今考え事してんだ。静かにしててくれ」


「おもら…!?」


忘れられていたうえに非常に不名誉なあだ名をつけられ絶句する剣士。口をパクパクさせワナワナと怒りに震え始めた。


「誰のせいだと思ってんのよ!?助けてくれたことには感謝するけどねぇ、助け方とその物言いには抗議するわよ!」


剣士を侮辱された魔法使いが倫太郎へと詰め寄る。だが倫太郎の脳内会議ではそんなことは議題にも上げる価値もない些事だと切り捨てたようだ。


「うるさいな。静かにしろって言ってんだろ。股から水魔法ちゃん。そんなナリで凄まれても笑えるだけだ。気が散るから黙ってろ」


「股から水魔法!?」


魔法使いの女も下唇を噛みながらプルプルと震えながら怒りで顔を紅潮させ言葉もなく押し黙る。


マールも倫太郎たちに背を向けて「おもらし剣士…股から水魔法…ププッ」と笑いを噛み殺しているが知ったことじゃないと、雑音をシャットアウトしてブツブツと呟きながら思考の坩堝へと落ちていた倫太郎がハッしたように赤髪の女に目をやる。


その視線に気づいた赤髪の女はビクッと震え、再びマールの後ろへと隠れてしまった。


「もしかして…お前…記憶が無いんじゃないのか?」


恐る恐るマールの影から顔を覗かせた赤髪の女はコクンと頷いたのだった。

感想、誤字脱字、おかしな表現の指摘お待ちしてます。豆腐メンタルなので辛辣な批判は勘弁してください。

「面白い」「続きはよ」「頑張れ」と思いましたら応援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ